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第四話 コボルド大量発生の裏側(前編)


 アトラスとイリスは、リザードマンの巣食うアンソ山を後にする。

 リザードマンの討伐任務は、本来一週間はかかるはずだったが、アトラスの驚異的な力によって、たったの二日で終わってしまったのである。


 だが、だからと言って残りの五日お休みです、とはならなかった。


「早速だが、次の任務が決まったぞ」


 王都に向けて帰ろうとした朝、教官のライラがそう言った。


「次の任務は、クラリの街でコボルド退治だ」


「コボルド退治ですか」


 イリスは少し不満げな表情を浮かべた。


 コボルドはイヌ型の魔物だが、駆け出しの勇者でも狩れるような弱い相手だ。

 自分や、ましてアトラスの相手ではななかった。


 だが、ライラはチチッと指をふった。


「安心しろ、クラリ山のコボルドは凶暴化している。しかもそれが大量繁殖している。1匹1匹は大したことないかもしれないが、数も多いし、お前の広範囲魔法が活きるぞ」


 三人は再び馬車に乗って、クラリへと向かう。


 クラリは地方の伯爵領で、ごく平凡な農村地帯である。

 依頼人の待つクラリ伯爵城へ向かう途中も、のどかな田園風景が広がる。


 ――と、アトラスは、馬車に乗りながらあたりを見渡していると、奇妙なことに気がつく。

 田畑を耕す農民たちが、妙に疲弊しているように見えたのだ。


 今年は特に不作で生活が苦しいという話も聞かないし、今は麦の収穫時期でもないので忙しい訳ではなかろう。

 それなのに彼らはなぜか疲弊しているように見えた。クワを握る姿に覇気がない。


 今ちょうど近くで田畑を耕していた青年は、何やら咳き込んでいた。もしかして、何か病気でも蔓延しているのか。


「なんか、どんよりしてますね」


 アトラスが言うと、二人は「何が?」と不思議そうな表情をした。


「いや、なんか民が疲れてるって言うか」


 アトラスのその言葉に、二人はピンと来ていない様子だった。


「まぁ、気のせいかもですが」


 それからしばらく揺られて、クラリ伯爵のいるクラリ街へとたどり着く。

 城下街の入り口で召使いが待っており、そのままクラリ伯爵の元へと案内された。


「騎士殿、ようこそおいでなすった」


 太った中年の伯爵は、ライラを見ると軽く頭を下げた。

 いかにも態度が悪そうな貴族のおじさんという感じだったが、第五位階の騎士であるライラに対しては形式的に敬意を表したようだ。


「ライラ・ラスパドリーです。今回は二人の見習いを連れ来ました。こちらがイリス・ローレンス」


 と、ライラがイリスを紹介すると、伯爵は急に平身低頭した。


「なんと、王女様が。お会いできて光栄です」


 そんな扱いもイリスには慣れたもので、「よろしくお願いします」とだけ言う。


「それから、こちらがアトラスです」


 ライラが言うと、伯爵は今度は急に蔑んだ目つきに変わる。


 アトラスは元奴隷の賎民階級なので、苗字を持っていない。正式な場で名字を名乗らないと言うのは、この国では奴隷ですと名乗るようなものだった。

 大貴族である伯爵からすれば、人間扱いするに値しない、と言ったところか。なんともわかりやすい男だった。


「騎士様。どうぞよろしくお願いします。まずは今回お願いしたいことについて、ご説明をさせてください」


 と、伯爵が今回の任務の詳細を説明する。


 内容は山にいるコボルドの掃討だった。


 伯爵に仕える騎士が数名おり、彼らと手分けしてコボルドを一斉に倒す。

 伯爵配下の騎士が山の西側、イリスたちが東側を担当する、というのが任務の内容だった。


「ということで、明日からよろしくお願いします」


 伯爵の言葉に、ライラが代表して頷いた。


「では、お部屋にご案内します。少々お待ちください」


 と伯爵は執事を呼び寄せ、何かを耳打ちした。すると、執事は三人の前に来て「ご案内させていただきます」と言った。


「それぞれにお部屋をご用意しております。まずは王女様……」


 まずはイリスの部屋へと向かう。案内されたのは、とんでもなく大きな一室だった。アトラスの住んでいるアパートの十倍はあろうと言う大部屋だ。


「ありがとう」


 イリスは執事に礼をいう。


「それからライラ様は隣に……」


 ライラにも同じような部屋が割り当てられた。

 と、それから最後にアトラスの部屋であるが。


「女性二人とは少し離れておりますが、ご了承ください」


 執事がそう言うと、イリスが「部屋の場所を覚えておきたいので私もついていきます」と執事に言った。

 すると、なぜか執事がすこし気まずそうな表情を浮かべた。


「左様ですか……。では、案内いたしますね」


 どうしたんだろうとイリスは不思議に思ったが、執事が歩き出したので黙ってそれについていく。


 そして、執事が渋い顔をした理由がわかった。


「こちらになります」


 アトラスが案内されたのは、屋敷の外にあった、小さな小屋だった。

 明らかに人間が住む用のそれではなく、倉庫か何かだったと思われる。


 伯爵が執事に耳打ちしたのは、奴隷階級のアトラスにはこの部屋とも呼べない場所を割り当てろと、そう言う命令だったのだ。


 伯爵に、露骨に差別された訳だが、しかしアトラスは特に表情を崩さなかった。

 もともと超絶貧乏性の彼はよく野宿をしており、雨風がしのげるなら、彼にとってはスイートルームくらいの気持ちだった。


「ちょっと、どう言うことよ」


 だが、代わりにイリスが怒った。


「すみません、部屋に空きがなくて。女性を優先させていただきました」


 執事はもっともらしく弁明する。


「あんな広い屋敷で部屋がないなんてある訳ないでしょ!?」


 イリスは顔を真っ赤にして抗議するが、執事は慣れたもので、「他は準備ができておりませんので」と言い訳を重ねる。


「イリス、僕は別にこの小屋で十分だ。執事さんありがとう」


「では……」


 と執事はそそくさと退却していく。


「イリス、早速コボルド退治に行こうか」


 とアトラスはそう言った。

 イリスには納得がいかなかったが、どうしようもなかった。


 †




「ドラゴン・ブレス!」


 アトラスの放った上級魔法によって、コボルドたちはいっぺんに焼き払われる。


 コボルド退治はあっという間に終わった。

 凶暴化していると言っても、リザードマン・キングさえ瞬殺してしまうアトラスたちにかかれば、全く大したことのない相手だった。


「いやはや、さすが第五位階の騎士様に、王女様だ。あっという間に片付けられてしまうとは!」


 伯爵は城に戻ってきたライラたちを、ご満悦な表情で出迎えた。


「お役に立てなら何よりだ」


 ライラはそう言って、伯爵との会話を早々に切り上げた。

 ライラは大した実力もないのに偉そうにしている伯爵のような人間が嫌いだった。もちろん、それはイリスも同様である。


 ライラは部屋へと戻ろうと、早々に歩き出す。

 傲慢な伯爵も、流石にどうやら自分が嫌われているということがわかったのか、特に引き止めることもなく、早々に自室へと帰っていった。


 イリスもそれに従おうと思ったが、しかしその矢先。


「ちょっといいかな?」


 アトラスがイリスに声をかける。


「どうかした?」


「いや、ちょっと、気になることがあって」


「気になる事?」


 イリスが聞き変えすと、アトラスはゆっくりと頷いた。


「ちょっと調べたいところがあるんだけど、付き合ってくれない?」


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