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鳳凰記  作者: 新野 正
18/33

黒巫女、戦場を舞う


「(どこかで手を打つ必要があったとはいえ鳳ヶ崎 陽奈を敵陣へ送るとは愚策も愚策。大揚が私を裏切るはずもない、そう言い聞かせてあるからな。全く、策士、策に溺れるとはこのことだな、だが、殺さずに捕えるよう言っておいたのだが……、まぁ、多少遠回りになるかもしれぬが、赤眼軍師以外は低知能の集団だからな、怒りに任せて突撃してくれるだろう、それなら逃げられる心配も薄いか、強いて言えば、鳳ヶ崎 陽奈を嬲れないことが残念だ)……おめでとうございます、金興様」

 修立は伝令兵が持ってきた書状に目を通し、羽葉が陽奈を捕らえ首を刎ねたことを知ると、目を伏せるように金興へ書状を渡す。

 修立の言葉の意味がわからなかった金興だったが、書状に目を通すとそれまでの『早く戦を終えて帰りたいのに一向にその気配がない』そんな苛立ちを含んでいた顔が一気に晴れやかな表情へと変わった。

「おお、でかした! これであちらの戦線は勝ったも同然だな!」

「あちらだけではありません、鳳ヶ崎 陽奈は鳳ヶ崎 灯火の妹です。今頃は敵本陣も意気消沈しているはず、士気も下がれば、あとは数で押し切れましょう」

「ほう……つまりは――」

「戦を終わらせる、総攻撃の下知を」

 全てを察したように悪人面の金興は、これで終わりと言わんばかりに、したり顔の修立の言葉に頷くとこの時を待ちに待ったと言わんばかりに声を張った。

「今こそ、我が領内で暴れ回る俗物を打ち払う時ぞ! 全軍進め!!」

 金興の下知に従い歩を進める七條軍、本隊は高い士気を維持したまま泉千部隊に向けて進軍を開始する。

 戦の終わりは刻々と近づいていた。


 七條軍が進軍を開始した頃、怒りの籠った表情のまま、目一杯の涙を貯めた成実が、憤りを隠そうともしない足取りで、革命軍の本陣へと乗り込んで来た。

 部隊を整えていた紅夜の横顔を見つけるや否や、成実は強く歩み寄り、紅夜の襟を掴み上げる。

「貴様、貴様ぁ!」

 やり場のない怒りが成実の口調からは感じ取れ、紅夜は何も言わずに成実から顔をそらす。

「私は、守ったぞ。貴様の指示を守り切った。どれだけ苦しかったと思う! 駆け出せば、進軍の指示を出せば、一刻ほどで、そこまで行けるのに、それを……、私は……」

 無念そうに、今にも溜まっていた涙が零れてしまうのではないかと思うほどに震えた声の成実に紅夜は一言、『それだけか?』と返す。

 その言葉の意味がわからずに、成実が何も言えずにいると紅夜は続ける。

「大方、陽奈の訃報を聞いたんだろう? ならお前はどうしてここに居る? いつものお前なら陽奈を殺した大揚たちの部隊に突撃してるだろ?」

「それは……」

「それだけじゃない、いつものお前ならその握っている拳を振るわないわけがない、それどころか、剣を抜いて斬りかかってくるところだろ?」

「……最初はそう思ったはずだ。大揚を殺してやろうと! だが、これは大揚たちの策かもしれないと思ったのだ。錦蛾は貴様と同じ、こういった狡いことに長けているからな――いや、違うか、そうであってほしいと思っただけだ。陽奈様が殺されたわけではないとその可能性を必死に探して無理やり繋げただけなのだろう。それでも奴らに復讐する前に貴様に確認してからでも遅くはないと、思っただけだ」

 だから、突撃をしなかった。

 だから、剣を抜かなかった。

 だから、拳を振り下ろさなかった。

 それをしてしまえば、陽奈がこの世からいなくなったことを認めたことになるから。

 ありえないことだと思っていても認めたくなかった。

 ありえないことだとわかっていたから言葉にするたびに弱々しい口調になってしまう。

 紅夜を掴んでいた力は弱くなり、振りかぶっていた拳も下ろしてしまう。

 陽奈は生きていると言ってほしい、だが、次、紅夜が口にする言葉を聞くのが怖い、成実はこの世で最も大切な人が殺されたと断定されるのが恐ろしかった。

 成実も紅夜と同じく、『自分より先に死なないでください』と言われていたが、成実はそんなことを考えたことはなかった。陽奈よりも長く生きる自分を、陽奈がいなくなったこの世界を想像したことなど、ただの一度もなかった。

 紅夜を掴む手は震えていた。それは怒りではなくなっていた。

 紅夜が声を出すために息を吸う音が成実に聞こえ、成実は俯き、瞼を閉じる。

「……理由はどうあれ、お前にそんな知恵があるとはな。『男子、三日会わざれば、括目して見よ』なんて言うが、女でも変わる奴は変わるもんだな(まぁ、単純に俺がこいつのことをよく知らなかっただけかもしれないが)。なんにしても俺の負けらしい、俺はお前を見誤っていたみたいだな」

 その紅夜の言葉は成実が僅かに期待していたものでも、現実を叩き付ける言葉でもなく、成実は何を言っているのかと言った様子で眉間にしわを寄せながら顔を上げる。

「なっ! だから言ったじゃないか! 成実は坊やが思っているほど馬鹿じゃないんだよ」

 灯火の声と共に後ろから肩を叩かれた成実は紅夜から手を離し、振り返ると、そこにはよくやったと言わんばかりの表情で笑う灯火がいた。

 なにがどうなっているのかわからない成実は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら二人の顔を交互に見る。

 そんな成実を見て、紅夜は仕方がないと言った様子で説明を始める。

「まず、最初に言っておくが陽奈は恐らく生きている」

 紅夜のその言葉に成実は二度瞼を閉じて開ける。そして一瞬、間が空いた後に眼が大きく見開き表情が緩み、頬が僅かに赤く染まる。

「本当か!! 本当に陽奈様が生きておられるのだな!!」

 まるで、一厘ほどの可能性に賭けた賭け事に勝ったかのように、成実は今までよりも、いつよりも強く、紅夜の両肩を掴み前後に揺する。

「や、止めろ。揺するな。話しにくい」

「す、すま――」

 あまりのことに気が動転し、我を忘れていた成実は、思わず『すまない』と素直に謝りかけてしまい。慌てて肩を突き飛ばすと照れくさそうに僅かに顔を逸らす。

「たくっ、喜びたい気持ちもわかるが――まぁ、今は説教なんてしてる暇ないか、じゃあ、説明するが、まず、なんで陽奈が生きていると思うかだが、単純に殺す利点がない、陽奈を殺さずに人質とすれば、こちらは戦を止めるしかないし、人質として城に捕えられれば、陽奈が生きている限りこちらは手出しできないつまり鳳凰旗団は実質解散になるだろう。それなのに殺すなんてありえない。殺せばたしかにこちらの士気を落とせる、更にこの戦も勝てるだろう、だが、鳳凰旗団は陽奈の復讐のため、死ぬまで戦い続ける、そうなれば、七條軍の被害も大きくなる」

 そこまで説明したが、いまいち成実は納得していない様子だったので紅夜はさらに噛み砕くようにより単純に続ける。

「要するにだ。陽奈を捕らえて生かしておけばそれでこっちは詰む。だが、陽奈を殺せば鳳凰旗団が七條家に抗うのは終わらないということだ。陽奈が死んだと聞いて、鳳凰旗団が逃げ出せば、この戦で根絶やしに出来ない。根絶やしに出来なければ軍の縮小はできないからな。殺す理由がない。捕虜になるのを嫌い自害したなら話は別だが、大揚たちの陣屋から届いた訃報には首を取ったとわざわざ書いてあった」

「つまり、陽奈様は死んでいないということだろ」

「ああ、(まぁ、あくまで机上の理論と言うか、理論的にはだが、一時の感情に任せて殺してしまったとか、そんなふざけたこと理由がない限りはだがな、それをここで言ったところでいい事はないか)」

 陽奈が生きているということで成実の頭は一杯になっており、他のことが入ってこない様子に呆れながら、生気に満ち満ちている成実の意気を挫かないようにと思い、その可能性を口にはせずに言葉を続ける。

「死んでないどころか、恐らく、陽奈の奴は大揚たちの説得に成功したんだろう、陽奈を討ち取ったと言うのも七條 金興たちの虚を突くためだろう」

「だったら、どうして私たちにこんなものを――、寝返るなら、そう書いて送ればいいものを」

 成実は訃報が書かれた紙を取り出し紅夜に見せる。

「途中で七條軍に書状を奪われた場合の備えだろう、もし、裏切ったことに気づかれれば即時撤退されるだろうからな、『念には念を』ということだろう(それと俺らを――というよりは俺を試したんだろうな。これくらいに気づかないようなら味方には付かないということか、もし、文面通り受け取り撤退、もしくは突撃を行えば、その場で陽奈を斬り本隊と合流し、撤退、もしくは迎撃を行うつもりだろうな、錦蛾か、抜け目のない奴だ)」

「それで、これからどうするつもりだ」

「あ、ああ、前に言った通りだ。恐らく、陽奈は大揚たちの部隊と一緒に陣屋にいる、鬼島には大揚部隊に攻め入る振りをしながら近づき大揚部隊と合流し、敵本隊の後方に回ってもらう、俺らはこれからあるであろう敵本隊の突撃に備えて泉千さんと合流し敵の侵攻を防ぐ、そしてお前らが後ろから敵本隊を攻撃すれば挟撃が完成する、それでこの戦は終わりだ」

「――わかった」

 成実は決戦に向かう覚悟を込めるように力強くそう言うと、灯火に一礼し踵を返して本陣を後にした。

「どうして、鬼島がこれを見て突撃しないって思ったんですか?」

 それまで黙っていた灯火に紅夜は訃報が書かれた書状をひらひらとなびかせながら、そう問いかける。

「何言ってんだい、一度信じたら信じ切る。そう言ったじゃないか、そうしたまでだよ」

 平然と当たり前のように答える灯火だったが、その表情には若干得意げな感情が滲み出ている。

「じゃあ、これはどういうことなんですかね?」

 紅夜はその表情と言葉に若干の苛立ちを覚えながら、成実に見せまいと逸らしていた自分の頬を指差す、頬は拳の大きさほど赤くなっていた。

「いやー、それは……、ね」

 誤魔化すように笑いながら目を逸らす灯火を見て紅夜は深くため息を吐き、嫌味を込めて言い返す。

「まぁ、つまりは俺のことは最初から信じ切ると決めてなかったってことですよね?」

「いや、だからね、その――、そんな眼をしないでおくれよ。悪かったって謝ったじゃないか、それを見たときは『かぁっ』ってなっちまったんだよ」

 顔の前で両手を合わせ拝むように謝る灯火、それと言うのも本陣に陽奈の訃報が書かれた書状が送られてきた際、一番に目を通した灯火は書状を叩きつけ、近くに座っていた紅夜の頬を思いっきり殴ってしまったのだった。

 その時の灯火の迫力たるや、飢えた獣の如く眼は血走り、息は荒げ、このまま紅夜を殺してしまうのではないかと傍から見て思えるほどだった。

 それでも紅夜は冷静に書状を読み、大剣を突きつけられながらも説明と説得を行い、なんとか普段の灯火に戻していた。

 そしてそれと同時に紅夜は成実が同じような状態に陥っているのではないかと危惧し、急いで、成実の陣へ赴こうとしたのだが、灯火から『成実は大丈夫だ、あたしとは違う、必ずこっちに来る、だから成実のことを心配するよりあたしらはあたしらの準備をしたほうが良いんじゃないかい?』そう言われ、渋々ながらも灯火の賭けに乗り、結果として今に至る。

「わかりましたよ、もういいですよ。許しますよ。ただ、本当に意外でした。あの鬼島がこっちに来るなんて」

「まぁ、根拠は無くは無かったんだけどね、単純な話さ、あいつは陽奈がいなければ生きてはいけない、そういう奴なんだよ。一見あたしや泉千と同じように見えなくはないけど、あれは復讐を考える『たち』じゃないだけさ、坊や好みに言えば忠犬だね、主が海に身を投げれば、躊躇なく自分も海へ跳び込む、そういう奴さ、陽奈のいないこの世に価値はない、だから復讐する意味もない。(坊やの手前、『復讐しようと思った』なんて言ってたけど、あれは成実なりの強がりなんて言うのは野暮さね)」

「だから現実逃避ってわけじゃないですけど、陽奈の死が嘘だという可能性に賭けてこっちに来たと」

「まぁ、坊や好みの理屈として言えばそんなところかね、元々あたしらは理屈よりも感情で動くからね、あたしとしちゃ、成実はそういう奴だからこっちに来るだろうと思ったってのが正しいんだけどね」

 そう言うと灯火は「さてと」と言いながら両手を高く伸ばし背伸びをして、一呼吸終えると楽し気な笑顔を紅夜に向ける。

「そんじゃ、泉千の応援に行くとするかね」

「部隊はすでに整ってますからいつでも行けますが、本当に泉千さんは大丈夫なんですか? 陽奈が本当に打ち取られたと思って――」

「破れかぶれの突撃をしてるんじゃないかって? それは無いね。泉千はそれくらいじゃ動かないよ。あれも感情的に動く奴だが、あたしらよりはずっと思慮深い、真実かどうかもわからない戯言には動かない奴さ、現にあたしの旦那が斬首された時もそれが妥当だったのかどうか調べてから動いたわけだからね」

「そっちは納得しましたけど、七條軍本隊約九百の式兵が高い士気を保ったまま進軍してくるんですよ。そろそろ交戦するはずです。大丈夫なんですか?」

「普通に死ぬだろうね、いくら泉千って言っても戦は数だからね――」

「だったら――」

「ただ、それはあたしらが援軍に駆けつけず一刻以上放置すればの話さ、一刻は『普通』に耐えるさ」

「灯火さん、防衛機能もない陣で、始万霊の加護を受けた、十倍以上の式兵相手に、策も無く、一刻以上戦えるなんて『普通』とは言いませんよ」

 呆れるように言った紅夜に対して灯火は「そんなもんかい?」と不思議そうに返す。

 霊力さえ切れなければ戦える。戦える限り自分たちは死なない。それを本気で思っているのだろう。そしてそれは事実に等しく、傍から見れば信じがたいことだろうが紅夜は「(まぁ、この人たちだからな)」と思うようにまでなってしまっている。

「そうだ、坊や、もういっちょ賭けをしないかい? あたしらが泉千の援軍に駆けつけた際に、泉千がなんて言うか」

「それ、賭けになるんですか?」

「なんだい、偉く自信あるじゃないかい、いいねぇ、それじゃ、坊やが先に言ってみな」

 偉く自信があるのはどっちだと言わんばかりの眼をしながらも紅夜は考えるまでもないと言った様子で一呼吸置いたのち口を開く。

「『援軍なんて、いらなかった』でしょ?」

 紅夜の言葉を聞いた灯火はそれまで楽し気に話していたにも関わらず、一気につまらなさそうな顔になり、「さぁてと」と賭けの負けを察したか、話をなかったことにしようと話を逸らすかのように、踵を返す。

「ほら、何してんだい坊や、急いで泉千のところに行くよ」

 素知らぬ顔でそんなことを言う灯火の後姿を細めた眼で見つめながらも、灯火に振り回されることにも慣れ、そしてそれが悪くないと思い始め、それを受け入れつつある自分に僅かに笑みがこぼれる。

 紅夜にはすでに視えていたのかもしれない。この後姿はすでに革命軍鳳凰旗団筆頭のものではなく、この地を治める新たな王としての後姿なのだと。

 不安は僅かにあった。それでも紅夜は灯火の後ろへと続いた。


 時同じくして、泉千の陣では式兵や、伝令兵が陽奈訃報を知り揺れていた。

「これは真なのでしょうか?」

 一人の伝令兵が恐れながら片膝を着いて顔を伏せ、泉千に問いかける。

「さぁ? それは、わからない、けど、わからない、なら、嘘かも、しれない、だから、私たちは、これまでと、同じ、ここを、守れば、いい」

 揺るぎない眼差しと口調を聞き、伝令兵は少し安堵しながらも、興味本位で聞いてしまう。

「もし、事実だとわかった場合は?」

「それを、聞いて、どうするの? 意味は?」

 不必要な仮定を話す意味があるのか? といった様子の泉千に伝令兵は『しまった、怒らせてしまった』と言った様子で釈明し、謝罪しようと口を開いたが言葉が出るよりも先に泉千が続ける。

「まぁ、暇、だから、いいか、そうだね、普通に、金興を、殺すよ。そうすれば、灯火の、復讐にも、なるし、陽奈の、復讐にも、なる、一石……二鳥?」

 一石二鳥を正しい意味で使えているのか自分でも不安になったのか言いながら首を傾ける。

 金興を殺す、つまりは復讐する。という極々自然で極々非現実的な答えを言っているにも関わらずそれをこの人が言えばそれが『普通』に聞こえてしまう、それを客観的に感じた伝令兵は恐ろしく感じ、何も言えずに只々顔を伏せたままだった。

 そんな時、違う伝令兵が泉千の下へ慌ててやって来た。

「泉千様! 七條軍本隊がこちらに向かい進軍中とのこと、距離にして半里(約二キロ)先まで来ています!」

 それを聞いた泉千は遠くを見るように片手を帽子のつばのように額につけると目を凝らし、耳を凝らす。

「確かに、来てる、土埃に、鎧の音、足音、うん、間違いない」

 戦闘訓練は受けてはいるものの霊力を持たないただの人間である伝令兵たちにはそれが見えず、聞こえないのだが、嘘を言っているようには思えず、只々泉千の凄さに驚きながら次の指示を仰ぐ。

「指示? 迎撃、以外、何かある?」

「し、しかし――」

 もとより、泉千の言葉にただの伝令兵が口を挟むことなどできないのだが、それでも言わなくてはいけないと思い伝令兵は怖れながらもそう言い、陣内の式兵らに目を向ける。

 そこには意気消沈している式兵が目立ち、それは伝令兵が見ても勝ち目があるようには見えない様子だった。

「なるほど」

 泉千はそう言いながらも、考える素振りも見せず、陣の外へ向かい七條軍が進軍してくる方へと歩を進める。

「士気を上げるために声をかけなくてもよいのですか?」

「私、話すのは、好き、だけど、得意じゃ、ない。だから、これで、見せる」

 泉千は腰に差していた長刀を抜く、しばらくすると伝令兵にでもわかるほど七條軍の地鳴りのような進軍音と土埃、そして部隊の先頭を歩く式兵の姿が見えた。

 それは相手も同じようで陣の前に一人立っている泉千を見た式兵たちからは雄叫びのような声が上がる。

 そして突撃の命が下ると先方隊として三百ほどの歩兵武装の式兵が泉千の首を取ろうと雄叫びを上げながら武器を構え突撃をしてくる。

「あなたたちは、下がってて、死ぬよ」

 泉千は非戦闘員である伝令兵たちにそう告げる。伝令兵たちはこの状況にも関わらず自分たちを逃がしてくれる、泉千に申し訳なさそうに深く頭を下げると邪魔にならないように奥へと下がった。

「やっと、来た。ずっと、退屈、だった」

敵先方の姿を視認するとゆっくりと敵に向かって歩きだす。

 士気も高く勢いもある十倍以上の式兵たちを目の前に怖気づいてないのは泉千だけで、泉千の指揮下の式兵たちの士気は低く、このままではとてもではないが戦えるような状況ではなかった。

「怖い? なら、後ろで、見てれば、いい、戦える、ように、なるまで、待ってる、から」

 泉千は指揮下の式兵たちにそう言うと、七條軍本軍の先陣に向かって一人駆け出して行った。

「報告します! 敵鳳凰旗団の剱乃 泉千が単騎でこちらに向かってくるとのこと」

「はっ、なにを、いくら武勇に優れているとは言え単騎で突撃とは片腹痛いわ」

「しかし、油断はできません。万が一に備え我々は前線には近づかずにいましょう」

 伝令兵からの報告に余裕の笑みをこぼす金興を修立が制する。

「修立よ、おぬしのその慎重さは良きところであるが用心しすぎであろう」

「金興様、これは士気を削ぐかもしれぬ思い、話しそびれていましたが、鳳ヶ崎 灯火が我らの下を去ろうとした時のことです。あやつが革命軍を作ろうとしていることを知った私は鳳ヶ崎の家を三百体の式兵で包囲するように指示を出しました。家の中には鳳ヶ崎 灯火と鳳ヶ崎 陽奈のみ、たった二人ではどうしようもなく、立て籠っているだけ、そんな危機的状況に駆けつけたのが剱乃です。あやつはたった一人でその状況を打破したのです。その当時は剣乃の存在はほとんど知らず、取り逃がした者が大げさに言っているだけと斬り捨てましたが、覚えていませんか?」

「……そういえば、そんなこともあったな、たしかあの時は――」

「副将以外、三百体の式兵と指揮していた武将一人が剱乃一人に殺られました。あやつはたった一人で家の中の両名を守りながら三百体の式兵を斬り、武将を斬り殺した。ありえない話と思っていましたが、こちらの五十の式兵を簡単に斬り捨てたとなっては信じるしかありません、あやつは並ではありません。常軌を逸しています」

 その修立の言葉を証明するが如く、泉千はたった一人で前線の七條軍の式兵を斬っていた。

 只々一方的に。

 泉千の刀さばきは鋭く速い、背丈以上の長さの長刀を振っているとは思えないほど軽々と舞っているかのように美しく、常人の目では追えないほどの速さで次々と式兵を斬っていく。式兵と言えど、人の形をしており人と同じような血が流れている。斬れば斬るだけ血が噴き出し、返り血を浴びる。それをまるで気にしないように淡々と斬って捨てていく、瞬く間に泉千の黒を基調とした巫女服は返り血を吸っていく。断末魔がこだまする地獄の中たった一人で三十体の式兵を斬ったところで七條軍の式兵たちは泉千の異常なまでの強さに怖れを覚え始め、同時に後ろで泉千の強さを見ていた指揮下の式兵たちは怖れが薄れ始めていた。

「ねぇ、みんな、私と、これ、どっちが、怖い?」

 七條軍の式兵たちが斬りかかることに躊躇している隙に、泉千は首だけ振り返るように指揮下の式兵たちに尋ねるが、感情こそあれど言語を話せない式兵からは当然答えは返って来ない、だが、泉千のそばに斬り倒され消滅していく敵式兵らと、返り血の一滴を頬に浴び、それを手の甲で拭いながら笑みを浮かべ呼び掛けてくる泉千の姿を見た式兵らは生唾を呑み、頬を冷や汗が伝う。

 泉千一人と『たった』九百の式兵、そう比べると考えるまでもなかった。指揮下の式兵たちは雄叫びを上げ七條軍に向かって行く。

「そう、こなくっちゃ」

 楽しげに笑う泉千にたじろぎ、踏み出せない七條軍の式兵たちに対し、泉千は一度長刀を鞘に収める。

「『掛まくも畏き、つるぎ大御神おおみかみ

 この国に蔓延はびこる諸々の禍事まがごと

 罪、穢れ有らむをば祓い清める

 我に御加護受け給うこと

 聞こしせとかしこみ恐みももうす』

 抜刀、【御名方みなかたの太刀】」

 いつものぶつ切り調の口調ではなく、言い慣れた様子で流れるように祝詞のりとを捧げ、霊術を使い長刀を抜くと以前にも増して、霊力の出力が大幅に上がり、泉千自身だけではなく指揮下の式兵たちもその霊術の恩恵に授かるように霊力が上昇していた。

「ここからが、本気」

 元から霊力が高く、圧倒的とも言える武力を示していたにもかかわらず、これ以上出力が上がればどうなってしまうのだろうかと、思うと同時に怖れを抱く七條軍式兵たちは、たじろんでしまい、足は震え、一歩も踏み出すことができない。

 たとえ、次の一瞬には血しぶきを上げ、地面に横たわり消えていくのがわかっていたとしても、式兵らには何もできない、それほどまでに目の前の泉千は圧倒的だった。

 震えるばかりで動かなくなった七條軍式兵らを見て泉千は少し首を傾げると、来ないならこちらから行くと言わんばかりに、指揮下の式兵らと敵の先方隊へと斬り込んでいく。

 先方隊三百が半刻ほどで全滅したのは言うまでもない。


平成も終わりますが、鳳凰記はまだ終わりませんので、

令和になってもよろしくお願い致します。


遅くなりましたが、ブクマ、評価(しかも高評価)ありがとうございます!

これからもそれらをして頂けるように精進していきますのでどうぞよろしくお願い致します。


毎度のことながら誤字脱字あれば、ご報告お願い致します。

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