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2.初めての再会-2

長かった…

 暖かい日差しが差し、草のにおいをはらんだ風が吹き抜ける見渡す限りの大草原。

 

 そんな大草原のど真ん中、無造作に置かれたローテーブルを囲んだソファーの上に鎮座する自分と魔女のコスプレ少女。

 黒い魔女帽子の下からはツインテールにした赤毛が揺れている。身長は140センチ程だろうか、小柄で細い体躯は華奢そのもので、きちんと食事をとっているのか心配になった。その可愛らしい顔は幼く、あどけなさを残しているようにも思えるが両の眼は閉じられていた。


(ああ、なるほど。これは夢、か)


 瞬き程の僅かな時間で、悟はそう理解した。

 そもそも、自室が草原に取って代わるなどあり得ないのだ。こうやって思考を巡らせることが出来るのも、今見ているこの夢が明晰夢というやつだからなのだろう。

 そう考えながらコスプレ少女を見やれば


(…どうやら俺はずいぶんと未練がましい男なんだな)


 なぜこんな夢をみたのか、すんなりと納得できた。

 初対面の少女に見覚えがあるのも当然だ。なぜなら少女の顔にはつい最近別れたばかりの恋人―正しくは元恋人―の面影があるのだから。

 なぜ少女に面影があるのか。

 それもそのはずだ。なぜなら悟がそうあれと願ったから。そのように作り上げたのだから。




 悟は少し前まで、あるゲームに傾倒していた。『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』と呼ばれるそれは、いわゆるネットゲーム、MMORPGの類だ。数多あるタイトルの中でそれは、某有名メーカーの鳴り物入りで制作されたものではあったが、決して圧倒的人気を博したものではなかった。

 スマホ、タブレット、PCからのアクセスに対応しておりいつでもどこでも質の高い冒険が出来る。高い自由度、アバターやアイテム、装備の非常に細かな作り込みが可能…などという触れ込みなのに、多種多様な種族が闊歩する世界においてプレイヤーは人間種しか選択することが出来ない。プレイヤーは『従者』と呼ばれるNPCノンプレイヤーキャラクターを作成することが出来たが、一人につき一体まで。課金をしようがイベントをこなそうが増やすことは出来ない仕様だ。


 何よりファストトラベルのシステムが最悪だった。始まりの中央都市キャメロットと呼ばれる場所にしか転移することが出来ない。いくつかあるほかの都市でギルドを作り拠点を構えても、ファストトラベル先に設定することが出来ず、ログインすれば必ずキャメロットから始めなくてはいけない。

 投稿型攻略サイトでは「ゲームの大半が移動時間」と揶揄された。


 公式設定曰く、中央都市キャメロットはこの世界において最も魔力に満ちた場所であり唯一、異世界との扉がつながる特別な場所である。故にファストトラベルは限られ、プレイヤーは扉をくぐりぬけ(ログインし)たら先ずこの都市にたどり着くのだと。


 技術不足だ、いや予算不足だなどと散々批判を浴びながらも、結局この仕様は変わることがなかった。

 その代わり、と言っていいのか作成できる装備やアイテム、拠点制作などは前評判通りやたらと作りこむことが出来た。

 対応する職業(ジョブ)を修め、クリエイトシステム―課金が必要だが―を使えば自らデータを用意し、唯一無二のアイテムや装備すら作れた。


 高い自由度を謳い、魔物やイベントボスを狩り続けるのではなく良質なコミュニケーションと様々な体験をという公式の説明はなるほど、様々なアイテムを作り出す生産職や、値段をつけて街や往来で販売する商人系を選択するプレイヤーからは一定の評価を得るが、純粋な戦闘職を修めるプレイヤーからは(すこぶ)る評判が悪い。

 曰く戦闘時の操作性が悪い、技術介入度が低すぎるいや高すぎる、そしてなにより『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』には…PK(プレイヤーキル)P(プレイヤー)v()P(プレイヤー)も存在しない。

 これには公式な説明はなにもなく、「そういうもの」でしかないのだが、自由度を謳っておきながらそれはどうなんだという声はかなりあった。


 結局『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』はメーカーの知名度、月額無料の敷居の低さからある程度のプレイ人口と人気を得はしたがそれも少し前の事。

 他の有名タイトルや後続に追われ、つい先日サービス終了という形で幕を閉じたのである。





 悟は傾倒した、とは言っても睡眠時間を削ったり貯金を切り崩してまで(多少の課金はしているが常識の範囲内のはずだ)のめり込む所謂廃人の類ではない。それでもこのゲームに多くの時間を費やしたのは、かつての恋人に誘われて始め、共に過ごしたからだ。その過程を経て二人は友人から恋人となり、将来を語り合うようになり、どちらともなく共に暮らす計画を立て始め―そして別れた。


 まるでサービス終了が二人の関係を断ち切ったようにも見えたが、そこには何の関連性も意味もない。たまたまそうなっただけのことだ。

 サービスを終了したとは言ってもなぜかまだサーバーは残っており、未だアクセスが可能だったと気づいたのは少し前の事である。

 久しぶりにアクセスして感じたのは予想以上の虚無感。ログインボーナスがあるわけでもなく、デイリークエストが表示されることもない。かつては賑わいをみせた中央都市(キャメロット)は、一つのアバターも無く、ただただ無人の街を徘徊する自分と、それに付き従うNPC(小柄な少女)


 そう、今目の前にいるこの少女こそが、悟が作成し、『プニ』と名付けた自分用の NPCノンプレイヤーキャラクターなのだ。最初はよく理解せずに初期状態(プリセット)のまま連れまわしていたが、友人から恋人に昇格したときに嘗ての恋人から「二人の間に子供が出来たらこんな子に育つ」というイメージでNPCを作り直してほしいと言われ、丸一日頭を悩ませた経緯がある。彼女の幼いころを想像して作ったのだから、二人の子供なのだから面影をのこすのは当然だ。

 常に眼を閉じているが、眼が見えないわけではない。作成した際に、そのほうが格好いいのではないかという中二心だ。魔力特化にビルドすることを前提に、強すぎて溢れ出る魔力を普段から抑えるために眼を閉じているという設定である。

 嬉しすぎたり、驚きすぎるとつい眼を開いてしまうというポンコツ属性も付与されているのはご愛敬だ。

 名前はどうしても思い浮かばず、恋人の飼い猫の名前をそのまま拝借したので、ことあるごとにネーミングセンスを揶揄われた。


 未練などとっくに断ち切った、と思いはしても苦労して作り、育て上げた自身の『(プニ)』がこのまま電子の海に攫われてしまうのは何とも言えない寂しさがあった。

 何とはなしに残していただけの、容量を圧迫するだけのデータとアカウントだが、保存しておけば『(プニ)』は守れるのだ。

 しかし、別れた恋人との思い出を普段から使うスマホに残しておくというのは如何にも女々しく、抵抗があった。

 だから悟は―



「どうかされましたか?マスター」


 

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