二人で一つ
自分の仕事をあらかた終えた紅夜は宴の準備の進捗を確かめるために城内の散策を行っていると、城内にある中庭を見られる縁側で羽葉と羽湯が寛いでいるのが見えた。
「(あれは、大揚殿と錦蛾殿か、ちょうどいい、仕事の進捗を聞くついでに少し探りを入れて置くか)大――」
紅夜が『大揚殿』と呼ぼうとした瞬間、隣通しで座っていた羽湯が、羽葉の膝を枕にするように寝転がる。
「羽湯ちゃん、ちょっと、重いよぉ」
「重くないわよ、いいでしょ、少しくらい。羽葉が全然仕事出来ないから、私がどれだけ苦労したか、それに比べればこれくらい我慢しなさい」
「それは勿論感謝してるけど、わたし、ああいうの苦手だもん」
「わかっているわよ、私は武芸が苦手、羽葉は政務が苦手、お互いに苦手なことをお互いが補い合う。そうして私たちはあの地獄で生き残って来たのだもの」
「……そうだね、これからは殺したくない人を殺さなくていいのかな」
「さぁね、でも、一つだけ言えるのは間違いなく昔よりは良くなるってことよ。辛いことや苦しいことが無くなるってことは武将をやっている限り無くならないでしょうけど、前みたいに理不尽なことは少なくなるはず、そう思ったからこっちに付いたのでしょ?」
「まぁ、そうだねぇ。陽奈ちゃん嘘ついてるような感じなかったし、宴の準備中も民のみんなも嬉しそうだったからねぇ、……あっ、羽湯ちゃんもしかして話逸らそうとしてる? そろそろ重いから頭上げてよぉ」
「っち、さすがに羽葉でもばれたか、仕方ない、それじゃあ……頭」
「頭がなに?」
「……撫でて」
「うん、いいよぉ」
羽葉は羽湯の頭を猫の背を撫でるように優しく何度も撫でていると、出る機会を失ってしまい動くに動けず立ち往生してしまっていた紅夜に気づき視線を向ける。
「ねぇ、羽葉、……もし、このまま、領内も落ち着いて民の暮らしも安定して、国が豊かになったら、私、羽葉に伝えたいことが――」
「羽湯ちゃん、赤眼さん来たよ」
羽葉は羽湯の頬を指で数回突きながらそう言うと、羽湯は数回瞬きしたのち、状況を理解したのか、顔を真っ赤にしながら飛び起き、紅夜の姿を見つけると頭を深々と下げる。
「た、高桐殿! 何か、御用でございましょうか!?」
「あ、いや、その、宴の準備の進捗と今後の話を少しばかりしようかと思っていたんだが、その、随分と、仲睦まじいと言うか、お休み中だったようで声を掛けれず」
「お、お見苦しいところをお見せしました。進捗に関しましては順調ですので問題はありません」
「ん? どうしたの羽湯ちゃん? 随分と声が上ずってるけど? 赤眼さんに緊張してる?」
「どうしたもこうしたもないでしょ、あと、高桐殿に対してその呼び方も止めなさい、失礼でしょ」
互いに小声ではあったが、三歩踏み出せば触れるような距離だったのでさすがに紅夜にも筒抜けで、紅夜は軽く咳払いをしてから話し始める。
「俺の呼び方はご自由に、俺の唯一の取り柄であるこの『赤眼』があだ名として呼ばれることは多々ありますから気にしませんよ」
そう言う紅夜だったが、羽湯は羽葉の頭を力いっぱい押さえつけて、頭を下げさせる。
「いえいえ、高桐殿は今や、この鳳ヶ崎家の筆頭軍師、御三頭(内政長官、筆頭軍師、総将)のお一人なのですからそのような呼び方は出来ません」
「……何をおっしゃる、大揚殿は此度の戦で多大なる功績を挙げられた。まだ、領内が静まっていないため論功行賞は少し先になるが、大揚殿がこちらに付いてくれなければ負けていた。つまりは今回の功績は七條家におられた時と同じく『総将』の地位になるべき功績と言える。そうなれば互いに上も下もない」
「わたしが総将ですかぁ、嬉しいです、けど!?――」
頭を上げて、嬉しそうな顔をする羽葉だったが、すぐにそれ以上喋らせまいと羽湯が羽葉の鳩尾に肘を入れて黙らせる。
「ご冗談が過ぎます高桐殿、この者に総将など務まるはずがありません。もっと、相応しい人物に位を与えるべきかと」
「ほぉ、大揚殿より相応しい人物とは誰の事か、教えていただいてもいいですか?」
「私が見る限り、総将の位に相応しいのは剣乃 泉千殿を置いて他にいないかと」
「――確かに泉千さんは稀に見る武将だ。だが、此度の戦だけで見れば功績は間違いなく大揚殿が上では?」
「お考え下さい、何故我々が七條家を見限ったのかを、我々にも志はあります。さりとて、理想のために死ぬことを良しとはしません。つまり、勝てないのであれば七條家が如何に気に食わなかろうと、己を殺し、仕えるまで。此度見限ったのは鳳ヶ崎 陽奈様の説得によるところが大きいとはいえ、それだけではありません。数十倍の兵力差があるにもかかわらず七條軍の本隊を寄せ付けない武力、剣乃 泉千殿が居られたからこそ、あの戦は成立したはずです。剣乃 泉千殿が居られなければ、我々が七條家を見限ることもなく、戦の結果もまた違ったものになっていたはず、今の我々があるのは剣乃 泉千殿のおかげなのです」
「……だが、そうは言ってもなぁ、戦に我々が勝ったとは言っても登用した者の多くは七條家に仕えていた者たちだ、大揚殿を総将にしないと不満が出るかもしれないわけだが――」
「それに関しては問題ないかと、剣乃 泉千殿の武功はすでに誰もが知るところ、異議を唱える者は誰もおりません、もし、心配と言われるのなら、皆の前で羽――大揚に打診するのはどうでしょうか? 皆の前で本人が断れば、陰口を叩く者さえおらぬでしょう」
「そうか、それほどまでに言われるのなら無理強いは出来ないな、わかった二人の意思は王に伝えておく」
「ありがとうございます」
「それで、これからについてなんだが、菊美城はそのまま直鴻殿にお任せするつもりだが白館城を誰に任せるべきかと思ってな、錦蛾殿の意見を聞きたい」
「私ですか? 私など大揚の横についているだけの小さき者です。そのような私が高桐殿のためになるような事など言えるはずがありません」
「そう言わず、御存じの通り、今の鳳ヶ崎家には、それなりに賢人はいるがこのような人事を話せる者はそうはいない。これは頭も切れ、信用が出来る人物でなくてはならない。俺の周りにいる人物の中で貴殿が最も適していると思っている。貴殿の意見が聞きたい」
「……ありがたきお言葉、身に余る思いです。私の意見ですが、考えますに相応しいのはお一人かと」
「誰だ?」
「鳳ヶ崎 陽奈様が相応しいかと」
「……理由は?」
「はい、鳳ヶ崎 陽奈様は我らが王、鳳ヶ崎 灯火様の妹君であられます、格から見ても城主となるは必定、逆に陽奈様を差し置いて誰か他の者が城主になるとなれば、陽奈様が軽んじられる可能性が高く、また、差し置いて城主なった者もやりづらさが出てしまう恐れがあります」
「陽奈……様が城主になるのが合理的ということか」
「内外から見てもそれが妥当かと」
「確かにそうだが、陽奈様は今のところ内政長官に任じられる予定だ。この熊木城を拠点としていたほうが何かと都合がいい、もし、陽奈様を城主とするなら城代(城主の代わりに政務などを取り仕切る者)を立てる必要がある。誰か心当たりはありませんか?」
「……笹芝辺りが適任かと、才覚自体はそれほどでもありませんが、あの七條家を最後まで見捨てずに仕えた忠義心は信用に足る人物だと言えます」
「笹芝か、悪くはないが、やはり城代の器ではないな。俺が考えるに笹芝よりも適任だと思う人物がいるんだが」
「どなたでしょうか?」
「貴殿らだ」
「我々が陽奈様の城代など、恐れ多い。とても務まりそうにありません」
「そう言われず、大揚殿の功績は誰の目に見ても明らか、城代に足る功績だ。誰も文句は言わないだろうし、大揚殿の武芸と錦蛾殿の智謀、御二人が力を合わせて城を守ってくれれば俺も心強い」
「ありがたきお言葉、分不相応ではありますが、この大揚が誠心誠意、城代の務め全うして見せます。私は補佐として大揚を支えましょう」
「そう言ってもらえると助かる。錦蛾殿の意見を参考に笹芝を二人の下に付けるつもりだ。上手く使ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
羽湯はそう言うと、隣でむくれたまま黙り込んでいる羽葉にお礼を言う様に催促する。
「ほら、お礼を言って」
「……お腹痛いから喋りたくない」
「馬鹿言ってないで、早くお礼言って」
「じゃあ、あとでお腹撫でて」
「いくらでも撫でるから早くして」
「約束ね、えっと――この度は城代に任じていただきありがとうございます。えっと、その、頑張ります?」
「もう、しゃきっとしてよ」
羽湯はまるで母親のように少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そんなやり取りを羽葉としている姿を見て紅夜が苦笑いを浮かべていると、廊下を駆ける音と共に陽奈の声が聞こえてくる。
「高桐さ~ん、ここに居たんですね。探しましたよって、羽葉に羽湯じゃないですか、御二人とお話してたんですか? あっ、もしかして邪魔をしてしまいましたか?」
「邪魔じゃない……ですが」
「『ですが』って、なんでそんな堅苦しい話し方をしてるんですか? 変な高桐さんですね」
「堅苦しいもなにも俺は陽奈様の家来ですから普通ですよ」
そう言うと紅夜は目線で羽葉たちの方を僅かに見て察しろと言った様子で陽奈を見る。
「ああ、相変わらず高桐さんは変なところで律儀ですね。前にも言いましたけど、そんな畏まる必要ないですよ。軍議の場などでない限り、普通に話してください。わたしがいいと言っているんです。周りの目を気にする必要はないですよ。ねっ、羽葉、羽湯?」
「陽奈様の言う通りかと」
羽湯がそう言うと、羽葉も大きく頷く。
「そう言うことですから、今後も変に周りに気を遣わず話してくださいね。わかったらその似合わない敬語は止めてください」
「……では、大揚殿、錦蛾殿、俺の用件は以上なので、それでは」
そう言うと紅夜はそそくさと早歩きで陽奈が駆けてきた方向とは逆に歩き始める。
「あっ、ちょっと、高桐さん、待ってくださいよぉ」
無視されたことに少し怒りながらも紅夜のあとを駆けて行く陽奈の背中を見送った羽湯は小さくため息を漏らす。
「ふぅ、高桐殿と話すと頭が疲れるわ」
「ん? そうなの?」
「さっきの高桐殿の感じだと私たちは試されてたみたいね、総将のことや城代のことから考えれば」
「あっ、そうそう、せっかく総将にしてくれるって言ったのに何で断ったの? 勿体ないんじゃない?」
「あれは、最初から羽葉に総将を任せる気がないのよ、羽葉には悪いけど、この鳳ヶ崎家を見た時に灯火様と密接な関係で武芸が最も秀でている剣乃殿が総将になるのは当然の流れよ」
「それじゃあ、なんでわたしを総将にするなんて言って来たの?」
「理由は二つ、まずはこちらに野心があるかどうかを探ってきたと言ったところね、分不相応な総将という地位を目の前にぶら下げそれに食いつくか見極めたんでしょう、二つ目は元七條家の家臣たちへの牽制ね、剣乃殿が総将になれば七條家の元家臣が羽葉を担ぎ上げる恐れがあった、そうなると家が二分する可能性があったのでそれを未然に防いだ」
「ほうほう、なるほど、なるほど」
半分も理解してないだろうなと思いながらも羽湯は話を続ける。
「それで、野心も少なく、元七條家の面々よりも鳳ヶ崎家を重視していることを伝えたことによって陽奈様の城代に任じられたと言うわけね、どちらか一つでも間違っていれば城代にはなれなかったでしょうね。本当に高桐殿と話すときは裏の裏まで考えないといけないから疲れるわ」
「お疲れ様、でも、羽湯ちゃんの方が凄いよ。だって赤眼さんの考え全部見抜いたんだもん凄いよ」
「まぁね、って言いたいけど、高桐殿は別に私たちを貶めようとしたわけじゃなく適性があるかどうか見極めたかっただけだから見抜いたってわけでもないけど、ただ……」
「ん? 何か気になることある?」
「羽葉の言う通りってわけじゃないけど、なんと言うか、高桐殿にしては少し切れがないと言うか、前は刃物を喉元に突きつけられているみたいな重圧があったんだけど、それがあまり感じられなかったというか、やっぱりあの噂は本当みたいね」
「噂って、あの赤眼さんの体調が良くないって奴?」
「体調というよりは精神的なものらしいけど、まぁ、本調子でないのはたしかね、本調子だったら、あんなに上手く返せなかったかも」
随分と小さくなった陽奈と紅夜の後姿をぼんやりと見つめている羽湯に対して、羽葉は何かを思い出したかのように自分の着物をはだけさせてお腹を出す。
「ちょっ、羽葉! 何してるの!?」
「えっ、だって羽湯ちゃんお腹撫でてくれるって言ったから、ほら、羽湯ちゃんの肘のせいで赤くなってるんだよ」
羽葉の言う通り、薄っすらではあるが、たしかに拳一つ分くらいの赤い丸が見てとれた。
「いいから、わかったから、謝るからとにかく隠しなさい」
廊下というのもあって周りに羽葉のお腹を見られてないかと心配そうに首を左右に振る羽湯に促され着物を着直す。
「……殴っちゃって悪かったわね、これでいい?」
照れくさそうに謝りながら服の上から円を描くように優しく羽葉のお腹を撫でると、羽葉は嬉しそうな笑顔を浮かべ、羽湯に抱き付く。
「ちょ、こら、離しなさい」
羽湯は羽葉から離れようと抵抗するもののそれ程嫌がってるようには見えない。
「羽湯ちゃん、だぁいすき」
「……馬鹿」
迷惑そうにそんなことを言いながらも幸せそうな顔をしているのは羽葉だけではないことは言うまでもない。
最後まで読んで頂きありがとうございました
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