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異世界屈指の不動産業者《リーアルター》  作者: ゆーくんまん
第1業務 南向きよりアナタ向き
5/6

3:誇大広告には気をつけろ

【登場人物】

・空錠ミリカ

異世界から転生を果たした空錠ノルマの姉。金髪ショートヘアの猫っ毛にバスト92の巨乳を誇るが背丈は非常に小さい。幼い頃から弟を溺愛しており、両親が去年亡くなってからは弟の保護者となっている。おっとりしているが実は苦労人。ノルマ曰く声が日高里菜っぽいらしい。


【所持資格】

宅地建物取引士

不動産精霊鑑定士

マンション管理士

秘書魔導士検定1級

簿記魔導士検定1級


【ステータスパラメータ】

耐久力80

攻撃力100

防御力100

営業力5

※異世界人類の平均ステータス値を100とする。


所属登録屋号空錠不動産

資産力1億ゴルド(能力により)

契約精霊:オーディン(神族級上位精霊)

グランドスパーダ:ラグナロク、形状は斬馬刀

能力は”増倍女神の余剰資金ゴッデスオブミリオンマネー

 

 皆さんは関大前通り商店街をご存知だろうか。大阪府吹田市にある関西大学の正門から、阪急千里線「関大前」駅へと約300メートル伸びる、中々大きな学生街の事なのだが。

 まぁ知らない人の方が多いだろうが気にせず話を進めようと思う。その通りは正に学生の為だけに存在すると言っても過言ではない。ひしめき合う店の殆どを飲食店で形成された商店街にはほぼ一日中若者が闊歩していて活気があり、誤ってお昼時に車で迷い込んだ日にはクラクションを鳴らさずに入られないほどに賑やかだ。

 飲食店以外にも様々な業種の店舗が立ち並んでいて道行く学生さん達を飽きさせない。まず一番多いのが居酒屋、次に多いのがコンビニ。後に続くはカラオケ、ゲーセン、美容院、コピー屋、カフェ、ホットモットにボーリング場――そして居酒屋……じゃなくて不動産屋などなど。



 ブリジッド魔法学園前通り商店街の印象を聞かれれば、丁度関大前通り商店街のようだ。と、説明するのが一番的確だろうというのが彼の見立てだった。

 学園前通り商店街――異世界モノポールにおける三大国の一つ王政都市ビックスロープの北から南へ横断する大陸横断鉄道、国鉄サウザント線。その中央に位置する「学園前駅」から高名な魔導士を何人も排出している名門ブリジット魔法学園校門まで一直線に伸びる学生街、それが学園前通り商店街だ。関大前と同じくその殆どを飲食店で形成された町並みは名門の名を汚さぬよう日夜勉学に励む多くの学生達で活気に溢れ賑わっていた。 彼、空錠ノルマが働く空錠不動産は一番駅から遠い正門前にあった。

 この立地は不動産業を営む上では最高の立地環境なのだが数多くひしめく学生たちの眼には誰一人として止まっていないように見える。理由はなんともみすぼらしいその店構えから。看板は300年間一度も新調していなかったのか字苔で字が潰れている為何の店なのか解らない。とにかく古いイメージが強く一見すると京都老舗の和菓子屋のようだ。

 

「じゃあ姉さん、昨日教えた不動産用語から問題を出しますよ?」


「う、うんノルマ君任せてっ! お姉ちゃん頑張って覚えたから」


「流石です……では間取り図面のUBは何の略でしょうか」


「え~っとえ~っと……ウルトラバス!」


「ユニットバスです姉さん。はめ込み式のお風呂の事でワンルーム等ではお風呂とトイレが同室になっている物件の事です。……ではMBは?」


「あ、それは大丈夫っ!……マインドボックス!」


「カッコよすぎて正解にしたい所ですが違います。メーターボックスの略語で水道メーターとかが入っているスペースの事ですね」


 そんな古臭い老舗不動産事務所内で俺は頭を抱えた。

 空錠不動産を手伝い始めて、姉さんから違和感を感じたのは入社1日目の事だった。両親とは1年前に死に別れているらしいこの空錠ミリカ代表取締役社長殿にはおよそ不動産知識というものが全く無かったのだ。だから先週から姉さんにこういった不動産講義を行っているのだが全く覚えてくれないという現状である。不動産経験10年の俺だが、こんな物覚えの悪い新人は見たことがない。いやほんと。

 この商売をしていて不動産知識が無いということは説明ができないし相手の質問にも答えられないという事、という事は当然お客さんへの対応もおおよその見当はつく――ザルだ。お客さんが来店されたとしても契約に至れるわけがない。まぁお客がこんな小汚い不動産屋に来店されれば、の話だが。


(し、しかし姉さんがここ迄ポンコツだったとは……よくこれで宅建試験通ったな)


 姉さんの右手甲に輝く黄金の文字――”宅建主任者証テスタメント”に目をやりながら思う。

 俺の胸中を察したのか、ミリカ姉さんはその小さな身体と両手をバタバタ慌ただしく振りながら頭を下げた。


「ゴ、ゴメンねノルマ君っ……お姉ちゃん物覚え悪くて」


「いえいえ大丈夫です。姉さんの為なら何度でも御教えしますから」


「わ~いノルマ君優しいぃ~」


 でも可愛いからいいやハッハッハ。とか思いながら静かに姉に微笑み返す。


「でもノルマ君凄いね~働き出してから1ヶ月で、もう私より詳しくなっちゃうなんてお姉ちゃんビックリぃ」


「いえそんな……16歳で経営から何から何までやっている姉さんの方が凄いですよ」


 本当は覚えたのではなく知っていただけなんだが。この世界における不動産知識は日本のものと大差はなかった。そして時代背景は地球で言う中世に近い。俺は歴史には詳しくないので端折るが、ようするにドラクエとかテイルズとか辺の町並みを想像してもらったら良いかと思う。だが、”精霊”という燃料を使用することにより独自の科学技術が存在し、ガス、水道、電気も普通に通っているし、原料はモルタルに近いが鉄筋コンクリート造の建物もちらほら目につく。流石にネットや飛行機は無いがちゃんと鉄道などもあり、現代っ子の俺でもあまり不便さを感じる程ではなかった。


「でも相変わらずお客さん来ないねぇ~」


 俺が此処に来てからはや1ヶ月が経っている。その間に周辺環境と業務のほぼ全てをマスターしたわけなのだが、問題に気付いたのはつい先日だ……全く客が来ないのだ。あまりに来ないので「実は今休業中なんですよね?」って姉さんに聞いてしまった位だ(その後超泣かれて謝った)。


「お客さんが来ないのならば仕方ありません……そうですね、では誇大広告でも打ちましょうか」


 誇大広告――今や日本ではご法度も良い所だが異世界なら問題ないだろう。


「ふえ? 誇大広告ってなぁに?」


「物件資料のチラシを撒くんですよ……嘘の家賃書いて」


「嘘の家賃?」


「要するに本当の家賃より数万円安く書いたチラシを撒くんです。するとお客さんが来てくれるでしょ?」


「ダ、ダメだよそんなことしちゃ、大体そんな事したらお客さん怒っちゃうよ!?」


「怒りませんよ? 来店されたお客さんには”その物件は売れちゃいました”とか適当なこと言って違う物件をあてがえば良いだけの事です」


「そ、そんな詐欺みたいな事しちゃだめぇぇ! お姉ちゃんはノルマ君をそんな風に育てた覚えはありませんんんんっ」


「ハッハッハ冗談ですよ姉さん」


 超本気だったが姉さんがここ迄拒絶反応を示すとなると退かねばなるまい(嫌われたら死ねる)。ネットはおろか、スーモもホームズも無いこの世界なら良い案だと思うんだがなぁ……つーか俺が不動産始めた10年前位なら普通に誇大やってたけど。今でもやっとる強者の不動産屋もあるらしいが。


「となるとやはり店構えですね……この”何の店か解りづらい感”を失くすためにリフォームしますか」


「でもぉ……今ちょっと資金が……っ」


「ですよね!? そういう意味じゃありませんリフォームと言っても色々ありますから……例えば店の入り口付近にPOPを貼るとか色々ありますし」


 しゃくりあげて泣きそうになっている姉さんを慌てて宥めた。

 当社の資本金は底を尽きかけているらしく、俺と姉さんもここ1ヶ月イニシアさんが何故か毎日届けてくれるモヤシ比率の多い野菜炒めと硬いパンしか食べていない。こんな食生活なのに姉さんのGカップは縮んだりしないのだ……オッパイって不思議だなぁ。


『キャンキャン――ワンッ!』


 カリカリカリカリ。その時、何やら事務所入口辺から扉を引っかく音が聞こえてくる。


「あ~お帰りぃケロちゃ~ん」


 姉さんが事務所の入口ドアを開け放ったと同時に”ケロ”と呼ばれた黒塗りの仔犬は姉さんの豊満な胸に飛び込んだ。


「にゃははくすぐたったいよケロちゃ~ん」


 入り口が一瞬開け放たれたと同時に初夏の熱気が室内に流れ込む。だが流れ込んできた物体・・はもう1体居る。そいつは俺の肩に止まってこう言った。


『ノルマ様、只今帰りました』


「ご苦労様です八咫烏ヤタガラス。どうでしたか? 他の店舗は」


 仔犬と同じく真っ黒な小鳥(見た目九官鳥)は九官鳥とは思えないドスの利いた声、紅の豚みたいな渋い声で俺の質問に応える。


『ハイ……賃貸マンショップに5組、学生賃貸情報センターに4組、ジオンエステートには10組のお客様が来店されております』


「イニシアさんの所は」


『桜塚エステートにも1組お客様がいらっしゃいます……』


「坊主はウチの事務所だけですか」


 この学園前通り商店街にはトータル5件の不動産屋がある。その中で最も大きな事務所がジオンエステート――この通りにある店では一番新参者らしいのだが、その資金力と物件力の多さで学生のみならず一般のお客さんまで取り込んでいる良店だ。ちなみにこの王都全体で33店舗を誇る、長谷川ジオン代表取締役が率いる大企業である。


『その件で別に報告したい事が御座います』


「……ほう、なんです?」


『イニシア様のご実家、桜塚エステートで現在対応中のお客様がおられるのですが、どうやら交渉が上手くいっていないようです。恐らく次は当社にご来店されるかと』


「それは素晴らしい。イニシアさんが気を利かしてウチを紹介してくれたのでしょうか」


 八咫烏は俺の言葉に頭を振った。鳥がやると何だか腹立つな。


『かなり難解なお客様らしく駅前から順々に不動産屋巡りをしているようで、既に先に上げた3店舗では断られたそうです。で、最後に来るとしたら当社かと……そういう事です』


「クックック成程そういう事ですか……面白い」


『ノルマ様よろしいのですか? 大手ジオンエステートの営業マンでも匙を投げた程のクレーマーですよ』


「八咫烏、君も俺の契約精霊なら覚えておきなさい――お客様を選んではいけません。難しい契約も簡単な契約も1日掛かる契約も30分で決まる契約も同じ1契約です。それも大金を落とす……ね」


『ハッ……大変失礼しましたノルマ様、この不出来な従者をお許し下さい』


「構いませんよ」


 偉そうな事を言っているが俺の表情から邪悪な気配を感じたのか、八咫烏は少し怯えたように頭を下げた。頭を下げたと知っても鳥だが。


「姉さん、競合店を偵察に行かせていた八咫烏から吉報が届きました。近いうちに1組お客様が来店されますよ」


「ホント? じゃあお姉ちゃん頑張らないとだねっ♪」


 仔犬と戯れていたミリカ姉さんの童顔がコチラに向く。


「上手く契約に持っていけば滞っている教会への上納金を払えるかもしれません」


「う……ん。でもノルマ君はそんなこと気にしないで? ”全世界不動産教会連盟ゼンホレン”には私がちゃんと言って、待って貰ってるから……ね?」


「姉さんが……そういうなら」


「うん任せて? お姉ちゃんこれでも社長さんなんだから」


『ク~ンク~ン』


「ケロちゃんも心配してくれたの? ありがとっ! にゃはは」


ケルベロス・・・・・! いつまで姉さんの乳に埋もれてんねん!?)


 ギン! うらやまけしからんもう1体の契約精霊に向かってガンを飛ばす。俺の三白眼から放たれた光に呼応したケルベロス――姉さんの乳に挟まっていた真っ黒な仔犬はシュッと空中へと飛翔してから一回転して床に着地、トテトテと俺の足元に歩み寄った。


(おいケルベロス、姉さんのGカップは神聖なモノだ。触れる事は許さん)


『…………御意』


 心で念話を飛ばした俺に、やはりシブい声で同意する黒い仔犬。2体いる俺の契約精霊が1体”地のケルベロス”である。ちなみにコイツは八咫烏と違って「御意」しか喋れない無骨な奴だ。

 肩に止まっているもう1体が”空の八咫烏”――この2体が俺の魔剣スパーダの能力。ちなみに隣駅の精霊ペットショップの閉店セールで、1体10ゴルドで買った動物級下級精霊をベースとした俺の従者である。


「やっぱりケロちゃんはノルマ君に懐いてるみたいだねぇ」


『ワンワンク~ン』


 この仔犬が俺の魔剣スパーダだと姉さんは知らない……そしてコイツの本当の声は大塚明夫ばりのオッサン声だという事も。


「姉さん、俺はお客さんが来た時の為に紅茶の用意をしておきます」


「あ、じゃあ私カウンター拭いておくね?」


 久々にお客様が来店されることを知ってか姉さんの足取りが軽くなった。鼻歌を歌いながら不動産屋の象徴ともいうべき大きなカウンターテーブルをふきふき磨きだす。


(異世界に来て初めての応対だ……まずは姉さんの仕事ぶりと、こちらの客層パターンを読み解かなくてはな……さてどんなお客が来ることやら)


 青銅のヤカンに水を入れてコンロに設置し、マッチに火を付けてからコンロのスイッチを入れる。

 1階が事務所となっているグランドメゾン空錠、その側面に設置されている気体精霊圧縮弁プロパンタンクからガスが供給され、空錠不動産事務所のキッチンに火が点った。正直天然ガス供給コンロはろうそくの火のようにゆらゆらメラメラと勢いの無い炎の為中々沸騰しない。だから早めに湯を沸かしておく必要があるのだ。


(姉さんはあぁ言っていたが、やはり俺がなんとかせねばな)


 この数十日で気付いたことがある――姉さんはとってもか弱い女の子なのだという事を。俺が守ってあげなければいけない女の子なんだという事を。

 まず其ノ1、姉さんは何もない所で転んで泣く。其ノ2、洗面台で顔を洗っていたら溺れて泣く。其ノ3、買い物に行ったら迷子になって守衛さんに連れられ帰ってくる……そして泣く。

 でもそんな彼女を昔からの商店街仲間達は皆慕っている。隣のパン屋の奥さんなんて毎日姉さんに残り物のパンを届けてくれるし、串家の大将なんて姉さんが店前を通る度に子供にキャンディ握らせるみたいに焼き鳥を握らせる。道に迷えは常勤の守衛さんが直ぐ様見つけ出して来るし、市場に買い出しに行けば必ず半額以下で買い物が出来る。俺もミリカ姉さんと1ヶ月過ごして解った。彼女の笑顔には不思議な力があるのだ。素直、純真無垢、太陽、それが空錠ミリカという俺の嫁……いや、姉だ。


(だがそれでは駄目だ……営業は人を信じてはいけない)


 人を信じさせるのが不動産営業だ――お客様は嘘をつく生き物なのだから。嘘を読み解き自分を売り込め、それが俺に営業を教えてくれた師匠の教え。胸糞悪い言葉だがそれが真実。

 要するに姉さんの性格は営業に全くと言って良い程向いていないのだ。姉さんの美しい心と体はそのままに、だがこのままでは空錠不動産は倒産する。だから――汚れ役は俺が引き受けよう。そして全能力を持って守ってみせる――愛しい姉さんと、生まれ変わった俺の居場所とこの事務所――空錠不動産を。


 ヤカンのお湯が沸騰するとほぼ同時に、事務所のドアが勢い良く開け放たれた。


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