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鳳凰記  作者: 新野 正
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炎髪の雛と緑の鬼

 

 九十九大陸つくもたいりく南北に五十里(約二百キロメートル)、東西三十八里(約百五十キロメートル)ほどの大きさで人口は約百万人、四方を海で囲まれているこの大陸には始万霊しばんれいと呼ばれる人知を超えた存在が人と共存している。

 始万霊とは万霊ばんれいが長い歳月をかけ結集することによって姿が具現化し、意志と知能を持った特別な存在として土地を所有し守護する者(土地神のようなもの)とされている。

 万霊ばんれいとは九十九大陸に存在する霊脈から発生する特殊な力の源であり、多くは空気に混じっているので普通の人間には見えないが、適性のある人間が体内に万霊を一定量取り込むと体が万霊に反応し、霊力れいりょくと呼ばれる人知を超えた力に目覚める。

 そして霊力を持つ者は始万霊と契約を交わすことが出来る。始万霊と契約を交わした者は始万霊が守護している土地の管理者、つまりは王になることが出来る。力を持つ者たちは大陸全土を自らの支配下に置き、大陸の覇者にならんと野心を抱き、霊力を持つ者たちを集め、兵を集め、武具を集め、戦を始め、領地を奪いあった。

 そして時が流れるにつれて力のある者は他の勢力を滅ぼし吸収し、巨大な国家を形成し始める。

 多い時は八十以上あった主家(始万霊と契約した者が作った国を統治するための組織)は今やたったの八つ、それも全ての主家の戦力が拮抗していたため戦は長引くだけで大陸が一つの主家、つまりは一人の王に統治されることは一度としてなかった。これ以上の戦は無意味だと悟った主家の王たちは互いが互いの勢力のことに口を出さずに戦も行わないという内容の不戦協定を結び、各主家が戦によって勝ち取った領地を各王が管理していた。

 国を上げた主家同士の戦はなくなったのだが、主家での待遇が気に入らず反発し挙兵する謀反や王の政治が気に入らずに農民たちが暴動を起こす一揆は頻繁に起きていた。

 ここ七條家が治める領地でもその傾向は強かった。

 それと言うのも七條家は戦乱の時代こそ名家として民からも支持されていたが先代の王が病死し、後を継いだ現在の王による悪政により国は衰退、度重なる重税や武力による圧政に民は苦しい生活を送っている。

 そんな民たちを救おうと思う者も多く、高い理想と清らかな志を持ち七條家と戦う少女、鳳ヶほうがさき 陽奈ひなもその一人だった。

「もう少しで目的の村ですね、成実」

 髪は肩にかかる程度の長さで、頭頂部のほうが赤く毛先にいくにつれて黄色になっている髪色を表現するならさしずめ炎髪と言ったところ、優しそうなたれ目で大きく澄んだ瞳、幼さがかなり残っている顔つきで五尺(約150センチ)ほどしかない小柄な体格を薄い桃色の簡素な和服で包み、お付きの者である鬼島きじま 成実なるみに対して柔らかな笑顔を向けているその姿はとても愛らしく見える。

「しかし、一時とは言え仮にも『赤眼軍師』とまで呼ばれた者が本当にこの辺りにいるのでしょうか? 辺りは木々ばかりで随分な僻地のようですが」

 肩にかからない程度の長さで深緑色をした髪の片側だけ白地の布切れで結び、目つきは陽奈と対照的で攻撃的なつり目だが、陽奈ほどではないにしろ幼さを残している顔つきは愛らしさを残しつつも中性的な顔立ちをしていて、陽奈より全体的に一回り大きな体格と男物の山吹色を基調とした和服が相まって少年に見えなくもない。そんな中性的な少女である成実は少し不安そうな顔で陽奈に言葉を返す。

「国から謀反人として逃げてきた身ですからこういう場所のほうが、色々都合がいいんだと思いますよ。わたしたちも探すのが大変かもしれませんけどこの辺りの地図もちゃんと持ってますから大丈夫、何とかなりますよ。今は旅の疲れを取るためにゆっくり休みましょう」

 陽奈たちは鳳凰旗団と呼ばれる革命軍に所属しており、優秀な人材を探し登用するためにこうして旅をしている。そんな旅の途中『赤眼軍師』がこの辺りで浪人になっているという噂を聞き、是非鳳凰旗団に招きたいと思った陽奈は遠路はるばる歩いてきていたのだが、日が落ちてきたので近くにあった宿屋に入り、お付きの成実と同じ部屋で隣同士布団を並べ、その布団の上で座り、お互いのほうを見ながらそんな会話をしていた。

「そうですね、陽奈様の言う通りです。少し早いですが英気を養うためにも寝ましょう」

 成実はそう言うものの布団の中に入ろうとはせず、陽奈のほうを見つめている。

「ん? どうしました? 布団に入らないんですか?」

「い、いえ、私は陽奈様の家来ですので主より先に寝るなど許されません」

「相変わらずですね成実は、でも、そう言うお堅いところも大好きですよ」

 陽奈は成実に近づき軽く頭を撫ぜると「それじゃあ寝ましょうね」そう言って慈愛の表情を浮かべると自分の布団に入った。

「も、勿体ないお言葉です、それでは火を消します」

 頬を赤く染めた成実は、豪華とはお世辞にも言えない質素で小さな部屋を照らしていた灯に息を吹きかけて消す。

「そうですね、この辺りに来ることなんてそうそうないですから、明日はこの辺で美味しいご飯でも食べましょうか?」

「いい考えですね、今から楽しみです」

「ふふっ、それじゃあ成実、おやすみなさい」

「おやすみなさい、陽奈様」

 二人が寝静まってから一刻(二時間)ほど経った頃、不意に目が覚めてしまった陽奈は少し夜風に当たろうと部屋を出て外へ向かう途中、行商人たちの話し声が聞こえてきた。

「賊だって? それは本当なのか?」

「ああ、この先にある日高村とか言う小さな村に向かってるみたいだったな、数は三十人ぐらいで武器も持ってたみたいだったから間違いないだろ」

「そうか、その規模ならあの小さな村じゃ賊のいいようにされるだろうな、気の毒に」

「まぁ、そう言うことだからよ、今はあの村には近づかないほうがいい、巻き込まれちゃあ洒落にならないからな」

 そんな男たちの会話を聞いてしまった陽奈は一度成実に相談しようと、部屋のほうへ体を向けるのだがすぐに反転してしまう。

「(成実はまだ寝ているでしょうし、起こすのも気が退けますね、こうなったら一人で……)だ、大丈夫です、賊は怖いですけど村の人たちを見捨てるわけにはいきません」

 自らに言い聞かせるように小さく口に出し、覚悟を決めるように陽奈は胸の前で両拳を握ると、成実に何も告げずに宿屋を出て行き、懐にしまっておいた地図を取り出して日高村へと向かった。

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