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1-2.だからこそ届かなかった

 王家の姫を娶りながら、公爵が他の女に産ませた子供――禁忌とされ、存在すら抹消されていたウィリアムは、教会で育った。殺すには忍びないと判断したのか、それとも単に惚れた女の遺言に逆らえなかったのか。


 産褥で死んだ母親の顔も、父親の存在も知らぬまま育ったウィリアムの出生の秘密を知るのは、今ではエリヤのみだ。


 偶然古い資料から知ったエリヤが興味を持ち、教会にウィリアムを訪ねなければ、彼らは一緒にいなかっただろう。ウィリアムは神職者となり、そのまま教会を守る日を送った筈だ。


 しかし、彼らは出会ってしまった。


 自分と同じ魂の形をもつ存在に…それは身分や立場より大切で、それ故に彼ら2人のアキレス腱でもある。兄と弟のように、常に互いを補い合って生きてきたのだ。


「おまえ…結婚するのか?」


 子供らしい素直な問いに、ウィリアムは眉を顰めた。


 結婚する予定はないが、勝手に吹聴しそうな連中なら心当たりがある。ミシャ侯爵家やラングレー伯爵家あたりだろう。


 もし彼らが噂の発生源だとして、その噂がエリヤを傷つけるなら……物騒な表情で、ぺろりと唇を舐めた。決して許しはしない。


「結婚? しないよ。オレはずっとエリヤの物、だからな」


「そうか……」


 良かったと思っているのが伝わってくる。


 子供特有の体温が高い肌は、外で日焼けしない所為か、白くて柔らかい。エリヤの黒髪に頬擦りして、ウィリアムは少年の顎に手を掛けて振り向かせた。


 少し苦しい姿勢なのに、抗議せずに目を瞑る。


「オレが抱きしめるのは、エリヤだけさ」


 頬に接吻けて囁いた。家族より近い距離で、しかし欲望が伴う愛情とは違う。ただひたすらに与えて甘やかしたいのだ。


 閉じていた目を開いたエリヤの蒼に苦しくなり、ぎゅっと抱き締めた。


 誰より美しい存在だった。


 初めて目にした瞬間から、心も魂も縛られて魅了されて、逃げ出そうとすら思えない。強烈な引力でウィリアムのすべてを束縛しているくせに、自覚がないのだ。


 エリヤの口から「死ね」と「不要だ」と言われたなら…いや、蔑む眼差しを向けられるだけでも、心臓を止めるだろう。すぐさまこの命を絶っても、惜しくないほど……囚われているのに……。



「仕事…片付けなくては…」


 ぽつりと呟いたエリヤの頬が赤くなっていた。照れているのは気づいているが、ウィリアムはさらりと柔らかい黒髪を梳いただけで、愛しい人から手を離す。


「オレはどうする?」


 ちょっとした意地悪だ。


 執務中に一緒にいるのは普段からだけど、当然ウィリアムにも仕事はある。執政が目を通し決裁する書類は、エリヤの量をはるかに凌ぐのだから…。


 帰ろうかな? そんなニュアンスの声に、エリヤは反射的に振り向いた。


「帰るな、ここにいろ」


「それって、お願い? それとも主としての命令?」


 唇を噛んだエリヤのキツい眼差しを正面から受け止めて、真剣に問いかける。ぎゅっと拳を握った少年王は、青紫の瞳を持つ側近へ手を差し伸べた。


「命じる、お前は俺の物だ。隣にいろ」


 誰も見るな、誰にも触れるな。


 子供の独占欲は真っ直ぐで強くて、支配することに罪の意識なんて感じやしないのだろう。だが、それ故に逆らう気すら消えてしまう。


 差し伸べられた手の前に膝をつき、そっと接吻を贈る。王に対する最敬礼で応じたウィリアムの唇が、誓いを紡いだ。


「御意、常にお側に」


「よい、許す。顔をあげろ」


 抱き締めてキスした甘い雰囲気は、もう2人の間に存在しなかった。顔を上げたウィリアムの三つ編みを掴むと、エリヤは静かに目を伏せる。


 泣き出しそうだと、そう思った。



「陛下、決裁を」


 執政の言葉で彼の意識を掬い上げる。頷いたエリヤが取り掛かった書類を次々に説明しながら、頷いて署名する少年の横顔を見つめた。


 書類の署名を確認しながら、すべての書類を纏める。エリヤの今日の執務は半分以上終わっていた。


 ぐったりと椅子に沈み込む少年の細い体に、この国のすべてが覆いかぶさっているのだ。


「ウィル、頼みがある」


 先ほど命じた時と違う甘えた声に、ウィリアムも首を傾げて振り返った。執務中は決して見せない、優しい笑みでエリヤの前に屈み込む。


「言ってみろ。叶えてやるから」


 こうして甘やかしてくれる存在はいなかった。王子としての言動を押し付けられ、誰もが大人として扱ったから……王子じゃないエリヤを認め受け入れてくれたのは、ウィリアムだけ。


「……眠いから、一緒に……」


 添い寝して欲しいのだと強請られ、可愛い言葉を紡いだ紅い唇を指先で閉じる。ご褒美のキスを額に落とし、首に回された手をそのまま椅子から抱き上げた。


「このまま外へ出たら、きっと親衛隊がびっくりするだろうな」


「……バカ」


 頬を膨らませたエリヤに、くすくす笑うウィリアムは続き部屋のドアを開いた。


 細い少年の体は、見た目よりさらに軽く感じられる。


 天蓋付きの豪華なベッドにエリヤの体を横たえ、上着を脱がしてやる。大人しくされるままに見上げてくるエリヤが笑みを浮かべた。


 同じように上着を放り出したウィリアムが隣に滑り込むと、いつものように三つ編みを引き寄せる。自分の瞳と同じ蒼いリボンを見つめ、解き始めた。サテンの滑らかなリボンは、シュルルと音を立てて解ける。


 普段は解いたりしないエリヤの行動に目を瞠ったウィリアムは、髪を完全に解かれてしまい苦笑した。


 先ほどの悪戯の返礼だろうか。


「このままにしていろ、今日は編むな」


 命じるほど強くない、可愛い少年の我が侭を笑顔で受け止めたウィリアムは、腕の中に彼の体を閉じ込めた。


「ああ、エリヤが望むなら……」


 互いの体温を分け合いながら、ゆっくりと意識を手放す。


 この城の誰が知るだろう。毅然と国の采配をこなす少年王エリヤが、1人では眠れないことを――。


 シーツに散らばったブラウンの長い髪を弄りながら、エリヤはやがて訪れた眠りの腕に意識を預けた。


 眠ってしまった愛しい存在の額に、触れるだけのキスを贈る。自分を助けてくれたからじゃなく、ただウィリアム個人を必要としてくれる存在だから愛した。


 能力でもなく、外見でもなく、ウィリアムという個性と存在そのものを全身で求められ、誰が逃げられるだろう。


 こんなに魅惑的な眼差しと引力の持ち主が、自分を求めてくれた奇跡を知っているから――守りたいと思った。この命のすべてを賭けても、幼い主を支えてやりたい。


 窓の外の風がカーテンを揺らした。


 腕の中で安らぐエリヤを抱き締めたまま、ウィリアムも紫の瞳を閉じた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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