第6話 勇者あらざるもの
まずいまずいまずい。
どうも絶賛焦り中の火神恭介です。何に焦っているって聞いてくださいよ奥さん!
仇敵ともいえるフランツの悪巧みを阻止してほっとした私が抱える問題、それは…
俺、勇者じゃない問題。
こればっかりはリフォームできんとですよ、ビフォーのアフターができんとですよ。
どこかに『勇者の匠』とかいないかな?何ということでしょう!あの一般人の力しかなかったキョウスケ=カガミがこんなに立派な勇者に…うん、ないな。
あまりに意味のない思考は横によけて、俺が勇者じゃないことによって考えられる問題点と回避案を列挙しよう。
①実は全員勇者じゃなかったケース
これが今考えられる一番最悪のケースだ。
俺みたいに一般人程度の能力しかなかった場合、フランツの性格から考えて、再度英霊召喚を行ってそこで現れた勇者への人質とか考えるな。で、人質効果がなかったり次の召喚でも一般人しか呼べなかったら口封じが考えられるな。
…このケースに該当するなら再度英霊召喚されるまでの間にこの城から脱走する方法を考えねば。その場合王族専用の抜け道を使うのが一番いいかな?まさか異世界人がその道を知っているとは思いもしないだろう。
②勇者じゃない奴は人質にしようケース
俺だけ勇者じゃない、または勇者組と勇者じゃない組に分かれた場合に考えられるケースだ。
この場合は勇者に負担がかかるといえよう。人質にされた側も通信の手立ては残されるだろうからそこまで粗末にはできないが、保護する見返りとしてしっかり勇者を働かせることができる。
この場合は下手に逃げない方がいい。フランツとしては逃げたなら、保護する見返りは期待できないまでも、逃げたのを理由に放置すればいいだけで、殺しても「逃げてしまって連絡がつかない。探しているので待ってもらえないか」としてしまえばいい。
こちらは力もない一般人。下手に逆らうよりも飼い殺された方が安全だ。
③勇者じゃない奴は殺してしまえケース
②のケースの派生。と言っても勇者が一人でもいれば、②でなくこちらになる可能性が高い。
やり口はこうだ。「勇者じゃない人間では戦闘に耐えられない。侯爵家の所領で保護する」⇒侯爵家まで移送⇒途中の山道で襲撃し、山崩れを起こしたうえで「山崩れで全滅してしまった。死体を探そうにも谷間深く魔物も強い。河川で流された可能性もあり捜索できない」だろう。
勇者たちをコントロールしづらくはなるが、粗末に扱えないことにより発生してしまう人含むリソースを減らすことができる。反発は怖いが意図的に虐げることにはならないので反発は抑えることができるだろうし、ケチなフランツなら絶対こちらの選択をするだろうな。
こうなってしまうと回避するのはなかなか難しいものがある。殺されるわけだから逃げなきゃいけないし、でも逃げたら口封じのために追手が出されることになる。ただでさえ力のない一般人。普通はこれで手詰まりだ。まぁ俺だけが勇者でないなら回避する方法はないことはないが…
さて、気になる優希姉達は勇者なのか?
「おっしゃあ!異世界チートキタコレ!」
「勇者になっていますね…ただ二つ目にあるこの『聖女』というのは何でしょうか?」
「恵美が聖女ってのも納得いかないわねー…私?勇者と一緒に『交渉人』とかあるんだけど」
おう、勇者じゃないのは俺だけか。最悪のケースは免れたな。ついでに今後の方向性もほぼ決まった訳だ。
「僕は…勇者じゃ…ないです…」
「恭介、そんなに縮こまらなくていいのよ…おい、この世界の神様!!どこにいるか知らないけどなぁ、ウチの大事な箱入り弟を勇者にせんとはどーいう了見じゃい!!タマ取ったろか!!」
優希姐さん、堅気の人がいっぱいいるし恥ずかしいからそのしゃべり方はやめて!
「うむ、勇者が3人に一般人が1人…か」
あれ?!フランツは優希姉の奇行を見て尚冷静にものを考えてる!!俺にはできない空気の読めなさ。そこに痺れる、憧れ…はしないな。
そんな茶番を俺の脳内で繰り広げる中フランツとローレンツはひそひそと話し込む。これ、絶対俺の処遇だよなー。能力もそんな高くないし人質ぐらいがありがたいんだけどなー。
「陛下、私たち3人は勇者ではあります。…ただ、勇者の一人である優希の弟はどうやら勇者ではないようです。よって私、聖女エミはキョウスケ=カガミの保護を陛下に嘆願します」
「ちょっとぉ!私と恭介の仲を引き裂こぉってぇの?!幾ら恵美でも容赦しないよ!」
「優希は黙って。…今、交渉に向いているのは優希かもしれないけれど、この謁見の場で交渉が許されているのは私だけ。私に交渉権を渡したのはあなたでしょう?」
うん、優希姉には悪いけれど恵美さんの主張も真っ当なら、要望内容も真っ当だろう。そして俊樹さんが空気化してるな!
「うむ、勇者たちの憂いは儂がすべて断つ。ディアナトリナの安全な場所にて保護しよう」
はい、嘘頂きましたー。勇者じゃない奴は殺してしまえケースまっしぐらだね!
「ではあとはこの国の宰相を務めさせていただいております私ローレンツめが今後のスケジュールを調整いたしますので、勇者様たちはごゆるりとお休みください」
どうせ俺の殺害計画と勇者の奴隷化計画だろ?てか、最後の最後になって名前を名乗るとかお前は空気か!
そして、フランツの隣にいる銀髪美少女が名乗ることも、ましてやアデル辺境伯のズラがばれることも無く、第2ラウンドは終了した。
「どうして恭介を預けるなんてことしてくれたのよ!!」
勇者部屋(命名:俺)についた途端、優希姉は烈火のごとく恵美さんに突っかかりに行った。
「優希、私は全員で日本に帰りたいの。その為に最善な方法を選んだつもりよ」
優希姉は不満げに、しかし恵美さんの次の言葉を待った。
「恭介君は勇者じゃない、ということは戦闘力も恐らく一般人、いえ5歳であることも考えたらもっと低いということが考えられるわ」
俺は恵美さんの言葉に頷く。
「でも…!それは私が恭介を守れば!」
「戦闘できない子供を連れて生き残れるほどこの世界は甘いものなのかしら?まさかと思うけど魔王との戦いで途中に置いて来たり、魔王の戦闘に巻き込むつもりじゃないわよね?」
優希姉が言葉に詰まる。
「もちろん、あの国王を信頼できないのもわかる。私だって信頼できないという気持ちはあるし、もしかしたら『保護』という名の人質にされて、私たちの行動が制限されるかもしれない。ううん、まず間違いなく恭介君は『人質』として利用される。でもね、私はたとえ利用されるものであったとしても、恭介君を殺してはならないと思っているの。もしそうなったらたぶん貴女は戦えなくなるだろうし、仮にそれで全部終わらせて日本に帰れたとしても、『全員で日本に帰れない』。そんなの絶対に嫌。だから、今ここでどんなに喚かれようと私は、私の選択を変えることはしないわ」
ひとしきり思いの丈を優希姉にぶつけた恵美さんはそのままソファーに倒れ掛かった。
「優希、あーなんだ。俺はあんまり他人のすることにあーだこーだ言いたくねえんだけど、ここで言わなきゃお前が後悔すると思うから俺も言うわ。お前はいつも恭介に引っ付いているけどさ。それって姉としての責任を果たしているつうより、ただ単に恭介に依存しているだけどだと思うんだよな。いや、お前ん家の状況は知っているぜ?ほとんど家に両親がいなくて、いつも朝食と夕飯のしゃべり相手は恭介だけ。しかも自分を頼ってくれて、更には自分の手伝ってほしいと思うことを言葉に出す前にやりだしちまう。愚痴を言っても聞いてくれて、泣きたいときにはそばにいる。…確かに俺も恭介はオーバースペックな弟だと思うしそれに依存しちまいたい気持ちもわかる。でもさ、いつまでも依存しちまったらさ。恵美の言葉じゃねえけどお前も恭介も生き遅れちまうだろ?『生き遅れ』るだけならまだいいさ。ここは平和な日本じゃないんだぜ?依存しちまって共倒れになったらどうするんだ?確かに俺も恵美もお前も勇者だ。でも本当に恭介を守りながら戦えるのか?いざピンチになった時にお前は恭介か、他の誰かを見殺しにできるのか」
あー、優希姉完全に沈んだ。いや、恵美さんも俊樹さんも言ってることは正しいと思うんだけどね?正論を掲げるだけが相手を説得する方法じゃないと僕ぁ思う訳ですよ。
「お姉ちゃん、僕大人しく待っているから直ぐに迎えに来てね?」
「きょゔずげ~」
うわ、優希姉すごい泣き顔!これは更に甘えさせるべきか…いや、今後の展開もあるし言うべきは言わねば。
「お姉ちゃん、僕大人しく待っているつもりだけど、この世界って危ないと思うんだ。もし仮にさ、仮にだよ?僕が死んじゃっても、投げ出さないでほしいんだ。…僕もね、覚悟するんだ。お姉ちゃん達魔王と戦うんだよね?僕よくわからないこともあるけど、魔王ってすごく強いんでしょ?…もしかしたらお姉ちゃん達が負けちゃうかもしれない。そしたらさ、きっと僕はお姉ちゃん達に会えなくなるでしょ。それでも僕は我慢するんだ。絶対にお姉ちゃん達には帰ってきてほしいし我慢なんてしたくないけど、覚悟を決めるんだ。でもさ、お姉ちゃん。きっと無事に帰ってきてよ?僕も頑張るからさ」
「恭介…」
優希姉はすごく思いつめた表情をしているなぁ。
「ところでさ、僕夕食食べ終わったらハロルドお爺ちゃんのお部屋に遊びに行くんだ!お爺ちゃん、魔法が得意らしいし、もしかしたら僕も魔法を使えるかもしれないし!」
「恭介…うん、行っといで!お姉ちゃんはお姉ちゃん達でちゃちゃっと恭介の元に戻ってくる方法を話し合うからさ!!」
うん、やっぱり優希姉は笑顔が一番似合うな。
さて、俺がハロルドに会いに行く理由はただ一つ。俺は優希姉を泣かせるかもしれない。でも、最後には絶対笑わせて見せるんだ。その為なら俺は修羅にだってなるし、手段なんて選んでられるか。
さぁハロルドよ。首を洗って待ってろよ?
…それよりも先に夕食を食べよう。日本の食事から考えれば相当グレードが落ちることは覚悟しようなきゃな希姉達はここの食生活に我慢できるのだろうか?
「ハロルドお爺ちゃん、遊びに来たよー」
夕食を終えた後、俺はハロルドの元を訪れた。アポのタイミングは宰相から退席を命じられた直後。
『魔法を使えるようになりたいから教えてくれ』というのが主な理由だ。もちろん、俺の目的は全く違うものなのだが。
「恭介様、ようこそいらした。爺の部屋ですからの。恭介様には退屈かもしれませんがご容赦くだされ」
他愛もない会話をして中に入る。
部屋に入った直後、俺は鑑定眼をフル稼働し、盗撮/盗聴用の魔道具が無いかチェックする。ハロルド等の重鎮とされている者の部屋は天井・床・壁・窓・入口のドア全てに遮音と透視防止の能力が付与されているので部屋の外からの影響は考えなくてもいい。そして魔道具が無いことと入口をしっかり締めたことを確認したうえで切り出す。
「盗聴とかの危険はなさそうだね」
いきなりの不穏な発言に怯むことなく、ハロルドはこう返す。
「腐ってもこの国の重鎮ですからな。盗聴などさせぬのは当たり前です。それにしてもこの短時間でそこまで見破るとは。恭介様、貴方は何者ですか?」
「日本から来た5歳児ですよ?」
「戯れを言いなさるな。いくら世界が違うとはいえ5歳でこんな聡明な子がいるなど聞いたことがないし、年上の勇者3人よりも賢しく、更に風格すら漂っておられる」
うんうん、よく分析している。
「それに英霊召喚を行ったことが私であるとした理由づけも苦しかったですな。まるで私が英霊召喚を行ったと知った上で理由を無理やりこじつけたかのようだ」
そうそう、いい調子だ。でもまだ足りない。俺が仕掛けた一番重要な擬態を解いていない。
「決定的なのは召喚された場所のことですな。普通はあの場所を「真っ白い部屋」と表現されるでしょう。少し賢しいものならば「召喚の部屋」ぐらいには言われるかもしれませんが。しかしあなたはこう言った、「神儀の間」と。あそこが「神儀の間」だとあなたは知る由がないはずだ。異世界から召喚を受けてそこがどうして「神の儀式のための部屋」だとわかるのか。…この国を、いやこの城のことを事前に知っていなければあのような言葉が出てくることは断じて有り得ない。…もう一度聞きます。恭介様、あなたは何者なのですか?」
ハロルドの答えに自然と笑いがこみあげてくる。そう、これこそ俺が欲しかった『答え』だ。
「ふふ、ははは、あははははははは!!…流石はハロルドよのう。儂の仕掛けた擬態をしっかりと理解するとは。こんなに楽しいと感じたのは5年ぶりくらいかのう?時にハロルド。儂の寵愛していたマリアンナは今どこにおるのかのう?」
「…そのお言葉、やはりエルフレイア様ですか。まさか英霊召喚でエルフレイア様の御霊まで呼び寄せることができたとは」
「なんじゃ、信じるのが早いのう。もしかしたら神儀の間のことは偶然で、儂かと匂わす言い方も城の人間から聞いたかもしれんのじゃぞ?」
「確かに偶然という可能性もありますし、知識はこの城の者に聞けばよろしい。ですがこう言っては何ですが、たかが5歳の人間に私を威圧するなど不可能ですよ?余程陛下の御霊を召喚してしまったと考えた方が納得がいきます。…しかし不思議に思っていることもあります。陛下はあの勇者とも知己のご様子。いかなる秘術をあの時お使いあそばれたのか?」
「残念ながらのう。儂は、いや俺はもうエルフレイア7世ではないんだよ。本当に俺は火神恭介で、生まれも育ちも日本人だ。…まぁエルフレイア7世であった時の記憶と能力を持ち越しているから、エルフレイア7世であり、火神恭介であるというのが正しいかな?」
その後、俺はハロルドから俺が死んでからの話を聞いた。
まず、俺の推測通り俺が死んでから5年ほど経っているらしい。
その間、というよりも俺が兵士どもに囲まれていた時、彼の孫娘であるイリスが誘拐されていたらしい。それをフランツの命を受けた侯爵軍が救出し(たぶん自作自演だろう)、フランツはイリスを『保護』をする代わりに、ハロルドに対して英霊召喚の『協力』を要求した。もちろんハロルドに拒否する選択肢は残されていない。
さて、ハロルドから『協力』を得られたフランツたちは「実践的実験」を始めたのだという。要は英霊召喚が行えるポイントを探すため、あわよくば召喚が成功することを意図して、人を使い「実験的に」召喚しようとしたのだ。その成果は凄惨たるもので大抵は獣か何かが憑依した(おそらく異世界の動物の魂を召喚したのだろう)状態で、少し時間がたてば体がぐずぐずと崩壊していったのだという。中には体が崩壊しないものもいたためか、途中から「実験に使用する人間」は20人程度用意されたとか。何日も実験は続けられ、ハロルドも「実験」が100回を超えてから数えることをやめたらしい。俺たちを召喚する迄そんなに苛烈なことをやっていたとは。ううむ、「ほぼ失敗するようにすれば流石にフランツも諦めるだろう」という俺の考えは甘かったか。
また、他の者の現状も聞いた。俺の配下やハロルドの族たるものは左遷や解雇にあったらしい。あいつら有能なのに。まぁフランツで制御できる俗物じゃないからかな。
マリアンナは女中長からは降格となったようだが、この城で女中として働けているらしい。聞くにフランツの慰み者になることを拒否し続け、あやうく不敬罪として処刑まで行きそうになったのを、ハロルドがイリス付きの女中とすることを要求して事なきを得たらしい。まぁその分、英霊召喚の『実験』では更にハードにこき使われるようになったらしいが。
「ハロルドよ、苦労を掛けたな」
「…いえ、私は陛下が彼奴らの手に掛けられたとき何もできませんでした。マリアンナからは大層責められたのですよ。『盾にもなれぬとは何事ですか、私があの場にいたら真っ先にこの命を差し出してもお逃がしするのに』『あなたは陛下の心労が如何ほどだったか何も考えていない。英霊召喚に協力するとは何事か』…いやぁ、あの時のマリアンナの顔の恐ろしいこと恐ろしいこと。ただ、マリアンナの意見を聞いていて自分が何もできなかったことや孫娘可愛さに外道なことをしていることへの苦しさが溢れ出しましてな。マリアンナはそんな私を『今のあなたであれば陛下もお許しになります。イリス様が解放されてから、またやり直せばいいのです』と言ってくれましてな。英霊召喚が成功したらイリスは帰ってきます。北の辺境の地に飛ばされはしますが、そこで勇者たちを助ける方法を模索するつもりでいます。そんな道を示してくれたマリアンナを死なせたくなかったのですよ」
うむうむ、流石はできる女中長マリアンナ。そしていいことを聞いたな。
「ハロルドよ、そこで相談なんだが…」
そうして俺はまんまと協力者を手に入れた。
きょうすけ君は「しゅら」になります。でも、きょうすけ君はまだ5歳なので、
その「しゅら」の方向性はきっとおかしなものになるはず。