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14.寒村の賑わい-1

 大きく頭を垂らした小麦の穂が、落ち始めた夕陽を浴びて金色に染まる。風が吹いて、畑一面に広がるそれらが一つ大きく揺れた。

 実るほど(こうべ)を垂れるなんとやら。

 そんなどうでもいいことが悟の頭の中に浮かぶのは、現実逃避ではないはずだ。


「あ、ああいや勿論、今すぐにどうこうって話じゃあないぜ、スルヴァンさん。この村の事をよく知って、俺も少しばかり稼いで資金を十分集めてから、さ」

「そ、そうだよな。そりゃあそうだ。職人を集めるにしても育てるにしても簡単じゃあないし、直ぐには無理だよな」

「あ、ああそうとも。丁度良さそうな場所があったんで俺も先走っちまったが、将来の話さ」

「まったく、ノイズさんも人が悪い。すっかり肝が冷えちまったよ」


 そう言って笑いながらも、スルヴァンの胸中はけして未だ穏やかではない。

 この目の前の商人は駆け出しとは言いながらもなかなかの遣り手だ、やると言ったからには算段もつけているのだろう。それに口ぶりからしてこの素晴らしい皿の製法を知っている。恐らくは、焼成に使う窯の造りも知っているのではないだろうか。出なくては見ず知らずの土地で皿を売るのではなく作らせて広めるなんて、思い付きすらしないはずだ。


 スルヴァンはこのオーロック村には三月(みつき)に一度という、結構な頻度で通っている。小麦の買い付けだけなら年に一度で十分だが、この村には友誼を結んでおきたいとの思いから、頻繁に足を運んでは村で必要になるものを売っているのだ。それが大して儲けの出ないことは村人たちも承知しており、スルヴァンと村とではそれなりに信頼関係を築けている。

 スルヴァンとて、もともとは村の出身。物のない村での不便な生活は理解しているからこその行動だった。なにせ縫い針一本、シーツ一枚にさえ事欠くのだ。


 そして、そう遠くない将来。

 この村には新たに特産品が増える。あの素晴らしい皿、という特産品が。もし職人が育てば皿だけではなくコップや花瓶なんかも造られるかもしれない。珍しく、美しいものを我先にと求める貴族や金持ちなんかはこぞって買い付けるはずだ。もしそうなったらこの村は「年に一度、小麦が採れるだけの他に取り柄のない村」ではなくなる。それこそ貴族や金持ち御用達の村になることは想像に難くない。一度でも出回ってしまえば、間違いなく聞きつけた商人たちが押し寄せる。

 そして、そんな村で長く信頼を勝ち得ている自分。

 独占販売は無理でも、優先的に卸してくれることだろう。しかし、話に乗り遅れればそれも難しいかもしれない。幸運の女神の後ろ髪は短い、というのは商人ならよく聞く言葉だ。好機(チャンス)に乗るなら今しかない。


「…よし、私は決めたよノイズさん。その時が来たら私にも一口噛ませてくれんかね」

「いいのかいスルヴァンさん。ただの与太話かもしれないんだぜ」

「なに、私はこう見えて人を見る目はあるし、鼻だって利くんだ。ノイズさんはやると言ったらやる人だ」

「そこまで言われちゃあ、やっぱりできませんなんて言えなくなっちまうなあ」


 そう言って悟はふふん、と皮肉気に笑う。いや笑い事ではない。正直に言えば直前まで「やっぱり今のナシ」と言おうか迷っていたのだ。完全に逃げ道を塞がれた。生産職を多く修めた今の(ギア)なら、皿を焼くことも、窯を造ることもことも出来る。なんなら一から工房を建てることだって出来る。技術を教え伝えることも、まあ可能だろう。それが良いか悪いかは別として。

 しかし、そもそも旅自体が目的の一つだ。多少の足止めを食らうのは致し方無いとしても、長期逗留なぞはご免こうむりたい。


「まあ、それもまずは俺がこの村をよく知って、信頼を勝ち得てからの話だ。最初は堅実な商売をさせてもらうよ」

「うん、それがいい。村の連中には私が連れてきた旅の商人だとは伝えておくから、邪険にはされないはずさ」


 問題は保留、と言う名の先送りにする。今の自分には解決できない事でも、時間が解決する、というのはままあることだ。将来の自分が苦しむことになるかも知れないが、取り敢えずはこの場を乗り切る。


「ところでスルヴァンさん。そろそろ陽も暮れちまうが、この村に何処か泊まるところなんてあると嬉しいんだが」

「ああ、あるよ。村で一軒だけ、酒場があるんだが、そこが宿って程じゃあないが泊めてくれるんだ。素泊まりなら一部屋銀貨2枚と安いから、偶に通りかかる旅人や商人なんかが利用するね」


 カプセルホテルのようなものだろうか。いや、一部屋という言い方からすればビジネスホテルが近いだろう。二人位は入れると思いたい。


「へえ。スルヴァンさんもそこに泊まるのかい」

「いや。私は、さっきも言った契約している家に泊めてもらうんだ。家族ぐるみの付き合いでね、もう友人さ」

「そりゃあ凄い。取引先と随分といい関係を築けているんだな、スルヴァンさん」


 取引先との付き合いはゴルフだろうがキャバクラだろうがいい思い出の無い悟にしてみれば羨ましい話だ。かつての同僚なぞは興味もないのに麻雀を覚えさせられたらしい。ギャンブルはともかく、徹夜で付き合わされるのがキツイとよく零していたのを思い出す。


「それが商売が長続きするコツさ。全ては人との繋がり、てやつだね。そら、酒場までこのまま案内するよ。丁度この先なんだ」

「何から何まで世話になっちまうな」

「なあに。最早ノイズさんは(いづ)れ一緒に仕事をしよう、て仲なんだ。このくらいで気にしてちゃいけないよ」


 それはどうせなら忘れてくれないかなあ、とは最早言えない。口は災いの門、とはこういうことを言うのだ。



 ゴトゴトと細い道を馬車に揺られていると、集落から少し離れた場所にポツンと建った一軒の建物の窓から明かりがもれているのが見える。他の家々よりも少し大きく、しっかりとした造りだ。軒先から看板のような木の板を下げてはいるが、すっかり風化してしまっており、書かれていたであろう文字は掠れていて全く読めない。


「ほら、着いたよ。あれが酒場だ」


 その言葉と共に、馬車が建物の前で止められた。悟はひらりと先に馬車を降りると、荷台の中で相変わらずフードを目深に被りおとなしくしていた(プニ)に声を掛ける。きっと退屈させてしまった事だろう。


「ほら、プニも降りておいで。…すまんな、暇だったろう」

「いえ、そんなことはありません。何かと興味深いお話でした」


 子供心につまらない話ばかりのはずなのに、こちらの事を気にかけてそう言ってくれる。やはりよく出来た()だ。


「ありがとう、助かった。道中、スルヴァンさんみたいな人に出会えて本当に良かった」

「馬車に乗せていただき、ありがとうございました。おかげで、道中が随分と楽になりました」


 プニの口からもお礼の言葉が出る。父である悟よりも礼儀正しいのではないだろうか。


「それはこちらの科白(セリフ)だよノイズさん。毛皮だけでも私には儲けしかないのに、随分と大きな話になっちまった。それに娘さんも礼儀正しい良い子だねえ」


 娘が褒められて悪い気はしない。悟は少し、スルヴァンの評価を上げる。


「ま、まあ、それは俺がこれから上手く出来たらだけどね」

「ノイズさんなら出来るさ。それで、ノイズさんは明日からどうするつもりだい。まずはここで商売をするんだろう?」

「ああ、そのつもりだ。村の何処かで露店でも出そうかと思っているよ」

「なら、村の中央にある広場に行くといい。村の人間も何人かが茣蓙(ラグ)を広げて露店をやっているし、旅の商人が居ることだってある。私がここで商売をするときもそこだ」

「なるほど、なら行ってみるよ。どこかに許可を取ったりは要るかい?」

「特に必要ないよ。こんな村までいちいち役人が出張ったりはしないしね」


 恐らく村での商売など、大した額にならない場所で税を細かく取って田舎の消費を押し下げたりはしていない、ということなのだろう。この辺を治めているのが誰なのかは知らないが、なかなかに堅実だと言える。面倒なだけかもしれないが、どちらにせよ悟にはありがたい。


「じゃあ、私はそろそろ行くとするよ。私は明日には発つけど、ノイズさんの成功を商売の神様に祈っているからね」

「こちらこそ、スルヴァンさんの更なる成功を祈らせてくれ。次はいつこの村を訪れるんだい?」

「だいたい三月(みつき)に一度ってとこだね。まあでも次に来るのはもっと早いと思うよ」


 腹は決まった。なるべく早く、ここで商売を通じて信用を得る。ある程度の信頼を勝ち取ったら、村の外れにでも工房を造らせてもらおう。そして村人の中から職人を育てる。次男か三男あたりなら手に職を探す者だっているだろう。そうして環境を整えたら、やってきたスルヴァンに全部押し付けてしまえば良い。


二月(ふたつき)で戻ることは出来るかい、スルヴァンさん」

「そりゃあ、出来るとも。すぐにどうこうなることではないとはいえ、途中の様子を見に来る位はするさ」


 スルヴァンは途中経過を見に来てくれ、そして手伝ってくれ、いう意味だと捉えたが、悟は二月(ふたつき)で終わらせる気満々だ。


「じゃあ、その時まで達者でな、スルヴァンさん」

「ありがとう、そっちも元気でな」


 そう言って馬車を走らせ去っていくスルヴァンを見送ると、悟は改めて(プニ)へと向き直る。


「待たせたな、プニ。すっかり退屈させちまってごめんな」

「そんなことはありませんよ、マスター。話を聞いて情報を集める、これも旅の内ですから」

「そう言ってくれると助かるよ。さ、中に入ってまずは飯でも食おう。酒場ってことなら食事も出すだろう」

「お酒はほどほどに、ですよ。マスター」


 そうプニから釘を刺されるが、これぞ父娘(おやこ)、という遣り取りが何とも言えず悟には嬉しかった。ついつい笑みをこぼしてしまう。


「お手柔らかに頼む」


 そう言いながら、悟は酒場の扉を押し開け、中へと入っていった。

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