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鳳凰記  作者: 新野 正
20/33

白けた野戦の末



「修立よ、見よ! 援軍が来たぞ! あやつらが来たということはあちらも片が付いたようだな。これでこの戦は我らの勝ちぞ!」

 高笑いを上げる金興に対して、一瞬、祝いの言葉でも言おうかと思った修立だったが、後方に布陣している羽葉部隊に一度目をやり、次に紅夜の方を見ると僅かに笑い、金興に跪く。

「……たしかに勝敗は決しました。しかし、よいのですか? このまま大揚たちに手柄を譲ってしまっても」

「ん? どういうことだ?」

「このままでは大揚たちがこの戦の勝敗を分けたことになってしまいます。一番の手柄ということです。つまりは恩賞も多く与え、更には名誉を得ることになります。我々は鳳凰旗団、亡き後は本格的に軍備の縮小を図ろうとしていたはず、大揚たちを処分するのが面倒になってしまいます」

「それは、たしかにそうだな。うむ、さすがは修立、すでに勝った後のことも考えるとは、それでどうすればいい?」

「あれだけ弱った鳳ヶ崎 灯火、そして剣乃 泉千をわざわざ大揚らに譲る必要はありません、私に残りの式兵を預けていただければすぐに二人の首を取って来ましょう」

「だが、戦はすでに勝ったのだろう? それなのに式兵をお主の霊術で無駄にするのは――」

「どちらにせよ、軍備を縮小するのですから式兵を処分するつもりで派手に使うのも一興かと、守りに関しては後方の大揚部隊がいますのでご安心を」

「なるほど、それもよかろう。じゃが――」

「心得ております。私は金興様の右腕です。故に私の功は全て金興様の功、戦が終わればこの地を荒らす賊を滅ぼした英雄として崇められるでしょう」

「よっし、ならば、修立に任せる。儂の式兵らを全てお主に譲渡する、直ちに敵を――待て修立」

「……なにか?」

「あれだけ弱っておるのだ。出来れば捕えてくるのだ。なぁに、腕の一本や二本無くても構わん、首が繋がり女の胴体があればそれでよい」

 下卑た笑みを浮かべる金興に「承知しました」と僅かに安堵の表情を浮かべた修立は式兵の指揮権を受け取ると自刃用の脇差を抜き、自らの右上腕部を突き刺す。

 突然の行動に金興が驚きの声を上げようとした瞬間、僅かに早く修立の下知が下る。

「我らの敵、七條 金興を捕えよ!」

「なっ!? 何のつもりだ! 修立、おい! 止めさせろ! 離せ! 修立!!」

 指揮下の式兵三百五十ほどに金興を捕えるように下知を出した修立は主従印の刻まれた右腕上腕部に刺さった脇差を抜き収め、痛みに耐えるように傷口に手を添える。

「(これで、主従印は無効になった)金興それを捕えたら連れてこい」

 今までの従順な眼差しではなく、まるで塵芥ちりあくたを見るかのような目で金興を見ると一言だけそう言い、式兵らをかき分けて灯火のほうへ歩を進める。

 灯火たちは急に七條軍の式兵が戦わなくなったのでおかしいと思いながらも何が何やらわからないと言った様子ではあったが、それでも近寄ってくる修立を警戒し続けた。

「鳳ヶ崎 灯火様、此度の戦、大揚殿らを寝返らすお見事なご采配、完敗にございます。降伏の証に七條 金興の身柄をお引渡し致しますので、どうか、これからは鳳凰旗団の末席に加えていただき、犬馬の如く働きたく――」

 そこまで聞きようやく、灯火たちは何が起きているのかを理解し、理解したうえで灯火は首を垂れる修立に大剣の先を向ける。

「負けが見えたから、主を捕え、鞍替えかい? いい度胸さね」

 敵意が無いことは見て取れたので灯火は霊術を解除していたが、あまりの不義理とも取れる行動に内心に灯る怒りの炎が見て取れる。

「負けが見えたからでは、ございません。常日頃、思っておりました。七條 金興の下を去りたいと、七條 金興の政はやり過ぎていると、しかし、鳳ヶ崎様もご存じのはず、七條 金興に逆らえばどうなるのかを、どうか、私のご心中お察しいただきたく」

 そこまで聞いて泉千の目元が『ぴくり』と動く、それもそのはず、金興による古参武将らの大量粛清は修立の主動によるものがほとんどだと知っているからだ。それにも関わらず、灯火に対して、大事な人の命を奪ったことに加担しながら今更、被害者ぶる修立の姿に堪忍袋の緒が切れたかのような様子で、目に暗い光を宿し、収めていた長刀に手を掛けようとするが、それを紅夜に止められる。

 紅夜は何も言わない、だが、『灯火さんがまだ堪えています』と眼で訴えているのがわかり、泉千は踏み止まる。

「いけしゃあしゃあと、話に聞けば実質あんたが七條家を動かしてたって聞いたが、それじゃあ、それは間違いかい?」

「動かせていたのは事実ですが、それも七條 金興に気に入られていたからこそ、もし、そうでなければとっくに私『も』殺されていましたよ」

 平然とそう言ってのけた。

 大剣を突きつけられながらも怒りに燃える灯火を見ながら、涼し気にそう言ってのけた。

 傍から見れば敬意をもって話しているように見える。

 低い姿勢のまま命乞いをしているように見える。

 だが、正面に立つ灯火には感じ取れていた。『殺せるものなら殺してみろ』と言わんばかりの挑発めいたその姿と声を。

「上等じゃないか」

 そう言って大剣を振り上げようとした灯火を制したのは、またもや紅夜だった。

「お待ちください、灯火様、ここは治意 修立の言葉を信じ、御家来に加えてみてはどうかと」

 普段の言葉遣いではなく、しっかりとした話し方で軍師として進言する紅夜に驚きの視線を向ける泉千、そして『どうゆうつもりだい?』と口で言わずとも振り返りながら目で訴えてくる灯火に対して紅夜は修立と灯火の間に入る。

「敗色濃厚となったとはいえ、無駄に争わず、瞬時に七條 金興から式兵を奪い、捕える動きに無駄がなく、噂通り智謀に長け、先が視えていると言っていいでしょう。それに治意殿がお味方になってくれるのなら、残党の武将らも次々と首を垂れ、被害が少なくなるはず、十分我々の助けになるかと」

 その言葉を聞き納得いっていない様子ながらも戦意を削がれた様子で、一つ息を吐く灯火は殺気を引っ込めつつも疑いの眼差しを修立に向ける。

 修立はそれを見て、僅かに不敵な笑みを浮かべると目を伏せ、首を垂れ、従順の意を示すが、それすらも気に入らないと言った様子で後頭部を掻き、大剣を収める。

「いいの? 殺さなくて、そいつは――」

「こうして勝てたのは坊やのおかげさ、その坊やが止めるってことは、考えがあるってことさ、私情を優先するほどのことじゃないからね、まぁ、家来ってことは、気に入らなければいつでも殺せるわけだからね。今回は坊やの顔を立てておくさ」

 牽制の意味も込めて、修立に聞こえるようにわざとそう言うが、修立は意にも介さぬように首を垂れたまま「ありがたき幸せ」と言い、金興から奪った式兵全てと金興自身も灯火へ献上した。

「(食えない奴さね、こんな奴、味方にしてどうしようってんだか)後のことは任せたよ坊や」

 少し呆れるように、そう思いながら疲弊しきった体を休ませようと泉千の近くへ行き腰を落とす。

「赤眼軍師殿、私の命をお助けいただき感謝を申し上げます」

 修立は間に入り、命を助けてくれた紅夜に改めてお礼の言葉を述べると、紅夜は片膝を着き、跪いている修立の手を取る。

「礼には及びません、治意殿ほどの優秀な人材がこんなところで死ぬのはあまりに勿体ないと思ったまでのこと、今までのことは水に流し、これから共に主を支えて参りましょう」

 修立を立たせると、真面目な顔つきながら友好的な表情で、紅夜はそう言うと「こちらこそ、非才の身でありますので赤眼軍師殿にはご迷惑をかけましょうが、何卒よろしくお願い申し上げます」と低姿勢な物言いで返す修立に紅夜は一つ頷き、七條軍後方に陣取った部隊へ戦況を報告するため軽く修立に頭を下げ、その場を後にする。

「(まさか、治意が投降するとは思わなかったな。聞いていた通りいけ好かない奴だが、やはり頭は切れる。普通なら大揚部隊が援軍に来るなら鬼島の部隊を突破し、鳳凰旗団後方に陣を取り挟撃するはず、だが、実際には自分たちの後方に来た。それを見て一瞬の内に陽奈を殺したことが虚言で大揚が密かに寝返ったことを理解した。あの状況下で大揚の寝返りなど普通は考えつくはずがないにも拘わらず。それだけじゃない、あのまま戦うよりもこちらに付いたほうが得策だと判断し、こちらへの忠誠の証として七條 金興から式兵を奪い捕縛し、献上品として差し出す。更に言えばここまですれば自分は殺されないと考えていたはずだ。治意は七條家の内政、軍事のほとんどを取り仕切っていた。言わば七條家の要、これを殺せば残った七條家家臣の反発も強くなるだけじゃなく、一から租税や人口の把握、その他諸々を調べないといけなくなる。故に自分は殺されず家臣に加われると判断した。例え、他の誰かが感情的に殺そうとしても必ず俺(紅夜)が止めるだろうと踏んでいたんだろう。使い道がまだまだあるから助けたが用心しないとな)」

 そんなことを考えながらゆっくりと離れていく紅夜の後姿を見て、修立は眼を左右に振り辺りを見渡す。

「(私の近くに見張りの式兵を置かないか、信用しているように見せているつもりだろうが、さりげない形で少し離れたところに私を囲むように式兵が点在している。逃げないようにするためと妙な動きをした場合の備えか、一連の流れで式兵に指示を出している様子は伺えなかった、こちらに式兵の動きを悟らせず、自然と私を包囲するとは、ふんっ、ここまで出来る奴だと把握していれば……、まぁいい、過ぎたことを悔いても意味はない、要は『次、失敗しなければいい』ということだ。用心さえしていれば、出し抜けないことはない)」

 二人は言葉や表情とは裏腹にそんなことを考え、互いに敵意を持つどころか殺気さえも伺えるにもかかわらず、どこか楽し気に見えた。

 紅夜が羽葉の部隊に近づくと、先頭の部隊からひょっこりと陽奈が顔を出す。

 紅夜の姿を見つけた陽奈は太陽のような温かな笑顔になり「高桐さぁん!!」と式兵の間を抜けて大きく手を振り、大きな声で紅夜の名を呼んだ。

 自信はあった。羽葉部隊が七條軍後方に陣取った段階で勝利を確信し、同時に陽奈は生きていると思っていた。それでも、こうして動いている姿を見て、声を聞いて、その暖かで柔らかな笑顔を見てようやく安堵した。そして紅夜は気づく。

「(やっぱり、俺は陽奈の家臣なんだな)」

 これほど安堵したことはない、よかったと思ったことはない。表情は崩さず、足取りも変わらず落ち着きながらも、今にも嬉しくて涙が溢れそうで、駆け出してしまいそうな、そんな気持ちを抑えながら、軍師として振る舞おうと歩を進めながら涙を引っ込ませ、言葉が詰まらないようにつばを飲み込み、一つ小さく咳払いをして、陽奈の前にたどり着くと片膝を付き軽く頭を下げる。

「ご無事で何よりです」

 平然とそう言った。そう言えたことに安堵する。

「はい! ご無事です! そんな堅苦しい挨拶なんてしてないで聞いてくださいよ。わたし頑張ったんですよ」

 紅夜の頭を上げさせるとまるで久しぶりにあった友人と話すかのように楽し気な笑顔を浮かべ、羽葉たちを説得した話を紅夜に聞かせる。

「――それでですね、剣を振り上げた羽葉がですね。『わたし、殺れる(やれる)よ』と言ってですね。わたしの座っていた足元に剣を突き刺したんです。あの時はちょっと驚いちゃいましたけど、涙ぐんでいる羽葉を見て、きっと今まで辛かったんだろうなと思いましてわたしまでもらい泣きしちゃって――」

 その時のことを思いだしたのか、少し涙ぐみながらそんな風に話す陽奈を紅夜は黙って頷きながら聞いている。

「――羽葉たちを説得した後、羽湯がですね。裏切ったことを気づかれないようにするためにわたしを殺したことにしたいって言ったんで、良いですよって言ったんです」

「俺らがそれをそのまま信じるとは思わなかったのか?」

「何を言ってるんですか、高桐さんがいるじゃないですか、だからそんな心配しなかったですよ」

 一瞬の間もなく笑顔のまま、そう言って信頼してくれたことに紅夜は「(あいつらを説得するの大変だったんだがな)と叩かれた頬の痛みを思い出しながらも、その信頼は素直に嬉しく思った。

「――それで、そのあとですね。成実が来て――もう、大変だったんですから成実ったら」

「陽奈様! その話は――」

 頬を少し赤く染めた成実があまりにも都合のいい時に出てきて、陽奈の話を遮ったので「(こいつ、聞いてたな)と思いながらも紅夜は話の腰を折らず、陽奈に代わりその後のことを話し始めた成実の言葉に耳を傾ける。

「まぁ、そのなんだ、私は誰よりも陽奈様のご存命を信じていたからこそ、すぐに錦蛾殿と相談し、七條 金興に援軍と見せかけて後方に陣取ることを決め、その通りに動いたわけだ」

 目を腫らし、充血も見られる成実を見て、「(どんだけ泣いてたんだよ)」と陽奈が生きていたことを知った成実が泣きじゃくっていたことが容易に想像でき、そんなことを思いながらも、報告を全て聞き終える。

「そうか、陽奈に任せて正解だった。お陰でこの戦は勝てた。ありがとう」

 紅夜はそう言って素直にお礼をして、頭を下げる。

 それを「いえいえ」と嬉しそうな顔で紅夜の頭を上げさせようとした陽奈だったが、上げさせようとする前に、紅夜の顔が上がる。

「ただし! 敵陣に自分で手紙を持っていくなんて危険すぎるだろうが! もし捕えられて捕虜にでもなったらどうなると思ってるんだ!」

「え!? え、え~と、それは、思いましたけど、わたしはそれほど文才がないので、手紙だけでは伝わらないと思い、『想い』を伝えるために手渡しで誠意を示そうかと」

「(はぁ、まぁ、そんなことだろうとは思ったけど)鬼島から陽奈がいないって聞いて、敵陣に行ったんじゃないかって思いついたときはさすがに血の気が引いたぞ。頼むからこれからはそういう思い切ったことをするときは俺に相談してくれ」

 呆れながらも納得した紅夜だったが、本音を言えばまだ説教したかったのだが、これ以上言うと剣を抜くのを我慢している成実が斬りかかってくると思いこの辺にしておく。

 いつもなら問答無用で斬りかかってくる成実だが、今回ばかりは、陽奈の行動に目が余ると思ったのか、紅夜の説教に一里あると思ったのか、剣を抜かずに踏み止まった成実を見て紅夜は僅かではあるが成長を感じていた。

「はいぃ、すみません」

「わかってくれたならいいんだ。それより、灯火さんたちも心配してたし、何より会いたいだろう? 二人とも戦で疲れ切ってるからこっちまで来れそうにないし、会いに行ったらどうだ?」

「そうなんですか!? そんなに疲れるほどの激戦だったんですね」

「ああ、灯火さんのほうは霊力の消耗が大きいだけだが、泉千さんは結構傷を受けてるからな」

「そんな!? それは大変じゃないですか!? 急いで行ってきますね」

 そう言って一度は灯火たちの下へと駆けだしたのだが、すぐに戻ってくる。

「すみません、忘れてました。羽葉たちの紹介をしたいんですが、わたしはすぐにお姉ちゃんたちの方へ行きますから成実、あとはお願いします」

 そう言うと、成実が「えっ、陽奈様!?」そんな急に言われてもと言った様子で驚き、何か言おうとしたしたがその頃にはすでに陽奈は駆け出してしまい。取り残されてしまう。

 がっくりと項垂れた様子で成実は式兵たちの間をかき分け、羽葉と羽湯を呼ぶと二人は失礼が無いようにと急ぎ足で紅夜の前に現れ、片膝を着き、目を伏せる。

 そんな二人のことを成実が軽く説明すると、「あとのことは直接聞け、私は陽奈様の護衛をする」と言って二人を残し、陽奈の後を追って行った。

「(ほとんど初対面の相手を残して行くか? 普通)」

 呆れながらも仕方がないと思い、とりあえず二人を立ち上がらせ、互いに自己紹介を終えると、自然と今回の戦の話になる。

「御二人に『寝返ってもらわなければ』、これ程までの完勝は出来なかったでしょう。本当にありがとうございます」

「いえ、そんなことはありません。赤眼軍師殿の策謀あってこその勝利でしょう。私たちを『寝返らせられなかった』先の話などありえませんので結末は何度繰り返そうとも変わらなかったと思います」

「(さすがに『それ』には気づくか、まぁ、陽奈への対処を見る限り、出来る奴だとは思っていたが、七條家が一枚岩だったら、勝ち目はなかっただろうな)――それは買い被りと言うものです。御二人の戦功は群を抜いていますから、俺など――、ああ、それよりも御二人は聞くところによると、灯――目、そう、頭目とお知り合いとか、きっと御二人に会うのを心待ちにしているでしょう。本当なら真っ先に駆けつけるのでしょうが、頭目は先の戦闘により、かなりの霊力を消耗してしまい、疲弊してしまっておられるので、もしよろしければ、御二人から会いに行ってはもらえませんか?」

 謙遜しながらそう言う羽湯に対して、紅夜は一瞬羽湯を見る目が鋭くなりながらも、初対面の人間、更にはこれから同じ主家に仕える武将としての距離感を保ちつつ、灯火がいる方へ手を広げ、促した。

 勿論これから主になる灯火への挨拶を断る訳もなく、初対面の紅夜とまともに会話できなかった羽葉を連れて羽湯は一礼をして灯火のほうへ向かおうと歩き出したのを紅夜は呼び止める。

「あぁ、頭目に一つ言伝を頼みたいのだが」

「言伝ですか? 勿論構いませんけど」

「『半刻、休んだうちに熊木城へ進軍する……、ことを進言します』と伝えて貰えると助かる」

 あくまでも灯火が上であり、それを模範として見せなければならない紅夜は普段の調子ではなく、灯火を立てるように言葉を選びながらそう言うと、そんな紅夜を少し不思議そうに見た羽湯だったが、すぐに了承し、羽葉たちはその場を去った。

「さて、あとは熊木城を制圧するだけだな(とは言え、七條 金興も手中にあるし、総将の大揚、七條家の中核、治意もこちらに降ったこの状況なら恐らくは降伏し開城してくれるだろう。万が一、籠城されて徹底抗戦となれば厄介だが、熊木城にまともに指揮を執れる者もいないだろうし、最悪残っている戦力で力攻めでも落とせるだろう)どう見ても勝ちは揺るがないな」

 攻城戦も視野に入れつつもこれ以上の山場は無いだろうと、考えを巡らし勝利を確信した紅夜は熊木城内の様子などを聞きに修立の下へ足を運び戦力を把握していると、修立を味方に加えたことを知った成実や錦蛾に説明を求められ、説明(説得)していた内にあっと言う間に半刻が流れる。

 普通に歩ける程度には回復した灯火だったが、修立の計らいもあり、修立の持っていた式馬を譲り受け、乗馬し部隊の中心で熊木城を目指し、歩を進めていた。

「それで、坊や熊木城に着いたらどうするんだい?」

 灯火の隣に立ち式馬の手綱を引きながら歩く紅夜に問いかける。

「治意の話では城内にまともな武官(式兵を率いて戦う指揮官)はおらず、治意や大揚が降ったことを知れば投降するだろうと、一応城攻めに備えて、兵糧の量や近くの砦や城の兵力も聞いておきましたけど、俺の見立てでも十中八九投降するでしょうから特に戦略や策は考えてないですね」

「坊やにしては楽観的じゃないかい? なんて言うか、坊やは石橋を叩いてから人に渡らせて、自分が渡る奴だろ?」

「灯火さんの目にはどうやら俺のことが相当な陰険に見えているみたいですね」

「まぁ、そう怒るなって、あたしが言いたいのは、いつもは不必要なほど警戒して、二重三重の策を用意する坊やにしては珍しいと思っただけさ」

 そう言われて、たしかにそうかもしれないと紅夜は思いながらも、正直ここから負ける筋が視えないことと、この戦力差をひっくり返し、これ程までの完勝を得たことによる安堵感と高揚感、疲労感が合わさり、体のほうが無意識に考えることを放棄していた。

 少し痛いところを突かれたので少し沈黙していると、灯火のほうが口を開く。

「まぁ、いいさ、必要が無ければ考える必要もないわけだしね」

 そう言って笑う灯火に釣られるように笑った紅夜だったが、予想外の熊木城の出迎えにもう一仕事をしなければならなくなる。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字ありましたらご報告お願いいたします。

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