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鳳凰記  作者: 新野 正
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僅かな達成感

 そうして、菊美城で敗戦を装ってから二日が経った。

「高桐さん、遂にですね」

「ああ、もうこれ以上、無能の輩、七條 金興に夢を魅させておく必要もないだろう。これを各武将らに届けよ」

 陽奈の言葉に頷いた紅夜は懐から書状を複数取り出すとそれらを伝令兵に持たせる。

 

 その書状には裏切りを許可することが記してあり、それに目を通した菊美城、城主の綱森は深く何度も頷くと、各武将らを集め、軍議を開き満場一致により、菊美城は開城し降伏、そして主を変えることにまとまった。

 かくして菊美城はあっさりと落城し、その知らせは白館城内にも広がっていた。

「馬鹿な、菊美城が落ちるなど……綱森は何をしておる、この前の戦に勝ったばかりだろう!」

「金興様! 報告によれば綱森殿は我らを裏切り、鳳ヶ崎家に降ったとのこと、その際、一切の抵抗も無く、どうやら最初から敵と通じていたようです」

 玉座に座りながらも落城の報を聞いた金興の下に、伝令兵から事の次第の詳細を聞いた文蔵が血相を変えて駆けつけてくる。

「ええい! つまりはこの前の勝利は」

「はい、偽りのもの、となれば……」

「なんだ? 何を考えておる」

「……! 金興様お急ぎを! 急ぎ皇の領土に向かい助けを求めるのです」

「おいおい、何を言っておる。菊美城が落ちたとて、この白館城には二千近い式兵がおり、以前、式兵数では圧倒しておる。それを捨てて逃げるなど」

「お考えを、菊美城の武将は全て鳳ヶ崎家に寝返りました。それは、菊美だけの話でしょうか?」

「なんだと、それでは……つまり、白館城ここの武将らも!」

「この知らせが届いてからというもの明らかに城内が閑散としております。恐らく多くの者はすでに話をつけていることでしょう」

「すでに逃げ出しておると言うのか! くそっ! 不忠者共め! では、この戦、最初から勝ち目がなかったと申すか」

「……恐らくそうでしょう、初戦で赤眼軍師が負けて見せたのは我々に勝てると思わせるため、つまり、我々を油断させ、逃げ出さないようにするためかと」

 全てをようやく察した金興は怒りに震えながら目を血走らせる。

「ええい、赤眼軍師めぇ、許せん! 必ず殺してくれる!」

「金興様、ここは冷静に、まずは逃げることが先決です。敵が誰かもわからないこの現状で城を包囲されれば、籠城をしても危険すぎます」

「っく、信頼できる者は何人ほどおる?」

 文蔵の言葉を聞き何とか冷静になると、このままでは殺されると思った金興は玉座から立ち早足で評定の間を文蔵と共に出る。

「精々、蒋字ぐらいでしょうか」

「そうだ、蒋字はどうしておる、何故、これほどの大事な時に居らん」

「それが昨晩深酒をしてしまったようで、今も床に伏せております」

「ええい、役立たず目が! そのような奴捨て置いて、儂らだけでも逃げるぞ」

 金興と文蔵は歩みを早めるが、慌ただしく廊下を駆ける式兵らの足音と「金興を捕えろ!」そう言った声が迫ってくるのがわかる。

「こちらは駄目なようです、他のところを」

「そうだな、ならばこっちへ」

 そうして式兵らをかわしながら何とか皇領内に最も近い北門までやってくる。城門横の小さな扉を開けて二人は外に出るとそこには灯火率いる鳳ヶ崎軍がずらりと並んでいた。

「随分と遅かったねぇ、待ちくたびれちまったよ、七條 金興」

「ぐっ、貴様、鳳ヶ崎めぇ!」

「無駄な抵抗はよしな」

 灯火の命に従い式兵らは金興と文蔵に武器を向けると文蔵はここまでといった様子で両手を挙げるが金興は剣を抜き灯火に向かって駆け出す。

「わ、儂が貴様ら如き、下等な者らに負けるなど、断じて認めんぞぉぉ」

 そう叫びながら、醜く垂れた下腹を揺らし斬りかかって来る金興に対して泉千や式兵らが迎え打とうとするが、それを灯火は制して金興を自らの下へ迎え入れると軽く素手で剣を払い、金興の頬へ怒りの籠った拳を叩き付ける。その一撃により金興はその場で倒れ、文蔵と共に式兵らに捕えられる。

 かくして白館城は落城となり、これにより名実共に七條家から鳳ヶ崎家がこの領地全土の主となった。

 戦も終わり戦果の報告や恩賞の授与なども終え、七條家に仕えていた武将らのほとんどを灯火はそのまま登用した。そして残るは、灯火に殴られた跡が青紫に色濃く残っている金興だけとなった。

「鳳ヶ崎 灯火めぇ」

 金興は恨みのこもった声と視線を、熊木城評定の間の玉座に座る灯火に投げかける。

「ふんっ、どうだい? 七條 金興、玉座から落とされ縄で縛られ、ひれ伏している気分は?」

「(っち! 賊の分際で)鳳ヶ崎 灯火よ! 貴様は、元々は儂の家臣であっただろう、このように謀反を行い、かつての主を辱めるとはなんということだ! 早く縄を解け、この儂を誰だと思っておる。この地を、この城を三代に渡り守ってきた七條家の当主、七條 金興だぞ!」

「だから、なんだい?」

 それまでの余裕のある態度から一転、殺意に満ちた瞳に睨まれ金興はたじろぐ。

「き、貴様、まさか儂を殺す気か?」

「逆に聞きたいんだが、何故殺されないと思った?」

「ふ、ふざけるな、わ、儂は王位も譲りこの城もおぬしらに譲った。その際に儂の命は保証すると言ったではないか!?」

「は? あんたの身柄を七條家の元武将らに返す代わりにこの城と王位を貰ったわけさ、ちゃんと約束を守って一度返しただろ? それに未来永劫殺さないとは言ってないからねぇ」

 灯火から伝わってくる殺気が徐々に強くなっていることに気づいた金興は灯火が本気で殺そうとしていることに気づき、膝が震え始める。

「ま、待て、落ち着け! わ、わかった。儂はもう未来永劫、鳳ヶ崎家には関わらん、二度と武将になろうともしない、式兵も持たない。だから命だけは――」

「『助けろ』ってかい? あっははは、こりゃあ、おかしなこと言うね。だってそうだろ? あんたは今までそうやって命乞いをする者らを散々殺して来たじゃないか、度重なる徴税が払えず首を垂れる民たち、国を想う古くから仕えてきた武将たち、その者らを自らの私腹を肥やすためだけにいったい何人殺したと思ってるんだい!?」

 怒りをぶつけるように玉座の肘置きに拳を振り下ろす灯火は金興に対する憎しみや怒り、そして理不尽に斬られ殺されていった者たちの無念さ、哀れさ、そういった感情が重なり合った表情で金興を睨みつける。

「あ、あれは仕方なかったのだ! 奴らが儂の言う通りにしないのがいけないのだ! 出しゃばらず口答えしなければ殺さなかったと言うに、王の命令に従わぬ、民や家臣が悪いのだ! 儂のせいではない! 大体――」

 醜くもつばを吐き散らしながらそう訴えかける金興の姿を多くの武将が見ていた。

 評定の間にずらりと並び、そのほとんどは元七條家の武将らだった。

 鳳凰旗団の面々はそんな金興を見て怒りを覚えていた。特段泉千は灯火の苦しみや憎しみを知っているがため、冷淡な顔つきではあるが今にも自らの唇を噛みちぎってしまうのではないかと思ってしまう程、怒りをあらわにしていた。

 対する元七條家の武将たちは視線を逸らし俯いている。まるでこんな情けなくも無能な輩が自分たちの元主だと認めたくないように。

 そんな視線にさらされながら逸らされながら、それにも関わらずつらつらと言い訳を述べ続けている。それほどまでに命が惜しいのかと、周りから、ため息が聞こえてきそうなほど醜悪な姿をさらし続ける。

「――もういい」

 聞き飽きたと言わんばかりに灯火はそう言って金興の言葉を遮る。

 あまりに情けない金興の姿を見たせいで、灯火の表情は先ほどまでとは打って変わって毒気を抜かれたように哀愁漂う表情になっていた。

「縄を解いてやれ」

 灯火の命を聞き、金興の側にいた式兵らは縄を解くと金興は立ち上がり、助かったと思ったのか、にやにやと笑みを浮かべている。

「ふ、ふっはは、それでいい、それでいいのだ。どうやら貴様は物わかりがいいようだな。よくよく見れば、顔も体つきもよいではないか、どうだ? 儂の女にならんか? そうすれば儂が王、貴様が王妃、儂と共にこの地を治めるのだ。――そう言えば、貴様は未亡人だったな、案ずるな儂は気にせん、しっかりと抱いて――」

 

 我慢の限界だったのだろう。

 武将らの奥に潜むように立っていたのも金興をなるべく見ないようにするためだった。見てしまえば自分の怒りを抑えられないそう思ったからだ。

 怒りに震えながら何度も自らの太腿に爪を立て、必死に自らを制していた。

 『抑えないと、抑えないと』何度も心の中で呟きながら律していた理由は一つ。

 この者を斬るのは自分では無いからだ。

 わかっていた。『私』では無い事ぐらい。

 それでも、これ以上、主であり、親友でもある。灯火への侮辱は許せなかった。

 武将らをかき分ける一陣の風と共に金興の前に立つと、腰の長刀を抜き切り上げるように切っ先を金興の顎下に向ける。

「泉千」

 その穏やかな声に我を取り戻した泉千は長刀を止める。紙一重だった。

 一瞬でも遅れていれば斬ってしまっていただろう。

 あまりの速さにほとんどの者が見えておらず、見えた者も止めることは出来ず、それほどまでに泉千は本気だった。

 金興もようやく目の前の状況が理解できたのか、腰を抜かす。

 ただ単に切っ先を向けられているからだけではない、正気に戻ったとはいえ泉千の目は完全に据わっていた。あの目と殺気に当てられれば誰でも怖れを抱く。

 本来なら捨て台詞でも残すのだろうが、声すら出ないと言った様子で金興は地べたを這いずるように評定の間を出て行った。

 それを見送った泉千は振り向き灯火の顔を見る。

 表情からは灯火の本心が伺えない、まるで無関心な時代劇を見ているかのようなそんな冷めた表情をしていた。

「灯火、なんで?」

「『逃がしたかって?』あんな奴の血で泉千の刀が汚れるのが嫌だっただけさ、逃がしたのも同じ理由でね、評定の間が汚れるじゃないか」

 そう言って笑う灯火を見て泉千は少し不満そうに『いいの? それで』と問いかける。

「ん? 何か勘違いしてないかい? 心配しなくともあたしがあいつを許すわけないだろ?」

 そう言うと灯火は式兵に城外で金興を殺すように命じる。

 それからしばらくして城内にも響き渡るような金興の断末魔が聞こえてきた。

 その頃には武将らは気を遣ったのか、評定の間にはすでにおらず、残っていたのは灯火と泉千だけになっていた。

「せっかく、ここまで、きたのに、あんなんで、いいの? 自分の手で、殺せたのに」

「いいんだよ、あんなんで。はぁ、なんて言うか、あの情けない姿を見てたらなんか馬鹿らしくなってね、こんな奴に復讐するために、あたしはここまできたのかと思うとね。ほんと、情けなくなってねぇ、もし、復讐心だけでここまで来てたらどうにか、なってたかもね。変な話さね、あれだけ殺したかったのに、いざ殺せるってなってあの姿を見たら、どうでもよくなっちゃってね。こんな奴にあたしらは振り回され続けたのか、とか、こんな奴にあたしの旦那は殺されたのか、とか、考えれば考えるほど情けなくなったって感じ、まぁ、それでも仇は討てた。それで十分さ」

「そう、それじゃあ、治意は? あいつも、殺すべき」

 冷淡な表情に抑揚のない声、それはいつもの泉千であったが、それでも怒りや憎しみの感情を灯火は感じた。

「そうさね、七條家の政や軍事の大半はあいつの仕業だからね、古参の武将を殺すように仕向けたのにも一枚噛んでるんだろうね」

「わかってるなら――」

「それでも、坊やが奴を生かした。坊やはあたしらがしたかったこと、出来なかったこと、それらをやってのけた。つまりは恩人さ、その恩人が殺さず使えと言うならしばらくは生かしておこうじゃないか、それにむかつくが現に奴は使える、これから国を立て直すためには必要だ。――そう、心配しなさんな。奴を許すつもりなんて全くない、それはこれからも変わりはしないさ」

「わかった。灯火が、それでいいなら、私も、それでいい…………ねえ、王様」

「……なんだい? 家臣さん」

「これからも、頑張ろうね」

「ああ」

 広い評定の間で二人は背中を合わせながら笑う、僅かな達成感を笑顔に滲ませて。



最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字脱字ありましたら引き続きご報告よろしくお願いいたします。

ブクマ、評価、感想お待ちしております。


ブクマ登録して頂いた方々ありがとうございます。

とても嬉しく励みになっております。

今後ともよろしくお願いいたします。

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