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43.容易い難題-3

 時間の経過と共に盃を重ね、酒が進めば話も次第に盛り上がって行く。


「それじゃあ、四人は最初から一緒って訳じゃないのか」

「ええ、そうですね。マルティナと私は後から加入しています」


 皆の酒が進めば、話はあちらこちらへと行き来する。今、話題は「青い牙」の成り立ちに移っていた。


「もともとは俺とカーミュラが冒険者登録し立ての時の同期でさ。他の同期で居た連中は初めからパーティーを組んでいたのか、あぶれたのが俺ら二人だったんだ」

「それで最初の内は二人して他所のパーティーに混じったりしてたんだけど、しばらくしたらマルティナが合流してね」

「…行く当ても無かったので、助かった」

「そして最後に加わったのがイーサクだ。前衛、後衛、索敵に回復とようやくパーティーらしい形になったんだよなあ」

「私にとっても、青い牙に入れたのは幸運でしたよ」


 人に歴史あり、とは言うがこんなところにも細やかな物語がある。

 そんな益体も無いことにギアが思いを馳せていると、プニが虚空を見上げ、顎に人差し指を当てた。如何にも、ふと気になったような仕草でプニが疑問を投げかける。


「マルティナさんやイーサクさんは、青い牙に入る以前は何をされていたのですか?」


 どことなく、「青い牙」の空気が変わる。あまり聞かれたくない質問だったのかもしれない。

 他人の過去、それもこの手の仕事をこなす者の過去を詮索するのが御法度というのはよくある話だ。


「…別の、冒険者パーティーに所属していた」


 少しの間をおいて、マルティナが答える。元々口数の少ないマルティナではあるが、不承不承、必要最低限というのが見て取れた。

 暗黙の了解、不文律。

 此方の常識に疎いからと、何でも尋ねるのは要らぬ軋轢を生みかねない。それとなくプニを窘めようとギアが口を開こうとしたその時、ハロルドが恐々と答えを返した。


「あー、プニちゃん。その…マルティナは、前のパーティーとちょっとばかし反りが合わなくてな。それで抜け出したんだ」

「まあ、そうだったのですね」

「ああ。…まあ冒険者にとって過去ってのは答え辛い質問が殆どだからさ。あんまり触れないでいてくれると有難い」

「そうなんですね、申し訳ありません」


 そう言ってプニは頭を下げる。


「すまなかったな、ハロルド」


 合わせて謝罪の言葉を告げると、ギアもプニに倣い頭を下げた。己が娘の後を取り持つのは、父親の役目である。


「いやいや、そんな畏まらねえでくれよ旦那!こんなのよくある事なんだからさ」

「そうですよ。それに私の場合なんて、嫌味な助祭を殴ってしまって、教会に居場所が無くなっただけですから」


 気まずくなりかけた空気を戻そうと、イーサクが殊更明るく混ぜっ返す。半ば以上は気遣いだろうが、今はその気持ちが有難い。


「ははは。そいつは随分と豪気じゃねえか。そんなに嫌な奴だったのか?助祭様は」

「ええ、それはもう。下位官や侍祭の間では『どれだけ似合う悪口を言えるか』が競われる位には嫌われていましたね」


 ギアが酔った思考からその言葉に乗っかるように振る舞えば、イーサクもこれ幸いと話を盛る。

 ハロルドが莫迦話を披露すれば、カーミュラがそれに茶々を入れる。プニがちびりちびりと果実水らしきものを啜り、マルティナは黙々とブルスケッタを齧った。


 喧々囂々、酔いに任せてあれこれと話しているうちに夜は深まり、宴も(たけなわ)となる。

 本来の目的である情報収集、それも収納魔法に関するものは一向に進んではいないが、それは致し方無い。娘に夜更かしを強要してまで得られるものなど、ギアには無いのだから。


「もうだいぶ遅いし、そろそろお開きとするか」

「ああ、そうだな。…旦那はこれからどうするんだ?」

「取り敢えずは宿に戻って、ぐっすり眠って旅の疲れでも落とすさ。こっちで物を売るのが厳しいってんなら、当初の予定通り仕入れに勤しむかねえ」

「まあ、そうなるよなあ」


 そう言いながらも、ハロルドは渋面を作る。イーサクの話が真実なら、殆どの住民は今起こっている突然の寒さへの備えなど出来ていない。この寒さがいつまで続くのかは分からないが、長引けば少なくない数の凍死者が出るだろう。

 そこに、ギアが持つという「毛皮」があれば。

 どれほどの数があるのかは分からない。流石に全住民を賄えたりはしないだろうが、それでもあると無いとでは救われる人間の数が変わってくる。


 いくら考えても詮の無いことと分かってはいても、惜しいという気持ちは変わらない。

 この街を出ると決めていたハロルドとてナーファンに愛着が無いわけではない。避けられるものなら、人死には避けたいのだ。


「ハロルド達は、どうするんだ?」

「俺たちは、どうするかな。とりあえずは二日ほど休養をとってから、また依頼でも受けるつもりだ」


 ゴブリンの集団に襲われたのは、今思えば偶々、貧乏籤を引いたのだろうとは理解している。余程でない限り難儀の無い旅路の筈で、ただ運が悪かったのだろうと。だが、ギアが通りかかっていなければあそこで全滅していたであろうことは間違いない。

 悪運不運に見舞われても生き延びる。冒険者に必要な物は何よりも生存能力だ。今度は確りと備えなければと、ハロルドは酒精の回る頭で決意する。

 その為に必要なのは、今以上の経験と、金だ。


「それもそうだが、寒さの備えはしてるのか?」

「まあ万全とは言えないが、うまいこと中古屋で毛布を四枚確保できたよ」

「おお、そいつは運が良かったな」

「ああ。門を潜って旦那と別れた後にマルティナが珍しく主張してな」

「へえ、なんて?」


 ギアとハロルドの会話に、だいぶ酒で気分良くなっているのか、クスクスと笑いながらカーミュラも加わる。


「いつもより強い口調で、「今すぐ毛布を購入する」って。あんなにハッキリ喋るの珍しいからびっくりしちゃったわ」

「ほう、そうなのか」


 そう相槌を打ちながら、ギアがマルティナの方を見やれば、未だにもぐもぐと何かしらを咀嚼している最中だった。

 結構食うんだな、というのが率直な感想だ。その細く小さい身体の何処にそれだけ入るのだという疑問は有るが、ギアとて学生の頃は運動部だったこともあり、食べても食べても足りなかった経験がある。

 冒険者という、身体が資本の生活をしていればそれ程不思議は無いのだろう。


「若いなあ」という言葉が口から零れかけ、押しとどめる。

 揶揄と捉えられかねない、という想いと、その言葉に「自分は若くない」という意味が無自覚に含まれていることに気付き、それを認めたくなかった為だ。

 娘が将来、一緒に並んで歩くのを嫌がる「ダサい親父」にだけは決してなるまいと、密かに自身の改革中なのだ。


「…雪が、見えたから」


 食べるところをマジマジと注視されるのが恥ずかしいのか、ぷいと視線を横に投げながらマルティナが答えた。


「最初はそんなはずないだろうと皆思ったのですが、マルティナが意味の無い嘘を吐くはずもない、と急いで買いに行きました」

「そしたら急に寒くなるし、本当に雪は降ってくるしで大騒ぎよ」

「そいつは、大活躍じゃないか」

「ええ本当に。あの後直ぐに中古屋でも貸物屋でも毛布は品切れになったって、街で噂になってたもの」

「お手柄だったな、マルティナ」

「…そんなことは、ない」


 ギアが青い牙の面々と共に多少の揶揄いを込めて褒めちぎるが、マルティナは無表情を崩さない。いやむしろ少しばかり浮かない顔だ。否定の言葉も照れている、と言うより憂いている様に見える。


「…万全、ではない」


 そう、それは「青い牙」のリーダーであるハロルドも案じていた事だ。

 一晩二晩であれば十分に凌げるだろう。しかしそれは今日が偶々、いつもより少しばかり良い宿を選択したからだ。また、普段利用している建付けの悪い雑魚寝の安宿に戻れば。もし、今よりも寒さが厳しくなれば。

 毛布一枚では凌げない。


「なあ、ハロルド。ちょっとコイツを見てくれるか」


 そう言いながらギアが取り出したのは一枚の、暗い茶色をした毛皮だった。件の、売るつもりだったものなのだろう。

 ハロルドがそれをギアから受け取りしげしげと眺める。

 第一印象は、大きい。魔狼(ウルフ)か何かだろうか、ハロルドの肩口から膝下辺りまでをスッポリと覆うような大きさで、皮を剥がれる前は余程の大物だったに違いない。

 毛並みは艶があり、痛みも見られないのは丁寧に処理されているが故だろう。毛足も長くふっくらとしていて、如何にも暖かそうだ。これなら敷いても良いし被っても良い。外で外套(マント)代わりに羽織っても良いだろう。


「コイツはまた、随分と立派な毛皮だぜ旦那」

「コレを、大銀貨6枚で売る予定だったんだが…」


 大銀貨6枚は、毛皮の相場から言えば少々強気な額だ。

 だが、これ程の立派で質の良い毛皮、そしてこの寒さ。あの、そこそこ厚いとはいえ襤褸の毛布が大銀貨1枚したことを考えれば、適正か、寧ろ破格だろう。

 四人分を購入するとなれば大銀貨にして24枚。つまりは金貨2枚と大銀貨4枚。

 今、この出費は痛い。痛いが、ここを惜しめばきっと後悔する。

 意を決して購入を告げようとハロルドが口を開こうとしたその時、ギアが再び尋ねた。


「一枚あたり大銀貨4枚でどうだ?」


 提示されたのは相場以下の価格。ハロルドの持つ常識からしても余りに安すぎた。何か裏があるのではと勘繰るような額だ。


「いやいや旦那、それはいくら何でも安すぎる」

「勿論、条件はあるぜ」


 それはそうだろう。寧ろ無い方がおかしいとハロルドは頷く。


「門を潜る時に、俺から『荷運びを頼まれた』って事にして欲しいんだ」


 成程、とようやくハロルドにも合点がいく。

 門兵は誰が荷運び屋か、なんて事は確認しない。いつも門の近くをうろうろしている者の顔は覚えても、旅人や冒険者の「小銭稼ぎ」を一々把握したりはしないのだ。

 そしてそんな輩が何を持ち込んだかも、余程怪しい風体でない限り調べたりしない。度々門を潜る必要のある、見知った顔の冒険者なら猶更で、そんな連中が何を持っていただの持っていなかっただのは先ず記録にも残らない。

 つまりは、僅かながらごり押しが罷り通るのだ。

 4人の冒険者が荷運びをした、となればそこそこの荷物が運び込める筈であり、無茶な量でない限りこの街でも捌ける、と言う目論見なのだろう。

 値引いた差額は口止め料、もとい荷運び屋としての雇い賃と言う意味に違いない。


 必要な物が安く手に入る、理由も納得がいくのならハロルドとしては否やは無い。寧ろ渡りに船ですらある。


「全く、旦那には敵わねえな…4枚程、都合してくれるかい」

「ハロルドならそう言うと思ったぜ。4枚で大銀貨16枚、まいどあり」


 そう言いながら屈託のない笑顔を浮かべるギアから毛皮を受け取り、代わりに代金を手渡すハロルドは思う。


 いつの日か、この目の前の男に。

 戦士としての憧憬すら抱くお人好しで遣り手の商人に、何か一つでも勝たねば、と。

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