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66.燃え立つ氷像-18

 足音が鳴らぬようそろり、そろりとつま先立ち、目的地まで忍び寄ると緩慢な速度で鍵を開ける。

 小さくカチリと響く音が、やけに大きく響いたような気がする。

 大きく息を吸って落ち着かせると、僅かな音もたてずにドアノブを殊更に時間を掛けて捻り、ゆっくりと戸を開けた。


 ベッドサイドテーブルに灯された僅かな灯りのみを頼りに部屋を見渡せば、愛しき主君はどうやら真夜中にコッソリと帰投したらしく、片方のベッドでスヤスヤと寝息を立てている。

 囮人形(デコイ)には気付く事無く眠りについている様子にホッと胸をなでおろすが、一抹の寂しさも覚えた。いくら酔っていたとしても、愛する義娘かそうでないかは見抜いて欲しい。自分で騙しておいてなんとも我侭な物言いだが、特別であるのなら特別だと見せつけて欲しいという気持ちもまた、本音だった。


 しかし、と小さな寂寥を払拭すると、現状を正確に把握する。

 愛する主人は寝入り、彼の認識する自身は傍らで寝息を立てている。即ち、今ここにいる自分は居ない者と同じ。

 という事は、多少の粗相は許されるのではないだろうか。


「どうしましょう…口、は流石に起きますよね…。頬ならバレないでしょうか」


 長らく逡巡するが、それはあくまでも親愛を示す行為なのだ。形の違い、大きさの大小はあれど、愛情を表すのに不都合などあろう筈もない。ただ一つ問題があるとすれば、今はまだその時ではない、という事位だろう。いずれその場所に至ると分かってはいても、タイミングというものは重要だ。

 此処は、己の忍耐強さの見せ所だろう。それに、求める気持ちは十二分にあれど、出来得るなら求められたいというのが乙女心だ。


 思い返すのも腹立たしいが、嘗て度々行動を共にした「あの女」は、出るとこは出て引っ込むところは引っ込むという、豊満な肢体をしていた。何気なく吐いたのであろう「貴方好みでしょ?」という台詞は今も忘れてはいない。

 そんな記憶と共にわが身を顧みれば、豊満などとは程遠い、起伏に乏しいのがありありと見て取れる。

 腕も足も細く、触ってみれば柔らかい。背も低ければ顔立ちも幼く、異性への訴求という点では不利と言わざるを得ない。

 だが、自身は確か10歳前後の筈だ。つまりは成長期の真っ只中であり、これからの未来、無限の可能性に満ち溢れているとも言える。

 道中で交流を深めた女性、同志カーミュラからは「豆乳が良いらしい」とのアドバイスも頂いている。日進月歩とまではいかないが、今の努力は間違いなく明日へと繋がる…筈だ。千里の道のはじめの一歩を踏むべく、先ずはその「豆乳」を手に入れなくてはならない。斯様な些事に主の手を煩わせるのも従者の矜持が許さないので内緒にしてあるが、決して恥ずかしいからではない。偏に主君への忠誠が故だ。


 ああいけない、と頭を振って暗くなりそうな思考を打ち切り、囮人形(デコイ)を仕舞う。明日も早いのだ、就寝しなければ。そもそもがそれ程睡眠に対する欲求というものを持ち合わせていないし、睡眠無効の魔法道具(マジックアイテム)も所持している。必要性を感じてはいないが故、今まではかなりおざなりにしてきた部分だ。

 しかし、主の「ちゃんと寝ないと大きくなれないぞ」との金言を賜り、今ではなるべく睡眠をとるようにしている。また、寝具を共にすることの許可を得たことにより、嘗ての味気ない時間は、今では唯一無二の至福とも言えるものへと変化した。

 囮人形(デコイ)を取り除いたベッドに滑り込む…という思考は初めから無く、丁寧に布団を整えると、愛用している「うさ耳パジャマ」に袖を通す。この装備は控えめに言っても防御力という点では紙にも等しいが、手持ちの中で一番「魅力」、とりわけ「可愛さ」が高い。なにより着心地が良いので、就寝には最適だろう。防御力に乏しいというのは確かに短所だろうが、その柔らかさ故に主君に触れても不快な思いをさせない、というのはむしろ長所ではないか。


「よいしょっと」


 小さく鼾をかくギアの左腕を適切な位置に配置すると、それを枕にする。不敬かもしれないが、許可は得ているのだ。その恩恵を享受するに誰憚ることは無い。腕というよりは最早肩口に頭を乗せ、なるべく触れ合う面積を広く取る。ひと肌に温められた寝具の中は心地よく、鍛え抜かれた身体は指を這わせば確かにごつごつとはしているが、何故か優しいと感じる。

 触れる先から伝わってくる感触、匂い、温もり。

 ああ。安心が、此処にはある。


 今日も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 昔の様に冒険に明け暮れ、魔獣を狩り続け、闘技場で強大な龍や魔物を屠るといった日々も刺激的ではあったが、今の様に何でもない穏やかでのんびりとした、()()()()()というのも悪くない。


 これからは父義娘(おやこ)らしい…否、家族らしい思い出に溢れるのだろう。


 嘗ての大地で自らの胸中を支配していた言い様のない焦燥や寂しさは、微塵もない。いつか世界が終わってしまう様な不安は、独り取り残されてしまう様な恐怖は影も形も見つからない。


 プニの中に、凍てつくような絶望はもはや何処にもない。柔らかい温もりと情動はそれらを溶かし尽くし、新しい火種となる。


 明日は何をしよう。どんな一日になるだろう。「枕」に軽く口づけし、少しだけ舌を這わしながら、少女は夢の世界へと意識を手放した。

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