魔界という存在 ラフ地図あり
「いやいや。大手柄でしたなクウヤ殿」
フィナリアと一緒にファーレンベルクに乗って領主の館まで帰ってきた俺は、再びカーナイルから熱烈な歓迎を受けていた。
「結局俺は何もしていないんですが?」
「いえいえ。クウヤ殿がいなければ今回の一件は解決できませんでした」
「その通りです。謙遜なさらずに、少しは誇られてもいいかと思いますよ」
二人にそう言われてなおも肩を竦めるしかない俺。
実際ファーレンベルクがいなかったらただの一般市民だもん。
そろそろ手に職付けないと本気でヤバイと思いだしてしまう。なんか世界を救うとかいう目的から離れているような気がするが、ファーレンベルクがいるだけで無職無技能なのはいくらなんでも不味いだろう。
というか本当にこの世界って滅びの危機に瀕しているのか?
「ところで、ベヘルの奴はあれで大丈夫なんでしょうか?」
撤退していった竜人について、俺は言及してみる。
「ええ。恐らくは問題ありません」
「どうしてですか?」
「かの者は魔界に戻ると言っていました。いくら竜人と言えど、そう簡単に人間界に侵入することはできません。恐らくしばらく猶予ができると思います」
俺の疑問にそう返答するフィナリア。
しかしこの世界の事情を知らない俺の方は全く安心できない。
「まだ不安がおありのようですね。詳しく説明いたしましょう」
そう言うと、カーナイルは召使を呼び出して何かを持ってこさせた。
「フィナリアさん。地図を貸すのでクウヤ殿に説明してもらえますか?」
「分かりました。クウヤ様。まずは地図を見てもらえますか?」
そう言われて、俺は目の前に広げられたそれを確認する。
「これは?」
「この大陸の地図です。私たちの領地はリスタコメントスという国の東に位置しています」
そう言ってフィナリアはリスタコメントスと書かれた国の右端の方を指さした。
「……この魔界っていうのが、ベヘルの言っていた?」
「はい。魔界には魔族という種族が生息しているんです。大陸の東側が魔界。そして大陸の西側が人間界と呼ばれています」
たぶんこれも一般常識なんだろうが、二人は俺が世間知らずであることを理解してくれているのか、面倒くさがらずに説明してくれる。
「魔族ってのは、人間界に出没するものなんですか?」
「いいえ。そんなことはまずあり得ません」
「それはまたどうして?」
「見てわかるかと思いますが、魔界と人間界には北の大山脈と南の大森林によって分断されております。この二か所は大陸でも群を抜く危険地帯ですので、魔族と言えどもそう簡単に人間界に侵入することはできません」
「となると、この真ん中のシェルビエントってところはどうなるんですか?」
「シェルビエントは、魔族から人間界を守るための独立戦闘国家です。この国が魔族の突破を許したことはありません」
「それってどのくらいの期間ですか?」
「およそ5000年と聞いています」
「5000年!?」
言われて再び地図を凝視する。
大山脈と大森林に南北を挟まれたシェルビエントという国は他の国とは比べられない位に小規模な国だが、話の通りで大森林と大山脈が危険地帯であれば魔族が人間界に行こうと思えばここを通らなければならなくなる。
それを5000年間も食い止めるとは、恐ろしい話である。
「あれ? だとすると今回ベヘルはどこから入ってきたってことになるんですか?」
俺の問いに、フィナリアは大森林を指さした。
「おそらくですが、大森林を突破してきたのだと思います」
「……突破できるんですか?」
「あれほどの能力があれば、絶対無理とは言い切れませんね」
……大森林ってのはベヘルくらいの強さがあっても絶対突破できると言い切れないような危険地帯なのかよと突っ込みたくなったが、それを言い出すと話が進まなそうなので飲み込んだ。
「ベヘルは魔界に戻ると言って平原からまっすぐ東に飛び去って行きました。となれば、大森林を突破して魔界へ帰還するつもりだったのでしょう」
「ってことはまた魔界から攻め込めるってことなんじゃないんですか?」
「その可能性は否定できませんが、あの大森林という場所は私でも生きては帰れない魔境です。いくら魔族と言えどもただで済むとは思えません」
「……どんだけヤバイ場所なんですか」
フィナリアが生きて帰れないと断言するような危険地帯であるならベヘルでも突破は困難だろう。というか無理がないか?
案外、ベヘルが暗躍するにとどまっていたのは大森林を突破するときに体力を消耗しまくっていたからだったりするんだろうか?
「魔族が人間界に出没したのは初めての事なので警戒する必要があるのは確かです。ですが、こんな問題は私たち一領地で済ませられる問題ではありません。すでに各地に報告を上げているので、私達の管轄からは外れるでしょう」
フィナリアの説明に俺は何となく納得する。
話の流れからして5000年間もの間魔族は人間界に現れなかった。しかしそれが突如現れた。
確かにこんな問題は地方領主の手には余るだろう。
「ですから当面は魔族に対して警戒を怠らないようにすること以外に私たちにできることが無いので、必要以上に身構えても仕方がありません」
「…まあ、それもそうなのか?」
フィナリアの説明に首をかしげながらも納得するしかない俺に今度はカーナイルが話しかけてきた。
「ところでクウヤ殿はこれからどうされる御予定で?」
「ああ、いえ、特に決めてはいないんですが…」
「でしたら魔族と戦うことになるやもしれませぬし、私の食客となっていただけませんかな?」
「食客? やとわれ用心棒になれと?」
「はい。こんな事態ですし、クウヤ殿がいてくだされば心強いですので」
などと言ってくるカーナイルに、俺は一つ腕組みをして考える。
「一つ、いいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「魔法の勉強をさせてもらえませんか?」
目の前でフィナリアの魔法を見ていたので軽くあこがれ何となく口にした一言だったのだが、カーナイルは『ファーレンベルク殿を連れていながら魔法を学びたいとは! その向上心に感服いたしました!』とか言っていきなり紹介状を書きだした。
実際ファーレンベルクにおんぶにだっこという現状に嫌気がさしつつもあったのだがな。
「で、カーナイルさんの知っている中で一番の魔導師がここにいると?」
「はい。正確には大陸内でも五指に入るほどの腕前だと聞いています」
俺の質問によどみなく答えるフィナリア。
カーナイルが紹介状を書き終わったのち、二人でファーレンベルクに乗りながらやってきた村にその魔導師がいるんだとか。
「で、フィナリアさんは俺と一緒に来てもいいんですか?」
「むしろ、クウヤ様と一緒にいろとカーナイル様からは仰せつかっております」
「なんで!?」
あの爺さんフィナリアほどの腕利きなしで魔族対策をするつもりなのか?
「連絡には水晶を使えばいいですし、神鳥様がいなければどこにいても遅れてしまいますから」
「……なるほどね」
有事の際は存分に扱う気満々なカーナイルに『抜け目ないなー』と適当な評価を下し、俺はフィナリアの案内に従う。
「ん? というとフィナリアさんも一緒に魔法の勉強をするんですか?」
「ええ。こんな時でもないとゆっくり魔法を学ぶ機会もないので」
正直言ってフィナリアほどに魔法が使えれば文句はないと思うのだが、彼女から見るとまだまだらしい。というかこれから出会う魔導師とやらはフィナリアよりもすごい魔導師ということになるのか?
気になって質問してみたところ。
「私程度の魔法では足元にも及びませんよ」
という返事が返ってきた。
「フィナリアさんよりも強い魔法なんて想像もつきませんよ」
「私よりもすごいかたなんていくらでもいます。私も若輩者ですから」
などと謙虚なことを言うフィナリアは、唐突に歩きながら俺の顔を覗き込んできた。
「……なんでしょうか?」
突然のことでドギマギする。
まだ出会ってから数日間の付き合いなのでこういう行動をされるとびっくりする。
「いえ。クウヤ様は、無理してそんな口調をなされているのかと思いまして」
「へ? どうしてそんなことを?」
俺は基本的に初対面の人には敬語を使う。
下手に波風立てない方がいいというのが共通認識だからだ。
「先日、ベヘルにやられたときに私のことを呼び捨てにしてましたよね?」
そう言われて俺はベヘルの時の一件を思い出す。うん。確かに言っていた。
「すいません。気を悪くしましたか?」
「いえ、逆です。クウヤ様にとってはあの時のしゃべり方が普通なのかと思いまして」
「それはまたどうして?」
「人は緊急の時ほど本心が出るからです。それに神鳥様と私達では言葉使いを変えていましたから」
そう言われて俺はぐうの音も出なかった。
確かに俺の本性はファーレンベルクに命令をしているときのような感じではある。とはいえTPOを真っ先に叩き込まれる日本で育った俺はとりあえず波風立てないように敬語を使うように心掛けているのだ。
「私相手に気遣いは無用ですから、どうか話しやすいように話していただけませんか?」
「いえ、それは構わないんですが……」
「何か問題でもありますか?」
問題はない。無いのだが。
「その、フィナリアさんの口調に連れられてしまうので……」
基本的に長いものには巻かれろで育ってきた俺だ。相手の口調や立場によって話し方を変えることが多い。
んでもってフィナリアみたいに育ちのいいお嬢さまのような人とは知り合った経験がないので自然と敬語になってしまうのだ。
「そうでしたか。では、どうすればいいでしょうか?」
「そうですねー。まずは様付をやめた方がいいと思いますが?」
うん。いつまでも様付で呼ばれるとよくない気がする。
「えっと、クウヤ様ではなく…では、クウヤさんと」
「それで行きましょう」
「では、私のことはフィナリアと」
「…了解。善処します」
そんなくだらない会話をしながら村を歩く。ちなみに俺たちの後ろをファーレンベルクがチョコチョコと(巨体なのでノシノシと言い換えていいかもしれないが)ついてきているので村人たちはまた人それぞれの反応を示している。
しかしフィナリアがいると分かると途端に警戒心だけはある程度解くのだ。
かなり信頼されているのだろう。
「ところでその魔導師、名前はなんていうんですか?」
「ロウセイ様です。元々帝国の筆頭魔導師だったらしいのですが、いろいろあって今はこのような辺境にいるらしいのです」
「……帝国の筆頭魔導師?」
なんかとんでもない経歴の持ち主だな。
「私もお会いするのは久しぶりなので楽しみです。あ、見えてきましたね」
フィナリアがそういうと、そこには何やらけが人がたむろしている一角が見えてきた。
「えっと、どちらがその魔導師さまで?」
「あちらの方ですね」
そう言ってフィナリアはせっせとけが人たちの面倒を見ているひとりのオッサンの方に歩み寄っていった。
あのオッサンがロウセイという人物らしい。
「お久しぶりですロウセイ様」
「ん? おお、フィナリアか? 久しぶりだな。元気だったか?」
フィナリアの姿を確認すると、ロウセイと呼ばれたその人物が立ち上がった。
デカい。
身長は俺よりも頭一つ分は上だろうか。
その長身を覆う全身は、おおよそ魔導師とは思えないほどに鍛え上げられているように見える。
「そちらの方は?」
そんな巨漢の魔導師様は、俺を見てそんなことを問う。
それに対し、フィナリアが俺の紹介をしてくれた。
「こちらはクウヤさんです。カーナイル様の食客で、ロウセイ様の元で魔法を学びたいと考えておられます」
そう言ってフィナリアがカーナイルから預かっていた手紙を渡した。
その手紙を一瞥し、ロウセイ氏は俺を一瞥した。
「そうか、カーナイル殿が推薦されたのであれば無下にも出来まい」
そう言って、俺はロウセイというオッサンの元で魔法の勉強をすることとなった。
……本音を言えばフィナリアに教えてほしかったが。
地図のラフ画が入っています。
物語の関係上そこそこ地形が重要になってきますので、ご参考までによろしくお願いします!
……ヘッタクソな作りですみません。
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