9 ショートコント:温泉
9 ショートコント:温泉
A「このところ忙しかったから、今度一緒に温泉に行かんか」
B「全然忙しゅうないわ。何の仕事もないからな」
A「まあ、ええじゃないか。忙しいちゅうのも、みえじゃ、みえ」
B「それで、どんな温泉がええんね」
A「そりゃあ、自然の中に大きな露天風呂があって、鳥のさえずりが聞こえるようなところ。でっかい露天風呂に入ってゆったりしようじゃないか」
B「どこか心当たりはあるんか」
A「俺が知っているところあるから、今からそこいこか」
A「おう、毎日が暇じゃから、昨日の今日で温泉に来ることができたな。即断即決じゃ」
B「何しろ、昨晩話が出て、すぐに墨田区のぼろアパートから軽四を飛ばして信州の山の中まで来たもんな」
A「軽いフットワークじゃ」
B「こんな時、仕事がないのはええの」
A「でも、何も考えずに出てきたから、入浴料の500円を払ったら、二人とももう金がなくなったじゃないか」
B「ここまで来て、しけたこと言うんじゃないよ。この早朝の空気、鳥のさえずり、自然は雄大だな。大きな露天風呂はあるし、最高じゃ」
A「ちょっと待て。どうでもええけど、おまえどうしてその狭っ苦しい甕の中に入っとんじゃ」
B「陶器でできた甕の温泉なんて珍しいじゃないか。おまえも隣の甕に入れよ。気持ちいいぞ」
A「おまえ、広い露天風呂に入りに来たんじゃないのか? それがいきなり家庭風呂サイズの甕の風呂か。露天風呂でゆったりするんじゃなかったのか」
B「ここまで来て、そんなに大きな声出さんでええじゃないか。おまえの家にこんな大きな甕があるか? ないじゃろう」
A「あるわけないやろ。でも、とりあえずちゅうもんがあるじゃろう。でっかい露天風呂に入って、両腕を広げて、両足伸ばし、おおまた広げて、風呂の縁に頭のせて、フォーとため息つくんじゃろう。それが、なんじゃ、おまえのその姿勢。手足を抱えて体育座り。それじゃまるで甕の棺桶に入ってるようじゃないか」
B「ぐちぐちうるさいわ。おれがどんな入り方をしようが勝手じゃないか。なんだかんだ言って、おまえも並んで甕の中に入っとるやんか」
A「甕に入っとるおまえと外で立って話はできんじゃろう。寒いわ」
B「おまえの姿はタコ壺に入ったタコみたいやな」
A「どこがタコみたいや」
B「ほらほら、口尖らかせて、赤こうなっとるわ」
A「おまえが、怒らせるからやろ」
B「こんなところまで来て、怒りなあや。山にタコは似合わんぜ」
A「わかったから、そろそろこの甕から出ようぜ」
B「がたがたうるさいの。これじゃ、のんびりできんじゃないか。おれ、くつろいでるんだぜ」
A「くつろいでる姿勢が、体育座りか」
B「いちいちうるさいな。この茹でダコが。これじゃ落ち着いて入っていられねえや。じゃあ、次に行くか」
A「次が薬草風呂か。なんで、薬草風呂に入るんだよ。これ天然温泉じゃないだろう」
B「がたがたうるさいな。おれ薬草風呂に入りたかったんだよ。おまえっちに薬草風呂あるか?」
A「ねえよ。でも、たまにバスクリンいれているからな」
B「バスクリンで風呂がこんな毒々しい色になったりはしないだろう」
A「こんな色になったら誰もバスクリン買わねえよ。爽やかじゃないだろう」
B「おっ、薬草を入れた袋を見っけ」
A「薬草袋で金玉を洗うんじゃないよ」
B「いちいち、うるさいね。なんだかんだ言って、てめえも薬草風呂に入っているじゃないか」
A「おまえを一人にしていられないんだよ」
B「相変わらず世話焼きだな。薬草袋貸してやろうか」
A「汚ね。おまえの金玉をこすり付けた薬草袋なんかいらねえよ」
B「こんな経験、東京じゃそうそうできないぜ。客が多くて順番待ちで長い行列ができるからね」
A「そんなのできねえよ」
B「肛門も拭いておこう。擦っているうちに濃厚な液が出てきたよ」
A「そんなの体に直接つけたら体に悪いだろう。辛子も入ってんだろう」
B「おおっ。玉袋がひりひりしてきた」
A「そうだろう。そんなもの直接あてる物じゃないんだから」
B「おお、きくね。何に効くか知らねえが、この刺激はなんかに効いてるね」
A「おまえ、あとから腫れるぞ。やめておいた方がいいって」
B「おおお、痛いぞ。かなり痛い」
A「風呂から上がって、水で冷やせ」
B「まだ我慢ができるぞ。ううう」
A「我慢することはないだろう」
B「あっ、袋が破れて中身が出てきた」
A「金玉が出てきたんじゃないだろうな」
B「薬草だよ。薬草が出てきたんだよ」
A「いい加減にしなよ。薬草が浮いてきたじゃないか」
B「見つからないように、すくって流しちゃおう」
A「排水溝に詰まっただろう。そこらじゅうに葉っぱがいっぱいじゃないか。風呂からあがって、拾え、拾え」
B「難儀なことになってきたな」
A「それにしてもその金玉をぶらぶらした姿、情けないよな」
B「おっ、すーすーしてこりゃあ気持ちいいよ」
A「情けない姿だから、葉っぱを拾ったら早く風呂に入れよ。おれ、破れた薬草袋、外に出しておいたから」
B「そりゃあ、すまない」
A「ちょっと、ちょっと。薬草風呂で潜水するんじゃないよ。おい、おい」
B「せっかくのチャンスだろう。誰もいないんだから、潜水くらいさせろよ。こんなチャンスめったにないんだから」
A「おまえは小学生か。よりによって薬草風呂で潜水することはないだろう」
B「頭がよくなるんじゃないかと思ってさ」
A「それ以上悪くはならないだろうけど、よくなることもないさ」
B「薬草でも頭に乗せるか。顔に薬草パックもいいな」
A「おまえ、よくもいろいろと思いつくね」
B「貧乏症なだけさ」
A「わかってるじゃないか」
B「湯あたりしたかな。少し休ませてよ」
A「おまえ一人ではしゃいでいるんだろう」
B「信州に来たんだぜ。はしゃぐだろう」
A「海水浴場じゃないんだから。こんな山の中の温泉で普通、はしゃがないだろう」
B「非日常だぜ。興奮するでしょう」
A「のんびりしに来たんじゃないのか」
B「のんびりしてるでしょう」
A「おい、おい。こんなところで日光浴するんじゃないよ」
B「一石二鳥だろう。今年は海に行く予定はないから、ここで日に焼いていくんだ。温泉は時間無制限だろう。少し寝かせてくれよ」
A「どうせなら、表裏しっかり焼くんだぞ。おう、おう、焼きむらができないようにすっぽんぽんだな。人が通らないところで寝ろよな」
B「しっかり薬草風呂に入ったし、薬草の効果で程よく焼いてくれるよ」
A「薬草にそんな効果があったか?」
B「それじゃ、ほんちゃんね」
A「起きたのか」
B「では、メインの露天風呂に入るとするか」
A「やっと露天風呂に入る気になったか」
B「今までのは全部前座さ。いきなり本番ちゅうことはないだろう」
A「おまえそこまで考えていたのか」
B「そりゃあ、そうよ。甕の体育座りも、薬草風呂の玉袋洗いも全部前ふりよ。これだから温泉の素人は何も考えてなくて困るね」
A「おみそれしやした」
B「わかればいいんだよ」
A「これは広いね」
B「誰もいないからいっちょ飛び込むか」
A「浅いから気をつけなよ」
B「おう、わかった。あらよ。いたたた」
A「どうしたんだよ。腹でも打ち付けたか」
B「腹も打ったけど・・・」
A「そんなに風呂が熱いか。そんなことはないよな」
B「日焼けして痛いんだよ。これじゃ、風呂に入れないよ」
A「おまえ、どこまでもゆったりできない男だな。もう一度薬草風呂でも入るか」
B「おう、そうだな。・・・・ぎゃあ。温泉よりもきついぜ。もう全身ずきずきだ」
A「全身、ゆでだこのように真っ赤だぜ。水でもかけて冷やすか」
B「おう、水をかけてくれ。ひゃ」
A「我慢しろよ」
B「うう、寒くなってきたよ。ぶるる」
A「仕方ないな。とりあえず、温泉から出るか」
B「痛くて服を着れないよ」
A「しょうがねえな。それじゃ、あの甕風呂の湯を抜いて、水風呂にしてしばらくそれにつかってるか」
B「そりゃあ、いいアイデアだ。それでおまえはどうするんだい」
A「これから露天風呂に入って、のんびりと月を見ることにするよ。じゃあ、おまえもゆっくりな」
Bが甕風呂に行くと、先客があった。先客は甕の淵に座っていた。かれの背中一面には不動明王の刺青があった。
やくざ「にいさん、どこから来たんだい」
B「東京です」
やくざ「おっ、江戸っ子かい。わしも東京は柴又から来て、しばらくここに逗留しているんだ。江戸っ子はやっぱり熱い風呂じゃなくっちゃあな。兄さんもそうだろう。さあ、隣の風呂に入った入った。熱い湯を入れておいたから」
B「良い湯加減ですね」
Bは体の痛さに耐えがたかったが、風呂からあがる勇気はなかった。顔が真っ赤になってきた。
やくざ「おっ、良い顔になってきたね。まさかこれくらいの熱さでまいったはないだろうね」
B「決して、決して」
やくざ「そうだろう、そうだろう。よし、これからもっと熱い湯を足していこうじゃないか。わしと我慢比べをしようじゃないか。兄さんはそのままで、そのままで。それ一杯ずつだ」
B「そんなに気を使わないでください」
やくざ「そこにあった薬草の袋も持ってきてやったよ。これも入れちゃおう。ああ、金玉に染みるな」
B「ああ、破れちゃいそうです」
やくざ「そんなに気持ちいいかい。若い者は違うね」
B「あわわ」
やくざ「気持ちよくって、昇天しちゃったよ。若い奴は感じやすいんだから。我慢比べはわしの勝ちか。でも、どうしたものかね。一人で持ち上げるわけにはいかないし。湯を抜いておくか。そのうち目を覚ますだろう」
A「おい、起きろよ。こんな甕の中で寝ていたら風邪ひくぜ」
B「ああ、どうしてこんなところで寝てたんだ。ずいぶん冷え込んだから、ひと風呂浴びてくるか」