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17.寒村の賑わい-4

 日もすっかり登り、そろそろ中天に差し掛かろうという頃。

 広場にいる商人や屋台の売り子は昼食の算段を取っていた。と言ってもわざわざ酒場に行ったりはしない。同じ広場にある屋台を冷やかすか、簡単な携行食なり弁当なりを口にする。昼時とはいえ、客が全く来なくなるわけではないのだから。

 いま、この広場において昼飯を食べそびれているのは、新参商人のギアとその娘であるプニだけだ。別に弁当を持ってこなかった、というわけではない。


「ちょおっと、お兄さん!これもう少し安くならないの?」

「いやいや、おばちゃ…お姉さん、その両手鍋は大銀貨1枚と銀貨1枚だって。これでも勉強してるんだぜ?」

「お嬢ちゃん、この鍋くれるかい?」

「はい、こちらの雪平鍋は銀貨6枚です。…銀貨4枚のお釣りです。それと、こちらの木匙をおまけにつけておきますね」

「ああもう、分かったよ!大銀貨1枚ピッタリだ!そんならどうだ」

「それなら買うけどさ、あたしにはおまけはつかないのかい?娘さんの方が気前いいってのはどうなんだい」

「ちゃっかりしてんなあ…はいよ、おまけの木匙。この匙も結構出来がいいんだから大切にしてくれよ」

「おい兄さん、この黒い丸鍋は幾らだね」

「そいつは大銀貨1枚と銀貨3枚だ、値段の分造りは保証するぜ」

「うむむむ、確かによく見えるがちょいと高くないか?」

「お嬢ちゃん、俺にはそっちの黒い平鍋を見せてくれ」

「お嬢さん、うちの息子どう?今度連れてくるから、見るだけ見てみない?」

「ちょいちょい、そこのおばちゃん!娘を誑かすのはやめてくれ!」


 客がごった返したからだ。

 ギアも、娘のプニも、対応に追われとても食事どころではない。昼飯時を過ぎても客足が衰えず、茣蓙(ラグ)の上に大量に並べて置いた鍋がすっかりと無くなったころ、(ようや)く客も売り物がないと分かり店じまいとなった。まだ昼を多少過ぎた頃合いだが、今日のところは十分だろう。

 隣のアチョールが、半ばからかうように声を掛ける。


「初日から盛況とは、なかなかやるじゃない」

「いやはや、やはり金物は正解だったな。わざわざ運んできた甲斐があったってもんだ」

「金物、かあ。私も裁縫針や裁ちばさみなら扱うけど、そんな大きなものはちょっとねえ。…それにしても結構安くで売るじゃない。もう少し高値をつけても良かったと思ったけど」

「まあ、最初は顔を売るのが目的だからな。顔を覚えてもらって、また買ってもらう。今日のところは足がでなけりゃ御の字だ」


 本当は値段が良く分からなかったので手探りで付けました、とは言わない。お客には喜んでもらえたしギアの懐は潤った。誰も損をしなかったのだから。どの世界でも初日は薄利多売(セール)、はおかしなことではないはずだ。


「見かけによらず堅い商売するのね」

「なんだよ、俺が博打を打つようにでも見えたのか」

「商売って博打じゃないの?」

「まあ、否定はせんが…しかし、金物がこんなに売れるのに、誰も扱わなかったのか?」

「歩きで運ぶには重いし嵩張るしで、大した数は運べない。荷車なり馬車なりで運ぶんならもっと割のいいものを運ぶ。ここの村の人たちだって他所の街に全く行かないってわけじゃあないしね。大抵、必要な金物なんかはそうやって街に行く時に買い込んだり、知人に頼んでおいたりするのよ」

「なるほど、そんなもんか」

「と言っても近くの街まで馬車で2日、歩きなら3~4日かかるし、道中だってタダで過ごせるわけじゃないしね。そこに、街で売っているものよりも質の高そうな鍋が街と変わらないか、少々安くで買えるんならそりゃあ皆飛びつくわよ」


 近くの街まで歩きで3~4日。村人の足でそのくらいならギアとプニの二人なら2日で行けるだろう。これは近いうちに訪れる必要がありそうだ、とギアは心の備忘録に付けておく。


「街ってのは、村の前の道を南西に進んだ先かい?」

「そうね、東にも街がもう一つあるけど、そっちは少し遠いし、ここからなら南西の街ナーファンの方が行きやすいわね」

「南西のナーファン、か。東の街はなんて言うんだ?」

「東の街はシューリンね。昔からある古い街で、歴史的な建物なんかがあるわ。老舗なんかも多いわね。南西のナーファンはどちらかと言うと新しく出来た街ね。その分人通りも多くて、新しい店が出来ては潰れていく、って印象かな」


 アチョールの言葉に、ギアは大まかな地理を把握していく。つまりここは街と街の間の田舎、という事だ。街と街を直線で結んだ線からは少々離れているようだから、人通りが非常に多いという事はない。街から街へと馬車で行き交う商人ならば時間も商品の内だ。しかし急ぐ必要のない者や徒歩の商人ならば休憩がてらに立ち寄って多少日銭を稼ぐ、ぐらいの位置なのだろう。どちらの街も行ってみるべきだ。情報を得られる場所は多いほど良い。そう、中央都市(キャメロット)に、ひいては日本に帰るための情報が。

 取り敢えずの問題はどちらから先に行くか、だ。古い街、というなら文献なり伝承なりがあるかもしれない。新しい街で人が多いというならそれらしい噂話が聞けるかもしれない。これは要検討だ。



「いやいやそれにしても、あんだけ喜んでもらえたんなら大盤振る舞いした甲斐はあったかねえ」

「まあ、そっちが客を呼び込んでくれたおかげか、私のほうも何時もよりは売れたしね。明日もその調子で頼むわよ」

「本当ここらの女性はちゃっか…しっかりしてんなあ」


 やはり、女だてらに一人で商人をしているだけはある。強かでないとそもそも続かないのか、商売を続けているうちに強かになったのか。なんとなく、前者な気がする。この目の前の女商人がか弱くおしとやかな頃、というものがどうしても想像出来なかった。


「なによ、じっと見て。なにか失礼なこと考えてない?」

「いやいやとんでもない、美人に見惚れていただけさ。さて、そろそろこっちは引き上げるよ。また明日な」

「どこで習ったのか、口がうまいのねえ。()()つきで女を垂らしこんだりしないようにね。プニちゃん、ちゃんと見張っておくのよ」

「ええ、勿論です」


 プニはその言葉にしっかりと頷く。そんなに女にだらしなく見えるのだろうか。父の尊厳としては(いささ)か拙い。

 昨日からの根城としている酒場に帰る道すがら、娘に言って聞かせておく必要がある。そう思いギアは少し遠回りにはなるが、小麦畑の傍の道を通る。まだ夕方にもならない頃だ、時間はある。


「一応言っておくがプニ、俺は女を垂らしこんだりしないからな」

「勿論、信じていますよマスター」


 良かった。

 ギアは心底ホッとする。娘から「女好きの駄目親父」などと思われていたら到底居たたまれない。


「むしろ、あの女性こそがマスターを狙っているかもしれません。先ほどの遣り取りはその牽制、という意味合いが強いのです」

「それは流石にまさか、だろう。今日初めて会ったばかりだぞ」

「用心に越したことはない、ということですよ」


 どうにも娘であるプニからすると、父というのは心配なほどもてるものらしい。確かに、元の世界の顔よりも男前だとは思うが、あの強かな女商人がギアに一目惚れする、というのはどうにも想像がつかない。というより、ハッキリ有り得ないと思われた。

 (プニ)の嫉妬、いや独占欲だろう。そう考えると、何とも可愛らしく愛おしい。


「まあ、心配するなよプニ。俺はお前と過ごす時間の方が何よりも大切なんだから」


 そういってギアはフードの上からプニの頭を撫でる。このいじらしい愛娘を少しでも安心させてやらねばならないのだ。


「ふふふ。くすぐったいですよ、マスター」


 そうやって父娘(おやこ)の時間を過ごしていれば、陽はいつの間にか傾き、二人は根城とした酒場まで戻ってきた。入口のドアを押し開け、開口一番に注文をする。


「ただいま戻ったぜアシビ。(めし)二人分と、果実水、あとエールを頼むよ」

「おやおや随分とご機嫌だね。商売は上手くいったのかい」

「ああ、エールを昨日よりもう一杯、いや二杯余計に注文できる程度には儲かったぜ」

「あんた、そんなこと言ってるとまた昨日みたいにプニちゃんに叱られるよ」


 酒場の女将、アシビは呆れたようなため息とともに返す。昨日飲み過ぎて可愛い娘からお小言を頂いたばかりだろう、と。


「ふふふ。今日くらいは、仕方ありませんね。マスターも初日からお忙しかったですから、休息も必要です」

「プニちゃん、お父さんに優しいのは分かるけど、男は甘やかしちゃあ駄目よ。すぐにつけあがるんだから」


 何とも酷い言われようだが、叱られたのは事実であり反論の余地は無い。


「ま、まあ今日だけってことで一つ、文句無しに飲ませてくれよ」

「ったく、娘の方がよっぽどしっかりしてるんだから。プニちゃんに愛想尽かされないようにしないと駄目よ」

「大丈夫ですよ、マスター。私がしっかりと見張っておきますから」


 そう言ってプニはこちらに微笑む。今日は機嫌が良さそうだが、そんなに嬉しいことでもあっただろうか。二人で一緒に何かを成し遂げた、という達成感ならばギアも抱いていたし、恐らくそれだろう、と推測する。

 それにしても、正面からしっかり見張っておくと宣言されてしまった。そんなに信用ならないだろうか。ギアがそんな風に思い、人知れず落ち込んでいると、料理と飲み物が運ばれてくる。


「一体どっちが親かわかりゃしないね。ほら、飯とエール。プニちゃんには柑橘水ね」


 出された料理はこの村でとれたのだろう燕麦粥(オートミール)に野菜と押麦(フレーク)の入ったスープ、何かの肉のステーキ、という程の厚さは無い薄切り肉を焼いたものだ。聞けば近くの森で獲れた鹿の肉だという。

 塩や香辛料といった調味料の類はそれほど使われていないが、森で採るというハーブの類が効いているのかアシビの腕が良いのか、非常に味が良い。それと合わせるうちについつい二杯三杯とエールが進んでしまうのは、ギアだけが悪いとは言えないはずだ。


「いや、やっぱりこれは俺が悪いんじゃあないよ。アシビの腕が良すぎてついエールが進んじまうんだ。まったく、罪作りな女将だよ」

「うちの村の酔っぱらいどもと同じことを言うんじゃあないよ!明日も早いんだろう、いい加減に切り上げて早めに寝ちまいな!」


 カウンターの向こうからアシビの怒号、というか罵声が飛んできた。客を客とも思わぬ所業だが、田舎ならばこんなものだろう。むしろこのくらいの距離感が今のギアには丁度よい。


「ああ、そうするか…ちょっと飲み過ぎちまったかな。アシビ、お代は明日の朝にでも払うわ…」

「もうとっくにプニちゃんから預かっているよ。ったく情けないねえ、プニちゃん。()()に愛想が尽きたら何時でもうちに来ていいからね」


 そんなアシビの小言を尻目に、二階の部屋へと上がっていく。


「マスター、こちらですよ」


 娘が手を取り誘導してくれるのが有難い。

 プニは、今日もベッドに忍び込んでくるのだろうか。拒絶するつもりはさらさら無いが、いつの日かそれも卒業するのかと思うと流石に寂しい。いつまでも父であるギアに甘えて欲しいが、娘というものはいつの日か大きくなり、娘から少女、女性へと変わり、そしてお嫁に行くものだ。そんな日が来たら。

 絶対に泣くよなあ。ギアは酒に朦朧とした頭でそう考える。眠気もひどい。


「大丈夫ですよ、マスター」


 誰かに、頭を撫でられたような気がした。


「…ずっと。…ずっと、私が」


 遠くでなにか、囁きのような、誰かの会話のようなものが聞こえた気がしたが、きっと気のせいか夢だろう。

 ギアの意識は闇へと溶けていった。

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