第2話 恭介の日常
俺は今「バス」の中をゆられている。もちろんただのバスではない。礼儀を知らない馬鹿者が跋扈しているバスの中、そんな者たちとは絡まずに静かに座っておるのだ。
もちろん、そんな馬鹿者たちや幼稚園児扱いをする女達とは馴れ合うつもりはない。怪しまれない程度に接してはいるが、こんな馬鹿馬鹿しい集まりに居続けないといけないとは。前の世界でも俺に媚びへつらってくる貴族たちとの会食は馬鹿馬鹿しいとは思っていたが、さらにそれを凌駕してくるとは。こいつら何も考えておらんのと変わりないではないか。
そんなことを考えていたらバスは監獄に着いたようだ。俺はお遊戯もそこそこに園内を走り回ることにした。なぜ走り回るかって?そりゃいまのままじゃ体力なさすぎるからね。体力作りに勤しんでいるわけですよ。
前の世界では剣を振ったり、魔法を練習したりとできたんだが、この地球という世界には魔法なんてものはないし、剣なぞを振る文化もない。
しかも剣などを振ってしまえば「じゅーとーほーいはん」で捕まってしまうこともあるらしい。いや実際に剣を振ったわけでもなければ、振っていいか聞いたわけでもない。ナイフを持っていただけで捕まったと「てれび」の「ほーどーにゅーす」で流れているのを見たからである。俺の世界ではナイフなんて持ってて当たり前で剣の代用にもなる…つまりナイフでダメなら剣もダメだろっていう俺の空気の読んだ考えによる結論である。
魔法については、そもそもこの世界に来てから「魔素」を感じられなくなったのが原因だ。前の世界では空気中にある魔素を体内に取り込んで変換すれば魔法は使える…だっけか?どうやらこの世界には魔素は存在しないらしい。また優希姉さんが持っている「らいとのべる」なる本にも「剣と魔法の世界」とはファンタジーの世界であるらしい。
俺としては赤ちゃんの時にお世話になった「ほにゅうびん」と「ミルク」や危うく「じゅーとーほーいはん」で捕まるのを阻止してくれた「てれび」のような魔道具があるこの世界の方がよっぽどファンタジーなのだが。
閑話休題
そんなことをかんがえながら園内を走っていると、俺のいるクラスを担当する女がしゃべりかけてきた。
「きょうくん、さすがだねー。お父さんみたいになりたいのかな?」
はぁ今日も昨日と同じこと聞いてきやがった。
この女、どうもプロ野球が好きでL.A.ブレイブスで1番打者やっている火神剛士…俺の父親である…も、日本にいた時からのファンだったらしい。火神剛士は俗にいう「野球の天才」らしく、1番打者ながら長打力もあり日本にいるとき4番打者だったらしい、しかも俊足で守備範囲も広く選球眼もいい。「セカンド」らしいのだが、なぜ1番打者や4番打者をやっていて「セカンド(2nd)」なのかは俺にはいまだに理解できていない。現在37歳で野球選手としてはベテランに入るのだがいまだ衰え知らずの名選手らしい。惜しむらくは渡米するのが4年前と遅く、もっと前に渡米していれば色々な大記録を打ち立てられたのではないかと言われていることだ。しかも俺としてはどうでもいいが、俺の父親かなりのイケメンらしい。まあせいぜい俺に遺伝して俺もイケメンになっていることを期待しよう。
「お姉さんはお姉さんで、お母さんそっくりの美人さんだし…先生は『格差社会』の壁の厚さを実感しているよぉ」
うむ、お前なぞ優希姉さんや亜実母さんと比べるだけおこがましいわ!
ナチュラルに『亜実母さん』と言ってしまったが、この『火神亜実』という女性は火神剛士に負けて劣らずの有名人なのである。
『火神亜実』という名前では通じない人もいるが『中根亜実』ではいろいろな人が「あー!あの亜美ちゃんか!」という反応になる。『中根亜実』は元アイドルである。歳は37歳(本人曰く『子供の前以外では永遠の17歳』)になり、16歳でデビューし20歳で優希姉が出来たので火神剛士と結婚し、そのすぐあとに優希姉を生んでから、アイドル業を廃業して女優の道、という人生を歩んでいるらしい。当初はアイドル時代からそのプロポーションと愛くるしい見た目で売っていたそうだが、俺を生むころには演技の才能を開花させ、「中根亜美は名女優」という芸能界の認識を作り上げたのだという。
さらりと書いたが20歳のアイドルが出来婚ですぐ出産というニュースは当時は大きく話題になったらしく、母さんは当時を振り返り、「お父さんも母さんもあの頃は若かったわー」と、優希姉に宣っていたとか。
そんなこんなで今まで聞かされた女達からの話を総合すると、俺は「プロ野球選手と名女優のサラブレッド」らしい。いや前世国王様を捕まえて「プロ野球選手と名女優の馬」というのはどうなんだ。俺の知る限りサラブレッドとは駿馬のことなのだが。この世界では違う意味でもあるのだろうか?まぁ前世が国王だから今をうらやましがられてたとしても俺にはあんまり自覚ないんだよなー。
とりあえず、両親に思いを馳せる女は放置して、まだまだ走り回る。どうやら物珍しさが抜けてきたのか、入園当初いろんな女が言い寄ってきたが、最近は「やんちゃ坊主だけど放っておいても怪我しない手のかからないお子様」の認識がついて、放置気味だ。
最近は「ゆうと」なるガキが暴虐とエロの限りを尽くしており、そいつに手を焼くことで手いっぱいらしい。
それにしても眠くなってきたな。もうそろそろ昼食からのお昼寝の時間か。ちょうどいい。さりげなく夜更かししているからしっかり寝させてもらおう。
4歳になってから「いんたーねっと」や優希姉や亜美母さんが使っている「さんこうしょ」なるもので、この世界の知識を吸収している。俺は魔法を使えなくなったが、前世で使えた3つの能力はまだ使えるようで、そのうちの2つ、「情報保存」と「並列思考」を使って夜遅くまで学習をしているのだ。「情報保存」は目に見える情報を瞬時に記憶し脳内に整理する能力で、「並列思考」、いくつもの思考の元、体を動かしたり物事を考える能力だ。これで左手は「ぱそこん」を操作して「ねっとさーふぃん」、右手で算数や簿記の勉強、などができるわけだ。最近はこの世界の調味料づくりにはまっている。醤油とかソースのおいしさに感動したからである。てかこの世界、特に日本の料理はクオリティの高い。それはもう前世で食ってきた宮廷料理よりも美味いと僕ぁ思う訳ですよ。
昼食が終わり、昼寝の時間だ。「ゆうと」が女たちの体を触るために大騒ぎしてやがる。内心顔を顰めたが、奴には関わらず俺はおとなしく寝ることにする。そんな中被害にあった女がこちらに近づいてきた。
「きょうくんはいい子だからね、今年のクリスマスはサンタさんが絶対来てくれるよ」
うん、こいつの言っていることは嘘だな。
なぜ、こんなにも簡単に嘘かわかったのかというと、「鑑定眼」なる能力のおかげである。この能力は、もともと相手の適性・不適性を確認できる能力だったのだが、「相手の発言の真贋を見破ることができる」という能力も持っているのだ。
前世では先の2つの能力と合わせて、名君として君臨していた。まぁ油断して普段から「鑑定眼」を使っていなかったから足元を掬われたのだが…気分が悪くなるので考えるのはよそう。それよりも昼寝だ。昨日も夜遅かったからな。カレー粉、前の世界でも作れるんじゃないだろうか?それは惜しいことしたな。カレーライスはこの世のものとは思えないほど絶品だというのに。
さて、お昼寝が終わったら、あとは優希姉の迎えを待つのみだな。うん早く優希姉に抱き付くのだ、ぐへへ。