26.鈍らの切先-2
見ていただいてありがとうございます。
閲覧、評価、ブクマ、全てがやる気に繋ってます。
なるべく更新出来るよう頑張ります。
通販サイト「ARIZEN」は、元の世界では大人から子供まで知っている最大手と言っていい通販サイトであり、そのサービスは最早通販だけに留まらない。動画や音楽の配信や書籍データの販売、ニュースの配信にクラウドサービス等、多岐に渡っており、ギア自身も月額有料会員として活用しているヘビーユーザーの一人だ。
初めてスマートスピーカーに話しかけて明日の天気予報を聞いたときなど、「子どもの頃にテレビで見た未来がやって来た」と独りテンションを上げ、夜中からはしゃいだこともある。
確かにお世話になった。外出が億劫な時に買い物をするのにも助けられた。探して探して見つからなかった本をなんとなく検索したら見つかったこともある。しかし、そのサービスの根幹を支えているのは「ネット」と「物流」だ。この世界にネット環境が整っているはずもなければ運送会社のお兄さんが軽トラと共に「サインかハンコお願いします」と来てくれるはずもない。
しかし、「新着」だ。何かしらの新しいお知らせがあると言うのだ。
この、未だ右も左も分からない世界において、それはギアにとって一つの福音だ。
娘の前で弱い姿を見せられぬ、とばかりにおどけては韜晦し気を張ってはいるが、元の世界の縁をずっと求めていたのだ。
商品を購入できる、というのは都合のいい考えだろう。購入できたとして、どうやって届くというのか。クレジットカードを登録しているから支払いは可能だろうが、向こうの世界の自宅に届いたとして受け取る人間など居るはずもない。
それでも。
動画や音楽が聴きたい。くだらない芸能人のゴシップが、バラエティ番組でお勧めされたB級グルメが、愚にもつかない広告が見たい。
恐る恐る「ARIZEN」のアイコンをタップする。そこに現れたのは、やはりと言うべきかまさかと言うべきか、懐かしい「ARIZEN」のホーム画面だった。どうやらセール中らしく、特価商品のお勧めが画面を所狭しと賑わせている。なるほど、新着のお知らせとはセールの案内だったのだ。
買えるはずもない、買えたとして手に入るはずもない。だが、もし手に入ったのなら。そう想像しながら眺めるだけでも楽しいものだ。
ブランド品の時計やアクセサリー。ブランドのロゴが彫られた逸品はさりげなくも高級感を漂わせている。
「まあ、要らんな。要らんけど欲しいなあ。もはや使い途ないけど」
パーティー、ジョークグッズ。仮装に使う仮面や、差すと刃が引っ込んで血糊をまき散らすジョークナイフの類に花火などの盛り上げるためだけの数々。
「これも要らん、あったら面白いではあるが」
アウトドア、レジャー用品。持ち運びやすく、軽量化を徹底した天幕や寝袋等々。
「焚火台はあれば便利かもなあ。まあテントは要らんが折りたたみ椅子は野営によさげだしキャンプ用のテーブルはなにかと使えるから必須だな」
最新のデジタルガジェット。自動掃除機やらPC周辺機器。
「いや欲しい。欲しいけど電源とか無いし」
アパレル、スニーカー。
「95年モデルは俺ら世代の憧れだよなあ。社会現象にまでなったもんだ」
わずか数日程度離れただけなのに、遠い昔のように懐かしい。ついつい独り言が零れてしまうがそれは仕方のないことだ。そうしてつらつらと見ていくうちに、ふと見慣れないものが目に留まった。
それは「食料品」の欄。まとめ買いで安く買えたり、ご当地グルメのお取り寄せをしたり、有料会員なら生鮮食品をその日のうちに届けてくれるという、ギアが恐らくは最も利用したサービスだ。そこに「制限中」の文字が被さっていたのだ。
「…制限中?」
よくよく見れば、他にもいくつかの項目に「制限中」の表記があった。何かしらの法則性があるようにも見られないし、少なくとも今までにそんな制限などされた経験は無い。一体どういう意味なのか。頭を捻りながら「制限中」の文字をタップするとメッセージがポップアップした。
『条件を満たしていないため現在使用できません』
全く意味が分からない。条件とはなんなのか。使用できないからどうだというのだ。そもそも使用出来たとして、どうやって受け取れと言うのか。それとも受け取る手段があるというのか。
ものは試しと、適当な商品を見繕う。何でもよかったが、先程便利そうだと思ったキャンプ用のローテーブル。アルミ製で軽く、折り畳めばコンパクトで持ち運びも簡単という謳い文句だ。セール対象商品となっており値段は1,000円ちょうど。このローテーブルを『カートに入れる』を選択し『レジに進む』。そうすれば、後は登録している住所を送り先に選んで支払い方法を選択すればいいはずだ。そう、このように――
「…なんだこれ」
そこには選択肢があった。『登録された住所へお届け』『アイテムボックスへお届け』『倉庫へお届け』の三つの選択肢が。
登録された住所というのは分かる。確認してみても以前という程昔ではないが元の世界で住んでいた住所だ。しかし、このアイテムボックスやら倉庫やらは、ギアの持つソレを指しているのだろうか。一先ず『アイテムボックスへお届け』を選択し、支払いへと進む。支払いはクレジットカードで良さそうだ。そうして『注文を確定する』をタップする。
そうしてみても、特に変化は感じられない。やはり無駄だったのだろうかと逡巡しつつもアイテムボックスを探ってみる。
果たして、そこには件の「アルミ製ローテーブル」が『届けられて』いた。
「お、おお…」
言葉にならない、とはこの事だろう。渇望して止まない、元の世界の品物が、縁がここにあるのだ。物自体は大したことがない、チープなローテーブルだ。だがしかし、確かに日本の、帰るべき場所の匂いがある。
取り出して組み立てて、地面に置いてみる。安かった割には丈夫そうで、ガタつきもない。これなら十分に使えるだろう。
「見たことのない造りと素材ですが、とても素敵なローテーブルですね。可愛らしいと思います」
喜色の含んだ声でプニがそう評価する。
「そうだろう。これは野営に重宝するぞ」
娘に褒められれば悪い気はしない、むしろ多少調子に乗るのが父親というものだ。
「ふふ、これが俺の『行商人』としての新しい習得技術だ。異界の道具を召喚できる。…まあ対価は要るがな」
「すごいです、マスター!このような習得技術、今まで聞いたこともありません!」
そう言いながらプニの眼が薄っすらと、夢見るように開かれる。多少なりとも気持ちが高ぶっているのだろう。しかしこの能力は、異界のものを、この世界にはあるはずの無いものを取り出せる能力は有体に言って厄介ごとを孕んでいる。吹聴すれば面倒ごとが転がり込んでくる可能性が高い。秘密である、と釘を刺しておかねばならない。
「そうだろう。恐らく俺の固有だ。だがこれは流石に内緒だぞ。二人だけの秘密だ」
その一言に、プニの瞳は一層大きく開かれた。
「そうですね!これは私たちふう、二人だけの秘密にしましょう!」
なぜか声が大きく、鼻息も荒い気がする。何が娘の琴線に触れたというのか。男親のギアには年頃の娘の機微というのは正しく難問だ。いや、聡明な娘の事だ、この能力の危険性も理解しているのではないか。ギア個人の能力でなく、このタブレットに依存していることすら気付いているかもしれない。その危険性、すなわちタブレットを誰かに奪われる、という可能性に。
余り、いや極力他人前でタブレットを使うべきではない。そういう気持ちの表れがこの態度なのだろう。やはりプニは、自分には勿体ない位良くできた娘だ。そしてだからこそ、プニの前では、娘にだけは自分の事をさらけ出せるのだ。ギアは唯一、この世界に自分を連れてきた何某かの存在に感謝する。娘と引き合わせてくれたことに深く深く。それ以外の、訳の分からないことに巻き込まれたことに関しては2,3発ぶん殴ってやろうと思ってはいるがそれはそれだ。
「ああ、頼んだ。それとこれからも二人だけの秘密は増えると思うから、そん時は宜しくな」
そう言って娘の頭をガシガシと撫でてやれば、甘えるように抱き着いてくる。そうすればますます頭を撫でてやる。これこそが父娘のコミュニケーションだ。
いつまでも浸っていたい幸せなひと時ではあるが、流石に出発せねばなるまい。陽の高いうちに、多少なりとも距離を稼いでおくべきだろう。
「そろそろ片付けて出発するとしよう。プニ、手伝ってくれるか」
「ええ、もちろんですマスター」
ギアの腹にしがみつきながらも上目遣いに返すプニの笑顔は、青空から見下ろす太陽にも負けぬほど輝いて見えた。




