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鳳凰記  作者: 新野 正
15/33

鳳凰旗団の本領発揮


紅夜からの文が金興のもとに届いてから五日が経っていた。

 今日は快晴、澄みきった風も心地よい明朝、まさしく決戦日和と言える。

 この日のために紅夜は事前に八千代の町から熊木城方面へ二里ほど離れた開けた場所に木で作られた簡素な砦(兵が三百人ほど収容できる)を築かせており、現在はその砦内の評定の間に朝早くから武将たちが集まり、その中には無事謹慎が解けた陽奈の姿もあった。

「わかってるとは思うけどね、今日は七條家との決戦だ、者ども心しな。それでだ、この戦の軍師を務める高桐 紅夜から此度の戦についての最終確認がある」

 いつもの明るく様子でもなければ軽い口調でもなく、戦準備を整えた総大将として相応しい風格を纏いながら皆に檄を飛ばした灯火は目で合図を出すと横に控えていた紅夜は頷き口を開く。

「まず兵力の確認ですが、七條軍の式兵数は事前に調べた情報から推測するに千三百ほどが前線に出てきます、対してこちらの式兵数は二百二十なので敵方との戦力差は五倍以上。さらに敵方の予備兵力として五百程度の式兵が残っておりその内、此度の戦に参加するのは精々、熊木城、城内に残している百体ほどと思われます。軍事面に金銭を使いたくない金興のことですから予備兵力を援軍として前線に送る可能性は低い、とは言え長期戦になれば投入してくることも予想できるので、出来るだけ短期決着を狙います。戦術に関しては兵力差がありすぎる序盤はまず地の利を生かし迎撃に専念し敵兵力を削る。敵方はこちらが砦を築いたことを知っているはず、故に奴らはこの砦を奪うためにここから最も近い西砦(鳳凰旗団の砦から西に二里ほど離れてる)に本体を駐屯し、別働隊はこの砦から南方向に一里離れた陣小屋(部隊を駐屯するために作られた簡易的軍事拠点)に駐屯するはず。つまり西と南の二方向からこの砦に攻めてくることが予想されるが、西砦のほうも陣小屋のほうも共に攻めてくる敵の進軍路も一本道なので迎撃はしやすく、地形的にも緩やかな上り坂になっているので上を取っているこちらが有利に戦える。配置については敵本隊の迎撃は剣乃さん、別働隊迎撃は陽奈様と鬼島、俺と筆頭はこの砦で待機し、必要に応じて遊撃隊として各所の援軍に向かいます。戦前の確認は以上です」

 捲し立てるように一気に言い切った紅夜の言葉に灯火は頷き口を開く。

「そういうことだ、式兵の配分は七條軍の動きに応じて変える。七條軍の動きを掴み次第動く、それまでは各自――」

「ほ、報告します!」

 評定の間として使っている小屋の外から息を切らした伝令兵が中へ入って来る。

「七條軍の動きを掴んだか?」

 紅夜の言葉に伝令兵は大きく頷くと報告を始める。

「七條軍は軍を二手に分け西の砦に七條 金興率いる本隊を置き、南の陣小屋に別働隊として大揚、錦蛾両名が着陣する模様、兵力の配分は本体が千体、別働隊が三百とのこと」

「(恐らく本体のほうに治意の奴はいるだろうな)八重田はどっちに布陣するんだ?」

「それが、どこにも姿が無いようです。噂によれば八重田は先の戦で不甲斐ない戦果を挙げたので熊木城、城内で幽閉されているとか、故にこの戦には参陣していないのだと思われます」

「(恐らく日高村での戦のことだな、撤退の責を全て被せられたんだろう。いずれにしろ八重田が出て来ないのはかなりの朗報だな)七條軍はどこまで迫ってきている?」

「もう半刻もすれば布陣が完了するところまで進軍してきています」

「(随分速いな)筆頭、急いだ方がいいかと」

 紅夜は伝令兵とのやり取りを終えると灯火に進言する。

「そうだな、報告ご苦労持ち場に戻れ、何かあればまた頼む」

 伝令兵は頭を下げると急ぎその場をあとにする。

「髭爺――いや、八重田がいないのなら好都合だねぇ。さて、泉千に百二十の式兵を預け、陽奈に八十の式兵を預け成実を副将とする、残りは砦で待機。各自急ぎ持ち場に着き陣を張るように、頼んだよ」

 灯火の言葉に陽奈と成実は頷き、持ち場へ向かおうと立ち上がったのだが泉千は灯火を見つめたまま立ち上がろうとしなかった。

「どうした泉千、何か言いたいことでもあるのかい?」

「百二十も、要らない、式兵は五十あれば十分……です」

 いつもは対等の立場であり、友人のように話している泉千だが、決戦に向けたこの評定では筆頭と家臣と言う立場を尊重し、慣れていない丁寧な語尾をつける。

「五十!? 剣乃さんの相手は敵軍の本隊、数にして千体の式兵が――」

「問題ない、なんなら三十でもいい……です」

 そう言い切った泉千の表情や口調には一切の不遜もなければ驕りもない、ただありのままの事実を告げているような確固たる自信がある、そんな様子だった。

「はっははは、いいねぇ、それでこそ剣乃 泉千だ。たしかに八重田もいない本隊相手に百体以上もいらないねぇ、泉千の言う通り五十あれば余裕で迎撃できる。っで、いいのかい?」

「うん、余った式兵は、陽奈たちと砦(本陣)のほうへ、回して……です?」

 泉千は灯火の言葉に嬉しそうに頷き、そう言ったのだが、最後の語尾に関しては自分でも違和感があったのがわかったのか、自信なさそうに首を傾げるのだが、まぁ、いいかといった様子で自分の持ち場へと向かって行った。

 要らないと言った式兵七十の内二十を陽奈隊に回し、陽奈たちも持ち場へと向かった。

「にしても、本当にたった五十で大丈夫なんですか?」

 評定が終わり二人になった小屋の中で、紅夜は先程よりは砕けた口調で灯火に話しかける。

「泉千の奴は自分の武に見合った誇りを持ってるからね、あれくらいでちょうどいいのさ。逆に、下手に心配しすぎてへそを曲げられたらたまったもんじゃないからね。それに本隊の数が千って言っても全兵力での突撃なんて総大将である金興をわざわざ危険に晒すような策は使ってこないんだろ? だから大丈夫さ。それにもし危なくなったらあたしが砦に残ってる式兵を率いて助けに行くんだから心配ないだろ?」

 長年の付き合いだからこそわかる泉千の扱い方と信頼、不安そうな紅夜とは違い灯火は何一つ心配してないように楽しそうに笑みを浮かべる。

「総大将の灯火さんが前線へ行ったら誰が全軍の指揮を執るんですか?」

 少し呆れながらもそう言うだろうな、と思っていた紅夜はなんて返ってくるかも知っていながら問を投げる。

「そりゃあ、坊やに決まってるじゃないか、何のために軍師として本陣に置いてると思ってるんだい? 時と場合によってはお前に全軍の指揮を任せるんだから頼んだよ。それよりあたしが心配なのは陽奈たちのほうさ。百体もの式兵なんて今まで指揮したことないからね。ただでさえあいつらは戦に不慣れだから泉千のほうよりも数倍心配だね」

「そんなに心配なら、どうしてここを立つ前の陽奈に一言声をかけなかったんですか?」

 陽奈は評定が終わると「わたし、頑張ってきますね。お姉ちゃん」といつもの太陽のような笑顔を浮かべてから持ち場へと向かって行った。その際、灯火は頷くだけ何も言わず、ただただ陽奈の後姿をいつものように胡坐をかきながら見ていた。

「なんて言えばいいか、わからなかったのさ。戦が下手で戦うことが嫌いで、何よりも他人が傷つくのを嫌う妹を戦場へ、最前線に送り出す言葉が見つからなかったのさ。情けないね、なにせ、思わず出そうになったのが「ここに残れ」だったんだからね。実の姉としてはその言葉は正解なんだろうけど、今から最前線で戦おうとしている武将に掛ける言葉じゃないだろ?」

 寂しそうに少し目を伏せ、頬杖をつきながら呟くように紅夜の問いに答える。

「そうですね、俺が言われたら間違いなく士気を削がれますね。ましてや、あの陽奈のことですから決意に水を差すだけでなく困惑するでしょうね」

「だろ? 口から出そうになる言葉はそんなことばかりで、口から出なきゃいけない言葉は思い浮かばない。だからあれが、あたしの精一杯だったわけさ」

 妹を心配し戦場へ送りたくないと思いながらも筆頭として見送らなければならない、灯火の難しい立場と、その荒らしくも豪快な外見とは裏腹な人となりを改めて感じ取った紅夜はそれを微笑ましいと思いながら少し目を細める。

「まぁ、心配なのは俺も同じですが、多分大丈夫だと思います、二人とも天草村での戦で懲りてるはずですから」

「だと、いいんだけどねぇ」

 もう見えなくなっている陽奈の背中を灯火はまだ名残惜しいと言った様子で、視線を外さずに頬杖をついたまま、そう呟いた。


 評定から半刻ほど経った頃、陽奈隊は事前に紅夜に指示されていた場所に到着し陣を張り終えていた。陣幕の中で床几(簡易的な椅子)に座り机の上に広げられた地図を陽奈が見ていると偵察に出していた兵から報告が入る。

「七條軍の総将、大揚 羽葉が二百の式兵を率い進軍中、陣小屋に錦蛾 羽湯と百の式兵を残している模様」

「わかりました。報告ありがとうございます」

 伝令兵にお礼を言って持ち場に戻すと陽奈は難しそうな顔をしながら地図を見る。

「どうやら、敵前線部隊の数から見てもいつもの『釣り野伏せ』ではなさそうですね」

「おそらくですがこちらの奇襲や罠を警戒して陣小屋にある程度兵力を残しているだけで、ただ単に兵力に物を言わせて正面からの力攻めを仕掛けてきただけかと」

 兵法を苦手としながらもなんとか敵の動きを見定めようと難しい顔をしている陽奈に、隣に立っていた成実は同じく難しそうな顔で地図を睨みながら進言する。

「高桐さんも見晴らしのよい地形なので『釣り野伏せ』を含め小細工はあまり出来ないだろうと言ってましたが、よりにもよって高桐さんが一番警戒していた力攻めによる正面突破ですか」

 無策同士での正面衝突は兵力差がそのまま優劣となる。故に大した策を擁していない陽奈たちにとってみれば一番防ぎにくい戦術を取られたことになる。

「急ぎ迎撃の準備をしたほうがよいかと」

「そうですね、では行きましょう」

 陽奈たちは式兵百体を率い、正面突破を図ろうとする羽葉隊を迎え撃った。

「弓矢部隊構え、――放てぇ!」

 陽奈が指揮する弓矢武装の式兵三十は陽奈の号令に従い弓を引き、迫りくる羽葉隊に向け矢を放ち、陽奈自身も弓を引いて放った矢は見事、敵の式兵一体を打ち抜く。

「み、皆、矢を恐れないで、このまま一気に進むよ」

 羽葉は自分の部隊である歩兵武装の式兵たちにそう指示を出すと自ら先陣を切って、弓矢が降り注ぐ戦場を大きな盾を掲げながら駆ける。

「陽奈様、ここからは私が」

「はい、弓矢部隊は射撃を中止、成実隊は敵先陣を迎撃してください」

「はっ、行くぞぉ!」

 力強い掛け声とともに成実は残り七十の歩兵武装の式兵を率い、眼前に迫っている羽葉隊に向け進軍する。

 こうして七條家と鳳凰旗団の命運を分ける一戦の火蓋が切られた。

 成実隊と羽葉隊が激しい乱戦を繰り広げる中、鳳凰旗団の砦から西進した泉千の部隊はすでに着陣を終えて陣を張り、迎撃準備を完全に終えていたのだが、別働隊とは違い本隊が攻めてくる様子はなかった。

「(攻めて、こない? 五十しか、持ってきて、ないのに、なんで?)」

 泉千は不思議そうに首を捻りながら本隊が攻めてくるのを静かに待っていた。

 その一方、七條軍本隊の陣中は乱れに乱れていた。

 その原因は金興が一気に鳳凰旗団の砦を攻め落とすために全軍による突撃の指示を出そうとし、それを修立が必死に止めたこともあるが、一番の原因は言うまでもなく剣乃 泉千の着陣である。

「何故止めた、こっちに布陣したのはたった五十の式兵を率いた剣乃ではないか、数で押し切れば簡単に突破できよう!」

「たしかに押し切れるでしょうが、敵の本陣にはまだ鳳ヶ崎 灯火と五十以上の式兵が控えています。こちらの優勢は揺るぎない戦況だと言うのにわざわざ敵に地の利がある場所で本隊同士がぶつかり刃を交えるなど容認できません、万が一、乱戦中に総大将である金興様が敵の手に落ちればこの戦は終わってしまいます。焦らずに攻めれば十分勝てます」

「だが、剣乃はたった五十しか式兵を持ってきておらぬのであろう、この機を逃して――」

「たった五十しか率いていないからこそ危険なのです。どう見ても罠に誘っているとしか思えません。いえ、罠を仕掛けてあるはずです、もしそうでないなら剣乃は本気でたった五十の式兵で我ら千の部隊と刃を交え、勝つつもりでいると言うことになってしまいますから」

「ば、馬鹿なことを言うな、二十倍の戦力差を一人の武勇でひっくり返すなどありえんだろうに」

 そんなはずがないと言わんばかりに、僅かに青ざめた顔と震える足を誤魔化すように金興はそう言い切る。

「たしかに不可能な話です。しかし相手はあの剣乃 泉千、奴の武勇に関する噂ぐらいなら聞いたことがあるはずです」

「奴が並でないことは色々聞いておるが、う、うぅぅむ」

 泉千が七條家の武将だった頃、そして鳳凰旗団発足当初の武勇伝を思い出したのか、先ほどまでの威勢が金興には見られず、困った様子で腕組みをしながら、うめき声を出す。

「まずは奴の力量を測るために様子見として五十体ほどの小隊を出し、剣乃隊に当ててみるのがよろしいかと、そして小隊による突撃に対して剣乃の戦ぶりを偵察兵に見張らせ、その報告を聞き、明日からの参考としましょう。上手くいけば敵の兵力を削れましょう」

「う、うむ、そうだな、万全を期したほうがいいか」

 偵察兵の帰りを待つこと半刻、送った五十の式兵がどうなったのか、気が気じゃない様子で陣幕内に置かれた、見るからに金興のものとわかる大きな椅子の回りをうろうろと落ち着きなく歩いていると、息を切らした伝令兵がやってくる。

「ほ、報告します! 剱乃隊に向けられた五十の式兵は全滅しました!」

 驚き、怖れを含んだ伝令兵の言葉に金興も驚きの声を上げようとしたところで修立が伝令兵に問いかける。

「やはり、罠だったか、して、どのような策で我らの兵を全滅させた?」

「そ、そうだな、策だったな。それ、申してみよ」

 修立の言葉に我を取り戻した金興は続けるように伝令兵に問いかけた。

「そ、それが、策を使った様子はなく……」

「では、なんだというのだ!」

 言い辛そうに言葉を濁す、伝令兵に金興は声を荒げる。

「はっ! 剱乃 泉千は我が軍の五十の式兵を見るとたった一人で立ち向かい、瞬く間に斬り捨て、傷一つ受けることなく、敵陣へと戻っていきました」

 怒鳴り声に促されるように述べられた返答は、金興と修立の予想を遥かに超えており、互いに一瞬顔を見合わせると金興が伝令兵に向けて怒鳴り声をあげる。

「ば、馬鹿を申すな! 出鱈目だ! ありえぬ。たった一人で我が軍の精鋭歩兵を五十体斬り捨てたなど、信じられるわけがなかろうが!」

「ほ、本当なのです。本当に剣乃 泉千はまるで鬼神が如く――」

「ええい、もうよいわ! 誰か! この者を捕えよ! 虚報により我が軍の士気を乱した罪として斬首し、首を晒せ!」

「本当なのです!! 信じてください、我が王!! どうか、私は嘘などついておりません、我が王!! どうか――」

 突然の斬首宣告に伝令兵は慌てふためき、自らの潔白を主張し、金興に懇願するが、金興は怒りの籠った顔のまま、式兵たちに陣幕の外へ連れていかれる伝令兵の姿を見送る。

 断末魔が聞こえたのち、金興は不機嫌そうに自らの椅子に座り、どう思うと言わんばかりに修立に視線を投げる。

「伝令を処罰した金興様のご采配はお見事、あの首を見れば、我らが部隊の士気も上がりましょう、されど、伝令兵の報告自体は嘘偽りないかと」

「……何故、そう思うのだ?」

 不満そうな態度から、下手なことを言えば殺すと殺気に満ちた。金興に対して修立は「恐れながら」と頭を少し下げ、目を少し伏せながら言葉を続ける。

「剣乃 泉千の過去の武勇伝が全て真であるのなら五十の式兵を一人で傷を受けることなく消滅させることは不可能ではありません。ここはこの報告を真と受け取り今後の糧にするべきかと」

「あの伝令兵は人だ。式兵ではない。故に嘘をつく」

 式兵は人としての最低限の感情しか与えられないので、伝令など物を伝えるということには向いておらず、非戦闘兵として霊力を持たない人間が伝令兵をやるのが一般的である。

「たしかに人は嘘をつきます、しかし、自らに利点がなければ人は嘘をつきません」

 修立の最もな言葉に金興も頭が冷えたのか、少しの間黙り込み、一考したのち不安気な顔で修立に問いかける。

「で、では、あの報告が本当であるなら、奴は――剣乃は本当にたった五十の式兵で我等とやり合うつもりなのか?」

「信じがたいですが……」

 それ以上言葉を続けなかったが修立の苦々しい顔つきが何よりもその先の言葉を連想させ、金興の顔は目を見開き、青ざめていった。

 そうして泉千の武勇を恐れた金興はそれ以降兵を進めようとはせず、東西戦線は睨み合いが続き、陽は落ち、各地の部隊は自陣へと退き一日目が終わろうとしていた。

 南での乱戦は激しい斬り合いだったが、成実隊が守りに徹していたので互いに被害は少なく陽奈隊は消滅兵五体、負傷兵十体で羽葉隊は消滅兵三体、負傷兵七体となっていた。

 南だけみれば僅かではあるが七條軍優勢に見えるが、西の本隊から出撃した小隊(五十)が泉千の前に何もできず殲滅したので全体を通してみれば一日目は鳳凰旗団が押していた。

 拠点内に設けられた簡素な作りの自分の部屋で、そんな各地の戦果報告を見終えた紅夜のもとに灯火がやってくる。

「どうだい? 戦況は優勢かい?」

 酒瓶と御猪口二つを持ち、片方を紅夜へ差し出すが拒否され、少し落ち込みながら紅夜の返答を聞こうと、床に腰を下ろす。

「順調ですね、戦線は維持できてますし十分かと」

 紅夜はそう言うと手元に持っていた戦果が書かれた報告書を灯火へ差し出す。

「ほうほう、こりゃいいね! 十分過ぎる戦果じゃないか! これだけの戦果を挙げられるとあたしの血も騒ぐねぇ」

 言いたいことわかるだろ? そう言わんばかりの流し目で見てくる灯火に対し、紅夜は少し呆れながらも袖から一枚の小さな紙を取り出す。

「そう言ってくるだろうなと、思って用意しときました」

「おっ! さっすが坊や、いいねぇ、わかってるねぇ」

「ちゃんと書かれたこと、守ってくださいよ」

 揚々と紙を受け取り、中を見るとより機嫌よく立ち上がり「わかってる、わかってる」と紅夜の念押しに対して灯火は空返事を返すと部屋から出て行った。


 その頃、初日の戦果報告に納得がいかないのは激戦を終えたばかりの羽湯たち南の別働隊だった。

 三分の一程度の式兵しか持たない自分たちがこれだけ奮戦しているにもかかわらず、本隊の不甲斐ない戦果に憤りを感じていた羽湯だったが、修立から届いた書状を見て更に怒りを覚える。

「自分たちの不甲斐ない戦果は棚に上げといて、くぅぅ、本当に苛つく」

 頭をかきむしりながらそう声を上げたのは羽湯だった。修立からの書状には『もっと必死になって攻めろ』と書かれており、続けて『そちらが鳳ヶ崎 陽奈、鬼島隊を撃破すればこちらも進軍する』と書かれており言い変えれば、羽葉隊が敵前線を突破しない限り本隊は動かないと言うことだった。そうと言うのもたった一人で五十の式兵を斬り捨てた泉千の武勇を伝え聞いた金興は今までの激昂が嘘のように静まり怯え、攻め込むことも出来ず、逃げ帰り恥をかくわけにもいかず、かと言って早く城へは帰りたいと言う思いは捨てきれず、早く戦に勝って帰りたいと思っていた。その思いに応えるために修立は南が突破すれば泉千はそちらの救援に駆けつける、その隙に本陣に向け進軍し、砦を落とすのが最も良いと考えた。

「――仕方ないよ、わたしがもっと活躍してれば――」

「そんなことないわ、羽葉は命懸けで鬼島とも刃を交えたしすごく頑張ってたわ。悪いのはあの馬鹿たちよ」

「そ、そんなこと言っちゃ駄目だよ、味方なんだから」

「……うん」

 羽葉の説得により一応は羽湯の怒りは静まり、翌日に控える戦に備えて羽葉と共に寝床に入り枕を並べ就寝した。

 それから一刻もしない内に陣小屋の外が騒がしくなる。

 目を覚ました羽湯は何事かと思い外へ出るとちょうど報告に来ていた伝令兵と出くわす。

「いったいどうしたの!?」

「て、敵が、夜襲を仕掛けてきました!」

「夜襲ですって!? 誰がどれだけの式兵を連れてきたの!?」

「敵総大将である鳳ヶ崎 灯火が歩兵武装の式兵三十を率いて攻め込んできました。陣の外で迎撃していますが、虚を突かれこちらは総崩れ、急ぎ大揚様に救援を!」

「わかった。すぐに援軍を送るからそれまで持ちこたえるように式兵たちに伝えなさい」

 伝令兵は一礼すると陣の外のほうへ走って行く。

「羽葉、羽葉! 起きて、敵が攻めてきたわ」

 寝床へと戻った羽湯は急いで羽葉を起こそうと肩を揺らしながら少し大きな声で羽葉に呼び掛ける。

「ふえ、おはよう、羽湯ちゃん」

 寝ぼけている様子で瞼を擦る羽葉のことを可愛いと思いながらも、今はそれどころではないと自分に言い聞かせるように首を横に振った羽湯は現状を報告して羽葉に援軍を頼む。

「――わ、わかった、でも灯火さんが相手なんて、わたし、負けちゃうかもしれないよ?」

「大丈夫、私も一緒に行って援護するから」

「うん、羽湯と一緒なら頑張れる」

 差し出された手を握り立ち上がった羽葉はすぐに武装し、羽湯と共に迎撃に向かう。

「まだまだぁ!」

 闇夜を照らすための松明の灯りに照らされながら豪快に大剣を振り回し、七條軍の式兵たちを薙ぎ払い獅子奮迅の活躍を見せていた灯火の前にようやく羽葉と羽湯が到着する。

 次々と七條軍の式兵が崩され、消滅させられるのを見てようやく羽葉の目は冴え、大暴れしている灯火を眠気の冷めた目で見据える。

「そ、総大将の鳳ヶ崎 灯火さんとお見受けします。わたしと尋常に勝負を願います」

 恐る恐るながらそう言った羽葉の後方には羽湯が控えている。二人の姿を見た灯火は口角を吊り上げ、近づいていく。

「やっと来たかい、お二人さん、昔と変わらず仲がいいみたいで何よりさ。それであたしと勝負するって聞こえたんだが、まだ寝ぼけてんのかい? 勝負ってのは互いに勝ち負けが存在する戦いのことを言うんだよ? ――いつからお前らはあたしと勝負できるほど強くなったんだい?」

 式兵を周りに連れず単身でゆっくりと近づいてくる灯火の大胆不敵さに二人はたじろいでしまう。それを驕りとも不遜とも二人は思わない、武勇に置いて実績、実力を兼ね揃え、当時の七條家の中では群を抜いていた灯火の強さを同じ軍にいたときから知っているからだ。

「(戦場で、最前線で、戦っていても楽しんでいるみたいに向かって行く、あの姿に憧れたんだ、だからわたしは――、でも、今は敵だから戦わないと、それでも――怖い)は、羽湯ちゃん」

「大丈夫、私も援護するから」

 恐怖を抑えながら小声でそんなやり取りをしている二人を見て灯火は後頭部辺りをかく。

「あたしのことは無視か、まぁ、いいけど、そっちがその気なら――」

 灯火は周りで戦っている七條軍の式兵たちには目もくれず一直線に二人に向かって駆け出し、羽葉に斬りかかったが、上段から振り下ろす攻撃に反応され大盾で防がれる。

「少しは出来るようになったみたいだね、昔なら今の一撃で尻餅を着いてただろうに、だが、この程度の腕のお前が総将なんて七條家も随分と落ちぶれたじゃないか!」

 小細工なく大盾をそのまま砕こうと大剣に力を込める灯火に対して羽葉も必死の形相で耐えていたのだが、力の差は歴然とあった。灯火からすればこのまま押し切れそうだったのだが、急に大剣を押し返そうとする力が強くなったことに驚く。

「(あ? なんだい? 霊力が上がった? 急にどうしたって……)」

 その灯火の疑問はすぐに解消される。目の端に入っていた羽湯が羽葉の背中に向けて手を掲げ苦しそうにしている様子が映り、すぐに気づく。

「(なるほど)そう言うことかい」

 灯火はそう呟くと押し切るのを諦め、一度後方へ距離を取る。

「羽葉の霊術がただの肉体強化(霊力を纏うよりも更に一段階身体能力を底上げする凡庸霊術)なのは知ってたけどね、羽湯の霊術がまさか霊力付与(自身の霊力を他者に与え、強化する凡庸霊術)だったとはね、昔は霊術なんてろくに使えなかったのにねぇ、でも、これで少しは楽しめ――」

 羽湯の霊術による援護により簡単には羽葉に勝てないことを理解し、気合を入れ直して楽し気に笑みを浮かべたところで後方から灯火を止める声が聞こえてくる。

「筆頭、いつまで戦ってるんですか! 敵本体から援軍が来ます! 急ぎ戻ってください」

 灯火に撤退を促したのは紅夜であり、この奇襲自体が手渡した紙に書かれた紅夜の策だったのだが、指定の時間を過ぎても戻って来ない灯火を心配し、こうして撤退を促しに来たのだった。

「――っち、仕方ないか、坊やも来ちゃったし、今日はここまでにしておくかい」

 灯火は物足りない表情を浮かべながらもすでに約束の時間を破っていることは承知していたので、素直に紅夜の言葉に従い率いてき式兵と共に砦へと退き返す。

「まったく、総大将なんですからその辺の自覚を持ってくれないと困るんですが」

「悪い悪い、久しぶりだったから血が滾ってね。思わず本気を出すところだった」

 紅夜はやれやれと言った様子で、楽しそうに笑う灯火と共に砦へ帰参していた。

「本気も出さずにあの戦果ですか、と言うか俺は夜襲をかけるだけでいいって言ったはずですよ? あそこまでやらなくても――」

「だが、別にやっても良かったんだろ? こっちの被害はないに等しいわけだし固いこと言うなって、それよりこの後の策のほうはどうなってるんだい?」

「これからですよ、まぁ、この夜襲が布石となるでしょうから今のところは順調です」

「そうかい、……さて、坊やの思い描いた通りに戦場が動くか楽しみだ」

 本当に戦を娯楽のように楽しんでいる灯火の姿を見て、紅夜はため息をつきながらもそんな灯火を嫌えずにいた。


 その頃、何とか夜襲を退けた羽葉たちだったが、被害は甚大で三十もの式兵がほとんど灯火一人の手によって消滅させられてしまったので、二人の顔は晴れないまま一刻が経つと修立が自ら式兵百体を率いて二人の援軍に駆けつけてきた。

「……夜襲を受けたと聞きましたが?」

 辺りに敵はおらず交戦している様子もない状況を見て、修立は羽葉に問いかける。

「は、はい、奮戦の結果退けることに成功しまし――た」

「見たところ、かなりの被害を受けたようですね?」

 返答した羽葉の浮かない表情や疲労度、霊力の消耗、周りの様子を見て修立は少し呆れながら羽湯に問う。

「三十ほどの式兵を失いました」

「それで敵にはどれほどの被害を?」

「……ほとんど与えていないかと」

 羽湯の報告を聞いてうんざりしたようなため息を吐いた修立は羽葉たちを睨む。

「この夜襲は容易に予想できるものではない、私でさえ予想していなかったのですから。忌々しいが敵の赤眼軍師を褒めるべき策、ですが、それにしても対処があまりに粗末、たかだか小規模部隊の夜襲でこれだけの被害を受けるとは」

「し、しかし、虚を突かれたうえ、敵は武勇に名高いあの鳳ヶ崎 灯火でしたので、ある程度は仕方ないかと――」

 そこまで言ったところで羽湯は修立の顔が曇ったのに気づき、まずいと思ったときにはすでに遅く、修立の手が脇差に延びかけた瞬間、羽葉が二人の間に入り頭を地につけて伏した。

「も、申し訳ありません。わたしが不甲斐ないばかりに、このようなことになってしまっただけでなく部下の錦蛾が出過ぎたことを、そればかりか治意様にご援軍としてご迷惑をかけた次第、何卒お許しを」

 立場としては対等ではあるが、羽葉は修立によって総将に任じられた経緯があるため、実際のところは修立に頭が上がらないので、部下である羽湯を守るために必死で頭を下げる。

「……まったくだ。夜襲を受けたと聞いたとき援軍を送る気はなかったのだが、苦戦していると聞き仕方なく夜通し駆けてきたわけだ。相手が誰であろうと、夜襲程度の策はどんな状況であれ、最低限備えるべきこと、それを粗末した結果がこれではないのか?」

 修立の言葉は最もだった。羽葉たちは夜襲を仕掛けてくることはないと決めてかかり、見張りや警備もろくに出さず明日の戦に向けてほとんどの式兵を休ませてしまっていたので、灯火の夜襲に気づくのが遅れ、あれだけの被害に繋がっていた。

「その通りでございます。面目次第もありません」

「それにもかかわらず、あのような言い訳をするとは、今回は大揚殿に免じて不問にするが同じことになればどうなるかはわかっているだろうな?」

 大揚『殿』と形式を重んじてつけてはいるが、一度も顔を上げることなくひれ伏している羽葉の後頭部踏みながらそう尋ねる姿からは、少しの敬意も見受けられなかった。

「そのときはこの首を差し出します」

 部下を守るためとはいえ、地にひれ伏し首を垂れ、頭を踏みつけられながらも懇願し、自らの命もかけるその姿はあまりに惨めに見え、自分のせいでこんなことになっていると思うと、胸に来るものがあり、羽湯は羽葉への感謝と謝罪を込めて下げたくもない頭をより深く、額や鼻が土に着き青くさい地面の味を感じるほどに下げながら下唇を噛みしめた。

「いいだろう、それではこの話はこれで終わりだ。私はすぐに金興様のところへ戻る。これだけの被害が出たとはいえ当初の計画を変えることはない。金興様は一日でも早い帰還をお望みだ。正直なところ、こちらもあの気性を抑えるのに苦労している、余計な手間をかけさせるな。あと二日以内に双山砦まで攻め込め、いいな」

 少しうんざりしたような表情になった修立の言葉に二人が返事をすると、修立はすぐに馬に乗り、引き連れてきた部隊と共に金興の下へと戻った。

「ふぅぅ、怖かったねぇ、羽湯ちゃん」

 いつも通りの温和で頼りない様子でそう言いながら、踏まれていたせいで赤くなった額に砂が付いた顔を上げる羽葉に、羽湯は込み上げるものを我慢できずに抱き付く。

「ごめん、私のせいで、でも――」

「うん、わかってる。わたしたちは無茶な強攻策を成し遂げるために早くに式兵たちを休ませて明日に備える必要があった。だよね? それにわたしは羽湯ちゃんの考えに賛成した。だから今回のことは羽湯ちゃんのせいじゃなくて部隊長のわたしのせい」

「違う、違うわよ。元を言えば修立様が無茶なことを言うから――」

「羽湯ちゃん、駄目だよ。わたしたちが今この地位についているのは修立様のお陰なんだから、そんな悪口を言っちゃ駄目」

「それは、そうだけど、でも、羽葉だって知ってるんでしょ? 私たちをこの地位に推したのは御しやすいからだって、本当は……」

 羽湯はそこまで言うとそこから先の言葉が出そうになるのを止める。

「本当は、八重田殿のほうが総将に相応しいよね? わたしもそう思う」

 羽湯の言葉を察した羽葉は客観的に理解していることながら、少しだけ残念そうに日が昇り始めた空を見上げる。

「……ごめん」

「ううん、いいよ。とにかくわたしたちは頑張って手柄を上げよう! 今日のことをなかったことにするぐらいにね」

「うん……羽葉、私に策がある」

 羽葉の笑顔に曇りはなく、穏やかな笑みが余計に羽湯の心を締め付けたが、それでも羽湯は自らの役目を果たすべく策を提言した。

 その日も羽葉率いる七條軍は攻め込んで来たが、陽奈、成実率いる部隊を攻めきれず陽が落ちる前にはすでに撤退していた。

「今日は随分と大勝だったみたいだな?」

 陽が完全に沈み、満点の星空が闇夜を照らす頃、成実が陣営内の開けた場所で一人剣を振り鍛錬していると、そこへ偵察がてら砦からやって来た紅夜が声をかける。

「手応えが無さ過ぎる。だからこうして発散しているところだ。用がないなら邪魔をするな」

 成実は相変わらずの冷たい反応ではあったが、振っていた剣を下ろし紅夜のほうを向きながら答える。

「俺が用もなしにここへ来て、お前に声をかけると思うか?」

「一々腹の立つ言い回しだな、それでなんの用だ?」

「敵の様子について知りたい、覇気がないとか疲れているとかそういうのはなかったか?」

「……見ていたのか?」

「いや? そうだろうなと思っただけだ。夜襲をかけた甲斐があったな」

「その見透かしたような言い方、一々癇に障るが貴様の狙い通りだ。敵の式兵たちは完全に疲れ切っている様子で覇気もなく士気も低く、大揚さえも動きが鈍かった。昨日の夜襲が効いているのは明白だ」

 戦うために作られた式兵と言えど、大本は人間を基準に作られているので、眠りもする。そして十分に睡眠が取れなければ当然、疲労が蓄積する。

「(夜襲をされれば、当然その恐怖が刻まれる。そうなれば睡眠の質は落ちる。更に言えばこれから夜襲を警戒しなければならない分、夜間の警備に式兵を割かなければならない、地味ではあるが、これは今後にいい影響が出そうだ)そうか、それでお互いの被害は?」

「こちらは数体の式兵が傷を負った程度で、相手の式兵は十体ほど消滅したはずだ」

「十体? そんな状態の相手をたった十体なのか?」

「なんだ? 文句があるのか? 第一たしかに相手はまともに戦えるような状態ではなかったが、無理攻めもしてこなかった。……本音を言えばすぐにでも攻め込んでいきたかったが、私の使命は陽奈様を御守りするのは勿論、この戦線を維持すること、故にそれに徹しただけだが? 不満なら今すぐにでも夜襲をかけに行ってやってもいいが?」

 指示を守ってやったのに、何故そんなことを言われないといけないのかと苛つくようにただでさえ吊り上がっている目をさらに吊り上げながら、語気を強めて成実は紅夜へ迫る。

「そう怒るなって、賢明な判断だったよ。俺が悪かった。だが、相手の動きとしては少しおかしい」

「何がおかしい? まともに戦える状況でないなら無理に出ないのはおかしいことではないだろう」

「本来ならそうだが、今までの大揚部隊を見れば少しでも早くこの陣営を突破したいと考えているはず、だったら多少は不利な状態でも果敢に攻め込んでくると見ていたんだよ。だから今日は結構な被害を与えられると踏んでいたんだが、無理攻めをしなかったとすると(まさかな)敵の撤退だが、いつもよりかなり早くなかったか?」

「本当に見ていないのか? だとしたら気味が悪いな」

 胡散臭い物を見るような眼で成実は紅夜を見ながらそう言うと、ため息を吐いて続けた。

「いつもより二刻は早かったが、それがどうした?」

「やっぱり、そうか。(念には念をいれておくか)」

「おい、何を一人で納得している、私にもわかるように話せ」

 紅夜の考えが読めないことに苛立ちながら考えを話すように迫るが、紅夜はそれを意にも介さず成実に背中を向けて歩き出す。

「今日は早い内に陣営の火を消しておけ、ただし、式兵及びお前も寝るなよ。陽奈にもそう伝えておいてくれ、俺は急いで砦に戻る」

「ちょっ、おい、それはどういう意味だ!?」

 呼び止めようと伸ばした手は空を切り、紅夜の背中に問いかけるが返事はなく、急いだ様子で紅夜は砦へと向かって行った。

「っち、なんなんだ。あいつは」

 そうこぼしながらも成実は仕方がないといった様子で紅夜の言う通り陽奈に事の次第を説明すると、陣営内の火を早いうちに消し、式兵たちを眠らせずに待機させた。

 陽が落ちて、しばらくすると何百ほどと思われる式兵たちが、陣営へと近づいてくる足音が成実の耳に届いた。

「(これは七條軍の大揚部隊か? ということは夜襲か!? それならそうとはっきり言っておけばいいものを!)」

 紅夜への苛立ちを隠しながらも陣営内の式兵たちを集めて近づいてくる七條軍に備え、陣営内で待機していた陽奈に報告する。

「――夜襲ですか!? なるほど、高桐さんはここまで読んでいたんですね。戦の準備を急ぎ、敵を引きつけて迎撃しましょう」

 成実は陽奈と共に前線へ出ると敵の部隊が見えた瞬間、辺りの松明に火を灯し、配置されていた式兵たちは一気に声を上げる。

「大揚殿、御覚悟! 放てぇ!」

 陽奈の号令と共に弓武装の式兵十体ほどが大揚部隊に矢を放つ。

「そ、そんな、まさか、気づかれていたなんて!?」

「ど、どうしよう羽湯ちゃん」

 式兵数体が射貫かれ消滅する中、攻め込んで来た七條軍の部隊後方にいた羽湯がそう声を出すと、隣にいた羽葉も不安そうな声を出す。

「気づかれていたなら。策は失敗よ。今交戦している最前線の式兵たちを殿にしてすぐに撤退するわよ」

「うん、わかった。最前列の式兵たちを残して、てったぁ~い」

 羽葉の少し締まらない声によって部隊の式兵たちは僅かな式兵を殿として残すと反転し、撤退し始める。

「(このままだと逃げられる、どうする追うべきか? それとも――)」

 残された殿を一掃し遠くなった羽葉たちの背中を追うべきか迷った。いままでの成実なら迷うことはなかっただろう、だが天草村の一件が頭をよぎり逃げようとしている敵に追い打ちをかけること自体が心の傷になっていたことに気づく。踏み出すことが出来ず、自らの意思で小さくなる背中を歯がゆく見ていると、羽葉たちの部隊を横から突こうとすさまじい勢いの部隊が現れる。

「逃げてる敵の横っ腹に突撃するよ!!」 

 大きな声を上げ、駆けて現れた部隊は灯火率いる遊撃部隊だった。

「頭目!? でもどうして――」

 成実が考えを巡らせている内にあれよあれよと、灯火の部隊は羽葉の部隊の式兵を斬り捨てていく、半刻ほどで羽葉の部隊の半数ほど斬り捨てると、逃げる羽葉たちを追わずに陽奈たちの陣営へと戻った。

「お姉ちゃん、ありがとうございます!」

「頭目、お助けいただきありがとうございます」

 戻って来た灯火を二人は感謝を込めた笑顔を迎える。

「ん? ああ、気にすんな。あたしは砦に戻って来た坊やの指示に従ってきただけだ」

「高桐さんの指示ですか? それはどんな指示だったんですか?」

「七條軍が夜襲を仕掛けてくる、だがそれは失敗に終わる、撤退するだろうからそこを突いてほしい、って、こんな感じだ」

「(あいつ、あれだけの情報でここまで読み切ったのか)しかし、それなら敵の部隊を追わなくてよかったのですか? あの状態なら追えば、敵の部隊長も仕留められたはず」

「まぁ、そうだろうが、坊やからは絶対に武将を殺すなって言われてるからなぁ、あれでいいんだよ。一応敵が反転して攻撃してくる可能性もあるから少しの間ここで休むわぁ、敵が攻め込んで来たら教えろ」

 そう言うと灯火は近くの野営に入って行った。

「(武将を殺すな? あいついったい何を考えている?)」

 成実は紅夜の狙いを考え始めたがわからずに陽奈と共に首を捻るばかりだった。


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