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21.眩しい闇夜-3

 陽が上るにはまだ大分ある、文字通りの真夜中。星明りが僅かに差すだけの暗い森の中では、その声を掛けてきた者の姿は朧げにしかわからない。

 しかし、アチョールには声に聞き覚えがある。あの少女の、プニの声だった。


「いい夜ですね」


 相も変わらず、朗らかな、優しさを感じさせる声色だ。

 何故、ここに。

 居るはずがない少女の登場にアチョールは思考を巡らせる。

 

 先ず、ばれたのか、ということ。

 しかしそれにしてはこちらを非難するような態度を見せない。なにせ人攫いだ。罵詈雑言を浴びせるなりしてもおかしくない。もしくは、この少女ならそんなことは止めろ、と説得し始めるのかもしれない。そんなものは鼻で笑い暴力で黙らせてきたが。

 いや、それより普通は逃げるだろう。盗賊に眼をつけられたと知って夜中に一人で出歩き、あまつさえ親しげな態度で声を掛けてくるなどあり得ない。もし自分を攫うと知っていてその盗賊と友好的に接しようというのならそれは善人ではなく狂人である。

 次に、見張りだ。村の入り口には見張りを立てている。何かあれば即、伝令役が駆けつけるはずだ。気でも抜いていて、うっかり見逃したのだろうか。この少女が先行した、というのは流石に無いだろう。走り慣れた者が少女の足に追いつけないとは考えられないし、目の前のプニは息が上がっているようにも見えない。見張りが三人もいて全員が見つけられなかったという事は少々考えづらいが、酒でもひっかけていたのかもしれない。命令をこなせない莫迦どもには後で躾が必要なようだ、とアチョールの心は怒りに染まる。なんせ今までにない「大口」の仕事なのだ。万一にでも取りこぼしそうになった罪は大きい。


 辺りは真っ暗で、こちらから少女の姿はハッキリとは見えない。という事は逆もまた、というやつで少女の側からもこちらをハッキリとは見えていないはず。複数いることには気づいているだろうが、そのほとんどが身を潜めているし、顔も見えていないのだ。盗賊だと認識出来ていないのかもしれない。

 ひょっとして、この幼い少女は、たまたま夜中に出歩いてここまでたどり着いたのだろうか。

 確かにアチョールはプニの目の前で「自分は夜中に発つこともある」という話をしたが、その言葉に好奇心を覚えてつい夜中から父親の目を盗んで抜け出した、というところだろうか。子どもの好奇心というのは時に大人の想像を超えて発揮されるものだ。それが一番あり得そうではある。

 しかし、拭いきれない違和感。

 街道から少し外れた森の中に潜んでいたアチョールを見つけ、しかもこの顔も見えない暗闇の中でこちらをアチョールだと確信している節がある。

 なにより、予定が狂う事にアチョールは更に心の奥で怒りと焦燥を募らせる。

 今、この目の前の少女を力尽くで攫うのは簡単だ。一斉に襲ってしまえばいい。しかし、本命は少女の父親なのだ。大容量の収納魔法持ちは商人からすれば金貨が生る木、金の卵を産むガチョウだ。貴族からすれば軍備に使え贅沢に使え、他の貴族への自慢に使える。あの父親を売った際の値段は少女に付けられる値段を上回るだろう。

 少女を人質としてどこかにおびき寄せる、という手もないことは無い。あれだけ大切にしていたのだから見捨てたりはしないだろうが、しかし宿としている酒場から忽然と娘が姿を消せば大騒ぎをするであろうことは目に見えている。きっと村の中を駆けまわって探し回ることだろう。そうなれば少女が居なくなったことは村人にだって伝わり憲兵にまで話が行くことは想像に難くない。

 街道に警備なんぞを出されたら仕事がやりづらくて仕方なくなる。どうにかして父親を騒がせることなくおびき寄せること必要がでてくる。それとも一度村まで送り返した方がいいのだろうか。父親の目を盗んで夜中に出歩いたのなら、アチョールに出会ったことを話すことは無いだろうが、それは抜け出したのがばれていなかったら、の話だ。ばれていればアチョールのことを話す確率は高い。

 アチョールからしたら頭の痛くなるような難問だった。

 帰すにせよ攫うにせよ、とにかく話を聞く必要がある。どうにかけむに巻ければ良し。無理そうならこの場で攫うほかない。


 「その声は、プニちゃんかしら。どうしたのこんな夜中にこんなとこまで来て。お父さんは一緒なの?」


 アチョール自身でも白々しいと思うが、この手の演技には慣れたものだ。幼い少女なら騙しとおせる自信がある。


「いいえ、私一人ですよ。コッソリ抜け出しましたから」


 やっぱりか、とアチョールは誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。子どもの好奇心には呆れる他ないが、どうにか話をうまく転がせそうだ。大人しそうに見えて意外とお転婆な少女、というのは微笑ましいのかもしれないが、父親からすれば笑えない事だろう。


「いい夜、ってこんな月明かりもない真っ暗なのに?」

「はい。それでも、とってもいい夜です。こうしてアチョールさんにも会えましたし」


 なんともお優しい、よく出来た子どもの模範解答のような台詞だ。きっと父親の教育が良いのだろう、ああ反吐がでる。

 そんな怒りはおくびにも出さず、アチョールはこれからの算段を付け始める。すると。


「お頭ぁ、このガキですかい。攫う予定の、回復魔法の使えるカワイ子ちゃんってのは」

「随分と小柄ですけど、回復魔法ってだけでも高く売れそうですね」


 いつの間にかアチョールの部下である盗賊の中でも特に頭の悪い三人が、プニの背後へと回っていた。二人は好き勝手に喋り、一人はキシキシと軋むような笑い声をあげている。

 アチョールの算段を駄目にし、頭が悪く、笑い方が不快だ。こいつらはこの仕事が終わったら殺してしまおう。アチョールはそう決める。


「アチョールさんは、私を攫うつもりだったのですか」


 不思議そうな少女の問いかけに答えたのはアチョールではない。背後に回った莫迦のうちの一人だ。右腕をプニの肩に親しげに回し、その顔を寄せて顎を少女の肩に乗せている。


「そうだぜお嬢ちゃん、まあ俺たちは優しいからよ。大人しくしててくれれば怖い思いなんてしなくて済むさ」


 ああ、三下の台詞だ、言い回しも喋り方も不快だ。莫迦というのは本当に使えない。アチョールは怒りをそろそろ抑えきれそうにないと感じていた。しかし怒りを爆発させる前に仕事をこなさなくてはならない。

 仕方ない、このまま返すわけにはいかなくなった娘はこの場で攫う。娘を攫い、終わったら莫迦を殺し、父親の方はまた別に計画を立てなければ。やらなければならないことが山積みだ。


「ああもう、お前たちのせいで予定が狂ったじゃない。取り敢えず、とっとと攫うわよ」


 莫迦三人はもう全員が少女に近づき、遠慮なしに触っていた。まさかとは思うが「お楽しみ」でもしようというつもりなのか。いつもの一山いくらの娘とは違うのだ。純潔も値段に反映される、と事前に言ってはあるが、理解できているかが怪しい。

 もう莫迦どもはこの場で殺してしまおう。暴力を見せつければ少女も大人しくしているに違いない。

 そう思いアチョールがプニに近付いた瞬間。

 パン、と乾いた音が響いた。少女が肩に手を回した莫迦の顔面に左手の裏拳を叩きこんだのだ。

 幼い少女からの手痛い反撃。殴られた莫迦は怒り狂い、周りの盗賊仲間はそれを笑い揶揄う――とはならなかった。

 殴られた盗賊の顔が、ひしゃげて半分ほど頭に埋まってしまっているのだから。

 首の骨は折れたのだろう、後方へと倒れた頭は背中にあたるとぶらぶらと揺れた。生を無くした肉体は支えを失い、そのまま崩れ落ちる。

 盗賊の誰もが何が起きたのか理解できないまま、プニは手近な盗賊の頭を空いた右手でつかみ、下へと押し下げる。前屈のような姿勢を強要すると、後頭部の髪を掴み、一気に下へと振り下ろした。ゴキリ、という鈍い音が響き、頭を掴まれた賊の首が半周する。頭だけが上を向いた男の目からは、既に光が失われていた。

 どこからか取り出したのか、隠していたのか自身の背丈ほどもある杖を残りの一人めがけて振るう。高速で振るわれたそれは、アチョールが殺そうと決めていた莫迦のうちの最後の一人の頭を吹き飛ばした。


 魔術師の、ましてや少女の膂力ではない。

 少女に化けた魔物の類だろうか。誰もが混乱し、目の前の光景を飲み込めないでいる。


「殺せ!」


 そんな中、アチョールの決断は早い。たとえどれほど高く売れる商品でも、逆らうならば殺す。金の卵を産むガチョウでも、言う事を聞かなければ価値はないのだ。その命令に、ようやく盗賊たちは我に返り動き始めた。剣で、斧で、槍で。各々が携えた武器を振るい少女を殺すべく襲い掛かる。

 しかし、その一合もプニに届くことはなかった。避け、打ち払い、殴り返し、杖を叩き込む。

 盗賊たちの殴られた頭がつぶれ、拳を受けた腕が折れ、一人、また一人と倒されていく。


「射掛けろ!」


 あの少女に近付いては拙い。小さな見た目に騙されたが、暴力の権化のような存在だ。アチョールが焦りながらもそう命令すると何人かの盗賊が矢を構え、プニめがけて一斉に放つ。配下の盗賊たちも脅えがあったのだろう、一度では終わらず何度も放つ。


「なんでだよ!刺さったろ!今の!」


 矢をつがえていた盗賊のうちの一人が、半ば狂ったように喚き散らした。それを見ていた他の盗賊たちの気持ちも似たようなものだったが。

 動きが速すぎて少女に矢が当たらないのは仕方ないとは言いたくないが理解は出来る。だが、当たったはずの矢が刺さらずにそのまま地面へと落ちるのは全く理解が出来ない。

 その言葉に反応したのか、お返しとばかりにプニは絶叫した盗賊へと高速で迫る。瞬き程の僅かな時間で到達すると、その勢いのままに杖を振った。パン、という音が響き頭がはじけ飛ぶ。「ヒッ」という短い言葉だけを残して頭部を失くした躯となった盗賊に対し、プニがああ、と声を掛けた。


「この『ヘンゼル』は弓ダメージを大幅に減らしてくれるんですよ。お使いの低級の矢では、そもそも刺さりません」


 淡々と、というよりもどこか嬉しげでさえある声色で意味不明なことを語る少女は、異様を通り越して不気味だ。


「離れろ!」


 アチョールの大声での命令、というか最早怒鳴り声に盗賊たちは一斉にプニから距離をとる。それはアチョールのいつもの合図。魔法を放つ、という合図だ。

 ずっと隙を伺っていたが、プニの動きが早く上手く狙いを付けられないでいた。矢を射掛け、それで仕留められれば良し、仕留められなくても動きを止められればアチョール自身が魔法でとどめを刺す。どれほどの戦士であっても、腕利きの闘士や騎士さえも葬ってきたやり方だ。詠唱も終え、後は放つだけの魔法はアチョールが最も得意とする火球(ファイヤーボール)。全力の最大サイズで当然二発同時に放つ。ここで確実に殺さなければ、この化物は危険すぎる。

 プニ目掛けて突き出したアチョールの掌に炎が渦巻き二つの球を形作る。普段なら大人の拳ほどの大きさのはずのそれが、今は一回りか二回りは大きく作られている。まさか、こんな場面で魔力の成長が訪れようとは。アチョールはなんとも言えない気持ちになった。普段なら手放しで喜ぶところだが、こんな化物と遭遇してしまい、部下も半数は失った。売り払うはずの商品はこの場で殺さなければならないし、とんだ大損だ。

 暗闇に慣れてきた目に魔法の光は少々眩しいが、狙いを付けられないという事はない。


「くらいな!」


 そう叫び、少女の形をした化物へと火球(ファイヤーボール)を放つ。見事に狙い通り着弾した火球(ファイヤーボール)はごうごうと音を立ててより強く燃え盛り、闇夜を激しく照らした。

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