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鳳凰記  作者: 新野 正
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諦めない心に動く心


 青年は振り返り後方から迫って来る成実の剣を剣で受け止めると、簡単に右へ受け流す。その無駄のない動きに成実は一瞬、動揺を見せるがすぐに追撃し、左薙ぎから袈裟切り、下方から喉を突き上げるような刺突。力強い連撃ではあったがどれ一つとして当たらず、刺突を紙一重で右にかわされると腹部の左側面を強く蹴られた成実は態勢を崩し倒れてしまう。すぐに起き上ろうとしたのだが、それよりも早く青年の剣先が成実の額に向けられる。

「怒りに任せた単調な攻撃だな、今のお前じゃ俺には勝てねえよ」

「うるさい!!」

 突きつけられた剣を剣で払い飛ばし無防備になった青年の懐へ入り剣先を心臓へ向ける。

「死ねぇぇ!!」

 心臓を貫こうと力を込め、そう叫びながら成実は剣を動かす。

命の危機だというにも関わらず、青年はため息を吐くだけで怯えや恐れはまるで見えない。まるで自分が死なないのを知っているように。

「止めてくださぁぁい!!」

 剣先が青年の服に触れるか触れないかのところで成実の剣は止まり、大声を出すなんて滅多にない陽奈が叫んでまで自分を止めようとしたことに驚きながらも成実は青年を睨んだまま視線を外さない。

「成実、その人へ剣を向けるのを今すぐ止めてください」

「しかしこの下種は陽奈様に剣を向けて――」

「悪いのはわたしのほうなんです。だからその人は悪くないんです。だからお願いです成実、剣を収めてください。事情は後で話します」

 成実は憎しみの籠った目を青年に向けながらも陽奈の命に従い腰に差している鞘に剣を収め、すぐに陽奈の元へ駆け寄り青年に対して警戒する。

 青年は何事もなかったかのように払い落とされた剣を拾うと鞘に戻し、無言のまま陽奈たちに背を向け村ではなく近くの小さな山の方へ歩いて行ってしまった。これ以上追いかけるわけにもいかず、宿屋へ戻る陽奈は道中成実に自分が見たことを話した。

「赤眼……たしかにあの男の目は赤かったですが、陽奈様はあの者が噂の『赤眼軍師』だと思われているのですか?」

「わかりませんがあの数の賊相手にあれだけの立ち回り、それに成実とも対等に渡り合えるような人がただの浪人とは思えませんので、可能性としてはかなり高いと思います」

「しかし、私たちが捜しているのは赤眼『軍師』ですよ。軍師と呼ばれる者があれだけの剣さばきを出来るとは思えませんが」

「……いずれにせよ、霊力を持っていて軍に所属していない人材は貴重ですから、明日また会いに行きましょう」

「あの者を登用しようと言うのですか!? あの者は陽奈様に剣を向けたのですよ!?」

「それはさっきも説明した通りわたしに非があるんです、それに勘違いで矢を放ったことも結局謝れませんでしたから」

「……わかりました。陽奈様がそう言うのであれば私は従うだけです」

「ありがとう成実、それはそうと、どうしてあの村に?」

「たまたま目が覚め部屋を見渡すと陽奈様が寝床におられなくなっていましたので、急いで宿屋内を探し回り心当たりがないか起きている者に訪ね回り、陽奈様がこちらへ向かって行くのを見たと言う行商人から話を聞き、その際、あの村に賊が向かっている話も聞きましたので、正義感の強い陽奈様ならばあの村を救おうと思ったに違いないと思い急いで追って来ました」

「そうだったんですか」

「そもそも何故私を起こしてくれなかったのですか? そうすればこんなに心配することもなかったですし、戦力的にも万全だったはずです」

「それは……(成実は寝起きが悪いから、なんて言えません)」

「陽奈様?」

「い、いえ、何でもありません。とにかく成実はわたしを心配して駆けつけてくれたと言うわけですね。ありがとうございます成実」

 笑って誤魔化しながらも、自分を探し追って来てくれたことに感謝の言葉を述べながら成実の頭を撫でた。


 翌日、日高村に足を運んだ陽奈と成実は昨日出会った青年を探すため村人たちに聞き込みを始め、集まった情報によれば村の近くの小さな山の中腹にある古びたお堂にその青年は居ると聞き、陽奈たちはその古びたお堂の正面に張られている廃れた障子の前にいた。

「(ここにあの人が)すみません、中に誰か居られますか?」

 陽奈は今にも崩れてしまいそうな障子を慎重に叩き、お堂の中に向かって呼びかけたが返事はなかったので「開けますよ」と言いながら障子に手を当てると返事が返って来る。

「帰れ、話すことは何もない」

 その声には聞き覚えがあり、陽奈はこの声の主が昨日の青年と同一人物だと確信し、障子から手を離して障子越しに話始める。

「ですが、先日の無礼をまだ謝れていなかったのでそれだけでも――」

「その話ならもう俺の中では片が付いてる、だからそんなもの聞く価値もないし、その必要もない。わかったら帰れ」

 全く取り合ってくれないので陽奈は仕方なく障子に向け一度頭を深々と下げて「また明日改めて来ます」そう言ってお堂を後にした。

 陽奈はその言葉通り翌日もお堂に顔出し、青年に向け話がしたいと障子越しに話したがその日も取り合ってもらえなかった。

 それでも陽奈は諦めずに「明日も来ます」その言葉を残し去って行った。


 それが昨日のことである。二度もあんな追い返し方をしたのだからもう来るはずがないと思っていたのだが、久しぶりに見た悪夢で目が覚めた今日も懲りずに障子を軽く叩く音が聞こえてきたのでうんざりしながらも青年――高桐 紅夜はこれを夢だと思いながら、夢であってくれと願いながら瞼を閉じる。

 返事もせずにこうしていれば呆れて帰っていくだろうと思っていたのだが、その考えは大きく的を外すことになる。

 大きな物音が聞こえたと思い目を開けるとお堂の障子が蹴り破られていて埃が舞い上がる中、寝転がっている紅夜に怒りの視線を向ける成実が声を発す。

「貴様! いい加減にしろ! 陽奈様が何度足を運び、何度声をかけたと思っている! 『赤眼軍師』だかなんだか知らないがいい気になるのも大概にしろ! この無礼者が!」

「事情も知らず背中から斬りかかってきただけじゃなく、人の寝床の障子を蹴り破るような奴に礼儀の話をされるとは思わなかったな」

 紅夜は上半身を起こし、嫌味のような口調でそう言うと、陽奈が慌てた様子でお堂の中へ入ってきて深々と頭を下げた。

「す、すみません! 成実がこのようなことを――ほら成実も頭を下げて」

「こんな奴に下げる頭などありません、陽奈様もこんな奴に頭を下げる必要など――」

「こら、成実、そんなことを――」

「障子を蹴破っておいてその傲慢な態度はさておき、その言葉自体は俺も同感だ。そこの馬鹿の言う通り俺なんかに頭なんて下げる必要はない」

「そんなことはありません。悪いことをしたら頭を下げて謝るのは当たり前です。ほら成実もちゃんと謝ってください」

「ひ、陽奈様ぁ?」

 陽奈に後頭部を押され無理に頭を下げられる成実はそんな弱々しくも驚きの声を出しながらも嫌々頭を下げた。

「――まぁ、それでそっちの気が済むなら別にいいが、これで障子のことも弓矢のことも詫びたってことで良いだろ? ほらさっさと帰ってくれ、そして二度と来るな」

「貴様、まだそんな無礼な態度をとるのか、もう許せん。この場で今度こそ叩き斬ってくれる」

「成実、ここへ来る前にちゃんと約束しましたよね、高桐さんに剣を向けないって、成実はわたしとの約束を破るつもりですか?」

「そ、それは……」

「成実は外で待っていてください、わたしと高桐さんで話をしますので」

「しかし、このような奴のもとに陽奈様を一人残すなど――」

「成実――いいですね?」

 純粋な笑顔ではあった。しかし、その笑顔はあまりに純粋で物言わせない独特の圧があった。

「うっ、……は、はい、承知しました。陽奈様に何かすればすぐにその首を落としてやる」

 成実は紅夜に向け侮蔑の視線と共に警告しお堂の外へ出て行った。

「すみません、ああ見えても成実は根はいい子なんですよ」

「わざわざ土を掘って根まで見ようとは思えない人柄だがな、それでまだ何か用があるのか?」

「はい、大事なお話があります。実はわたしたちは――そう言えば自己紹介がまだでしたね、わたしの名は鳳ヶ崎 陽奈と言いさっきの子が鬼島 成実と言います。わたしたちは鳳凰旗団と言う打倒七條家を掲げる革命軍に所属していまして――」

「なるほど、話って言うのは大体読めた。その鳳凰旗団とか言う奴に俺も加われってことか。故に俺のこともある程度事前に調べてきたってわけか」

「はい、日高村の民たちから高桐さんのお名前をお聞きましたので、他にも色々聞いていくうち、すぐにわかりました高桐さんがあの『赤眼軍師』だと」

「『赤眼軍師』か、あの噂を聞いて俺に目を付けたのなら止めておけ、あんなのは所詮噂だ。噂には尾ひれが付くものだからな」

「たとえそうだとしても久谷一揆により皇軍退けたことは事実のはずです、たった数十人の村人で正規軍を退けたという話を聞いて、わたしたちがどれほど勇気づけられたか――お願いします高桐さん、わたしたちにはあなたのような方が必要なのです。税で民を締め上げ、武力によって圧政を布いている七條家の傍若無人さは見ていられません。民のために剣を握った高桐さんならわたしたちの気持ちがわかるはずです」

「……とにかく、お前の言いたいことはわかった、だが俺にはお前らに協力できるほどの才もなければやる気もない、だから帰れ」

「わかりました。あまり無理を言って長居するわけにもいきませんので今日は帰ります」

「ちょっと待て、『今日は』ってことはまた来る気じゃないだろうな?」

「はい、また明日来ますよ」

「人の話を聞いてたのか? 俺は革命軍になんか参加する気はないって言ってるだろ、何回来たところで無駄だぞ」

「それでも来ますよ、高桐さんに協力してもらうまで毎日来ます」

「どうして俺なんかにそこまでこだわるんだ? こんな負け犬なんかに」

「ふふっ、どうしてですかね? 高桐さんがわたしたちに協力してくれる気になったら教えます、それではまた」

 陽奈は笑顔で一礼し外に向かって歩き出したが途中で立ち止まり紅夜のほうへ振り向く。

「あっ、そうでした。今度来るときは壊してしまった障子の御詫びを持ってきますね、あと、もし迷惑でしたら障子を閉じておいてください、そうすれば今日のように無理に中に入ることも障子越しに声をかけることもしませんので」

 そう言い残し外で待っていた成実と共に去っていく陽奈の後姿はすぐに見えなくなり、紅夜は再び床の上で仰向けに寝転がる。

「『迷惑なら』っか――そうは言っても、閉じておく障子がないから閉じようがないんだけどな、……迷惑な奴らだ」

 紅夜の横に転がっている破壊された障子の残骸を横目で見ながら、僅かに口角を上げつつも言葉とは裏腹な表情を浮かべ、天上に向かってそう呟くと、焦っているような足音がお堂に向かって来ていることに気づく、だが足音だけではなく災いも迫ってきていることにこの時の紅夜はまだ気づいていなかった。




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