魔導師ロウセイ
「まさか元帝国の筆頭魔導師がお医者さんだなんて想像もしてませんでしたよ」
「すみません。説明するのを忘れておりました」
「まあ、普通はわしがそんなことをしているなど誰も思わんじゃろうがな!」
などと言いながらロウセイと呼ばれた魔導師は高笑いする。
見た感じ働き盛りな壮年のオッサンと言った感じだが、身長が180近くあるうえにかなり筋肉質であるため第一印象だと魔導師というよりも武人という感じがしてしまう。
「なるほど。カーナイルの奴の推薦か。お前、名前は?」
「あ、クウヤと申します」
「クウヤか。噂に聞く炎鳥の飼い主とやらだな?」
そんな噂が立ってんのかよ。
「で、魔法を覚えたいとかいう話だったが、お前は魔法は全く使えないのか?」
「はい。俺にも魔法って使えますか?」
「わしに言わせれば使えん奴などおるはずがないわい」
などと自信満々に告げるオッサン。頼もしい限りである。
「どれ、まずは魔法というのがどんなもんか見せてやるか」
そう言うとロウセイは近くに座っていた獣人の元に歩み寄る。
言い忘れていたが、この村は獣人たちの村で、人族(人間のことをこの世界ではそう呼ぶらしい)は俺、ロウセイ、フィナリアの三人だけだ。
「よく見ておれ」
そう言うと、ロウセイは座っていた獣人の右足にその手をかざす。
見ればその獣人は右足にけがをしていた。
かと思うと、次の瞬間獣人の足にできていた傷が見る見るうちにふさがっていった。
「これが白魔法というものだ」
怪我が治ってしきりにお礼を言う獣人をなだめた後、ロウセイは俺にそんなことを説明してきた。
「今のが、魔法? 俺にも使えるんですか?」
「うむ。しかし昼のうちは患者が多いのでのう。
詳しい説明は夜になるが構わんか?」
「はい。でも、あの、何か手伝えることはありますか?」
「ん? そうじゃな。
なら重傷の患者から順に連れてくるように誘導してくれ」
「分かりました」
そう言って、俺はフィナリアと二人で患者の相手をしていた。
ロウセイは次から次へと患者を治療していた。
「にしてもすごい数の患者が来るものですね」
夜。晩御飯を食べながら俺はロウセイにそんな質問をした。
村人全員よりも人数が多いんじゃないかと思えるくらいの患者がやってきたような気がするのは気のせいではないだろう。
「ロウセイ様は無料で治療を行っています。
ですから、離れた村からでも治療をしてほしいといらっしゃる方が多いんですよ」
「そうなの!?」
フィナリアの説明に、俺は驚きロウセイの方を向いた。
「まあな。魔法ってのは使えば使うほどに上達する。
金を取ったら患者の方が減っちまうから練習にならん」
などと飯を食いながら豪快なことを言ってのける元帝国魔導師様。
そんな論法で治療費を無料にするとは…物質的なコストのかからない魔導師だからこそ出来る論法だな。
「逆を言うと、薬学とかにはあまり詳しくはないと?」
「わしは医者ではなく魔導師じゃからな!」
ガハハと快活に笑うロウセイに、俺はローブととんがり帽子でひげをたっぷり蓄えた魔導師というイメージがぶっ壊れていくのを感じた。
「さて、飯も食い終ったことじゃし、さっさとおっぱじめるとするか!」
そんなこんなで魔法の勉強が始まった。
「さて、まず魔法を使うのに必要なものはなんだ?」
「魔力です」
隣に座るフィナリアが即答した。
なぜか彼女も基礎講座を一緒に学ぶことになっているのだ。
「正解。ではその魔力という物はどういうものだ?」
「私達の体の中に生成される生命力。
というのが一般的に知られる魔力ですが、ロウセイ様の主張は違いましたよね?」
フィナリアの解答にロウセイはニンマリとその口元を曲げる。
「うむ。わしの見解では、魔力という物は大気や大地。
この世界の天地すべてに存在する無色の力だ。
と、クウヤ。お主ついてきておるか?」
「あ、はい」
「ご追従はいらん。本当についてきておるのか?」
こちらを真っ直ぐに見てくるロウセイに、俺は生返事をしたことを自覚する。
「すみません。実はよく分かりません」
「じゃろうな。反応を見るに、お主の場合魔力という物の概念が今一つ理解できておらん。まずはそこからじゃな」
そう言うとロウセイは顎髭を撫でながら少し考えた後に口を開いた。
「まずはわしの経歴と魔法についての基礎概念を説明しておこう。
魔法や魔力についてもそれで少しは理解できるだろう」
「ロウセイ様の経歴ですか? それはとても興味深いです」
俺の隣でフィナリアが目を輝かせている。
確かに興味深い。
帝国の筆頭魔導師と呼ばれた人がなぜこんなところで医者の真似事をしているのかという経緯に興味を覚える。
「では、どこから話そうかな」
そう言ってロウセイは自分の経歴を話し出した。
彼は元々人間界の中央に位置する最大の国家であるトルデリシア帝国の農民として生まれたらしい。
でもって成人するころにトルデリシア軍に徴兵されたんだとか。
生まれつき人並み以上に体格と体力が図抜けていたロウセイは、民兵上がりでありながら帝国軍最強の部隊に所属したのだとか。
「そんなロウセイさんがなんで魔導師に?」
「それはな」
俺の疑問に対してロウセイは説明を続けた。
どうもこの世界の武人というのは単純に武術を極めるだけでは頭打ちになるらしく、本物の武人となると魔法と武術の両方を修めるのが普通なんだとか。
特にトルデリシア帝国は人間界でも魔導師国家と呼ばれるほどに魔導師の数が多いらしいのでそれが普通だったのだとか。
「フィナリアの嬢ちゃんがいい例だろ?」
「……確かに」
フィナリアは剣術だけでも大概だったが、風魔法がそれをさらに昇華させているように見えた。
どう活かしているのか詳しくは知らないが、魔法と剣術の両方がなければフィナリアはベヘルにダメージを与えられなかったのではないだろうか?
「さて、話を続けるぞ」
でもってロウセイは魔法を身に付けるための修練を始めたらしいが、魔道を修めるのが意外にも性に合っていたらしく、気が付いたら帝国の筆頭魔導師になっていたんだとか。
「……ずいぶん話が飛びませんでしたか?」
「この辺りは瞑想、読書の日々じゃったからな。
聞いても面白くないと思うぞ?」
そんなことを言って、ロウセイの話は続く。
帝国の筆頭魔導師になったロウセイは魔導師の育成に力を入れていたのだが、その最中に一つの矛盾を抱いたんだとか。
それが先ほど言っていた魔力に関する基礎概念。
トルデリシア帝国では、魔力とは個人が体内で生成する生命力のようなものと表現しており、その生成量は個人差が大きいと考えられている。
しかしロウセイは感覚的にその説に対して違和感を覚え独自の研究を続けた結果、魔力とは大地に満ちているものであり、人が魔力を使えば大地に流れ出し、人の魔力が減れば大地から流れ込んでくると結論付けたのだ。
「思えばそれを公言したのがわしの人生の分岐点となったな」
髭をいじりながらロウセイは話を続けた。
彼の理論だと、魔法というのは先天的な才を必要とする者ではなく、後天的に習得できるものであり、使えば使うほどに上達するという物だった。
その論法を、ロウセイは実績を持って示した。
彼に弟子入りした者達は次から次へと魔力を伸ばし、魔法を身に付けて行ったのだとか。
しかしそこで一つのトラブルが発生したらしい。
トルデリシア帝国の伝統的主張に真正面から挑むロウセイに対して反対する勢力が現れたのだとか。
「わしは筆頭魔導師ではあったが、その上には魔道総帥がおった。
その魔道総帥とわしの意見がぶつかり合い、最終的にわしは帝国から追放されてしまったのじゃよ」
「そんな理由で?」
「わしにしても魔法を極めたいと思っていたので、下らん権力争いに嫌気がさしてもいたしの」
それからあちこちに流れ、現在はノストハイム領にて医者の真似事をするに至るのだとか。
「というのがわしのこれまでの歩みじゃな」
「……壮絶、ですね」
魔道を極めようとした結果として生まれた国から追放されたのか。
もしこの経歴が確かなら魔法の腕は確かなのだろう。
「まあそういうわけじゃ。
クウヤよ。魔法が使えぬ人間などおらん。必ず使える。まずそこを疑うなよ」
「はい!」
思わずそんな返事をしていた。
目の前にいる魔導師らしからぬ偉丈夫に押されて魔法が使えるという確信が芽生えてくるから不思議なものだ。
「いい返事だ。では、明日の朝から早速修練を始めるぞ」
そう言われ、今日はお開きとなった。
魔法が使えるのか。ワクワクしてきたな。
同時刻。魔界にて。
ベヘルは魔界に帰還を果たしていた。
大森林内を突破しようとすればただでは済まないので、ワイバーンを乗りつぶして大森林の上空を飛び越えてきたのだ。
しかし広大な大森林を横断するのは並外れた体力を持つ竜種であってもほぼ不可能。
案の定、ベヘルを運んでいたワイバーンは途中で力尽き、大森林内にて狂暴な植物どもの餌食となる。
ベヘルはワイバーンが力尽きた地点から大森林を力ずくで突破してきたのだ。
「戻ったか」
大森林を突破して魔界に帰還したベヘルを一人の男が迎えた。
「は、ただ今戻りました。シャクト様」
自分を出迎えた男にベヘルは片膝をついて跪いた。
「人間界はどうだった?」
「はい。緑と生命力にあふれた大地で、人族たちは飢餓におびえることもなく日々を過ごしている模様でした」
ベヘルの報告に、シャクトは魔界を見渡す。
そこには草木一本生えることのない灰色の焦土がただ広がっていた。
「そのような大地に住む人族は、強かったか?」
シャクトの質問に、ベヘルは首を横に振った。
「我々とは比べるまでもありません。
集落の一つや二つでよければ私程度でも何の問題もなく落とせるでしょう。ただ…」
そこでベヘルは一度言葉を切った。
「数名ほど目を見張るような強者が存在していました」
「ほう? お前が梃子摺るほどの強者が人間界にいたと?」
「はい。あくまで私が偵察した限りではありますが」
ベヘルの言葉に、シャクトは笑みを浮かべた。
「なるほど。さすがにわれら魔族を5000年にもわたってこの焦土に閉じ込めた種族だけのことはあるということか。
で、もう一つの目的は果たせたのか?」
シャクトの質問に、ベヘルは首肯する。
「はい。予定通り、イルアムは人間界に送り込むことに成功しました。
いずれイファール様の元へと連絡が入ることでしょう」
「よくやった。早速報告に上がるぞ」
「は!」
そう答え、ベヘルは立ち上がりシャクトと共に歩みだした。
歩みながらシャクトは一度だけ大森林の方を向いた。
否、その視線は大森林の彼方にある肥沃な大地を見ていた。
「人間界、か」
そう呟き、シャクトは部下のベヘルを連れて魔界の奥地へ向かっていった。
突如はじまりました説明会!
なるべくだらだら話を進めないようにとして却って強引になってしまったような……
ま、素人の書いた作品と笑い飛ばしてください^^
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