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鳳凰記  作者: 新野 正
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褐色の頭(かしら)と剣の巫女

「何故私がこんな男の案内など……」

 小言を言いながらも言われた通り紅夜を拠点へと案内する成実は一見不機嫌そうに見えるが、頬が少し赤く、声も上ずっているのは気絶している陽奈を背に担いでいるからだ。

「ここが、拠点?」

 確かめるように紅夜がそう言ったのは、拠点だと案内された場所がどこからどう見ても情緒溢れる大きな旅館にしか見えなかったからだ。

「ぼさっとするな」

 前を歩く成実はどんな状況だろうと紅夜に対しては敵意丸出しのようで、何の説明をすることなく、冷たく言い放つと先に中へ入って行ってしまった。

 そんなあからさまな態度に紅夜は舌打ちをしながらも成実の後に続き中へ入る。内装は落ち着いていてとても主家に反旗を翻す革命軍の拠点には見えない。

 紅夜は鳳凰旗団と言う革命軍に若干の不安と疑心を抱きながら成実の後についていくと、途中の廊下で薄紫色の和服に身を包んだ綺麗なお姉さんと目が合い会釈をされる。一連の動作には艶があり、紅夜は一瞬見惚れてしまうが、紅夜のことなど全くと言っていいほど配慮しない成実がどんどん奥へ進んで行ってしまうので急いで成実の後を追い曲がり角を曲がると成実が突き当りの部屋に一礼をして入って行くのが見えた。

「本当にあいつ何も説明しないんだな」

 成実への不満を口にしながら紅夜は成実が入って行った部屋の前に立つと襖を開け中に入ろうとするが、部屋の中は薄暗く、廊下から漏れる淡い光がわずかに部屋の入り口を照らしていた。

「(ここじゃなかったか?)」

 入る部屋を間違えたかと思いながらも中の様子を確かめるために紅夜は一歩だけ部屋に入ると、一丈(3メートル)ほど前に人影が見え、その人影が腰に帯刀していた人の身丈ほどある長い刀に手をやったのが辛うじて見えた。

「なっ(こいつ!?)」

 紅夜はその人影からの殺気を感じ取り、とっさに赤眼を使う。

 赤眼に映ったのは目の前の人影が真剣の刃を自分の腹部に向け振ってくる姿、それに対してすぐに紅夜も剣を取ろうとするが、それはあまりに遅かった。

「…………」

 長く美しい刀身の刃先は紅夜の腹部を切るかのような真一文字の剣筋を描き、神速の如き速さの居合はすでに振り抜かれてしまっていた。

「(斬られた――のか? 速すぎて見えなかったが、痛みもないし、血も出ていないみたいだが――)」

 剣先が通ったであろう腹部辺りに手を当てるが斬られた様子がないことを確認していると部屋を照らすために用意されている蝋に火が一斉に灯り、畳敷きの部屋を明るく照らす。

「あっははは、いや~、いい余興になった。それで『赤眼軍師』の腕はどうだった?」

 二十畳ほどの部屋の奥からそんな豪快な笑い声と共にそう言ったのは先ほど繁華街で出会った鳳凰旗団の筆頭であった。

「まあまあ、軍師としてなら上々」

 そして筆頭の問に冷たく感じてしまうほどの淡々とした口調でそう返した女は、五尺六寸(170センチ)に届かないほどの背丈で全体的に細い体格をしており、絹の如く清らかな白い肌を黒色が基調となっている巫女装束で包み、端正な顔つきは凛々しくもあり女性らしい美しさを兼ね揃え、最も特徴的な腰辺りまで真っ直ぐ伸びた長く艶やかな黒髪をなびかせながら筆頭のほうへ歩いて行く。

「ほぉ、お前が褒めるなんて珍しいね。ほら、紅夜もそんなところに突っ立てないでこっちに来て座ったらどうだい?」

 何がなんだかわからない紅夜だったが、筆頭に促され用意されていた座布団に座る。

「いきなり驚かせて悪かったね、『赤眼軍師』と呼ばれた男がどれほどの奴なのか確かめたくなっちまってさ、ちょっとした余興だと思って水に流してくれ」

「余興って、こっちは一瞬殺されたかと思ったんだが?」

「だから悪かったって言ってんだろ、あっ、そう言えば自己紹介まだだっけ? あたしの名前は、鳳ヶほうがさき 灯火とうか、この鳳凰旗団の筆頭で、こっちの黒くて物静かな感じのが剣乃つるぎの 泉千いずち

「よろしく」

 紅夜の正面に座っている泉千は灯火に紹介されたように落ち着いた静かな声で軽く会釈をする。

「ちなみに、もう知ってるかもしれないが、あたしと陽奈は姉妹なんだよ」

 繁華街で出会ったときに紅夜は薄々気づいていたが本人からそう言われ、確信を持つと同時に「(全然似てねえ)」と心の中で呟く。

 大きな体格にしても、豪快な喋り方にしても、美人な顔つきにしても、全く似ていないので本人たちが姉妹だと言わない限りは絶対にわからないと断言できるほどの違いだった。

「にしても『赤眼軍師』なんて言われてるから、てっきり腰に差してる剣は飾りかと思ったけど、泉千が褒めるくらいだから結構な手練れのようじゃない」

「何も出来ずに『まあまあ』と言われ、あげく褒められても嫌味にしか聞こえないんだが?」

「何言ってんのさ、ちゃんと泉千の刀に反応してただろ? 普通は泉千の居合なんて不意で食らえば反応すらできないんだからそれで十分だっての、こいつが異常なんだから」

 灯火は胡坐の上で片肘をつきながら空いているほうの手で泉千を示す。

「困る、私を化け物、みたいに、言われても」

「さいですか、――泉千はこう言ってるけど、実際に相対した紅夜ならあたしの言いたいことわかるだろ?」

「まぁ、言いたいことはわかる。それにあなたも只者じゃないってことも」

 紅夜は泉千の殺気を実際に触れているので武人としての圧倒的な格のようなものを感じ取っていたと同時に、灯火の格も相当なものだと見抜いていた。

「おっ、あたしの凄さに気づくとは中々いい男じゃないか、まぁ、それでも『赤眼軍師』いや――元皇家の第五部隊隊長様には敵わないさ」

「……『赤眼軍師』の噂だけじゃなく、そんなことまで知ってるのか?」

「別に調べたわけじゃないさ、あの由緒正しい皇家の歴史の中でも史上最年少の十六歳で部隊長に任じられた武将のことくらい武人だったら誰だって知ってるっての、そのあと民と共に主家に謀反を起こし、圧倒的な戦力差の中でも善戦した結果『赤眼軍師』なんて呼ばれるようになった。違うかい?」

「結果的には敗戦し命惜しさに隣國へ逃げ、浪人生活を送っていた只の負け犬だ。そんな奴の力を過信しないほうがいい」

「生憎だが今のあたしらの戦況は芳しくなくてね、実は猫の手でも借りたいくらいさ、だから犬でも十分。まぁ、でも、あたしは猫派だけど」

 そう言って豪快に笑いながら灯火は立ち上がると、泉千と紅夜の間を通り廊下へ続く襖のほうへ歩いて行く。

「そう言うことだから、これからよろしく頼むよ、あっ、そうそう言い忘れてたけど、成実たちはそこの戸の先にある奥の部屋にいるからあとのことは成実たちに聞きな」

 背を向けたまま紅夜に向けて手を上げてそのまま部屋から廊下に出て行ってしまうと、正面に座っていた泉千がゆっくりと立ち上がって座っている紅夜に近づき右肩に手を置く。

「大丈夫、私は犬派だから」

 元気づけているつもりのようだが、全くの見当違いの言葉に紅夜が困惑している間に泉千は灯火の後を追うように廊下へと出て行った。


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