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序:1 ユニットバスよりセパレート?


「だからウチの子には南向きの物件が風水的に吉と出てるザマス」


「え、え~っと……は、はい。じゃあこの物件は……どうでしょうか」


「ユニットバスよかありえねぇ~って! ママ言ってやってよ、次期宮廷医療魔導師のボクにこんな物件似合わないってさぁ」


「そうよねサイザーちゃん。この不動産屋を選んだママが悪かったわどうか怒らないでちょうだい? ――ねぇアナタ! ウチの子にトイレのある部屋でお風呂に入れって言うの!?」


「え? ユ、ユニットバス……って?」

「ミリカ姉さん……UBユニットバスは基本トイレとお風呂が一緒の部屋についている物件でセパレートが別々です。前に教えたじゃありませんか」


  世界一の魔法先進国、王政都市ビックスロープ――その中でも魔導科学が最も盛んな学園都市ブリジットには毎年、毎日、学生が部屋を借りに来る。

 それもそのはずで世界で3つかない魔法学校なわけだから当然世界中から学生が詰めかける。すると当然学園内の寮はすぐ一杯になってしまい、家から汽車に乗って通えない学生は部屋を借りるしか無い。――至極当然な流れで当店は毎日盛況していなければならない所であるが、経営者の姉さんがこの有様なもので非常に苦しい経営難に陥っているのだ。


 あらすじを読んで下さった皆様と、感の良い皆様はお気づきだろうが我が社は不動産屋である。そして此処は伝統ある学び舎ブリジッド魔法学園の校門前という最高の立地に位置する”空錠不動産”だ。

 当店はカウンター1つの小さな店だが、俺の隣でザマスな馬鹿親子を相手にオタオタしているド素人丸出しの姉――”空錠ミリカ”16歳は、この立地に店を構えて300年という老舗、英語で言えば空錠不動産クウジョウエステート18代目当主である。――で、俺はその当主様の弟……という事になっている――”空錠ノルマ”――この物語の語り手的な15歳なのでよろしくどうぞこんにちわ。


「アナタ本当にプロなの!? 私達の要望ちゃんと理解してるザマスか!?」


「おいおいちょっと待ってよママ。魔法も使えない平民の担当者をあまりイジメるのは良くないさ。ボクら貴族は下々の者にも寛大な心で接しなきゃ」


「まぁ何て優しい子なんザマしょ。ほらウチの子がこう言ってる内に早く条件の合う物件探すザマスこのウスノロ!」


「は、はぃ……ヒック……少々お待ち下さぃ」


 やれやれだぜ。

 俺は貴族の親子客相手に涙目で資料バインダーをめくる超かわいい自分より背の小さな姉を見ながら溜息を付いた。――無論胸中でだ。


 この手の顧客相手に堂々と溜息なんかついた日にはどんな報復があるか解らんし、纏まる交渉も纏まらん。

 そんな事を考えながらカウンターの下から客に見えないように、こっそり用意していた資料を小声で姉に手渡した。


「ほら姉さんコレ……隣の駅だけどセパレート物件で条件にも合うから」


「あ、ありがとうノルマくぅぅん……」


 姉さん鼻水出とるやん。

 涙目になっている姉にニッコリ微笑みながら胸クソ悪い気分を必死に抑えるが。


(こんのクソ貴族がぁぁ姉さんを泣かせたなぁぁぁぁ)


 魔法も使えん平民だと? 何も知らんくせにブチ殺すぞこのクソ素人客がぁぁぁ。


 無論そんな胸中はおくびにも出さない。この手の顧客相手にムカついた顔を出した日にはどんな報復があるか解らんし、纏まる交渉も纏まらん。


――不動産屋たる者、溜まったストレスは”契約させるコントラクト”をもって解消せよ。これが俺のポリシーである。

 



 ここで不動産屋さんに入ったことのない人の為にちょっと説明しておこう。

 不動産と言えど種類は多種に及ぶが大きく分けて3種ある。


――花形である売買。

これはその名の通り買う売るの仲介を指す。


――ストックビジネスである管理。

これもその通り物件の管理業務。

平成から盛んになった業種である。


――そして最後に賃貸だ。

種類的、個人的には不動産の下位に位置する業務、単価であるが、手軽で簡単である為人材、客共々多く替えが見込め、第一級の営業マンともなれば売買不動産屋の社員の年収を遥かに凌駕するとも言われる。


――今回の場合がそうだがまずこういう流れになる。


①ガチャ――「あの~ワンルーム借りてぇんスけど」


②スッ――「いらっしゃいませ~じゃあ、このアンケート用紙に要望書いてくださ~いネ!」


③カキカキ――「これでいいスか?」


④フムフム――「あ、どうも~担当させてもらいます○○です~じゃ、お話伺いますね~」


 とまぁこうなる。

 ちなみにこのアンケート用紙には探してる物件条件の他に、住所氏名生年月日、そして他の不動産屋へ行ったことがあるかどうかと何処で何を見てきたのかが質問されていることが多い。

 これプラス希望家賃と間取り、立地を記入してから、その後ヒアリングを経て担当者が資料を探して提示する――と言った流れである。


 氏名はともかく何で住所と生年月日まで書かないかんねん!? と俺は思うのだが、普通の人はあまりそうは思わないらしく大抵の人は書いてくれる。このアンケートにはガッチリ不動産屋側に有利な意味・・があり、何処まで書いてくれる素直な人間なのか? を判別する手段なのだ。個人情報とかうるさく言ってくる人間なのかどうか? 何処まで入り込んで話して良い人間なのかどうか? これを判別する手段であるのだ。

――あとの事はまた次の機会に説明する事にしよう。



「あ、あの伊集院様……隣駅になるんですがこんな物件はどうでしょう」


 ミリカ姉さんは俺が先程机下からこっそり渡した資料を、伊集院親子の前に提示する。

 息子のサイザー君は目を輝かせているが母親のアンネ婦人は俺の『予想通り』難色を示した。


「駅2分いいじゃん♪ 部屋も広いし風呂トイレ別で洗面室まであるしさぁ~あるんならさっさと出してよ~」


「これ隣の駅よサイザーちゃん。学校に通うのに歩いて15分以上もかかっちゃうわよ良いの? それに……」


「はっ! 家賃高かった……ですか?」


「家賃の問題じゃないザマス!」


「ごごごめんなさい」


 何度も頭を下げて謝っている姉さんを尻目に俺は顧客アンケート用紙を見て内心ほくそ笑んでいた。


(やっぱりな……値段を突いてきたか)


 空錠不動産本日1発目のお客様――伊集院親子の要望は、当店目の前にあるブリジッド魔法学園校門まで歩いて10分以内に行けて、家賃60,000ゴルド以内、駅徒歩5分以内、風呂トイレ別、部屋10帖以上のワンルームという内容だった。ちなみに貴族ということが誇らしいのか、住所、氏名、生年月日と領地の広さまで事細かに全記入されている。


 俺が姉さんに手渡し、提示した物件は家賃70,000ゴルド。1万円分希望より高い。――しかし、超一等地であるこの「学園前駅」付近のワンルームの家賃相場は約80,000ゴルド前後――さっきの物件でも安い部類なのだがそんなことはお客様には解らないし、言っても信じない。


(……典型的なセコイ金持ちやなぁ)


 この手の顧客は金は持ってるが家賃を渋る。プライドが高いから直接は言わないし、息子には良い顔をしたいものだから、その怒りは不動産屋へ向けられる。


――これでは契約にならない。

 ならどうするか?


「じゃ、じゃあ他の物件を探します……グスン」


 なんでやねん。

 涙目で資料を引っ込めようとする姉さんに思わずツッコミそうになった。

 まったく……このミリカってかわゆい姉は素直過ぎる。そしてお客様の要望をいつも叶えようと必死なのだ。お人好しというか天然というか全く営業に向いていない。


まぁそこが可愛いし大好きなのだが実姉なので手は出せない……なんてこった。


 しかしまぁ仕事面では大変困る。これで良く不動産屋を経営出来るものだよ全く、心の中で頭を抱えながら俺は思い出していた。


(ミリカ姉さん……大阪の不動産屋でそんな営業したら上司に蹴り入れられるぞ)


 異世界ここ転生る前に務めていたブラック会社を思い出して少々黄昏つつも。


「えっと……えっと……ど、どうしよぉぉ」

「姉さんちょっと良いですか?」

「ふぇ?」


 貴族な奥様の形相に常時泣きそうな姉さんを手で控えめに制してから、俺は遂にカウンター前へと乗り出した。


(これ以上、金髪ロリ可愛い姉さんを泣かすわけにはいかん……そしてこの程度”地上魔剣グランドスパーダ”を使うまでもない敵だ)


 無論俺の敵は縦幅70センチのカウンターテーブル向かいに座っている顧客――伊集院母子である。


(さぁて、契約してもらうで貴族親子め)


 大阪の不動産業者リーアルターの実力ってのを見せてやるさ。




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