18話『アクマのキオク』
マリアとティガルが悪魔たちの根源を凍り付かせ、サタン軍第一陣を殲滅したころ、そこから少し離れた森の中で、竜人とリゼルが二人を追ってきていた悪魔たちの対処に追われていた。
「リゼ、これでどれぐらいだ!?」
「わからない!! でも多分半分くらいだと思う!!」
二人とも、ありったけの力を込めて一撃一撃を悪魔たちに攻撃を加える。
竜人は熊と対峙した時よりも無駄の少なくなった動きで悪魔たちに切り込み、リゼルもリゼルで精霊たちを呼び出して竜人の援護を行いつつ、自らダガーを構えて相手にダメージを与えていく。
しかし、それでも二人とも強力な一撃を何回も何回も出せるだけの実力はないもので、かなり苦しい状況を強いられていた。
「リゼ、大丈夫か。いったん退くか?」
「そうしたいけど……これを見る感じそう簡単にはできなさそうだよ……!!」
それ以上数が増えることはないが、減ることもない。倒し切るか倒されるかは時間の問題だなと二人とも思い始めてきた矢先……
「ぐあっ!!!?」
竜人の大きな悲鳴ともにつかぬ叫び声をあげて、膝から崩れ落ちた。
「竜人っ!!?」
すべての攻撃を捌ききれなくなった竜人が背後からの悪魔の攻撃をまともに受けてしまったのだ。
防御力30倍+α、さらに自己再生能力30倍と+αある竜人とて、瘴気のこもった悪魔の攻撃を直接食らったとなると、さすがにそれなりに影響が出てしまう。しかも、この悪魔たちはサタンの手下ときた。
そもそもこの瘴気、下級悪魔たちは空気中に散布することはないが、直接触れたりするといろいろと悪影響を与えるという物。しかも、その強弱や効果は親玉。今回で言うところのサタンの強さに由来するため……いくら下級悪魔といえど、それを直接食らったとなると効果は絶大なのである。
この瘴気は聖職者などによる浄化や、特殊な調合薬を用いないと完全には祓えないもので、当然のごとく竜人含めこのパーティー内にはそれらを扱えるものは誰もいない。
竜人が崩れ落ち、それに反応してリゼルの動きが止まったのを悪魔たちは見逃すわけはなく、悪魔たちが二人に追い打ちをかけんとしたその瞬間。竜人とリゼルの周りに半透明の小さなドームが形成され、次の瞬間大きな音とともに彼らを中心に悪魔たち全体が火柱に包まれた。
マリアとティガルだった。
「リゼルさん! 竜人くんを安全な場所へ!!」
ティガルの叫び声とともにその肩からマリアが飛び降りた。
「りぜる! こっちじゃ!!」
と、騒々しくしていたところへ一人の小さな老人が飄々と近づいてきた。ギルド管理センターでリゼルと一悶着あったサダキチだった。
「悪魔の瘴気にやられたのか。ここは、ワシの出番じゃろ」
マリアとリゼルにチラリと目をやってから、懐から小さな革袋を取り出してサダキチは竜人の隣に座った。
「ちょっと待ってくださいご老人。貴方はいったい何者なのですか?」
しかし、そんなこともいざ知らず。ティガルが唐突に現れて瘴気によってすでに意識がない竜人の隣に座り、何かしようとしている男を怪しまないはずがない。
革袋から何かを取り出そうとしたいたサダキチの右手をティガルはがっしりとつかんだ。
「これはこれは、ワシはサダキチじゃ。これでも以前まではこの国の国王軍で一線をおいた薬のプロフェッショナルじゃ。もちろん、ありとあらゆる薬に精通しておるから、この瘴気まみれのガキの治療も簡単に行える」
サダキチの、主に最後の方の言葉に眉をピクリと動かしティガルが言った。
「しかし、貴方の身の潔白を示す者がここにはおりませんが」
「それなら大丈夫じゃ。そこのリゼちゃんと一回街で会っておる」
再びリゼルに視線を向けてサダキチは言った。
対して視線を向けられたリゼルは、いかにも冷静を装っている表情で淡々と答えた。
「彼が竜人を治療できるかはさておき、彼とは確かに一度街で会っています」
そして、一瞬の逡巡の後、ティガルは言った。
「竜人くんのこと、お任せ致しました」
時間は数分遡る。
突然背後からの一撃を食らった竜人はその瞬間、悪魔が彼に触れている部分から様々な言葉や映像が流れ込んでくることをはっきりと感じた。
初めは穏やかな湖畔での休日……次に子供が炎に包まれた場所で泣き叫ぶ姿……『苦しい』『つらい』『死にたい』『助けて』といった言葉も流れ込んでくる。
悪魔の……記憶……?
アクマのキオク。聞いただけでもぞっとする。だってこっちの世界では悪魔は悠久の時を過ごすって話だぜ?
ということは、ここに見える人間たちの姿は悪魔がこれまでに出会った人たちってことなのか……?
意識が朦朧とする。そして、時間にしては一瞬なのに、多くのことが頭の中で交差する。
でも……オレたちのことを殺そうとしている悪魔が? 嬉しそうに喜ぶ小さな子供もいるんだぜ……?
それに『苦しい』とか『助けて』って……なんだ? こいつらがこれまでに聞いてきた言葉なのか……? それともこいつら自身が思っていることなのか……?
そして竜人は炎に包まれ、しかし穏やかな温もりの中意識がゆっくりと離れていった―――。