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心の未帰還者

作者: RAMネコ

 風が特別なものであることは、地球の外にでるまで知らなかった。肌を撫でる風を感じ取れた。

 見慣れた家の前に立ち、インターホンを鳴らせば、久方ぶりの、懐かしいくぐもった声を聞く。


『はい、深見です。どちら様でしょうか?』

「母さん、俺だよ、俺。弘樹。休暇で戻ってきた」


 弘樹はインターホンごしに、ドタバタと騒ぎになっていることがわかった。廊下で小走り。慌てて靴を履く音。ドアの鍵があけられる。


──ガチャリ。


 ドアノブがまわり現れた妙齢の女性。

 少し老けたか。弘樹が最後に見たときよりも、肌にシワが増え、おばあちゃんという概念に、さらに踏み込んでいる。

 弘樹の母、深見理絵の姿があった。


「ただいま」


 弘樹は何のこともなく、気楽に左手をあげた。

 だが理絵は違ったようだ。

 何度も、何度も、何度も。

 弘樹が本人であるのか疑うように見つめていた。

 放蕩息子がふらりと気紛れに帰ってきた、という出迎えではなかった。

 理絵は何度か口を開いたが、言葉に迷って声にできず、しかしやがて、


「お帰り、馬鹿息子」

「ただいま、母さん。でも再会の挨拶に馬鹿息子は酷い」


 弘樹は自身の、ちょっと太眉をハの字に曲げ、困り顔をつくった。

 それは、何年たっても変わることがなかった、弘樹の癖になってしまっている表情。


「さっさとお上がり。玄関の前で立っててもしょうがない。ここは、アンタの家でもあるんだから」

「へいへい。お邪魔しまーす」

「違うだろ」

「……ただいま」

「あぁ……お帰り、弘樹」




 居間では、理絵が座布団を二つ折りにして枕がわりにしながら横になった。だらしない性格だからではなく、年のせいか、同じ姿勢でいるのがつらいのだそうだ。

 弘樹は普通に座布団に腰掛け、あぐらを組む。縁側を見やれば、すだれの影が差し、赤い金魚柄の風鈴が音を奏でていた。

 暑い。

 弘樹は扇風機を“強”でまわす。窓や扉は開け放たれている。風のとおり道。近くにある田んぼのせいであろうか。冷たい風とともに、水混じりの土の香りがした。

 うん、良い風が吹かれている。

 弘樹はゆるりとその風へと身を預けた。

 心地よいものだ。

 風と一つになっているような。

 弘樹という個人があ大地の一部になったような。

 世界との一体感。

 世界に触れている、そんな気がした。


「こっちの戸籍だと弘樹、アンタはまだ二十四歳だね」

「十七歳の時に軍にはいって……何だまだ、たったの七年しかたってないんだ。若いねー、戸籍の俺」


「ハハハ」と弘樹は面白可笑しく笑った。


──七年。


 その時間が意味するのは、弘樹が星樹連盟軍の兵士として宇宙での軍事滑動の期間。

 地球時間での七年間。

 長いが、弘樹が体感した時間より遥かに短い。

 理絵にとっての長い七年も、弘樹にとってはたったの七年でしかない。

 二つの七年の違いは大きかった。

 だが七年でしかないのだ。

 七年。

 しかし、それがいかほどの差を生もうか。

 変わらぬものは変わらない。

 変わるものなら明日にも変わる。

 ならば七年であろうとも、昨日と変わらない。

 だからこそ。


「今日もまた蕎麦か素麺?」


 弘樹は七年ぶりでも、理絵の息子として変わらずにいた。

 それはそれで問題だな。

 大人じゃない。


「残念! お昼はもう終わってる。晩御飯は──」

「一七〇〇に炊飯器セットだから、晩御飯は一八三〇くらいかぁ」

「まっ、そのあたりまで我慢しろ」

「オカズは?」

「刺身だね。片づけも用意も楽だから」

「やった。魚は好きだ。瀬戸内の魚、俺、好き。宇宙だと絶対食べられないから。あっ、イカソーメンのパックは単体で買わなくていいからな!」

「はいはい」

「刺身かぁ。じゃ、米はちょっと固めだな」

「アンタの炊く米はいつも固すぎる!それに炊かなくていいよ」

「何を! 母さんが炊いた米は雑炊モドキみたいになるじゃないか!」

「失礼だねぇ。じゃ、ちょっと買ってくるかな」


 弘樹は内心、ちょっとワクワク。

 魚の刺身は好きだ。

 刺身といえば魚。

 野菜、コンニャク、そんなものそれらは刺身と認めない。

 馬の刺身は──セーフ。


「……? その体で買い物か? 俺が買ってくるぞ」

「らしくない優しさ。親孝行か。大丈夫だよ。体を動かすと痛いが、年取りゃそれが日常だ。それに動かないと、もっと体が駄目になる」

「そんなものか」

「あぁ。だからアンタは大人しくしてな」


「よっこらしょ」と理絵は腰をあげた。


「スーパーの割引には早いだろ。母さん、ボケてるのか」

「はぁ……」

「何だよ」

「あるかないかの安物で、久方ぶりの息子を迎える母さんじゃないよ、ワタシは。ちょっと奮発して、お高い握り寿司だ」

「大丈夫?」

「私は、食べ物だけは不自由させたくないんだ」

「不自由なんてそんな……」

「まっ、期待してな」


 理絵はそういうやいなや、颯爽と買い物スタイルを整えた。

 素早い動きだ。しかしよたつく姿には年齢を感じさせた。

 大丈夫だろうか?

 弘樹は心配しっぱなしであった。

 だが、理絵にとっては慣れたものなのだろう。テキパキと準備を終えて、玄関前で靴を履く。

 出かける寸前で理絵は、


「奏ちゃんにも顔みせときなさいよ、絶対に、忘れず」


 そう言って外へと消えていった。

 奏。

 橘奏。

 女の子。

 一応、幼馴染。

 幼稚園、小学校は同じで、中学校は別。高校は知らないし、大学にいったかもわからない。だが弘樹にとっては大切な友人だ。初恋の相手であり、その気持ちをアピールする為に必死こいて花の冠を憶えて作った。

 奏は花が好きなのだ。

 遠い記憶ではないが、懐かしい記憶。

 しかしはたして、奏は覚えてくれいるだろうか?

 弘樹は疑問だった。




 橘家は、深見家と近い。

 せいぜい、たったの3km未満。

 川沿いの土手を歩けば見えてくる。

 対岸が見える小さな川。

 それにかかる、ちょっと錆ついた橋。

 雑草の背が低い。

 草刈をしたようだ。

 民家がある。

 山がそびえている。

 水のはられた田に小さな稲が植えられている。

 複雑な用水路。

 だが、人の気配というものがなかった。

 日中の昼間。

 暑い時間だ。

 セミの声を聞きながら、汗を流したい連中は少ないらしい。

 どこかこの世界が、この世界に弘樹一人だけしか残っていない変な気分。

 静かだ。

 感傷にふけるは一瞬。


「あっ」


 出会ったのは、変な女。

 身長2m超え。

 デカい。

 両足が機械義肢であることは一目でわかった。短く切り揃えられたウルフグレーの髪。アーモンド型の目に、金色の瞳。大人しそう、だが威圧感をあたりまえのように振りまく雰囲気。

 弘樹の前に立っていたのは、橘奏、その人であった。


「こ、こんにちわ?」


 ちょっと言葉にきゅうした弘樹。

 奏との再会は、母・理絵との再会とは根本的に違うのだ。

 何というべきだろうか。

 気まずさ。


「……」


 奏の、人型のような顔が弘樹を見下ろす。

 表情だけで奏の感情を読める者は、たぶんこの世ににいないだろう無表情。

 弘樹は言葉を紡げないでいた。


「電話」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 だがすぐに理解する。

 あぁ、なるほど。

 電話。

 おそらく理絵が一足先に、奏に電話していたのだろう。

 再会は偶然ではなかったらしい。


「少し……背、伸びた?」

「うん、ちょっと成長したかも。奏も前に見たときよりも大きくなった」

「私は義足が大きい。体は、弘樹よりもずっと小っちゃい」

「いや、ずっと大人っぽくなってる」


 大人っぽく、ではないな。

 大人なのだ。

 奏は、弘樹と同い齢。

 十四歳の小悪魔少女は、二十四歳の幼さの残る大人の色香をもつようになっていた。

 二十四歳か。

 結婚して、子供がいてもおかしくない。だが何となく、弘樹はそのことを聞けなかった。


「……」


 無言。

 沈黙。

 どちらからとも話さない時間の流れ。

 嫌いというわけではなかった。

 断じて。

 弘樹は話したい。


「奏──」


 その時。

 水をさされた。

 腰をまげた、シワクチャのご老体がそばをとおった。

 老体はボソリと呟く。

 聞こえていないつもりであったのかもしれない。

 弘樹の耳には届いていた。


「大の大人が昼間から二人も遊び歩いて、なさけない」


 悲しい。

 老体は、、深い意味などこめず、思ったことを口にしただけのつもりなのだろう。

 老体は、たぶん六十年か七十年は生きている。それほどの時間を生きられたのに、言葉という『武器』を愚か者と同じようにつかった。ならばこの老体を、ただで帰すわけにはいかない。

 武器をつきつけられたのならば、武器をもってかえす。

 戦う覚悟がないならば、老体は冒険をするべきではなかったのだ。

 残念だ、本当に。

 サヨウナラ。

 見知らぬご老体。

 弘樹の脇を『何事もなく通り抜けられる』と信じきった様子で、老体が歩き去ろうとする。

 ゆっくり。

 しかし極めて正確に、弘樹は追う。

 武器をむけた老体。

 老体は無防備。

 殺せる。


「弘樹」

「?」


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 老体は、弘樹の手の届く範囲から離れていく。

 追えば、老体の背中から脊椎を引きずり出すことは容易いが、そうはしなかった。


「……暑いね」

「夏だからね」


 昔と違って、弘樹の体は炎天下でも、一滴の汗も浮かべなかった。


「涼む」

「奏さんの家で?」

「うん」

「お邪魔させていただきます」




 奏の家は、弘樹の知っている奏家と違った。

 ついでに場所も。 

 メゾン・テンノ。

 アパートでひとり暮らしのようだ。

 部屋の中の私物は驚く程少ない。


「弘樹、殺そうとした」

「何の話だ、奏」

「さっきのお婆さん」

「あぁ、老体のことか」

「どうして?」

「どうしてって……」


 それが。

 それこそが。

『極めて』あたりまえのことだと考えたからだ。今でも、殺そうとしたことをあらためる気持ちはなかった。むしろ躊躇していたかもしれないと考えていたくらいだ。

 だから……。


「弘樹」

「何だ、奏」

「宇宙で何があった?」

「どうしてそんなことを聞く」

「アナタ、『変わった』」

「……」


 変わった。

 奏のその言葉は、弘樹の心を刺した。

 だが、弘樹はわかっていたのだ。

 七年前の深見弘樹は死んでいる。

 もはや別人。

 今の弘樹は違うのだ。


「私、この七年間のことを教える。だから弘樹も、宇宙での七年間を教えて」


 奏は、弘樹がいなくなった七年間を話してくれた。

 中学を卒業して高校へ進学。男に告白されて付き合って。二股されてぶん殴って別れたそうだ。男の捨て台詞は「全然しおらしくない! 二重人格!」だ。

 弘樹は笑ってしまった。

 奏は言葉が少ないだけで、大人しいわけではない。

 学校生活中は、それでもけっこうモテていたようだ。

 奏はそのことしか話さなかった。

 性欲高ぶるお年頃。

 体目当ての言いよりも多かったそうだ。

 大人しい──という評価──の彼女は、押せば倒れる程度と見くびられたらしい。

 そんなヤワな性格なら、見た目を軽んじ、パワー重視で高身長になる義足は履かないだろう。

 わかりそうなものだが、まあ、わからなかった男は轟沈した。

 川流しにあった。


「不良集団に袋にされなかったのか」

「喧嘩は結局、度胸とどれだけ残虐になるかだから。一人を徹底してぶちのめす。残りはビビる。喧嘩は数で決まらない。だからまだ……」

「おぉ、怖や、怖や」

「弘樹の話も聞きたい」


 喧嘩屋乙女は、喧嘩の話、男の話以外はしなかった。

 弘樹は何となく察した。

 奏は不器用に生きたのだ。

 昔も、今も、変わることなく。


「宇宙は……綺麗な場所だったよ。色んな輝きがあるんだ。恒星──あっ、太陽にも色がたくさんあるの知ってた? 赤いのだけじゃなくて、橙色、白色、青色。温度によって違うんだ。遠目から見たら色のついたビー玉みたいなんだけど、近づいたら違うんだ。太陽て物凄く荒々しいんだ。炎の海がさざなみたって渦を巻いている。表面からはしかも、蛇みたいな炎が宇宙空間に飛び上がる。これがとても大きいんだ。地球よりもずっと大きい。太陽は『動く』星なんだ。遠くからだと気づかないだけで、とても活発に動いている。それを見たら、あぁ、太陽って、星って、生きてるんだなぁ、て。綺麗といえば星雲が──」

「──弘樹。私を馬鹿にしてる」

「そうかな」

「戦争の話を聞かせて」

「うん、つまらないだろうけど……うん、わかった」


 奏にうながされて、ポツリ、ポツリと弘樹は話し出す。

 弘樹が星樹連盟軍の兵士として、宇宙で生き延びたこと。

 宇宙に感じたこと。 


 超光速状態の反物質弾頭自立思考機雷が、惑星よりも大きな敵に対して無数に撃ち込まれた。一撃で惑星の外殻を貫通し、内殻のマントルをグズグズに掻き乱す威力があった。星樹連盟の1200kmを超過する艦体からは重力加速されたそれら機雷の群れが次々と飛び立つ。小型艦といっても良いほどの大きさがあった。敵の外殻が吹き飛ぶ。

 防護熱線が網の目のように宙空を切り裂く。熱線は目に見えない。だが宇宙に満ちるエーテルに充填されているエーテルを反応して発光しているように見えていた。

 黒い液体が艦体の周囲に満ちていた。それは液体などではなかった。巨大な、そしてずっと小さな生物の集合だ。艦体よりも遥かに小さな敵は、装甲を喰い破り、1200kmの艦内を戦場にした。惑星を殺す程の火力が投擲される中で、原始時代なみの白兵戦が繰り返された。動力甲冑を着込み、返り血と肉がこびりついた。

 

「大気の、薄い天井の先は生き物が行くべきではなかった。何もかもが異常。今まで星を美しいなんて呑気に感じていたものが、今はとても恐ろしい」


 星には、命が確かにあった。

 星の意思。

 星の願い。

 それらは確かに、存在していた。

 星は、命を育むもの。

 だが星にとって『地上に発生した生命』は不要なもの。

 発生したものは仕方ないと受け入れているだけ。

 つまりは動物や植物の誕生は、元より望まれたことではなかった。


──そして。


 不要な存在を排除する、宇宙の意思というものが、あったのだ。

 夜空を見上げた満点の星空。

 星ぼしのほぼ全てが、生命の排除を望む。

 生まれてきたことが、間違いなのか。

 星樹連盟は、戦い、生き延びる選択をとった。

 世界を破壊しても生きたかった。

 戦えば戦うほど。

 知れば知るほど。

 生命とは呪われていた。


「奏、知ってた? 宇宙て普通の生物だと戦いにすらならない過酷な環境なんだ」


 普通の生物ならば。

 弘樹が敵として戦ったのは普通の生物ではない。生物ですらない。

 より根源的な、『何か』だった。 

 生物との戦いなら、生物であるならば必ず心得ているものだ。

 だが、敵は違う。

 変わらなければ。

 適応しなければ。

 戦えなければ。

 弘樹たちには、自己を変える必要があった。心さえも含めて。


「そうなんだ。でも軌道戦闘機とかには、ほとんど生身のパイロットがいると聞いたけど」

「そんなの気休めにもならない。軌道戦闘機程度が、ガス惑星規模の大質量体でつくられた『艦隊』を止められると思う?」

「無理」

「だろ? そもそも、星樹連盟の1200km級戦闘艦でも苦戦しているんだ。単艦で惑星を原始時代に戻せる艦が束になっても」

「あらためて聞くと戦力インフレだ」


 弘樹は苦笑。

 確かにその通りなのだ。

 星樹連盟が宇宙で使う兵器はどれも、惑星の大気圏内では使えない。大気が、海が、大地が蒸発してしまう。

 惑星の中。

 宇宙の外。

 この違いはあまりにも、大きすぎるのだ。

 使われる兵器。

 使う機械、人間。

 持てる心。

 全てが……。


「インフレがスタンダートだ。光の速さでさえ遅い。星を破壊する火力でもまだ足りない。……初めての任務は戦慄したよ。星が、幾つも砕けていくんだ。何より恐ろしいのは、徹底した抹殺主義で、一人も生きて帰そうとしない敵の執拗さだ。敵に慈悲はない。一人も残さず殺し尽くそうとしてくる。そんなのと戦ったんだ。わからないことだらけの闇の中で、ずっと浮かんでいる感じ。いつ来るのか、次の瞬間には蒸発していてもおかしくない。通常航行のあいだでもそう。手足を動かす、その動作では間に合わない。だから、データリンクで全ての艦内機能と融合しておく。これでもまだ、思考がだいぶ遅いんだけど」

「その為に、だから改造手術の強制を……」


 肉体は、宇宙では看過できない脆弱性をもってしまう。数Gの加減速でも体が傷つき血流が阻害される。低重力下では筋肉が弱体化する。突き抜ける宇宙線が細胞に障害を与える。惑星の中での生活しか想定していないのであたりまえではあるのだが。ごく一部の例外的な特殊生物以外は、完全には宇宙に対応するのは不可能だった。生物は、惑星の中でしか生存できない。そうしたいのであれば、強力な改造処置が必要になった。


「そう。でもまあ、ほとんどは機械たちに頼ってる。やわらかい搭乗員は、機械の間に挟まれる安全装置くらいの部品の役割だけ」

「部品」


 その言葉に、奏は何を感じたのか。

 弘樹にはわからない。

 だが少し、気が楽になった。

 弘樹のもつ不安を、ちょっとだけ奏に聞いてもらえたから。

 知ってもらったから。

 改造手術は一度きりではない。

 環境は変化を続ける。

 そしてそのたびに、人間性が薄れていく。

 あたりまえだ。

 宇宙での最適化とは、今までを捨てるということだ。だが弘樹はこれから、これからも人間性を失える。

 でなければ戦えない。

 それが、宇宙で戦うということだからだ。

 奏と再開するまで、弘樹には不安があった。人間性をどれほど失ったのかの不安。昔を擬態できているだろうか。

 全て杞憂だった。

 少なくとも弘樹はそう考えた。

 自己存在は揮発性の記憶、メモリーだ。弘樹の一部は、奏の中にもある。弘樹が消えても、奏の中の弘樹は人間らしくいられるのだろう。


「ありがとう、奏」

「何?」

「いやいや、何でもないけど、俺の話を聞いてくれた感謝だ。……うん、これからもガンバれそうだ」


 大切な思い出。

 もう、その中にしか弘樹はいられないのだ。

 だからこそ、戦えた。

 思い出をもってくれた人を死なせない為に。

 だからこそ。

 恐れず人間性を、これからも捨てていくだろう。

 

 

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