21話『シュタインと豪邸』
数日後、宣言通りシュタインが竜人達の野営地にやってきた。
「竜人様、お久しぶりです」
「はい。えーっと……その『竜人様』ってのやめてもらっても……? 竜人でいいので」
偉い人に様付けされて呼ばれるのが単純に嫌だったというのもあるが、それ以上にもともと人との関わりすらなかった竜人は人に名前を呼ばれるのすらむずがゆく、そこに「様」を付けられるなどたまったものではないのだ。
「わかりました。ではせめてもの、竜人くんと呼ばせてください。他人のことを呼び捨てにするというのは慣れていないものでして……」
やはり幼いころからの習慣とかがあるのだろうか?
「竜人くん」だなんて……懐かしい響きだ。
シュタインは感慨深い気持ちになっている竜人に続ける。
「しかし、私ばかりが竜人くんと呼んだりするのは不公平です。私のことはシュタインと呼んでください。あと、私に対しては敬語など不要です」
「じゃあシュタイン様…いや、シュタインも敬語は無しで」
シュタインの言葉に対し特に意味はなく竜人はにやりと笑って右手を体の前に差し出した。
「これからよろしく頼むぜ、シュタイン」
「こちらこそ、よろしく頼むよ竜人くん」
そんな二人を後ろの方から怪訝な顔をしながら眺めていたリゼルに気づいたものは誰もいなかった……。
「おぉーー! 立派なお屋敷だ……なんか貴族が住んでる!! って感じだなぁ!」
「これでも一応貴族だからね」
竜人の語彙力の欠片もない感想にシュタインは苦笑しながら答えた。
シュタインと合流した竜人一行は竜人がこちらの世界に来た時に通ったような場所を潜り抜け、一瞬でシュタインが住んでいる場所にやってきた。
鬱蒼とした森の中にあるこの地はシュタインが幼いころから住んでいる場所で、大きな豪邸の横にはこれまた大きな蔵が備えてある。
しかし一見それは豪邸の続きのような見たと大きさで、見ただけで蔵とわかるのは普段からこういう光景を見慣れた人間に限られるだろう。
「まずは各部屋の説明からさせていただきます。その後は森に入るなり蔵をあさるなりご自由に過ごしてください。蔵の中の物はもちろんこの家にあるものは全て自由に使ってくださって結構です。サタンを討伐するときの武器に使っていただいたりするのも結構ですので」
それだけ言うとシュタインは大きな扉を押し開けて建物の中に入っていった。
文字通り、簡単に迷子になれるような大豪邸だった……。
「さすが代々領主をやってるってだけあるなぁ……あんな広い家すぐ迷子になりそうだ」
「えぇ。さすがに広すぎるわ。これは気を付ける必要がありそうね……」
シュタインから部屋を紹介してもらい、軽く昼食を取った午後。マリアとティガルは森へ魔物狩りに。サダキチは家の裏手にある温室の薬草室へ、竜人とリゼルは大きな蔵へ来ていた。
ここには大きな鎌や斧、盾や弓や銃火器や……その他思いつく限りの様々な種類の武器や防具、さらには見ただけでは用途の全くわからない不思議なアイテムが所狭しと並んでいる。
「あ、竜人。ここに魔刀があるわよ」
「ほほう…? 魔刀とな?」
リゼル曰く、その名の通り魔法と併用することで莫大な力を発揮するこの世界特有の刀だそうだ。
サイズは普通の日本刀と同じぐらいか少し短いぐらい。しかし刃の色が特徴的だった。
置いてある状態だと虹色に輝いたり透き通るような色になったり様々な色い変化していたのだが、竜人が触れた瞬間闇に落ちたように真っ黒に染まった。
「なんだこの刀……オレが触れたら真っ黒になりやがった……嫌われてんのか? オレ……」
「嫌われてるって……魔刀は触れた人の魔素の属性をその刀身で表現する特徴があるのよ。それにしても……ここまで飲み込まれそうな闇属性は珍しいわね」
「なるほど…? じゃああれか、オレは魔素全消費で敵の視界奪うあの霧を出せるのか? シャマ―――」
「そんな魔術はないけれども……珍しい魔術が使える可能性は……否定できない……かな」
「すっきりしない言い方だな……」
竜人の渾身の決め台詞を遮って言った割にはハッキリとしない物言いのリゼルに竜人は怪訝に思った。
「魔術をうまく使えるかどうかは素質があるかどうかで決まるからねぇ……単純に魔素が大量にあるだけじゃだめだし、魔素はないけど繊細な魔素のコントロールができるってだけでもダメ。さらに、人それぞれコントロールできる範囲があるわけでその範囲内且つその人にとって適度な魔素の消費量の魔術しかうまく使うことはできないと言われているわ。まぁある程度は訓練すれば大丈夫とは言うけれども……」
「……なるほどなぁ……何するのも簡単じゃないってわけだ」
竜人はしみじみ思った。
結局どの世界も、その人の才能と努力によってできることは限られてくるんだ……
静かに鞘に刀を戻した竜人は世界の理不尽さを痛感させられた。