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19.眩しい闇夜-1

「そうそう、それとな。俺たちは今日で一旦店を畳むよ」


 そろそろ日も傾き始めたかという頃、ギアはアチョールにそう声を掛けた。


「おや、二日とも順調に売れたのにどうしたの?」

「いや、単純に売るものが無くなっただけだ。一度街まで行って何か見繕ってくるよ」


 ふうん、とアチョールは興味無さげに洩らす。

 なるほど。売り物が無くなれば新たに仕入れに行く、商人としてはごくごく普通の行動だ。


「そうなのね。まあ、そんだけ売れりゃあそれも当然か。それで、どっちに行くの?」

「近い方だな。南西のナーファンだっけか、そっちに行ってみるよ。何か仕入れのお勧めはあるかい?」

「ふふ、商人がそんなの教えるわけないでしょ。自分で探すのも商いのうちよ」

「やれやれ、ごもっとも。正論が耳に痛いねえ。」


 のらりくらり、探り探られ。こんな会話が、アチョールは嫌いではないし苦手でもない。むしろ得意とするところだ。だから、もう少し探りを入れるのは彼女にとって難しくない。


「それで、いつ出発するの?あんまり帰りが遅いとこの村の人たちも心配するわよ」

「そうだなあ、今日はここの酒場に泊まって明日の朝一で出ようかと思ってる。暗いうちから出歩くのはここら辺はどうなんだ?」


 それは、商人ならば当然心配すること。つまり、街道の治安だ。

 だが、ギアは多少楽観的に見ていた。スルヴァンは見た目にも商人と分かりやすい馬車を引きながらも護衛をつける訳でもなく単身で旅をしていたし、アチョールに聞く限りでは村人が時間をかけながらも徒歩で行くという道のりだ。そうそう治安が悪いとは考えにくい。


「…そうねえ。魔物に襲われた、とか盗賊が出た、なんて話は聞かないわね。私はナーファンまで歩くときは夜中から出ることも多いわよ」

「夜中から、とは凄いな。それが普通なのか?」

「日中、暑かったり日差しが強ければそれだけで体力を消耗するからね。涼しい時間になるべく距離を稼ぐのよ。まあ、そっちは小さい子がいるから不安だってのは分かるけどね。私は日の出前に出るのをお勧めするわ」

「なるほど、そんなもんか。確かに日中は汗だってかくしなあ」

「剣の腕や魔法に覚えがあるんなら森を抜けた方が早いって話も聞くけど、森は獣が住み着いているはずだから、まあ街道を行った方が無難ね。ギアさんは戦えるの?」

「ああ、こう見えても腕っ節には多少なりとも覚えが…無いな。正直荒事は苦手だ」


 嘘ではない。ゲーム内では器用貧乏もいいところの育成(ビルド)だし、現実では平和を愛する一般市民だったのだ。いざという時の覚悟はどうにか決めているが、避けられる争いならなるべく回避していくつもりだ。

 その言葉にアチョールはふう、とため息を吐く。


「呆れたわね。なんで一回見栄を張ったのよ」

「ははは。まあ、その分逃げ足には自信があるからな。いざという時は俺がプニを背負ったって逃げ切れるぞ」


 それに、とギアは付け足す。


「プニは少しだが魔法が使えるんだよ。いやあ流石は俺の娘だな」


 魔法の名称が『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』と同一なのか。それとも同じ効果でも名前が違うのか。今後プニが魔法を使える、という事は隠しても知られてしまう事だってあるだろう。その時に齟齬があったり、怪しまれるような事態は避けたい。ここで少しでも情報を仕入れておきたい。


「へえ、それはすごいわね。どんな魔法を?」

「ほら、あれだ初級の回復魔法で、怪我を治す…なんて言ったかな…」

「ひょっとして軽治癒(ライトヒール)?」

「そう!それだ!」


 我が意を得たりとばかりに、ギアは大げさに手を叩く。どうやらこの世界でも軽治癒(ライトヒール)軽治癒(ライトヒール)らしい。


「でも、その年で回復魔法を使うなんて本当に凄いのね。よっぽど才能に恵まれてるんだわ」

「まあ、俺の娘だからな」


 ふふん、と鼻を高くするギアに、アチョールは冷めた目線をやる。


「本当に凄いことなんだからね、ちゃんと認識しなさいよ…。他には何か使えるの?軽異常回復(キュア―)なんかは?攻撃魔法とかも使えたりする?」


 アチョールからの質問に、それまで聞き役に徹していたプニが口を開いた。


「はい、軽異常回復(キュア―)なら使えます。攻撃魔法は残念ながら苦手ですね」


 それもそうか、とアチョールは心の中で頷く。

 そもそも魔法を使える者自体が少数の為、一般的には知られていないことだが魔法に携わり学んだものなら常識と言っていい。回復魔法と攻撃魔法は相反する才能であり、どちらかを得意とすればもう一方は苦手、もしくは全く使えない、というのが普通なのだ。

 事実、アチョール自身も魔法を使えるという才能に恵まれたが、回復魔法は一切使えない。


軽治癒(ライトヒール)軽異常回復(キュア―)が使えるだけで十分凄いことなんだから胸を張っていいのよ。プニちゃんが居れば道中は安心ね」

「ええ。マスターは私がお守りしますから」


 やはり、この目の前の少女は、優しく素直な良い子だ。アチョールはそんな思いからつい眼を細めてしまう。その才能に多少なりとも嫉妬を覚えはするが、それは仕方ないだろう。


「色々と教えてくれてありがとうな、アチョール。おかげで助かったよ」


 そう。アチョールのおかげで今回様々な情報を得ることが出来た。ギアの感謝に嘘は無い。少々の裏があるだけだ。


「ふふ、これくらいのアドバイスは砂糖楓蜜(メープルシロップ)のお代のうち、よ」

「それならもうちょい色を付けてくれても罰は当たらんぜ。アチョールはしばらくここで商売をするのか?」

「私ももう少ししたら仕入れに行くつもりよ。実はちょっと目を付けてるのがあってね、久々の大口になりそうなのよ」

「そいつは景気の良い話だなあ。いやはや、あやかりたいねえ」

「そっちだって十分景気が良いでしょうが」


 そう言ってアチョールはクスリと笑みを零す。こんな何気ない遣り取りがたまらなく楽しく、可笑しく感じた。


「じゃあ、俺たちはそろそろ引き上げるよ。また会ったらよろしくな、アチョール」

「ええ、こちらこそ宜しくね。プニちゃんも道中気を付けるのよ」

「ええ、またお会いしましょう、アチョールさん」


 プニの頭を撫でながら、アチョールは胸に付けた赤い石のはめ込まれたブローチに手を添え、これからの事に想いを馳せる。なんとなく、この幼いながらも聡明で素直な、可愛らしい少女を見ているとこれから先全てが上手くいくような気がした。

 ギアが茣蓙(ラグ)を丸め、肩に担ぐ。そのまま振り向きもせずに歩を進めると、娘のプニがそれに続く。その光景を見送りながら、アチョールは自分の茣蓙(ラグ)も片付け始める。新しい商売への準備は早いほど良い。


「そのブローチ」


 不意に、振り返ったプニから声を掛けられた。


「気に入っていただけたのなら、嬉しいです」

「ええ、とっても気に入ってるわ。本当にありがとうね」

「アチョールさんにとてもよく合ってます。渡した甲斐がありました」


 そう言って、とうとう去っていく二人を見つめる。優しく、才能があり、それでいてお人好しな、仲の良い親子。本当にいい親子だ。出会えて良かった。アチョールは心からそう思った。




 陽も大分傾き、辺りが次第に(オレンジ)色に染まりだす。さわさわと風に揺れる小麦畑を見ながら、ギアは茣蓙(ラグ)を肩に担いだまま、酒場までの道をプニと二人歩いていた。


「別れ際、アチョールと何を話していたんだ?」

「はい。ブローチを使ってくれていたのが嬉しくて、そのお礼を伝えました」


 スルヴァンと殆ど会話をしなかったこともあって少し人見知りの気があるかとギアは心配していたが、やはり男性との会話と女性同士の会話では違うのだろう。それにアチョールは商人として長いからなのか、会話を転がすのがうまかった。プニとしても喋りやすかったのかもしれない。今度会ったらもう少しお礼をしてもいいのかもしれない。

 そんなことを考えながらプニと他愛ない会話をしていると、見慣れた酒場の扉が見えてくる。数日しか寝泊まりしていないにも関わらず、まるで実家のような安心感すらあった。扉を押す感触すら心地よい。



「今日も戻ったぜ、アシビ。飯二人分と果実水にエールな」


 昨日よりも少し早い時刻、昨日と同じような科白(セリフ)をギアが吐く。


「相も変わらず日の高いうちからよく酒飲もうって気になれるね」

「まあまあ、そう言うなよアシビ。明日は少々早く出るんでな、早めに飲んで早めに寝ちまおうって寸法さ」

「早くに、ねえ。どっか出掛けるのかい」

「ああ、有難いことに売り物がほとんど捌けちまったからな。仕入れに街までいくつもりだ」

「そいつは景気のいい話だね。街まで行くんなら四日ほど待てば寄合の馬車が出るけど、それじゃだめなのかい?」


 四日。ギアとプニであれば行って帰ってこれると算段をつけられる日数である。金銭的な余裕はあるが、時間を無駄にするのは避けたい、というのが本音だ。一秒でも早く、とは言わないが、なるべく情報収集に時間を当てたい。


「まあ、そこまで余裕があるわけじゃないしな。明日の夜明けには発つ心算(つもり)だよ」

「夜明け、ねえ。最近は物騒な話は聞かないけど、暗いうちは気を付けなきゃいけないよ。ほら、飯と果実水、それとエールね」


 今日の献立はいつものスープと平たくも柔らかく焼いたナンに似た燕麦のビスキュイ。塩とハーブの味付けが食欲をそそる。メインであろう串焼きの肉はウサギらしいが、癖が無く柔らかい。相も変わらずアシビの飯は美味く、そしてエールに合う。ちびりちびりと飲っているはずがすぐになくなり、二杯目へと手が伸びる。

 プニの果実水のお替りと共につい三杯目のエールを注文してしまうが、これは致し方ない。エールに合う料理の方が悪いのだ。


「はいよ、プニちゃん。果実水ね」

「いや、アシビよ。…俺のエールは?」


 ふん、とアシビが一つ鼻を鳴らす。


「明日そんなに早いんなら、飲み過ぎで起きれないなんてあっちゃ拙いだろう。あたしなりの優しさってヤツさ」

「いやいやいやいや、そいつは殺生ってもんだぜアシビ!エールは俺にとっちゃあ命の水なんだよ、コイツが無きゃあそもそも眠れねえよ!」


 ギアとアシビの攻防は、しばし続いた。その勝敗は勿論、分かり切ったものではある。熟練の女将と愛娘の二人に勝てるほど、ギアの弁は立たないのだから。


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