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18.寒村の賑わい-5

 翌朝、少々の頭痛と共にギアは目を覚ます。流石に飲み過ぎたのだろうか。

 傍らをみれば、いつものように最愛の娘が寝息を立てていた。いつもと違うところと言えば、「うさ耳パジャマ」を着ずに寝ている事だ。昨日の疲れもあって、着替えることもなく寝てしまったのだろう。少々負担を掛け過ぎたただろうか。

 出来の良い娘を慮り、つい頭を撫でてしまう。この世界に来て出来た習い性だ。それほどにプニは、娘は可愛く愛おしい。今日はプニにはこの部屋でしっかりと休息をとってもらって、商いには自分一人で行くのがいいかもしれない。そんなことを思いながら撫でていると、プニがゆっくりと頭をもたげ目を覚ました。


「んん。…おはようございます、マスター」

「ああ。おはよう、プニ」


 そう言ってギアは愛娘を軽く抱きしめ、頭を撫でる。こうするとプニの機嫌が良いのだ。


「大丈夫か、少し寝不足気味じゃないのか」

「ふふ、そんなことはありませんよ。ご安心ください、マスター」

「そうは言っても心配するのが親心ってやつだからな。今日一日はこの部屋でゆっくり養生してくれないか」

「お気持ちは嬉しいですが、心配し過ぎですよ。お傍に居た方が安心できますから」


 短い付き合いではあるが、それでも父娘(おやこ)。プニが一度こうと決めたらそうそう意見を曲げないという事をギアは重々に理解している。


「やれやれ、頑固なところは誰に似たんだか。…きつくなりそうなら早めに言うんだぞ。それと一応、これを飲んでおけ」


 そう言ってギアが取り出したのは白い液体で満たされた一本の硝子(ガラス)瓶。状態異常回復薬(キュア・ポーション)と呼ばれるものだ。『URMA(ウルマ) KARMA(カルマ)』ではありとあらゆる状態異常を打ち消す効果のあるもので、店売りのアイテムの中でも非常に有効な代物だった。ゲーム内にあった『疲労』や『睡眠』という状態異常にも、もちろん効果があり、今のプニは飲んでおくべきだろう。なによりこれは中級解毒薬(アンチドート)と違い、わざわざ「まずい」と明記されていない。ギアが飲んだ時のように悶えのたうち回る味ではないはずだ。

 装備や装飾品の中にはこれらの状態異常を無効にするものも存在するが、今はどちらかと言えば毒や麻痺、疾病等、即行動に影響のでるものに対策を特化させている。

 これが野宿ならば、ギアがゲーム内で自ら作成した睡眠無効の装飾品――『指輪-睡眠無効』という捻りの無い名前の――を装備し寝ずの番をすることも考えるが、ここは人里だ。出来る限り、ベッドで寝たい。何より睡眠を無効にする、ということが成長期の娘にはあまり良くないことのように思えて、プニには外させたのだ。


「ふふ、心配性ですねマスター。ええ、飲んでおきます」


 そう言ってプニは状態異常回復薬(キュア・ポーション)の瓶の蓋を外すと、一息に(あお)る。

 ケプ、と可愛らしいげっぷを一つ零した。

 見た目に効果が分かるようなものではないが、ちゃんと効いているはずだ。


 準備を整え、二人して一階に降りると女将のアシビから声を掛けられる。


「おはよう、今日も広場に行くのかい」

「ああ、勿論さ。ばっちり宿代を稼いでくるから、今日も美味い飯とエール用意して待っててくれよな」

「本当に凝りないねえ、男ってのは。プニちゃんに迷惑かけるんじゃないよ!」


 口は悪いが彼女なりの激励だ。ギアとプニを何かと気にかけてくれるのは、泊り客が少ないのとは無関係に彼女の優しさなのだろう。厳しい口調とは裏腹に今日も弁当を作り、手渡してくれる。今日の弁当は燕麦を焼いたパンケーキのような菓子、燕麦餅(パーキン)だ。甘みは無いがしっとりとしていて腹に貯まる。


 外へ出てみれば、昨日よりは少し遅めの朝。と言っても急ぐ必要はない。昨日は場所取りと雰囲気を掴むために少し早めに出たのだ。何処に茣蓙(ラグ)を広げるかが決まっていればそれほど急ぐ必要もない。


「それで、今日は何を販売するのですかマスター。昨日のように鍋でしょうか」


 確かに鍋の販売は好調だったし、継続するのも悪くはない。しかし、昨日売り切れて店仕舞いしたのに買い付けにも行かないうちからまだまだ大量にあります、というのは変だろう。まだ少し残していましたと言って幾つか並べるのは大丈夫だろうが、それでは茣蓙(ラグ)の上はスカスカだ。鍋以外のものも並べる必要がある。

 今のところ収納魔法――と言い張っているアイテムボックス――は秘密にするつもりだ。そのうち公表する必要はあるが、それはもう少し顔と名前を売ってからの話だ。となると不自然にならない程度の、あまり大きくないものが望ましい。


 ふと思いついたのは瓶。ギアが鍛冶師(スミス)のスキルを上げる際に鍋と共に山ほど作った瓶だ。

 牛乳瓶(ミルクボトル)そのものの形をした小振りなものからワインを詰める大瓶、色付きのエール瓶に調味料を入れるのに適した蓋が付いた密封瓶(シールド)、精巧な細工を施した小さい香水瓶(パフューマ―)など、種類も沢山ある。

 牛乳瓶(ミルクボトル)は安く、密封瓶(シールド)は少しだけ高く、香水瓶(パフューマ―)はかなり高くすれば「うちはこういう高くて良いものだって扱ってるんですよ」という宣伝になる。流石に香水瓶(パフューマ―)は売れはしないだろうが、牛乳瓶(ミルクボトル)密封瓶(シールド)は需要があるはずだ。

 それに目先が変わって昨日来なかった客だって冷やかしに来てくれるかもしれない。

 しかし、それだけでは少し弱い気がする。

 昨日は「食料品は安い」と判断し敬遠したが、考えてみれば嗜好品ならば少しは高く出来るのだ。なら、今ギアの手持ちで売れそうなものは―


「鍋はかなり出回ったろうし、少しだけ出して様子見だ。あとは、瓶を考えている」

「瓶、ですか。良いと思います、水を汲むにも、何かを保存するにも使えますし」

「あとは、そうだな…。こいつで行こうと思う」


 そう言ってギアがアイテムボックスから取り出したのは(てのひら)に収まるほどの小さな、茶色と黒、二つの素焼きの小壺。それを持つギアの顔は、いたずらを思いついた子どものような満面の笑顔だった。




「おい兄ちゃん!茶色のと黒の壺!一つずつくれ!」

「あいよ、茶色は銀貨3枚と銅貨2枚、黒は銀貨3枚と銅貨6枚!合わせて6枚と8枚ね!」

「お兄さん!あたしにはどっちも三つずつよ!三つだからね!」

「いやいや、勘弁してくれ!ひとり二つまでって言っただろ!?」

「なあ、お嬢さん。この牛乳瓶(ミルクボトル)を3と密閉瓶(シールド)を2、貰えるかい」

「はい牛乳瓶(ミルクボトル)が一つ銀貨1枚、密閉瓶(シールド)が銀貨2枚ですので合わせて銀貨7枚頂きます。…お釣りの銀貨3枚ですね」

「お兄さん!あたしは茶色い方だけでいいから、4個頂戴な!」

「だから小壺の方は一人二つって言っただろうが!そんな数無えんだって!」


 昨日を超える大盛況に、ギアとプニの二人は忙殺されていた。





 朝の出だしは、あまり良いとは言えなかった。ポツポツと客が訪れ、残っていた鍋が捌け、ガラスの瓶がそこそこ売れていく。昨日の盛況ほどではない。

 問題は茣蓙(ラグ)の上の空いたスペースにギアが茶色い小壺と黒の小壺、二種類の素焼きの小壺を並べた時に起こった。

 甘い香りが、辺りに漂ったのだ。


 その香りに耐えかねたのか、隣で同じように茣蓙(ラグ)を広げていたアチョールが声を掛けてきた。


「ね、ねえ。ギアさん。その小壺から漂う甘い香りって、なんなのかしら」

「お、気になるかい」


 見れば、いつの間に近寄ってきたのか村人らしい女性が何人かこちらを伺っている。やはり、甘いものに敏感なのはいつの時代もどこの世界も女性らしい。


「ふふ、こっちの茶色い壺はな、蜂蜜さ。…試してみるかい?」


 そう言ってギアは弁当としてもらった、燕麦餅(パーキン)をちぎると、茶色の小壺の中に満たされている蜂蜜を一(すく)いし、燕麦餅(パーキン)にたっぷりと絡めてアチョールに差し出す。

 暗い茶色の燕麦餅(パーキン)が絡んだ蜂蜜に朝日を受け、キラキラと輝いた。

 その輝きに、アチョールがゴクリ、と喉を鳴らす。これを受け取って口にするのは、果たして正しいことなのだろうか。アチョールはしばし逡巡する。しかし、抗えない。黄金の輝きに、甘い香りに。

 アチョールの手はまるで魔法か何かで操られたように燕麦餅(パーキン)へと延び、それを口へと運ぶ。


「あ、甘ぁぁい!」


 つい、大声をあげてしまう。それほどに甘かったのだ。


「どうだい、なかなかにいい物だろう」


 そう揶揄(からか)うようなギアの言葉に答える余裕がない。アチョールとてそれなりに旅慣れしていると自負している。その土地その土地で珍しいものだって食べてきたし、甘味も人並みには嗜んできた。蜂蜜を口にしたことだって、それほど多いとは言わないが一度や二度ではない。

 しかし。今まで口にしたどの蜂蜜や甘味よりも、この小壺の蜂蜜は甘く、洗練されている。普通はもっと混ぜ物をしたりしていて雑味があったり苦みがあったりするものだ。それが一切なく、口に入れた後に残るのは爽やかな香りと、どっしりとした甘みの余韻のみ。この蜂蜜は余程の高品質に違いない。少なくとも、今まで口にしてきた蜂蜜なんぞとは文字通り、格が違う。そして、隣の黒い小壺。こちらからは蜂蜜とはまた違った、別の甘い匂いがしているのだ。そう、蜂蜜にはない、深い森や木々を思わせる芳醇な香り。これも、この蜂蜜と同じく高品質な甘みを提供するとでもいうのだろうか。その視線に気づいたのか、ギアが答える。


「そっちの黒い方が気になるかい?そっちは砂糖楓蜜(メープルシロップ)って言うんだ」


 そう言いながら、ギアは別の燕麦餅(パーキン)をちぎり、今度は黒い壺の中身を掬う。そしてこちらを伺っている集団に声を掛けた。

 

「どうだい、お嬢さんたちも試してみるかね」


 そして、その声に色めきだち殺到する村の女性たち。


 結果、ギアの弁当のはずだった燕麦餅(パーキン)は試食として全て食い尽くされ、試食が終わった後に始まったのは奪い合いだった。

 もともと、農村なら甘味の類は少ないだろうとアタリをつけ、軽い気持ちで蜂蜜と砂糖楓蜜(メープルシロップ)を販売することにしたのだ。多少、女性からの受けがいいのではないかとは思ったが、ここまで苛烈な反応は求めていない。『URMAウルマ KARMAカルマ』でギアが使っていたような「沈黙にならなくなり、詠唱時間をキャンセルする蜂蜜」でも「回復魔法の効果を上昇させる砂糖楓蜜(メープルシロップ)」でもない。ごくごく初期に手に入るただの甘味そのものだ。

 そもそもギアの知識から言えば麦を生産しているという事は麦芽糖、すなわち水飴があるはずで、売りたかったものは「多少目先の変わった甘味」である。決して「非常に高品質で希少価値の高い甘味」ではない。


 そうして、昼も大分過ぎたころ、茣蓙(ラグ)の上に並べた小壺とついでに瓶はすっかりと消え失せ店仕舞いとなった。流石に、香水瓶(パフューマ―)は売れなかったが、それでも物好きに一つ売れた、らしい。らしい、というのはギアの記憶に無いからだ。いつの間にか一つ減っていた、という方が正しい。

 茣蓙(ラグ)を片付けていると、隣のアチョールが声を掛けてきた。


「今日も売り切れで店仕舞いなんて、やるじゃない。新進気鋭ってやつね」

「ああ、有難いことにな。あ、そうそう、アチョール。これをやる」


 そう言いながらギアが差し出したのは黒い小壺。砂糖楓蜜(メープルシロップ)の壺だ。


「…いいの?これ、売り物でしょ?」

「ああ、いやそいつは試食に使った使いさしだ。もう半分くらいしか入ってないが、それでよけりゃ貰ってくれ」

「それだって売ろうと思えば売れたでしょうに、お人好しねえ」

「いいんだよ。お前さんの一言がなけりゃあ、こんなに上手くいってないだろうしな。…それに、アチョール。そいつ、嫌いじゃないだろ」


 そう言って、ギアはにやりと笑う。その笑顔は、いたずらっ子がいたずらに成功した時のソレだ。どうやら初めて味わう砂糖楓蜜(メープルシロップ)の風味にやられていたことを見透かされていたらしい。

 今日までのところは完敗だ。アチョールは心の中で呟く。しかし、このまま新人商人にでかい面をさせておくわけにも行かない。商人として。本職の人間として。アチョールはこの目の前の商人親子に本気を見せる、そう決意した。

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