23話『眠れぬ森の序章』
作戦会議を開いた日の夜。竜人はなかなか寝付けずにいた。
サタンを倒す方法に心当たりはちゃんとあり、「任せてくれ」と言ったのだが、心配に違いはない。
その方法に自信もない。
ちゃんと成功するだろうか……仮に成功したとしてその代償は?
大げさな話、サタンは倒せたけど国が一つ吹き飛びましたなんて話にならないからね。もちろん失敗したときの不安だってある。
そんなこと考えては悶々としながら屋敷で与えられた客人用の部屋を出て、長い廊下を通り広い玄関ロビーまで出てきた。森の声を聴きながら、月でも見て落ち着こう。
元の世界でもよくそうやって眠れない夜を過ごしたものだ。
大きな音をたてないようにゆっくりと大きな扉を押し開ける。
少しずつ開く扉の先には小さな開けた場所。その先には漆黒に包まれた深い森……森から時折聞こえてくる獣や鳥、虫の声以外の音は一切聞こえない。
それから竜人は屋敷をぐるりと迂回し屋敷の裏手にある広い原っぱに出た。そして、原っぱの中央あたりに立っている一本の木の下に背をもたれかけさせて座った。
そうして、静まり返ったお屋敷をボーっと眺めていたその時、客人用の部屋……竜人達が借りている部屋のあたりで影が動いた……気がした。
確証はないが……何かが……動いた……?
しかし、目を凝らしても何も見えない。
「気のせい……か?」
竜人がそうつぶやいた瞬間、背後から肩を叩かれた。
これに気が付かなかった彼はびくりと体を跳ね上げて飛びのいた。
「どうしたの、難しい顔して」
しかし、そこに立っていたのは昼間よりゆったりとした服装のリゼルだった。
「なるほどねぇ……サタンを倒せるか不安で寝れないわけだ」
どうやら、彼女にはベッドから這いだしたあたりからばれていたらしく、ここまで後をつけてきたそうだ。
そんな彼女には隠し事をしても意味がないわけで、腹を割ってすべて話した。
胸を締め付けていた不安なこと、心配なこと……これまでのこと、これからのこと。
リゼルはそれら全てを真摯に聞いてくれて、優しく受け止めてくれた。
なんていい子なんだと改めて思い知らされる。
「そういう時は何か心が落ち着くことをすればいいと思うよ? 例えばいっぱい食べるとか。本を読んでみるのもいいかもしれないわね」
「なるほどなぁ……気分転換か……」
「そうそう。私はそこに尽きると思うなぁ……心配なことを『心配するな!』って言われても難しい話だしね」
クスクスと笑いながらリゼルが言った。
「これ、本来は言うべきじゃないと思うんだけどさ、私も竜人をこっちの世界に呼ぶときとっても心配だったよ。サタンを倒すこと引き受けてくれるかな…とか、そもそもちゃんとこっちの世界に召喚できるかなーって。でも、今こうしてここに竜人はいる。サタンはまだ倒せてないけどみんなで倒そうってがんばってる。まぁ私の場合、一番不安だった部分の結果はもう出てるからあとからどうとでも言えるでしょって話なんだけど。それでも信じてその時に正しいであろうことをすれば、なるようになるさって思うよ」
妙に説得力のあるような、ないような返答だなと竜人は思った。しかし、なおも腑に落ちない顔をしている竜人に対してリゼルはため息を吐きながら続ける。
「仕方ないなぁ…ひとつ、特別に心を落ち着かせる精霊術を教えてあげましょう」
「ほう、精霊術か」
うん、と頷きリゼルが右手を掌を上向きにして胸の高さに持ち上げる。
「普通の人間は精霊術への適性はゼロに近いから絶対使えないんだけど、竜人は30倍の適性能力もあるから簡単なやつね? わかったら私の真似してね」
竜人は頷いてリゼルと同じように掌を上向きにして腕を胸の高さに持ち上げる。
「掌の上に穏やかに炎が揺らめいてるのをイメージしてください。それは、貴方の内に秘めたる闇の炎。そして、貴方の周囲に漂う闇の力と共鳴しあって燃ゆる炎……今度はその手を自分の胸に当ててみましょう。温かいような、くすぐったいような炎が貴方の身体の内側に染み込み、心がだんだん落ち着いていきます……そして見えるはずです。貴方の周りに漂う闇の力の粒子たちが…!!」
リゼルが力強くそう言った。……なんだか落ち着いた気がするような……しないような…?
「ん、もう目を開けていいよ?」
リゼルがクスクスと笑いながらそう言った。そして、竜人がそれに従うと……
二人の周りには無数のホタルの光のようなものがプカプカと漂っていた。
「これはまだまだ小さな闇の精霊よ。といってもあなたたちの世界でよくイメージされてる『悪い精霊』ではないのだけれどね。これは今、この子たちがあなたの力に共鳴して光を発しているの。そして、闇の魔素をこの子たちとやり取りすることであなたは身体の芯からすっきりする。不安だったことも忘れられるでしょ?」
にっこりと笑ってリゼルがそう言った。
確かに、なるようになるさって気分になった気がする。……そういわれたからかもしれないけれど。
「この精霊術はね、どんな属性でも使えるの。それに、別に殺傷能力があるわけでもないから、使っても身体に大きな負担はないの。それに、精霊術の基本だから精霊術士はみんな使ってるわ」
「なるほどな、確かにこれは優しい気分になれるものかもしれん……なんか気分もスッキリした気がする!」
「そう、それはよかったわ。この精霊術は掌に優しく揺れてる炎を想像するだけで使えるから覚えておいて損はないわ」
そういって彼女は自分の隣にプカプカと漂っていた精霊の一つをつついた。
その瞬間、冷たくも生暖かくも感じる不穏な風が二人の間を通り過ぎた。
しかしリゼルはそんなことに目もくれず続ける。
「私はね、この術が一番好きなの。竜人も言っていた通り、優しい気持ちになれるからね」
彼女が声を弾ませて言ったその時……再び屋敷で影が動いた。しかも、複数の。
「待て、リゼ。屋敷で何かあったみたいだぞ」
竜人が口を開いた途端彼らの周りにいた精霊の光が消え、不穏な空気が流れる。
「え……?」
次第に、暗闇で揺れる影だけではとどまらず部屋に灯りが灯り始めた。
「おかしいわね……まだ夜中だというのに……」
「仕方ない……一度屋敷に戻るか」
竜人が溜息を含ませ立ち上がるとリゼルも黙って立ち上がった。
一方そのころ、屋敷では最初に異変を察知したマリア、ティガル、シュタインが動き出していた。
「シュタイン様。これはもしや……」
「そのようですね、ティガル様」
「わらわも感じた。これは結構ヤバいやつだな」
「すぐにみんなを起こしましょう。私はサダキチ様を起こしてきます。ティガル様とマリア様はほかの二人をお願いします!」
「あぁ」
「わかりました」
シュタインのテキパキとした指示に、三人はそれぞれ動き出した……。