11話『火とエルフとイノシシスープ』
「で、貴女はいったいあんなところで何を……?」
熊に襲われていた女性を助けたリゼルと竜人はキャンプ地に戻り女性に問うた。
何せまだ薄暗い早朝の話だ。あんな場所に特に武器も持っていなさそうな女性がいるのは不自然だ。
黒髪にもとは清楚な服装であったのだろう。しかし今は見る影もなく激しく乱れた黒髪に事の重大さを知らしめるようにところどころ裂けてその下のすらりと白い肌をのぞかせている。
「使い魔と散歩に……私の使い魔……私の使い魔はどこ……?」
目は虚ろになってはいるものの、しっかり質問には答えているあたり話を聞ける状態ではあるのだろう。
「その使い魔は今どこにいるの? 私たちが貴女のもとに行った時にはいなかったみたいだけど……」
「ここにはいない……そうよ、あなたたちが殺したのよ!」
発狂しながら今までうつむいてぶつぶつ呟いていた女性はハッと頭を上げてリゼルに拳を上げた。しかしその拳がリゼルの顔に当たる寸前で竜人がその手をつかみ、背中にねじり上げた。
「何をするの!? こいつは私の大事な使い魔を殺したのよ!! きっとそうよ。それなのになぜ私にはこいつを殺す権利が無いの!!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください。この子はそんなことしないですから。それに、きっと使い魔さんは……あの熊に……」
そこまで竜人が言ったとき、女性は息をのみ目を見開いた。そのタイミングでリゼルが短く呪文らしきものを呟くとたちまち女性の身体から力が抜けた。
「えっと……リゼ……?」
「ちょっと眠らせてやっただけよ。そこまで気にすることはないわ」
ムッとした表情でリゼルが短く答えた。
それから数時間後たち、日はすっかり昇りきっていた。
「んん……ここは……どこでしょうか」
唐突に呻きながらムクリと起き上がった。
「えーっと……あなた方は……?」
眠る前のことは覚えていないのだろうか……? リゼルと竜人は手短に、彼女を見つけたところから今までのこことを話した。
女性はところどころ苦しそうな呻き声をあげながら聞いている。
「なるほど……それはとても失礼なことをしてしまいました……何か私にできることはないでしょうか……? 迷惑をかけたままになるのもあれですし……」
申し訳なさそうに女性は言った。こういわれると「いいえ、結構です」とも言いにくいしなぁ……
なんて考えていることがばれているようで、リゼルは竜人を半眼で見つめている。
「えっと……そういえばまだ名前聞いてなかったですね。オレは竜人でこっちのエルフはリゼルです。えーっと……貴女は……」
「私はサハタです。お気軽にサハタとお呼びください」
軽くペコリと腰を折ったサハタにリゼルと竜人は慌ててお辞儀した。
「えっとじゃあとりあえず……サハタさんのおうちは……?」
「シュグの外れにあります。ここからすぐ近くのところです」
「ならサハタさんは一度おかえりになられてください。大したケガではないとは言え、安静にして損はないですし……」
「そうですか。わかりました、それでは私はこれで、失礼いたします」
再びペコリとお辞儀し、彼女は森を出ていった――。
その晩、リゼルは焚火を挟み竜人にサハタのことについて尋ねた。
「ねぇ、本当にサハタさんを仲間にするの?」
「あ、やっぱりばれてたか。うん、多分今後何か彼女の出番が来ると思うんだよ」
火を眺めながら答えた竜人にリゼルは、んー……と低く唸りながら言った
「まぁ、最後にどうするか決めるのは竜人なんだけどさ……だけど疑いすぎないのもダメだからね?」
「あぁ……わかってる……わかってはいるんだが……」
「どうしたの……?」
歯切れの悪い返事をした竜人に対しリゼルは尋ねた。
「いや……オレ、元の世界であんまりいい人間関係を築いたことがなかったから、こういうときって信じるべきか疑うべきかわからないんだわ」
苦笑いを浮かべ竜人はリゼルにそう言い残し、テントの中に潜り込んだ。
翌朝、久しぶりに竜人がおいしい匂いで目を覚ましたのは言うまでもない。しかし、その『おいしい匂い』を垂れ流していた主はリゼルではなく、サハタだった……
「あっ……サハタさん。おはようございます」
「竜人さん、おはようございます」
例に習ってペコリと小さくお辞儀したサハタは言葉を紡いだ。
「何もしないのはさすがにまずいと思いまして。だから作ってみました。お口に合えばいいのですが……あ、もちろん毒などは入っておりませんよ? こちら、私特製のイノシシスープでございます。昨日仕掛けた罠にかかっておりましたので」
そんなことを言いながらもくもくと湯気を上げるスープを木の器に注いだ。
というか……イノシシ捕るための罠なんていつの間に……
「そういうのなら……」
それだけ言うと竜人は木の器を受け取り口をつける。
肌寒くなってきた朝を、温かいイノシシスープが優しく溶かしていった―――