終わりは始まり
「たった数手、手を合わせただけでそこまで見抜くか――『なんで』か、全くもって痛いところを突いて来よるわ」
苦笑いを浮かべながら利髭は小さく呟くと後方から修立の声が聞こえてくる。
「何をしている、さっさと捕えて戻れ」
「(これ程の才を持った若造がこのようなところで捕えられ、殺されるか――戦乱の理とは言え、ままならぬわい)」
修立に催促され渋い顔をしながらたった数手斬り合った若き命を惜しみ、憂いながらも視線を落とし、足元に倒れている紅夜にゆっくりと右手を伸ばし始めた瞬間、一本の矢が戦場を切り裂くように駆け抜け的確に利髭の右手上腕を射抜く。
「っぐ! (不覚、気を抜きすぎたか、一体どこの誰が?)」
矢が刺さったままの右腕を左手で抑えながら片膝をつく利髭は矢が飛んできたほうへ顔を上げる。
閉ざされた村の正門前に一人少女が弓を片手に持ち、落ち着いた様子で立っていた。
「わたしは鳳凰旗団に所属している鳳ヶ崎 陽奈と申します。これ以上、その方に危害を加えるのであればわたしが鳳凰旗団を代表しお相手いたします」
まだあどけない表情は少々頼りなさを感じるがその物言いは実に落ち着き払っていて、澄んだ声は利髭だけではなく後方の修立にまで届いていた。
利髭は陽奈の言葉と態度を見定めると、紅夜から離れすぐに陣中へ戻って行った。
「貴様、何故戻って来た、まさかあの小娘に怖気づいたとは言わぬよな?」
「……申し訳ございませぬ、しかし、あの者はこちらの軍勢を見ても尚怖気づくこともなく、自らの主張を述べもうした。つまりは我々を相手取っても勝てる見込みがあると言うこと、何か企みがあるはず」
「ふんっ、笑わせるたった一人で我が軍に勝てるとでも――」
修立がそこまで言うと、村の正門は開かれ中から式兵を引き連れた鬼島 成実が現れる。
「――数にして三十と言ったところですかな? 現在の我らは小さな村に籠る男一人を捕えるための軍勢。数は勝っておりますがその差は三倍程度、将や式兵次第では十分敗戦もありましょう」
「故に退いてきたと?」
「不覚にも受けたこの傷では万が一の際、総大将であられる治意殿をお守りできぬやも知れぬと思い、今ここで鳳凰旗団とことを構えぬように進言しようと戻って来た次第」
「ありえん、ここで高桐 紅夜を捕えただけでなく憎き鳳凰旗団に勝利したとなれば一石二鳥。このような絶好の機会を逃す手はあるまい?」
「……そうおっしゃるのでしたら儂は構いませぬ、武士として与えられた戦場で命を懸け戦うだけ、しかし、その前に治意殿に聞いておかねばなりませぬ、今ここで戦になれば必ず死闘となるのは必定。故に問いましょうここで死ぬ覚悟はおありで?」
「……それはどういう意味だ?」
不機嫌そうに眉を近づけた修立は利髭を睨みつける。
「男一人を捕えるために鳳凰旗団と戦となり七條家の宰相ともあられるお方がこのような片田舎で革命を声高々に叫ぶだけの一揆衆に討ち取られる。ここで戦になればそのようなこともありえると申しておるのです」
全く臆せずに自らの考えを言ってのける利髭に修立は何も答えずに馬から降りると、跪いている利髭の前に立つ。
「よかろう、貴様の進言この私が聞いてやろう、正し――」
修立はそこまで言うと利髭の右手を左手で取って自分の元へ手繰り寄せると、腕に突き刺さったままの矢を右手で掴みわざと傷を抉るように回す。
あまりの激痛に利髭は顔を歪めながらも奥歯を軋ませ必死に激痛に耐える。
「私に意見したこと、高桐を捕えられなかったこと、敵前逃亡を進言したこと。この三つの罪、城に戻り次第その身で受けてもらう、よい、なっ」
容赦なく矢を引っ張り腕から抜き取ると、あまりの痛さに悲鳴がこみ上げてくるが、強靭な精神力で押し殺し、「――はっ」と修立から出された条件を呑み、頭を下げる。
「ふんっ、全軍撤退する私に続け」
侮蔑にも似た視線を平伏する利髭に向けた修立は馬に乗り、式兵たちを引き連れ本城、熊木城へと駆けて行った。
一人戦場に残された利髭はゆっくりと立ち上がり、痛む右腕に視線を落とす。
「(さて、ここから生き残れるかはあの若造次第、それに)あの小さき嬢ちゃんが、ここまでの弓の使い手になっておったとはのぅ、時の流れは早きものよ」
式兵たちの前に立ちまだこちらを向いている陽奈に向け、感慨深そうに呟くと、乗っていた馬さえ残っていなかったので、右腕の傷を手で押さえながら熊木城へと歩き出した。
こうして紅夜に迫っていた災いは陽奈たちのおかげで幸いにも退けることができ、気を失っていた紅夜も三刻(約6時間)ほどで目を覚ます。
「――なんで俺はここに居るんだ?」
目を覚ました紅夜は見慣れたお堂の天井を見ながらそう呟く。
「やっと目を覚したか」
声が聞こえてきた左の方へ首を回すと、朽ちかけた柱を背もたれにして立っている成実が侮蔑の視線を紅夜に向けていた。
「随分、無様な姿になったな、ふんっ、これも陽奈様を軽んじた罰だ」
「……なんで、お前がいるんだよ?」
成実のそんな言葉を受け流し、素直に思った疑問を投げかける。
「私がここにいるのは陽奈様の命だ、そうでなければ貴様を助けになど来るはずがない」
「俺を助けに……それじゃあ、俺が生きてるのは――」
「『赤眼軍師』を狙って七條家が軍を動かしたことを知った陽奈様は私の説得にも応じず駆けつけ、敵に捕縛されかけていた貴様を見て瞬時に弓矢を構え二十五間(約50メートル)以上離れているにもかかわらず、貴様に迫っている敵武将の右腕を見事に射抜いたのだ、今思い出しても素晴らしい」
「そうか、鳳ヶ崎が俺を……」
陽奈の活躍を嬉しそうに話し、その姿を思いだして頬を少し赤らめながら何度も頷いている成実から再び視線を天井に戻す。
「そうだ、陽奈様が貴様を助けようとしなければ確実に貴様は捕えられ、いずれは殺されていた。陽奈様に感謝するんだな」
「感謝しようにも肝心の鳳ヶ崎はどこにいるんだ? 近くには居ないみたいだが?」
「陽奈様は民たちが持ってきた食料を使い夕食の支度を外でされている」
「お前は手伝わないでいいのかよ」
「陽奈様から貴様が起きるまで側にいるように言われているからな」
「だったら、もうお前の役目は――」
「お前が起きるかどうかは、私が決める」
言葉を遮った成実は紅夜に近づき、腰に差している剣を抜き紅夜に剣先を向ける。
「陽奈様は何故か貴様を気に入っている。貴様が起きたとなれば必ず鳳凰旗団に引き入れようとするはずだ」
「それで、俺にどうしろと?」
「必ず断れ、そしてすぐに陽奈様の前から永遠に消えろ。貴様のような疫病神など我ら鳳凰旗団には不要だ」
「疫病神か、――もしお前の言う通りにしない場合はこの場でお前に殺されるってわけか」
紅夜は否定もせずに成実の真意を確認すると成実は僅かに首を縦に振った。
「わかった、お前の言う通りにすればいいんだろ?」
「――付いて来い」
僅かに目を細め疑いの眼を向けていた成実だったが剣を収め、紅夜に背を向けるとお堂の外へ出ていったので紅夜も起き上がり外へ出る。
「ああ成実、ちょうど今呼びに行こうと――高桐さん!? 目が覚めたのですね良かった! 中々目が覚めないので心配していたんですよ」
障子を開けた音に気づいた陽奈は外へ出てきた成実に声をかけると後から出てきた紅夜を見て驚きながらも同時に安堵した様子で話しかける。
「気を失っていたからよくは知らないが、俺を助けてくれたらしいな」
「いえ、わたしがしたことなんて大したことじゃ――」
「何を言っておられるのですか、敵から助けただけではなく傷の手当までされていたではありませんか」
「あ、あれくらい、大したことでは――あっ、そうです、雑炊を作ったのでした。熱いうちにみんなで食べましょう、ねっ?」
頬を少し赤らめ照れているのを隠すように火にかけている鍋を指差してから紅夜たちに向け手招いている陽奈を見て、紅夜は口を開く。
「鳳ヶ崎さえよければ命を助けてもらった礼として鳳凰旗団に協力してやるよ」
「なっ、貴様――」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 『赤眼軍師』と呼ばれた高桐さんが協力してくれればとても助かります!」
成実と陽奈、両方とも驚いていたが互いの表情はくっきりと明暗が分かれていた。
陽奈はあまりにも嬉しかったのか紅夜に駆け寄り手を握りながらそう言っていたのだが、すぐに頬を赤らめ紅夜から手を離して背を向ける。
「す、すみません。あまりに嬉しくてつい……、と、とりあえず、ご飯を食べましょう」
陽奈は鍋の元へ歩いて行くとすぐに成実が殺意の籠った目をして紅夜に近づいてくる。
「貴様、そんなに私に殺されたいのか?」
「お前は俺を殺せないだろ、いや、殺せなくなったって言ったほうが正確か、鳳凰旗団に協力すると言った俺を殺せばお前は味方殺しの汚名を被るだけでなく確実に鳳ヶ崎との仲に亀裂が入る。だから俺は殺せない」
「貴様、私を騙したな」
「お前は俺のことが嫌いなんだろ? 偶然だが俺もお前のことが嫌いなんだよ、だからお前の思い通りになるなんて御免だ」
「この馬鹿男めぇ、覚えていろ、いつか必ず殺す」
「『いつか』がくればいいな?」
二人は火花を散らしていると三人分のお椀に雑炊をよそい終えた陽奈が「なにしているんですかぁ? 早くみんなで仲良くご飯にしましょうよ」と笑顔で声をかけるのであった。
序章である浪人編はここまでとなっています。