15.寒村の賑わい-2
翌朝、朝日がそろそろ昇ろうかという頃、酒場の二階にある部屋で悟は眼を覚ます。
今日はオーロック村での商売、その初日である。何事も第一印象が大事。今日販売するものが悟のイメージを左右するのだ。気を抜くことは出来ない。なので早くに広場に行って場所を取り、なるべく商品の選定に時間をかけようと、早めに起きたのだ。
傍らを見れば、娘が寝息を立てている。この部屋にはちゃんとベッドは二つあり、別々に寝たはずだが、どうや忍びこんだらしい。そしてやはり「うさ耳パジャマ」がよく似合っている。まあ、ようやく出会えた父と娘なのだ、甘えたいうちは好きにさせておこう。
愛しい娘の頭を一つ撫で、身支度を整える。倉庫の中身を思い出し、アイテムボックスを漁り、売り物になりそうなものを探す。ああでもないこうでもないと試行錯誤していると、プニが起きだした。
「おはようございます。マスター」
「おう、おはようプニ。よく眠れたか?」
「はい、とてもよく眠れました」
プニはそう言うが、ベッドは木枠の上に藁を敷いてクッション替わりにしたもので固く、布団も薄い。正直寝心地の良いものではなかったが旅の疲れもあったのだろうか。すこし過保護すぎるかもしれないが、心配になる。
「そうか、無理はするなよ」
「大丈夫です、本当によく眠れましたよ」
悟の心配をくみ取ったのか、言葉を続ける。
「マスターの傍は安心できますから」
やはり、悟が居ない間は寂しい思いをさせてしまっていたのだろう。眠れない日もあったのかもしれないと思うと心が痛む。これから一緒に居てやり楽しい思い出を紡いでいこう。悟はそう改めて心に誓う。
「よし、じゃあ準備してそろそろ出るぞ。それとな、プニ。言うのが遅くなったけど俺はこれから『ギア=ノイズ』と名乗る。プニはその娘の『プニ=ノイズ』だ」
プニからすればずっと悟はギア=ノイズだったはずだ。何を言ってるんだろうと思うかもしれない。しかし、これは必要なことだ。いつまでも自分を杉田 悟だと自認しているとこの世界では浮くだろう。いざという時に平和ボケした日本人では居られない。アバターを被る必要があるのだ。そう、いざという時。…例えば、必要に駆られ、人を殺さなければならないとき。
杉田 悟はどちらかと言えば平和と安寧を愛するごく普通の日本人だ。荒事には関わりたくないし、喧嘩早いわけでもない。血を見るのも苦手な方で、注射すら嫌いだ。音を聞くのが嫌という理由で歯医者の予約すらすっぽかしてしまう。
だが、ギア=ノイズは違う。プニと二人、時にはパーティを組み、時には単身で。野を駆け山を越え己の腕っ節一つで世界のありとあらゆ未知を探し求め新たな道を作ってゆく。
敵対するものは魔獣だろうと山賊だろうとなぎ倒す。…そう山賊だろうと。
ゲーム内であればギア=ノイズは山ほど人を殺している。山賊も、盗賊も、他国の兵士も、邪教の徒も。レベル上げの効率がいいというだけの理由で自国の兵士と敵対し殺したことだってある。目的の為ならば、いくらでも我侭になれたのだ。
これから先、なにがしかの敵と出くわすこともあるだろう。獣であれば戦える、いや追い払える。魔獣であってもどうにかなるだろう。だが、杉田 悟では人は殺せない。だからギア=ノイズを――アバターを――被る。そうでなくては、娘を守れないのだ。
目的の為に、我侭になるために。何を犠牲にしても娘を守り、自身の目的を果たすために。杉田 悟はギア=ノイズで在ることを選んだ。
「はい、かしこまりました。マスターはギア=ノイズ。私はつ…連れ添いであり娘のプニ=ノイズ。今後はそれを念頭に置いた発言と行動を選択します」
プニも、娘として意図を組んでくれたのだろう。悟の、いやギアの言葉にそう返す。その言葉が非常に頼もしい。満足を表す頷きと共に返す。
「ああ。改めてよろしく頼むな、プニ」
二人して身支度を整え、部屋から出ると、声を掛けられた。
「おや、お二人さん。もう出発するのかい。まだまだゆっくりしてもいいんだよ」
この宿、もとい酒場の女将であるアシビだった。
顔を隠しているプニが女の子であることに気付き、何かと気にかけてくれる。
「いいかい、プニちゃん。男にはようく気を付けるんだよ。プニちゃんはとても可愛いから、言い寄ってくる男なんて星の数さ。でも、そんなのを一々気にしてたらきりが無いからね。」
適当にあしらう事を覚えるんだよ、と付け足す。
どうにも、プニがフードを目深に被っている理由を察したらしく、何かにつけこうアドバイスを施していく。ギアからしてみれば有難迷惑、とまではいかないが似たような心境を覚える。それでも同性からのアドバイスだ。父から言われるのとはまた違った受け止め方があるに違いない。有難迷惑とは、大前提として有り難いものなのだ。
「大丈夫だよ、アシビ。俺の眼の黒いうちはつまらん男など娘に指一本触れることすら許すものか」
「あんたの眼はそもそも黒くないだろう!」
「ははは。まあ心配するなってことさ。今日も世話になるだろうから、食事と部屋の支度、よろしくな」
そうやって外に出てみれば、登り始めた朝日が眩しく輝き、痛いほどに目に飛び込んでくる。商売の初日として考えれば、雨の日よりも遥かに良い。父と娘、二人並んで目的地である中央にある広場とやらを目指す。人口の決して多いとは言えない寒村だが、通過する者や商売に訪れる者は意外と多くいる、と言うのはスルヴァンの言だ。それをいくらか、いや大部分あてにしている。
「それで、どの様な店にするのでしょうか」
道すがら、プニがそんな質問をギアに投げかけてきた。何もわからなければうまく立ち回れない、という不安もあるのだろう。
「ああ、そうだな。先ずは話に聞いた通り、茣蓙を広げてそこに商品を並べる。きわめて一般的な露店をやろうと思っている」
新規の行商人がいきなり屋台などを広げれば、流石に目立つだろう。ある程度目立つ必要はあるが、悪目立ちは困る。周囲の反応を見て、少しずつ規模を大きく、商品をより充実させていくつもりではあるが、いきなり多種多様な商品を扱っても怪しいと思われて敬遠されては本末転倒だ。
「そして、まず売っていくのはこいつだ」
そう言ってギアが取り出したのはいくつかの鍋。両手鍋に片手鍋、フライパンに雪平鍋。豊富な種類とサイズを揃えれば、目を引くのではないか、と考えての事である。
「スルヴァンが『鍛冶屋が無い』って言っていたからな。こういった調理道具なんかも不足しがちだろうさ。それにこいつらはとんでもなく丈夫だ。多少値段に色を付けても怪しまれないだろう」
鍛治スキルを上げるのに効率的だったから滅多矢鱈に作って処分に困ってました、とは言わない。そんな事実はなかったのだから。倉庫の肥やしになっていた事は事実だが、それは今関係ない。ギアにしてみれば、在庫の多いアイテムを最大限の価値で利用できるであろうことだけが重要なのだ。
そもそも丈夫もなにも、これら『調理器具』は、「投擲アイテム」に分類されてはいるものの、設定上壊れるという事が無い。投擲した際に与えられるダメージはほぼ1、もしくは0だが決して壊れない、という代物だ。そして『料理人』の職を修めるなら絶対に所持しなくてはならない。鍛治師の職も料理人の職も習得しているギアからすれば、有り余っているのも当然だが、有効活用できるのならばするべきである。なにせ、『料理人』はレベルが上がるに従ってより高度な「調理器具」を必要とされてきた。こんな「初期アイテム」など、処分にさえ困っていたのが実情だ。
これで娘からの「そんなの売れるわけねーだろ」的な反応があれば即座に撤回する気ではあったが。
しかし、返ってきたのは肯定。
「流石はマスターです!私も、ちょうどそれが良いと思っていたところです」
どうやら、娘と気持ちが通じ合っていたらしい。
「それと、俺たちの関係だが、歴とした父娘ではあるが、俺が仕事に対して厳格なため、仕事中は『師匠』と呼べと厳命している、という事にする」
そうすれば、父親であるギアをマスターと呼称する娘、という他人に与える違和感も、ある程度は払拭出来るだろうと考えてだ。勿論、そんなことくらい愛娘のプニは理解しているに違いないが。
「了解です。任せてください、マスター!」
ほら、やはり父娘とは理解し合えるものなのだ。
そんな会話をしていると、それらしき広場にたどり着く。何人か、商人と思しき者たちは茣蓙を広げ、その上で胡坐をかいている。今から商品を並べるのだろう。
そんなものたちを横目に、ギアも茣蓙を広げ、先程用意していた鍋を並べ始めた。種類の順番、鍋の大きさ、どれが見栄えするか慎重に並べていく。
なるべく目に付くよう、眼を惹くよう。目に留まるように。
ああでもない、こうでもないと茣蓙の上にたくさんの鍋を並べていると、不意に横から声を掛けられた。
「あんたら、ご新規さんかい。よろしくね」




