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8.帰路への旅路-1

 夜空には大小二つの月が輝き、数えきれないほどの星々が瞬いている。文字通りの満天の星空だ。

 保存食にしてはそこそこ美味い食事をワインで流し込み(ようや)く人心地ついた悟は、明かりも要らぬほどに辺りを照らしてくれる二つの月、という見慣れぬ光景に、やはりここは自分の知る世界ではないことを再認識しつつも、その幻想的な光景にしばし時を忘れる。


 しかし、やはり疑問が残る。

 『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』においても「夜」というものはあったが、空に浮かぶ月は一つだった。

 それに先ほどタブレットに表示されていた、おそらくこの辺りの地名であろう『グランディア平原』なる場所も、ゲーム内には無かったはずだ。少なくとも悟には聞き覚えがない。

 最初は『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』の中に取り込まれたのかと考えていたが、どうやらそれも怪しくなってきた。しかし、こうして(プニ)が存在し、育成した己の肉体(アバター)があり、ゲーム内で所持していた様々なものがある。全く縁もゆかりもない、とも考えづらい。


 ひょっとしたら。

 ここは、「追加マップ」のような場所ではないだろうか。実際『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』で盛り上げるイベントとして「小島」や「砂漠」等のマップが追加されるという事は何度かあったし、五周年記念ではなんとそれまでは海だったはずの場所に「半島」すら追加されたこともある。通称「地殻変動」とも呼ばれたそのイベントは出現する魔獣も入手できるアイテムや素材も変わったものが多く、全盛期の頃ということもあって悟自身大いに楽しんだものだ。

 もしここが追加マップのような場所であれば、この世界のどこかには――山の向こうか海の向こうかもわからないが――中央都市キャメロットがあるはずだ。

 もし中央都市(キャメロット)があれば。公式曰く「最も魔力に満ちた場所であり唯一、()()()()()()()()()()()()()()()()」にたどり着けさえすれば。

 帰る方法が、その手掛かりが見つかるかもしれない。


 そう、帰る。

 元の世界に未練はない、などと達観は出来ない。むしろ山ほどある。

 仕事もようやく落ち着き、残業も減ってきた。追いかけているドラマの続きは気になるし、買ったばかりの車のローンだって残っている。友人も家族も健在だ。

 そこまで考えてふと、不安がよぎる。

 果たして本当に帰ることが出来るのか。帰ったとして、この体はどうなる。元の杉田悟(じぶん)に戻れるのだろうか。会社に籍はあるのだろうか。


 なにより。

 (プニ)はどうなる。

 そう、娘だ。大切な娘。守ると誓った、約束した娘。

 彼女も元の世界に。いやそもそも(プニ)は元の世界の出身ではない。向こうに行けない、ということも考えられる。もし自分だけしか帰ることが出来なければ、彼女はここに独り、取り残されてしまうのだろうか。

 そんなこと許されはしない。

 思えば先ほどの、冷静沈着なはずのプニが興奮した様子だったのも、あれは恐らくはしゃいでいたのだ。言葉にはしなかったがきっと(プニ)も、こちらの事を父や兄のように慕ってくれていたのではないだろうか。

 サービス終了から、延々とログインしない日々。きっと寂しい思いをさせたに違いない。

 そんな(プニ)に、再び寂しい思いなどさせていいはずがない。

 いや、させはしない。させてなるものか。


 目標は決まった。

『日本に帰る。(プニ)を連れて』

 悟はこの言葉を心に刻み込む。決して忘れても違えてもいけないものとして。

 きっと険しい道のりだろう。艱難辛苦が待ち構えているに違いない。連れて帰ることができたとして、更にその先にも問題は恐らく山積みだ。(プニ)に戸籍なんて無いし、家族になるなら養子縁組が必要になるだろうが独身男性が養子を迎えるハードルは恐ろしく高い。だが、()()()()()()()

 (プニ)を幸せにすると(さとる)が誓ったのだ。出来ないことなどありはしない。

 その為にも、情報が必要だ。

 中央都市(キャメロット)の手掛かりが。(プニ)を連れて帰る方法が。ありとあらゆる情報が。


「…方針は決まった」


 固まった決意に、そんな言葉がつい口から零れだす。


「方針、ですか?」

「ああ、方針だ」


 こちらを向いた(プニ)の眼を見て―今は閉じているが―話す。大切なことは面と向かって言わなければならない。


「プニ。正直に言って、俺はここが何処だか判っていないんだ」

「私も同じです、マスター」

「だが、いや。だから、かな。帰ろう、俺たちの拠点(ホーム)へ」

「私も同じことを考えていました!マスター!」


 プニの眼が大きく開かれる。心なしか真剣な表情だ。そんなに驚くようなことだろうか。

 いや、きっと拠点(ホーム)に愛着を持ってくれていたのだ。彼女からしてみれば常に待機していた文字通りの「家」だ。思い入れも一入(ひとしお)だろう。


「ああ、その為にもまずは中央都市(キャメロット)を探すぞ。二人で旅をして、情報を集めよう」

「ええ、マスター!二人で旅立ち、手を取りあって(ホーム)へと向かいましょう!」


 父娘(ふたり)力を合わせ(手を取りあっ)拠点(ホーム)へ帰ろうとは。

 やはり寂しい思いをさせてしまっていたのだろう。

 無理もない。年頃を考えれば甘えたい盛りのはずだ。蝶よ花よと愛でられて然るべき歳なのだ。

 これからは一緒にいて、楽しい思い出を増やしていこう。

 悟は心の奥でそう誓う。


「ああ、ずっと一緒だ。プニ」

「はい、マスター」

「俺が、幸せにする」


 今まで、親からの愛を()けてこなかったのだ。これからは、幸せになるべきだ。


「私は、もう十分幸せです。マスター」


 目尻に少しの涙をためながら零すプニの笑顔に、悟はドキリとする。

 娘を今の今まで放置していた罪悪感からなのか、それとも。


「さて、そうと決まれば、明日は朝早めに出発するからな。さっさと寝てしまおう」


 心の中の何とも形容し難い葛藤を打ち消すように、努めて何気なく振る舞う。

 自分のアイテムボックスから取り出すのは、先ほど『倉庫』から引っ張り出してきた小屋(ロッジ)だ。人目があれば天幕(テント)一択だろうが、誰の眼もはばかることがないのならこちらの方がいいだろう。

 己のアイテムボックスに手を突っ込み、小屋(ロッジ)を探し当て軽く腕を振れば、目の前の草原に見慣れた――実際には初見の――丸太で組まれた小屋が現れる。小屋というには思っていたよりも大きい。十メートル四方、といったところだろうか。なかなか重厚な造りをしている。

 『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』では時間経過によって体力とスタミナを回復させる簡易拠点で、魔獣や害意のある敵の侵入を拒むという設定だ。何よりフレーバーテキストには「ベッドは二つ」と明記されている。これは本来「自身と従者でのみ使用することが出来る簡易拠点であり、他のプレイヤーと同時に使用することは出来ない」という意味だ。(もちろん、小屋(ロッジ)の上位互換として一つあれば複数のプレイヤーが使用できる簡易拠点というのも存在する)


 厚い扉を潜り、中に入ってみれば目に入るのはテキスト通り白いシーツで整えられたシングルサイズのベッドが二つ。簡素な椅子二脚にテーブルが一つ。外からの見目よりも狭く見えるのは壁がそれなりに厚いのだろう。扉も鍵も頑丈そのもので、これを破壊するのは簡単ではあるまい。

 十分だ。

 悟はその中身に満足し一つ頷くと、手近なベッドに身を投げる。悟の全体重を受け、軽くきしむ音を立てながらも、余裕をもって受け止める。どうやらマットレスはスプリングらしい。流石に羽毛や低反発などは望むべくもないが、藁とかよりは随分とましだろう。

 横を見れば、プニももう一つのベッドに腰かけて感触を確かめている。ギシギシと音を立て揺れを楽しむ様は、見た目通り年端のいかぬ少女のそれだ。

 それを眺めていると、何とも言えないゆるゆるとした眠気が降りてきた。今更ワインが回ってきたのか。見たことも無い銘柄だったが非常に口当たりがよく、スルスルと喉を落ちていったのだ。なにより(プニ)の酌で飲めば美味さも一入だ。少し飲み過ぎたのかもしれない。


「ほら、プニも早めに寝ちまえ。明日は早いぞ、日の出とともに発つからな」


 大きなあくびを一つ零すと、そのまま眼を閉じる。ああ、心地よい。今日は本当に色々とあった。あり過ぎた。怒涛の一日とは今日の事を指すのだろう。しかし、何も悪いことばかりでもない。この歳で娘に恵まれるなんて望外の喜びだ。差し引きで言えばプラスだろう。

 おかげでよく眠れそうだ。

 悟が微睡(まどろ)んでいると、不意に左側がギシリと小さく軋む。


「…プニか?」


 眼を開けることなく尋ねる。

 他に誰もいないのだ。それ以外にはあり得ない。


「はい、私です。マスター」


 そう言ってこちらに身体を寄せてくる気配がする。ベッドがもう一つ、キシリと鳴った。


「べっどはそっちにもあったろう」


 若干、呂律が怪しくなっている。眠気も限界だ。


「はい、ありました」

「じゃあ、なんで」

「ずっと一緒だと、おっしゃいました」

「ああたしかに、いったけども」

「甘えたい盛り、ですから」

「…しかたないやつだな」


 プニが言う通り、甘えたい時期なのだろう。 

 ならば、甘えたいうちは、好きにさせてあげよう。

 そのうち反抗期とか来るのだろうか。

 来たらちょっと寂しいなあ。辛くて泣くかもしれん。


 悟の意識は、次第に夜の闇に溶けていった。


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