8話『衛兵ジークと青年リュート』
「さて……どうしたものか」
一人リゼルを放って森から街に戻ってきた竜人は行く当てもなくブラブラと街を歩きさまよっていた。
もうすっかり日も暮れかかっている。
「…さすがに言い過ぎたかな……でもこの程度の力でこんなに短期間でサタン倒すとか……笑えて来るもんな」
ハハハと力なく笑う竜人は街のギルド管理センターを通り過ぎつい朝方まで使っていた宿も通り過ぎ、武器屋も超えて街の端、街とその外界をつなぐ門の下までたどり着いた。彼はやけにやつれた顔をしている。
「どうしたんだ、こんな時間に。そろそろ門を閉めるぞ」
竜人の姿に気が付いた小太りの衛兵がすぐ隣にあった小さな建物から顔をのぞかせて言った。
「ん……? 何かあったのか?」
「なるほどねぇ……それでそのお嬢ちゃんのところから逃げてきたと」
さすがに『サタンと戦うために特訓してたけど……』なんて言えないので、強いクエストの挑むため…とかいつまんで説明した。もちろん『30倍の力』も伏せていある。
「せっかくオレに頼ってくれたのに……オレはあいつの力になれなかった。オレのこと『相棒』って呼んでくれてたのに……それに応えることすらままならなかった……」
言葉を紡げば紡ぐほど自己嫌悪の海に沈んでいく。静かに……ゆっくり……まるで底なし沼のように………。
「オレはいったいどうすればよかったんだ……? そのクエストまであと10日とちょっと……それなのにオレは足元にも及ばないどころか……あの子の足引っ張っちまうレベルで弱いんだよ……」
「それはなぁ、兄ちゃん。仕方ないってもんよ。無理なもんは無理だ。でもよ、その女の子一人でそのクエストに向かわせて、死んで帰ってこなくなってもいいのか……? その子一人でクリアできるようなものわざわざ兄ちゃんに助けを求めたりしないだろうし、兄ちゃんじゃなくてもほかの誰にだって助けを求めることはないんじゃないか?」
確かに、言われてみればそうだ。だったら……
「さぁ、兄ちゃん。早くその子のもとに行ってやんな? きっと待ってるだろうよ」
「あぁ、そうだな……ありがとう、おっさん。あ、オレは竜人。えーっと……」
「そうか、リュートか。オレはジークだ。今後また会うことになりそうだな」
いい年の小太りなおっさんジークは人懐っこい顔でにかっと笑った。
アルガの街にはすっかり夜のとばりがおりている。夜はうすら寒くなる季節。
「なるほど……そろそろ冬ってことなのか……でもここ数日こんなに寒かったっけ……?」
少し不思議に思いながら竜人は宿への道を早足で進んだ―――
すっかり街の窓という窓から灯りが消えた。しかし宿の食堂と、竜人とリゼルの二人が宿泊している部屋の窓からは煌々と温かい火の光をともしていた。
静かに正面玄関の扉を開け、締める。そして忍び足で食堂の方へ歩いていく……途中で竜人はいつもと違う空気に近づいた。何度かなかなか寝付けずに過ごすこの宿の夜は経験していたが明らかにこの空気はその時とは違うものだ。
ここ数日の森での特訓のせいか、何となく殺気や空気の匂いの違い、そして空気の流れがわかるようになってきた。
これは……食堂からか……??
若干漂う殺意と金属にこびりついた人間の血の匂い。
絶対何かあるだろ、これ……
胸元から護身用に普段から持ち歩いていた武器屋でもらったクナイを音もなく取り出し、両手で逆手にしっかりと握りしめる。
そして少しだけ開いた食堂のドアの隙間から中を覗くと……
そこには机に突っ伏す白髪で尖った耳、長い髪が特徴のエルフの少女……またの名をリゼルと、彼女が眠る席の後ろには今にもダガーを振り下ろさんとしている黒く大きなローブを羽織った男が一人……
それを見た瞬間、竜人はドアを蹴り開け大声で必死に叫んだ。
「その子に手をだすなああああああああああ!!!!」
するとどうだろうか。いくら叫んだといえどある程度の限度はある。にも関わらず窓という窓は粉々に砕け散り、ビンというビンが割れる音が厨房からこだまし、あげくの果てに男はダガーを取り落とし泡を吹いて気絶してしまった。
刹那、世界が真っ白に染まり、その向こうでうっすらとサタンと思しき『角の生えた何か』とリゼや白いローブに身を包んだまだ幼い幼女が血だらけで肉をぶちまけて倒れている姿が頭をよぎった……気がした。
一瞬の間に景色が一変し驚きに目を見張った竜人だが、次の瞬間ふと我に返りあたりを見渡す。
確かまだ真っ暗な夜中だったはずなのに、いつの間にかとても明るい……ちょうどお昼時であろうか?
うるさいぐらいに賑わいのある街の中、二人が泊まっていた宿の前に突っ立っていた。気づけば真後ろにリゼルも立っている。
「あ、リゼ! 昼の森では……すまなかった……もう一回、オレと一緒にサタンを倒すために……」
言いかける竜人の顔をまじまじと見つめていたリゼルだが、不意に彼の腕をつかむと路地の方へ引っ張っていった。
「ごめんね、竜人…つらい思いさせちゃって……」街の裏路地を風のように走るリゼルに手を引かれ、追い付こうとして走る竜人。そんな彼の耳に、小さく。そして細くリゼルの嘆きのような……はたまた彼に助けを求めているようなそんな嘆き声が聞こえてきた……