16話『裏切者の後始末』
「みんな、ちょっと聞いてほしいことがある」
それは、サタンが復活する日の朝食の席でのことだった。
「この中に一人、サタンのスパイがいる」
できる限り淡々とした口調で竜人は朝食をとる面々に言った。
もちろん、反応はまちまちで割とこういうことに慣れてそうなマリアやティガルは「またか」といわんばかりのボケーっとした表情をしている。一方、サハタは微妙に驚いた表情をしていてリゼルに至っては口をパクパクさせ、信じられないという表情をしていた。
「そ、そんなこと……竜人、さすがにそんな冗談はよくないよ?」
乾いた笑いを口に張り付かせ、リゼルは目をぱちくりさせて言った。
「悪いがリゼ、これは本当だ」
しかし、案外リゼルはそれ以上否定することはなかった。
「まぁ……いてもおかしくはないだろうとは思ってたけど……」
困ったような、悲しいような、微妙な表情を見せて彼女は言った。
「こればっかりは、信じたくなくても信じるしかないわ。私たちは今日からサタンから逃げながらやつを倒す方法を考えないといけないもの」
先ほどまでとは打って変わってキリリとした表情でリゼルは答えた。覚悟は決まったようだ。
「で。その裏切者はいったい誰だと思うんだい、竜人くん」
ティガルが、ゆったりといつもと変わらない口調で話しを先へ促した。
「あぁ。裏切者は――」
竜人とて、信じたくなかった。
温かく、おいしい食事でいつも支えてくれた。
もしかして、最初から全部演技だったのか? 使い魔が熊に食われたってのはなんだったんだよ? わざと食わせたのか?
はぁ……聞きたくなかったものを、最悪のタイミングで聞いてしまった。
「サハタさん。言い残すことは?」
竜人は足元に置いていた刀をスラリと抜き取ると、そのままそれをサハタの首に添えた。
「あらあら、竜人さん。なぜ私を疑うのです……?」
しかし、そんな状況であっても彼女はむしろ余裕とでも言わんばかりに平然とした口調で言った。
「朝、聞いてしまったんですよ。あなたが誰かにこちら側の状況を事細かく伝えているところをね」
はっとリゼルが息を呑む音が聞こえる。
「さぁ、白黒つけてもらいましょうか。誰と話していたのですか」
……すると、サハタは刀が首に少し食い込んでいることなど気にも留めず、高い声で笑いだした。
「くっふふふふふふふふふ、聞かれてしまっていたのね。それなら仕方ないわ。サタン様に貴方たちのことを報告していたの。そろそろお目覚めの時間なのでね」
それだけ言うと、彼女はほんの一瞬で影になって逃げていこうと……した瞬間を、マリアが逃すことはなかった。
「お前はここで、その身に背負った大きな罪を償っていけ」
詠唱無しに、サハタを氷漬けにしたのだ。
一方とらえられたサハタは再び影に溶けようとしたが……
「あきらめろ。わらわの氷は全てを絡めて凍らせる。お前なんぞの弱小悪魔にわらわの魔法を消そうなどと考えるでない」
醜いものでも見るかのような目でマリアはサハタを睨みつけている。
「あらら……あなた、小さいのに強いのね」
驚き半分、興奮半分。恍惚とした表情でサハタはマリアを見ている。
「私、死にそうになるのだーい好きなの」
うふふと不気味な笑いを浮かべているサハタ。さすがにみんな彼女にはドン引きである。
「りゅうと。もういいか? こいつ、殺してもいいか?」
チラリと横目でこちらを竜人を見るマリアに、彼はただコクコクと頷くことしかできなかった……
その瞬間、マリアの右手から放たれた氷の矢じりのように鋭い破片は、サハタの心臓を貫いていた――
同じころ、竜人達がいる場所から海を越え山を越え、はるか彼方の小さな町に、新たな命が産み落とされた。
のちに彼女が、『世界を股にかける悪魔堕とし』と呼ばれるようになるのは、また別のお話。