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9.帰路への旅路-2

 未だ朝日も昇らぬ薄暗い時刻、悟は眼を覚ます。もともと短眠体質だが、今日ばかりは目的をもって起きる。目覚まし時計無しに置きたい時刻に起きる、悟の特に自慢できる訳ではない特技のうちの一つだ。

 傍らで静かに寝息を立てているプニを起こさぬよう、そっと身体を起こせば、チャラチャラと鎖の掠れる音がした。

 流石に軽装鎧(ブリガンダイン)は脱いでいたが、どうやら鎖帷子(ホーバーク)鎧下(ギャンベゾン)も着たまま眠ってしまったようだ。こんなゴワゴワとしたものを着たままでよく眠れたものだと、自分の事ながら苦笑を漏らす。


 いつの間に着替えたのやら、(プニ)の方を見てみれば、うさ耳フードのついたもこもことした可愛らしいパジャマ姿に変わっていた。

 みたまま『うさ耳パジャマ』という名のそれは、ゲーム内であれば防御力皆無だが着用している間体力が自動で回復し続けるという特殊な効果を持つ装備で、なんと鎧扱いだ。因みに女性専用装備に見えて男性も着用できるが絵面はひどい。だからこそ、馬鹿な人気があった。

 だがこうして現実のものとなって見てみると、当たり前だが到底鎧には見えず、可愛らしい女の子向けの寝間着でしかない。そして恐ろしいくらいに(プニ)に似合っている。

 このまま愛娘との二度寝と洒落込みたいところではあるが、強靭な精神でもって睡魔を抑え込みベッドを後にする。やらなければならない事があるのだ。

 のそのそと移動し、音を立てぬよう注意深く扉を開け、外に出る。愛娘の安眠を妨害するつもりは無いし、今からすることを見られるわけにもいかない。


 小屋(ロッジ)から少し離れたところまで歩くと、アイテムボックスから一体の小さなゴーレムを取り出す。大きさは30センチほど、鈍い銀色をした太い体躯の武骨なゴーレムだ。

 平たい地べたにゴーレムを置き、頭頂部にある(ボタン)のような出っ張りを押し込めば、見る見るうちにスルスルと大きくなっていく。最終的に3メートルほどの巨躯へと変化したそれの名は魔法練習用ゴーレム「的場さん」と言う。

魔法攻撃を一切無効にする為魔法攻撃のコンボ練習に使用したり、魔法を多用する魔物が多く出現する地域(エリア)盾役(タンク)をさせたりと、限定的ではあるが何かと重宝したものだ。ただし物理防御は恐ろしく低く、使い方を間違えると呆気なく消失(ロスト)してしまう。

 今からすること、それは自身が使える魔法の確認だ。

 器用貧乏とはいえ、どちらかと言えば魔法職寄りの育成(ビルド)だ。万一何かしらと交戦した際、遠隔から攻撃出来る、という事も含めれば戦闘の主力は魔法になるだろう。多少なりとも近接戦闘職を修めている事を鑑みれば、というより娘の父親という立場からすれば、悟が前衛で盾役(タンク)もこなす必要がある。


 前衛魔法職に後衛魔法職、何ともバランスの悪い構成だ。ゲーム内であればそれでも何とでもできたし、やりようはあった。というより火力ごり押しがまかり通ったのだ。

 ゲーム内のレベル上限は、100。基本ストーリーをクリアするにはレベル50後半もあれば十分にこなせた。そして課金によるレベル上限解放により悟とプニのレベルは300へと達していた。これは課金でのレベル上限解放も200が限度だったものがゲーム後半、サービス終了が決定してからの運営の最後のテコ入れ、いや悪ふざけによるものだ。しかしレベル200以降はステータス値も大して伸びず、ろくな習得技術(スキル)も覚えないとあって「最後の搾取」「運営金返せ」のシュプレヒコールと相成った。

 結局、この「祭り」は今更貰っても仕方のないガチャチケットの大盤振る舞い、サービス終了間際の責任者交代という珍事にまで発展した。


 それでも、腐ってもレベル300だ。それ相応に強いかといえば悟の場合はそうはいかない。

 戦闘職以外の生産職を多く修め、錬金術師(アルケミスト)なぞという、使いどころの難しい―というか無い―(ジョブ)まで修得していたのだ。錬金術師(アルケミスト)に関しては、事前に攻略サイトで「取らない方がいい」とまで言われているという情報を得ていたにも関わらず、「なんか格好いい」というだけの理由で修得している。たとえ得られる習得技術(スキル)の大半が店売りやダンジョンドロップのアイテムで代用出来たとしても。

 結果、悟はレベル300にも関わらず戦士職で言えば130程度。魔法職に換算してもいいとこ180程度でしかない。ロマンビルドを追求した結果、もといなれの果てである。

 同レベルの純粋な近接戦闘職や魔法職と戦闘になれば、瞬殺、は流石に無いとしても精々、健闘ぐらいが関の山だろう。

 この世界にいる存在(もの)たちがどれほどなのかはわからないが、想定は常に最悪をしておくに限る。現実はだいたいそれを上回ってくるものだ。

 だからこそ、今自分に何がどこまで出来るのかを把握する必要がある。


 悟はアイテムボックスからゲーム終盤で愛用していた白金の大杖(プラチナムケイン)を取り出し、硬く握りしめる。アイテムボックスに仕舞いっ放しだったものだが、それほど馴染みがある、ともいえる。なにせ悟自ら創り上げた物の中では最上位に手間をかけたという自負がある。白金の、という名前だが実際に使われているのはとあるダンジョンでしか手に入らない謎の魔法金属という設定のその大杖は月明かりを浴びて煌めいているようにも見える。見た目はよくわからない金属で出来た太い枝、という印象だ。その枝を幾本もの(つた)が複雑に絡み合い、厳かな雰囲気を醸し出している。よくよく眼を凝らして、見れば表面にはルーン文字というやつだろうか、文字とも記号ともつかぬデザインが無数に刻まれている。この表現には実に苦労した。

 これは終盤で愛用していただけあってゲーム内でも魔法攻撃力が非常に高く、様々な追加効果を持つ逸品だ。自身の最大火力を知るには最適だろう。

 まず試すのは初級魔法火球(ファイアーボール)だ。

 『URMAウルマ KARMAカルマ』において、魔法の威力は詠唱者の「魔力」と「熟練度」という二つの要素によって決まる。

 「魔力」は文字通り魔法の威力を表し、これが高いほど一撃の攻撃力が高い。

 「熟練度」は10段階での効果の程を示しこれが高いほど魔法を発動するまでの時間が短くなり、また一度に複数発動出来るようになる等の恩恵がある。

 因みに悟の火球(ファイアーボール)の熟練度は7。魔法職を多少なりともかじった程度の悟ではこれが限界だ。

 魔法職一辺倒のプニの熟練度は当然10。魔力も遥かに敵わない。つまり、娘よりも幾段か劣る魔法しか使えないのだ。父親として尊厳を失うようなところは見せられない。早朝とも言えない深夜にこそこそとしていた理由はここにある。


 少し離れた場所に佇む「的場さん」を見据え、白金の大杖(プラチナムケイン)の頭をスッと差し向ける。ゲームでは魔法はアイコンをタップして発動するものだった。

 しかし、今は分かる。心の底なのか身体の内側なのか、どこかしらから溢れる力を、まるで生まれた時から出来たことのように制御し魔法を発動できることが理解できた。意識を集中させ、(おもむろ)火球(ファイアーボール)を詠唱する。と言っても本当になにがしかの呪文を呟くわけではない。単に詠唱時間(キャスト)と呼ばれる発動までの時間経過(タイムラグ)があるだけだ。そしてその時間経過(タイムラグ)さえも、どの程度必要なのかハッキリと認識できた。


 「…よし、いくぞ。火球(ファイアーボール)


 そうして発動してみれば、一抱えほどもある大きさの火球が7つ、悟の頭上へと浮かび上がる。これが今の悟が放てる火球(ファイアーボール)の最大値だ。大きさはこれ以上大きくは出来そうにないが、小さくすることなら出来ると感じる。数も減らして発動することなら出来るだろう。小さくしたり数を減らしたりすれば当然威力は下がるが、その分詠唱時間(キャスト)は抑えられる。

 この使い勝手のよさが、初級魔法の利点だ。

 初級魔法というのは確かに初期に覚える魔法というカテゴリではあるが、中級魔法や上級魔法、更には最上級や究極魔法と呼ばれるものを習得したから使わなくなる、といった類のものではない。確かに上位の魔法ほど威力は上がっていくが詠唱時間(キャスト)は長くなるし、消耗も大きくなる。

 因みにこれが熟練度10のプニならば数は10、いや特殊な習得技術(スキル)を修めていることもあり12、火球一つの威力で言えば悟の3倍程度の火球(ファイアーボール)を発動できるだろう。純粋な魔法職と悟との間には、それほどの差があるのだ。


「くらえ、的場さん!」


 そうして生み出した火球7発を、魔法練習用ゴーレムに向かって解き放つ。かなりの速度で放たれたそれらは7連の轟音と閃光を周囲にまき散らした。十分に距離を取ったはずだが、こちらまで火の粉が降りかかってくる。

 そしてそれに伴い悟の息が僅かに上がり、少々のスタミナを消費する。

 そう、スタミナだ。

 『URMAウルマ KARMAカルマ』において、所謂(いわゆる)MPと呼ばれるものは存在しない。前衛の戦士職が習得技術(スキル)を発動するのに必要なものも、魔法を行使して消耗するのもスタミナだ。

 スタミナは時間経過で回復するが、減り過ぎれば動きが鈍くなり枯渇すればしばらく動けなくなるというペナルティを(こうむ)る。

 故に、スタミナ管理は『URMAウルマ KARMAカルマ』では基本中の基本だった。

 ふう、と一つ吐き零し、息を整える。初級魔法程度であればスタミナの消耗は自動回復分とほぼ相殺できるだろう。ここら辺は前衛職も修めスタミナの最大値と回復力を高めた者の強みだ。威力は比べるべくもないがそこは仕方ない。

 火属性のみならず氷、風、光、闇と次々に初級魔法を試していく。

 上級や最上級魔法の確認もしたいところだが、流石に隕石を落としたり大竜巻を起こすのは(まず)いだろう。わざわざ忍んだ意味が無いし、プニの安眠妨害もいいとこだ。ゲームという演出上仕方のないことなのだろうが、上位の魔法になるほどエフェクトは派手になっていくものだ。ゲーム内であれば格好いいで済むものも、現実で起こるとなると少しばかり派手過ぎる。

 今日はこの程度としておこう。

 悟はそう決め、少し大げさにぐるりと首を回す。別に凝っているわけではないが習い性だ。

 そうして辺りを見回せば空の端が少しずつ白んでいくのが見えた。夜明けも近いのだろう。

 そろそろ朝食の用意でもして出発の準備も整えなければ。そう決めると、魔法練習用ゴーレムをもとの小さな彫像へと戻し白金の大杖(プラチナムケイン)と共にアイテムボックスにしまい込む。

 

 今日はどんな一日になるのだろうか。何と言っても(プニ)と一緒の旅なのだ、なにが起きたとていい日になるに違いない。

 愛娘と共に始める、家路という名の旅に想いを馳せながら、悟は小屋(ロッジ)へと戻っていった。

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