因縁の仲
金興の処断が終わり、二日ほど経っていた。
七條方の残党狩りを正式に終わらせたことにより、鳳ヶ崎家が旧七條家領土を完全に手中にしたことを宣言し、事実上内乱が終わり領内に平和が訪れることになる。
暴君と言われていた七條 金興率いる七條家の敗北、そして民のために戦い続け勝利を収めた鳳ヶ崎家を祝い、当主、鳳ヶ崎 灯火を新たな王として歓迎する宴が今晩開催されることになっており、日も傾き始めた現在は鳳ヶ崎家の面々は宴の準備に奔走していた。
そんな中、走り回る女中たちを尻目に涼しい顔で歩く修立の足は地下牢へと向いていた。
「……治意か、こんなところに来ていてよいのか? 今日は国を挙げての大宴会があるんだろ?」
暗く湿っぽい空間の中、鉄格子の先には二畳ほどの部屋があり、そこには退屈そうに胡坐をかきながら地面に座る利髭がいた。
「ええ、私のほうの仕事はすでに片づけてありますから」
修立はそう言うと牢の前に居た見張り兵を下げさせる。
「では何だ? 儂を笑いに来たのか?」
「ご冗談を、笑えませんよ。その姿も見飽きましたからね。それに……私もこの鉄格子の向こう側にいたのかもしれませんから」
主を裏切り、家を裏切った修立は傍から見れば不忠者、主家が傾こうと敗北が見えていようと最後まで主のために戦おうとした利髭は忠臣、そのはずなのに鉄格子の外にいるのは修立で内にいるのは利髭。戦と言うのは正しい人間が正しいことをすれば報われると言うわけではない、勝つ側にいなければ意味が無いことを互いに知っているからこそ、修立の言葉に僅かばかり沈黙する。
「……私をお恨みで?」
「金興様を裏切ったことか? 恨むも何もおぬしは元からそういう奴だろうに、汚いことを数々やってきたおぬしが今更、たかが寝返りなどしたところで驚くこともなければ憤ることもないわい」
「そうですか、それは安心しました。しかし、八重田殿が私のことをよく存じていたことは嬉しいことですが、逆はそうではないようで」
「どういうことだ?」
「私は不忠者で汚いことや残忍なことを散々謳歌してきました。当然、金興を敵に差し出すことも含めてね、しかし、忠義者で名の通っていた八重田殿がまさか私と同じように主家を売るとは思いませんでしたよ」
「……何のことだ?」
「鳳ヶ崎に攻められ籠城した際、赤眼軍師と一騎打ちをしたそうじゃないですか、鳳ヶ崎側は赤眼軍師の勝利を奇跡が起きたと言わんばかりに疑わず祝していましたが、私の見立てでは、あの赤眼軍師の『赤眼』をもってしても貴殿との力の差は埋まらないはず、つまり、わざと負けたということです。負ければ熊木城を明け渡すことになっていたにも拘らず。それは主を売った不忠者の私と大差ないのでは?」
「なんだ? 儂が手を抜いたせいで七條家が滅亡したとでも言いたいのか?」
「まぁ、実質的にはそうでしょう。熊木城が無ければ鳳ヶ崎 灯火は王になれず、軍事拠点もない、更に言えば赤眼軍師を失っている。この条件があれば『鳳ヶ崎家』なんてものは生まれなかったでしょう」
「そうすれば金興様は死んでしまい、どちらにせよ七條家は滅亡だろう」
「何を言っているのですか? 結局金興はどうなりましたか? つまりはそう言うことですよ。貴殿は金興を見限り、新たな七條の血を引く者を王として立てるべきだった」
「金興様の血を引く者は数名居たには居たが、皆若く、霊力もなく王としての器も――」
「誰でもよかったのですよ。器など、あの金興より下はないのですから、何なら金興の義理の息子として武将の誰かを七條の新たな王として祭り上げればいい。大事なのは家名と戦に負けないことですから」
「……そう思うなら、おぬしも残ればよかっただろうに、その小賢しい知恵を使い、七條家を存続できたのだろう? おぬしが言いたいのはそう言うことだろう?」
「何も私は七條家の滅亡の原因と責任を押し付けに来たのではないのですよ。私が言いたいのは八重田殿と同じ考えを持ったと言うこと」
「儂と同じ?」
「ええ、たしかに先ほどの方法を使えばこうも簡単に七條家が滅亡することはなかった。それを私はわかっていた。それでも鳳ヶ崎側についたのは確信があったからですよ。こちらについたほうが面白いと、国を豊かにするだろうとね」
「どの口が言うか、戦で赤眼に嵌められて劣勢になったところで主を売って自分だけでも助かろうとしただけだろうが、それにこの国が疲弊しておるのは金興様とおぬしが好き放題したせいだろうに」
「命惜しさに投降したのは否定できません、たしかにその通りですが、勘違いを正しておくと、私は別に残虐行為や圧政が好きなわけではありませんよ、必要なら躊躇無くやる。ただそれだけです。国のため、そして自分の出世のために必要だったのでそうしていただけですよ」
「ぬけぬけと」
「信じて貰わなくとも結構ですが、話を戻しますと鳳ヶ崎がこの領地を治める方が適切だと思ったわけです。何せ比較対象が金興ですからね」
「そう思うなら、何故おぬしは王になろうとしなかった? 七條家のほとんどを手中に収めていたおぬしなら可能だったろうに」
「私が大事にしているものは二つ、一つは自らの出世、つまりは権力と金です。これだけ見ればたしかに王になった方がいいと言えるでしょう。二つ目は保身です」
「保身だと?」
「ええ、私は七條家にいた間、多額の富を得ました。それこそ金興に気に入られるために罪なき人を焼き殺したり、女を攫ってきたり、それはもう悪逆の限りを尽くしましたよ。それにより私は権威を笠に着て横領や賄賂、その他諸々によって富を得られたのです。ここだけの話、金興よりも私のほうが富を持っているほどにね。しかし、現状はどうですか? 私は金興に気に入られ、権威を笠に着て、汚い金を稼ぎました。が、こうして生きています。そして、金興はすでに殺されています。もう言いたいことはわかりますよね?」
「王になれば、それだけ憎悪を向けられやすくなり、大きな責任も付いてくると言うわけか、とことん屑よな」
「権力者には必ずそれ相応の責任や義務が生じるという奴ですよ。どんな組織においても最も重い罰を受けるのはいつの時代も最上位の人間ですからね。私と金興の立場が逆なら今頃は私が殺されていたでしょう、だから私はあの地位に甘んじたのです。そして金興が用済みになったと判断したので有効利用したということです」
「おぬしの話を聞いておると耳が穢れるわい」
「そう言わずにもう少しお付き合いください。確かに私は非道かもしれない、しかし、貴殿は私のことを個人的に非難することこそあれ、『鳳ヶ崎がこの地を治めたほうがいい』これに関して貴殿は一度として否定されなかった様子。こう見ると、この一点に関しては、やはり貴殿も同じ考えということでよろしいですか?」
「……だったらなんだ?」
「互いに主家を裏切り、鳳ヶ崎がこの地を治めることに納得している。そこまでは同じなのに何故、この鉄格子(差)があるのか? 理由は単純、今、鳳ヶ崎のために働いているかどうかです。何故、このようなところに居続けるのですか?」
「まさか、おぬしが儂にそのようなことを言ってくるとはのぉ、儂を嫌っておったおぬしが。いったい何を企んでおる?」
「先程も言いましたが、必要があるかどうかが大事なのです。以前までは八重田殿は不要でした。なので疎ましく思っていましたが、今は必要なのでこうして勧誘しているのです。鳳ヶ崎の連中とて憎い私を登用したのですから、私が貴殿を勧誘してもおかしくはないと思いますが?」
「ふんっ、呆れるほどに、良く舌が回りよるわい」
「それが数少ない取り柄ですので」
嫌味たらしい修立の言葉にそれまでも詐欺師と相対するように警戒していた利髭だったが、より眉間にシワを寄せて目を細め、少しの間考えたのちに口を開く。
「……答えは断じて否だ」
「何故? 待遇は私が保証しますよ。八重田殿なら総将に準ずる地位であれば私が口添えしてあげますよ」
「理由か? そんなもん単純よぉ、おぬしの言葉に踊らされるのは癪に障るからのぉ」
「はぁ、そんな感情的な理由ですか、まぁ、貴殿らしいと言えばそれまでですか、せっかく、同じ裏切り者同士仲良くなれると思ったのですが」
修立は小さくため息を吐くと興味が失せたように、鉄格子から離れ踵を返す。
「では、しばらく貴殿の好きなこの場所で頭を冷やされるといい、いえ、いっそ、ここで亡くなるのもよいのでは? 死に様としてはお似合いだと思いますよ」
思い通りにならなかった苛立ちと皮肉を込めた言葉を捨て台詞にしながら小さな舌打ちと共に地下牢を去る修立の背中が小さくなっていく。
「(奴の事だ。登用を拒んでおる儂を説得したとなれば、自らの手柄とするだろう。さすれば、家中の評価も上がり出世に近づくだけでなく、このまま死を待つのみの儂を救い地位を与えれば儂に恩を売れるとでも思ったのだろうのぉ。失敗したとて奴に損はない、目敏い奴よ)」
修立には七條家にいた頃から何度もいいようにされてきたので、企みを看破した利髭は消えゆく背中に視線を向けて、そう何度もやられるかと言わんばかりに『ふんっ』と鼻息を鳴らし、腕を組むのであった。
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