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4.初めての再会-4

傘差すの下手です

 その日は、朝から雨が降っていた。

 しとしとと続く雨は止むことなく、仕事帰りに会社から出る悟を少し憂鬱にさせた。


「参ったな。買い物して帰るつもりだったんだけど」


 誰に言うともなく呟く。

 せっかく久々に定時で上がれたのだ、細々とした用は済ませておきたい。

 朝に比べればだいぶ小雨になってきた。この分ならいずれ止むだろう。目的地はオフィス街からほど近い繁華街。多少歩くが、ここ最近の運動不足を考えれば丁度いいかもしれない。

 そう自分に言い聞かせ、悟は傘を広げて歩き出した。




 繁華街の外れにある行きつけのドラッグストアで買い物をすませて外に出てみれば、どうやら雨も上がったようだ。買い物袋と傘を持ちながら駅までの道を歩いていると、ふと中古のゲームショップが目に入った。


 そういえば先日、愛用していたタブレットが完全にお釈迦になってしまった。扱いが悪かったのか寿命が来たのか、一切電源が入らずうんともすんとも言わなくなったのだ。

 保証期間外だったらしく、携帯会社のショップで見てもらっても「修理するより買ったほうが安い」と言われ購入を検討したが、やれプランの変更だオプションの追加だなんだと煩雑で分かりにくい。どうせ家の中でしか使用していないのだし、いっそ中古もありかと考えていた矢先の事である。覗いてみるのも悪くない。

 そう考えると悟は中古ショップのドアを押し、中へと入った。

 ごくごく普通の店内は、新作ゲームの宣伝ムービー、チェーン店特有の店内放送やCMソングなどでにぎわっている。店員や客はあまり見当たらないが、平日の夕方ならこんなものなのだろう。

 お目当ての『中古スマホ・タブレット・PC』コーナーを目指す。

 入口から近い壁際のそのコーナーは、流石に中古ゲーム機ほどの扱いではないが、なかなかに品数を揃えられていた。


「やっぱり結構いい値段するな…」


 中古とはいえ、安い買い物ではない。気軽に買うには少しためらわれる金額がそこに並んでいた。中には発売されたばかりの機種で高性能を謳った新製品と手書きの説明がついたものもあるが、そもそも発売したばかりのものをなぜ売り払ったのかということの方が、悟は気になった。

 どうせネットショップの利用や電子書籍ぐらいにしか使わないので、機能はさほど求めてない。しかし値段は重要だ。

 一度帰宅して休日にでも再検討しようかと考えていると、一台のタブレットが目に付いた。


 大きさは今まで使用していたのと同じか、少し大きいくらい。色はいたってシンプルな黒だが、うっすらと木目のようなものが見て取れる。メーカーは『不明』と書かれていた。性能の表記を見れば先ほどの新製品に並ぶ、とまでは言わないが必要十分以上で、おまけに安い。

 どこかの外国製メーカーなのかと思ったが、この手のものに明るくない悟にはわからない。

 正直に言って、怪しいと言えば怪しい。メーカー不明ということは壊れた際にすぐ修理、とはいかないだろうしこの店の中古保証だって僅か一か月だ。買ってすぐダメにする可能性はある。


 しかし、悟はなぜかこの中古タブレットが気になっていた。確かに見た目に心惹かれるものはあるが、それだけなのだろうか。


「…よし、買っちゃうか」


 しばしの逡巡の後、そう決意する。

 どうせ安いのだし、ものは試しだ。もしかしたらすぐに壊れてダメになるかもしれないが、その時はその時。話のネタにでもなればいいだろう。


「すいませーん」


 たまたま近くにいた若い店員に声を掛け、タブレットを見せてもらうことにする。

 声を掛けられた店員はこの手の機器に詳しいのか仕事熱心なのか、事細かに商品の説明を若干興奮しながら話してくれるが、よくわからない悟にはどう答えていいかわからない。「へえ」とか「なるほど」と相槌を打つのが関の山である。

 店員のテンションに若干引きつつも、無事にタブレットを購入したころにはだいぶ時間が過ぎており、外はすっかり陽が落ち暗くなっている。悟は荷物を抱えながら、急ぎ足で家路に就いた。早まった感はあったが、久々の買い物のせいか足取りはいつもより軽かった。




 駅へと戻り、電車に十五分ほど揺られ、そこからまた十分ほど歩けば悟の住むアパートが見えてきた。


「…やっと着いた」


 そう言いながら部屋ドアを開け、玄関先に荷物を放り投げるように置く。荷物が増えているのは思ったよりも買い物に時間をかけ過ぎたせいで自炊を諦め、近所のスーパーで総菜を買い込んだ為である。

 総菜をレンジに放り込みスイッチを押す。そのまま冷蔵庫の扉を開けおもむろに缶ビールを取り出すと一気に呷る。温めが終わるころには丁度ロング缶を一本飲み切っていた。


「…ぷっはぁー」


 ついついおやじ臭いため息が出てしまうが、構うことはない。部屋には一人しかいないし、事実十分中年と呼ばれる年齢なのだ。

(こんなだから振られるのかねぇ)

 何気なく目に入った壁際に掛けられた、女物の白いコートを見ながら、益体もなくそんなことを思った。

 コートの持ち主はつい最近まで悟がお付き合いをしていた女性で、悟が離婚してふさぎ込んでいた時期に何かと面倒を見てくれた同じ職場の後輩だった。次第に仲良くなり、共に食事に出かけるようになり、付き合うようになった。

 お互いの部署が変わり何かと疎遠になってしまい、だんだんとお互いの時間が合わなくなっていき、結果別れを迎えてしまった。別れてすぐの頃はかなり落ち込みもしたが、今では少々引き摺る程度である。


 いったい何が悪かったのか、あの時自分が何かしていれば今は変わっていたのか。悟にはわからない。「女心がわかってない」というのは、今までお付き合いをしてきた女性全員から言われた悟の悪癖である。

 部屋にはそこかしこに彼女の残滓が見受けられるが、それもそのうちまとめて片付けねばいけないだろう。送り返してあげる方がいいのだろうか。

 余計な思考を二本目の缶ビールで喉の奥へ流しこむと、悟は暖め過ぎた総菜をつまみながら買ってきた荷物を漁る。片付けるのは早々に諦め、タブレットをいじるつもりだ。まずは初期設定から始めなければならないだろう。


 電源をつけてみれば、たいていのメーカーならあるブランド表記やメーカーロゴ等は一切出ない。何やら使用に関する注意のようなものも、知らない外国語だ。見たこともない謎言語だが、日本製でないことだけは確定した。

(おや?)

 ところが立ち上がりまずは言語設定を変えようとすれば、UIはすでに日本語表記になっていた。まあ購入した中古ショップ側でも動作確認ぐらいはするだろうし、その時に日本語に設定したのだろうと結論づける。


 初期設定を終え、必要だと思われるアプリを次々に落とし込んでいく。次々と素早くダウンロードが完了していく様は見ていて小気味よい。なるほどこれが最新機種の実力(スペック)か。いや、最新かどうかは知らないが、今使用しているスマホよりはあからさまに早い。

 それを見て悟は、このタブレットに『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』のアカウントを移行させることを思いついた。サービスの終わったゲームにスマホの容量を圧迫されているのになんとなく消すのは惜しいというもどかしさともこれでおさらばだ。サービスが終了したにも関わらずログインだけはできることが先日分かったので、たまにログインして懐かしさに浸るだけならわざわざ毎日持ち歩くスマホに入れておく意味はない。処理速度的にも今日購入したタブレットのほうが上のはずだから、最適だろう。

 ところが。先ほどからの軽快な速度とは打って変わって、『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』のアカウント移行には随分と難航している。移行中にいくつかのポップアップがでるが、日本語ではなく最初の謎言語だ。おそらく「データの移行を継続しますか?」と聞いているのだろうとアタリをつけ、ひたすらに『OK』や『YES』に相当するのであろう文字をタップする。


 そうこうするうちにようやくデータ移行は行われ、缶ビールは三本目へと進行する。代り映えのしないバラエティ番組を眺めながら、データ移行が完了するのを待つ。酒の廻りがいつもより早いのか疲れがたまっていたのか。いつしか悟はソファに体を預け寝息を立てていた。


 タブレットが画面中央に『完了』を意味する文字を表示した瞬間、柔らかな風が吹き抜けた。


 

 


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