19話『目覚めの刻』
「英雄、リュート・サッガーワ」
竜人は夢を見ていた。
今がいつなのか、ここがどこなのか……いや、ここは煌びやかな装飾がふんだんに施されている教会のような場所だった。
背後には、仲間たちが……リゼル、マリア、そしてその隣に見たことがないがどこか知っている気がするショートカットの黒髪の似合う和風美人の少女が。そしてティガルにサダキチ。あとは見覚えのない威圧感のあるがっしりとした肉体の白髪交じりの黒髪なおっさんが横一列に並んでいる。
さらにその後ろには大勢の騎士がびっしりと一糸乱れることなく並んでいる。
「貴殿はこの国の平和を守るため、様々な危険を冒して悪の根源、サタンの中枢を破壊したことをここに称し、シュガルツ家の紋章を授ける!!」
白地に赤と金の刺繍がふんだんに施された大きなマントを肩から羽織るここで一番偉そうな人が大きな声でそう宣言した。
そんな彼は右手に小さな、しかし力強く煌めく徽章を持っていた。
あぁ、なるほど……オレはついにサタンを倒したのか。途中のことはあんまり……いや、ほとんど覚えていないが……多分そういうことだろう。
きっと激しい戦闘で記憶など飛んでしまったのだろう。うむ。そういうことにしておこう。
と、そんなことを考えていた時、日が差してキラキラと美しく輝いていたステンドグラスが大きな音を立てて砕け散った。
「何事だっ!!」
これにはさすがの偉い人も驚き、自分の背後のステンドグラスに振り向いた。割れたステンドグラスの隙間から見えたのは、大きな黒いドラゴンの影と、その口から吐き出された大量の炎だった。
そして瞬く間に大きな部屋はドラゴンによって炎の海へと変貌し、そこで竜人の意識は再び途切れた……
熱い……いや……温かい……?
うぅ……と短く呻き竜人はうっすらと目を開いた。
後頭部にはモチモチとした柔らかい感触。そして微かに漂う春の日差しで咲き綻んだ花々のような甘い香り……さらに、目の前には豊かな二つの丘に、その向こうにはさかさまのリゼルの顔。
目は閉じている…が、眠っているわけではなさそうだ。というか、こうやって改めて見るとかわいい顔してるんだな、この子。さすがエルフというだけある。
「リゼ……?」
「あ、竜人。起きたんだ……よかった」
嬉しそうで、そんでもって今にも泣きだしそうな弱弱しい笑みを浮かべてリゼルは竜人の頬を撫でた。頬を撫でた。頬を撫でた……?
「……膝枕?」
ようやく気が付いた竜人のつぶやきに対しリゼルがさっと頬を赤らめそっぽを向いた。
「竜人が悪魔の攻撃食らって……ちゃんとしたベッドもないから仕方なく……だよ?」
「あーえっと……なんか、ありがとう」
さすがにそんな反応されると我慢していても恥ずかしくなるよ。
と、気まずい空気になりそうになったところを、不意にリゼルが口を開いた。
「もうっ、今日はこれでおしまい! ほら、早く寝て。さっきまで意識失って倒れてたんだから!! それじゃあおやすみ!! また明日ね!!」
そう言うが否や膝の上に竜人の頭が乗っかっているにも関わらず勢いよく立ち上がった。もちろん竜人は頭を激しく地面にぶつけるわけで……。
「痛い……」
しかし、竜人のつぶやきは夜の暗闇に静かに消えていった……
「なぁ……なんでサダキチさんがここにいるんだ?」
朝、いつも通りの時間に目が覚めてテントから這いだした竜人の目の前には、すでに起きて朝食の準備をしていたいつもの面々のほかに、気にもたれかかってうたた寝をしてるサダキチの顔が目に入った。
「竜人、おはよう。あの人はあなたの命を救ったのよ……」
どこか悔しそうにリゼルが手を止めることなく呟いた。
「りゅうと。わらわはこんなやつにお主の治療など願い下げだといったぞ」
「そうだねぇ……でも結果竜人くんはこうして元気になったわけだし、もう許してやってもいいんじゃないかな?」
マリアとティガルが口々に自分の意見を口にする。
「ってことは、この人はオレの命の恩人なのか……?」
「そうなるねぇ」
ティガルがうんうんと頷く。
「あー……なんかありがとうございました。お陰様で……」
そこまで言いかけたところで半開きだったサダキチの目がぐわっと見開かれた。
「感謝の気持ちがあるのならばワシをお主らの仲間に加えるのだ!! これは決してお主らに不利益な申し出じゃないはず。何せワシはお主らのリーダーの命を救ったのだからな! ワシの力はしっかりと見せれたはずじゃ!!」
そういって勢いよくサダキチは立ち上がった。見た目のわりにまだまだ元気なおじいさんである。
「なるほどねぇ……だから竜人が倒れてすぐに出てきたわけか……」
「確信犯じゃな」
「でもいて損はないんじゃないかなぁ…?」
再びリゼル、マリア、ティガルが口を開く。
「でも、だからといって私はあなたの悪行を許したわけではありません」
「そうじゃ。わらわの大事なりぜるがあんな目にあわされたのなら話は別じゃ! わらわも認めんぞ!!」
マリアの特に意識せずに放った一言にリゼルは驚きと戸惑いに顔を赤くしたが、マリアはそれに気づいたいないようだ。
「お二人の言い分もわかりますが……この先さらにサタンの瘴気が強くなるデあろうことを考えると……仲間にしておいて損はないのでは……?」
そんな二人に挟まれたティガルはどこか居心地悪そうに言った。さすがに同情するぜ……
「オレもティガルさんに賛成だよ。大丈夫、リゼとマリアには手は出させねぇから」
微妙なサムズアップで竜人は言った。
もちろん、間髪入れずにリゼルとマリアから「弱いくせに」って言われたのは気づいていないふりをした。