二人の出会い
陽奈たちが泊まっていた宿屋から村まではそう遠くなく、半刻(一時間)もしない内にたどり着くことが出来た。
「たぶん、あれですよね。(静かですし、この様子だとまだ賊は来ていないようですけど、とりあえず周辺を見回ってきましょう)」
遠目から村の様子を見ていた陽奈はそう呟き、そう思い。村の周りを巡回し始めた。
「思っていたより、しっかりしていますね」
行商人たちの話から田舎の小さな村という印象を受けていた陽奈だったが、村の周りには柵と門(どちらも木で作られた簡素な物)があり、賊に対して最低限の警戒と防衛意識を感じ、感心しながら歩いていると表の正門より一回り小さな裏門の前に人影があることに気づき立ち止まる。
暗くてよくは見えないが体格的に男で剣を腰に差しているのが見えたので、さらに警戒を強めた陽奈は少しずつ近づいていくと、その男が只者でないことに気づく。
霊力を持っている者は自然と体から一定量の霊力を外へ放出している。そして霊力を持つ者はその放出されている霊力を視認することが出来るので相手が霊力も持っているかがわかる。その男の体から霊力が放出されているのを見た陽奈は一歩退いてしまう。
霊力を持つ者と持たない者では力の差が歴然としてある。霊力には身体能力を高める力があり、それを鎧のように纏うことで身体能力は強化され並の人間では歯が立たない。霊力が強ければ強いほど身体能力は底上げされる。霊力は比較的女のほうが強い傾向にあるのでこの戦乱の時代でも女が前線に立つことは不思議ではない。故にこの時代の戦闘はまず霊力があるかないか、そして相手も霊力を持っているのならそれが自分より強いかどうかを見極めることが戦いを有利にする。
目の前の男は決して霊力が強いと言うわけではないが、霊力を持っているとわかった時点で陽奈が恐れを抱くには十分だった。
何故なら陽奈自身の霊力も強くはないからだ。それでもただの賊相手なら例え三十対一でも戦えると思っていた。
この時代は霊力つまりは才能が全てと言っても過言ではないのだが、それは当然身分にも言える。霊力を持つ者は農民の出でも武将や文官として登用され高い禄を貰い悠悠自適な生活を送れるが、逆に霊力を持たない者はどんなに武芸や文学を頑張ったところで武将や文官にはほとんどなれず、なれたとしても肩身の狭い思いをすることになる。
そんな時代なので逆に言えば賊になるような連中が霊力を持っているはずがないので、目の前の霊力持ちの男の存在に驚き、怯え、体が少し震えてしまっている。
「(まさか、霊力を持っている賊がいるなんて、ですがきっとあれは賊たちの頭目のはずです。霊力を持っている人が賊の中にそう何人もいるはずありません。見たところ周りに手下の方々はいないようですから今が狙い時かもしれません)……大丈夫です」
自分にそう言い聞かせ、自身の霊力によって弓と一本の矢を形成するとそれらを持ち、男との距離を少し詰める。
「そこのあなた、今すぐ手下を連れてこの村から手を引いてください、そうしていただけるのであればこの矢はすぐにでも下ろします」
弓矢を構えて警告する陽奈に対し男は一瞬陽奈のほうを見るが、まるで何も見えなかったかのように自然と元の方へ視線を戻した。
「仕方ありません」
陽奈は構えていた弓矢に一層力を込めて矢を放った。
矢は男の足元の地面に刺さり、もう少しずれていれば右足の甲を貫いていた。
「今のは警告です、わざと外しました」
「そんなこと、わざわざ言わなくても知ってる」
陽奈のほうへ軽く視線を動かし、また無視するように視線を元に戻す男に陽奈は少しむっとして、新たな矢を形成し男へ矢を向ける。
「最後の忠告です、手を引いてください、そうすれば見逃します」
「…………」
「今度こそ本当に当てますよ」
その言葉と態度に対し男は顔を一瞬陽奈の方へ向けるだけで、再び視線を戻した男は完全に陽奈を無視していた。
陽奈はもう一度弓矢に力を込めて矢を放とうとした瞬間、男の声が陽奈の耳に届く。
「今度は左足の方へ外すんだろ?」
「えっ」
その声が陽奈に届いたとき、すでに矢は手から離れていて、放たれた矢は男が言った通り左足の踵辺りの地面に突き刺さった。
矢を放つ前から矢の着弾点を完全に見切っていたその男に陽奈はより一層警戒を強める。
「あなたはいったい――」
陽奈がそこまで言うと男はいきなり剣に手をかけたので、陽奈は身の危険を感じ急いで新たな矢を形成すると、目の前の男の声ではない下卑た男たちの声が後ろの方から聞こえてきた。
剣に手をかけたまま男が見つめる先の林から薄汚れた身なりに身を包み好戦的な風貌で武器を持った男たちが三十人ほど現れる。
「(この人の手下たちですね、これはちょっと危険かもしれません)」
霊力持ちを含めてこの数をまとめて相手にするのはただでさえ厳しいにもかかわらず、前後で挟まれてしまった陽奈は自身の命の危険を感じてか冷や汗が額から流れ頬を伝う。
しかし、その心配は無用の物だったとすぐに気づくことになる。
男は剣を抜き、村に向かってくる賊たちに警告する。
「この村を狙ってるなら止めとけ、割に合わないぞ」
賊たちは男の警告に対して下卑た笑い声を上げると一斉に男に向かって襲い掛かる。
「離れてろ」
男は陽奈の横を駆け抜ける際にそう言うと、陽奈が言葉を返す前に賊たちの懐へ跳び込み斬りかかる。
男の戦いぶりは圧倒的なものだった。次々襲い掛かってくる敵の攻撃を完全に完璧に紙一重でかわし続け、致命傷にならないように賊たちを斬っていた。
そして目の前で三十人の賊相手に戦うその男が、賊の頭目でも一員でもないことに陽奈が気づいた頃には残す賊は頭目一人になっていた。残りの者は斬られ戦闘不能になり痛みに悶えながら地面に倒れているか斬られる前に逃げ出してしまっていた。
「こんな強い奴がいるなんて聞いてねえぞ――くっそ、なんなんだお前、なんでこの数相手に一度も――」
「視えてるからな、お前らの一手先が」
男はそう言いながら恐怖に震える頭目との距離を詰めていくと、今まで雲に隠れていた月が顔を出す。暗い闇夜が淡い月明かりに照らされると男の容姿がはっきりと見え始める。
焦げた茶髪に細めの体格、落ち着いた灰色の浴衣に身を包んでいた男は端整な顔立ちをしている青年で何より特徴的なのは鈍く光る赤色の瞳。
「お、お前、な、なんなんだ、なんだその眼は!」
頭目はその珍しい瞳の色を見て気味悪がるように怯え、尻餅をつく。
「さぁな、少し先が見える眼とでも言っておくかな」
少しおどけたようにそう言うと男は頭目との距離をさらに詰める。
「く、来るな、来るなぁ!!」
「ちなみにだが、この眼にはお前の首が地面に転がるのが見えるな」
青年が剣を振り上げると頭目は奇声を発しながら這うように逃げ去って行き、倒れていた連中も頭目が逃げ出したことにより、次は自分たちの命が危ないと思ったのか、痛む傷を抑えながら各々全力で逃げて行った。
青年は賊たちが全員逃げ去ったのを確認すると陽奈の方に向かって歩き出したので、陽奈は思わず身構えるが青年はそれに目もくれず、陽奈の横を通り過ぎる。
「――赤眼」
その際に見えた赤い瞳を見て陽奈はそう呟くと振り返り、青年を追いかける。
「ま、待ってください!」
声をかけても振り返らない青年に陽奈は更に近づくと、青年は剣を抜いて振り返る。
「こんな時間だ、見知らぬ男を警戒して弓を構え、矢を放つことはまだいい、理解できる、だが、警告とは言え勘違いで矢を二本放った挙句、詫びの言葉もなしで声をかけてくるなんてどういうつもりだ?」
陽奈は首元に剣先を突きつけられ、一歩も動けずにその場で立ち止まる。
謝罪の言葉も弁解の言葉も頭には浮かんでいるが、すでに喉を貫かれているのではないかと錯覚してしまうほどの鋭い殺気に言葉さえも出てこない。
「……まぁいい、お前に悪意や敵意がない――どころかさっきの勘違いの仕方からして善意を持っているのはわかる。どこの誰かは知らないが霊力を持っているならそれなりの身分なんだろう、だったら俺に関わるな。お前の名が汚れ――」
「陽奈様から離れろぉ! この下種がぁぁぁ!!」
青年の言葉を遮るように青年の後方にある裏門から鬼のような形相で剣を構え、青年の背中へ斬りかかろうと駆けてきたのは宿屋で寝ているはずの成実だった。