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吸血皇王

 魔王と超人たちがぶつかりあう数日前、フィナリアから魔族の群れが帝都へ向かっていると聞いたクウヤは、フィナリアと共にファーレンベルクにまたがりトルデリシア東部とシェルビエントの調査に出向いていた。


 結果、シェルビエントの砦も街も破壊されており、明確なまでに魔族が通過した痕跡があった。


「でも、魔族はいないな」


「はい。恐らく、すでに帝都へ向かっているのでしょう」


「ならなんでリスタコメントスに向かってくる一団がいたんだ?」


「おそらくですが、本隊の指示に従わずに勝手な行動をとった一団ではないでしょうか?」


「確かに」


 言われて俺も思い至る。

 俺たちが迎撃した魔族たちはベヘルよりも数段格下だったためフィナリアでも十分に相手をすることができていた。


 おまけに統率もへったくれもない獣の群れと言った感じで、明らかにフィナリアを上回っている身体能力を、兵士たちの連携やフィナリアの技量で封じられていた。


 人間界への侵略目的で部隊をいくつかに分けるなら、その戦力が極端に偏るのはおかしい。

 少なくとも、ベヘルクラスの化け物が数名はいてもおかしくないはずだ。


 カーナイルから聞いた話だとシェルビエントを襲撃した魔族は単身だったらしい。

 それが事実かどうかは置いておくとして、先日自分たちが戦った魔族たちは、身体能力こそ優れていたがとてもシェルビエントの砦を破壊できるほどには見えなかった。


 ということはフィナリアの推測で間違いないだろう。

 ファーレンベルクで探索した限り、リスタコメントス方面に向かってくる魔族はもういない。


「今帝都に向かっている本隊は、やっぱり強いんだろうな」


「むしろ、先日戦った相手を魔族と考えない方がいいかもしれません」


 フィナリアの手厳しい考え方に俺は苦笑する。

 彼女にとっての魔族というのはベヘルクラスの怪物を指しているようだが、あんな奴らが何百人もやってくればそれこそ人間界の破滅だろう。


 俺たちが蹴散らした魔族も決して弱いわけではない。

 事実、というかファーレンベルクとフィナリアがいなければリスタコメントス軍は魔族に殲滅されていたことだろう。


 魔族は決して侮っていい相手ではない。

 そして、今帝都に向かっている本隊は間違いなくベヘルクラスかそれ以上の怪物が混じっていることだろう。


「フィナリア。どう思う?」


「なにが、でしょうか?」


「俺は、帝都へ行くべきだと思う?」


 俺の質問に、フィナリアは顎に手を当てて少し考え込んでいた。

 

「クウヤさんはどうしたいんですか?」


「……分からないから聞いてるんだ」


 魔族が人間界に侵攻してきたのなら、ファーレンベルクの力は必要になってくるだろう。

 女神レンシアから貸し与えられた神鳥は、未だに底知れない戦闘能力を有している。


 しかし、魔族がほかに何かをたくらんでいるとも限らない。

 本隊を囮に、別働隊が控えている可能性もゼロではないのだ。

 そして、俺が抜けた状態で魔族が襲撃をかけてくれば間違いなくリスタコメントスは破られる。

 ベヘル一人が相手であっても厳しすぎるものがあるだろう。


 そんな思考が、俺を迷わせていた。


「それは、嘘ですね」

 

 しかし、フィナリアはそんな俺になんの迷いもなくそう断言した。


「どうして嘘だと?」


「普通の方は危険な場所に行くことを考えません。

 たとえ行けたとしてもです。

 クウヤさんは帝都に行くべきかどうか迷っています。

 それは、今最も危険に瀕している帝都へ向かいたいと思っていなければ、思うことも出来ない選択です」


 なんに躊躇もなくそう宣言するフィナリアに、俺は頭を掻きながら答える。


「……それも師匠の受け売り?」


「ばれましたか♪」


 俺がそう答えると、フィナリアは彼女にしては珍しくいたずらっぽく舌を出して微笑んだ。


「昔私が迷っていた時に師匠がそう言ってくれたんです。

『自分がどこに行きたいのかを自分の心に聞くこと。

 立場や、しがらみに目を曇らせずに、自分の魂の叫びに耳を傾けること。

 迷った時は、何よりもその魂の叫びに耳を傾けなさい』と。

 クウヤさんは、どうですか?」


 フィナリアに言われ、俺は目を閉じて考える。

 立場やしがらみに目を曇らせず、か。

 もし、俺がフィナリアやリスタコメントスを守ろうとしなかったら、どう結論付けるだろうか?


「……行きたい、と思う、な」


 俺がこの世界に来たのは、俺が生きるためにこの世界の滅びの因果とやらを解かなければならない。


 滅びの因果。

 俺の適当な推測でしかないが、こんなことをしでかす魔族は、恐らくそれに何かしらの形で関わっているはずだ。


 俺は未だにこの世界の事も、滅びの因果がなんなのかも、これから何をするべきなのかも、何もわからない。

 だから、その滅びの因果に関わる何かを知る必要がある。

 ゆえに、滅びにかかわるであろうこの戦争に、加わる必要がある。


 そう思って答えた俺に、フィナリアは先ほどの悪戯っぽい笑みではなく、にこりと淑やかにほほ笑んだ。


「行ってきてくださいクウヤさん。

 リスタコメントスは私が守ります」

 

「俺…じゃなくて、ファーレンベルクがいなくても大丈夫なのか?」


「大丈夫ではないかもしれません。

 だから、必ず無事に帰ってきてください」

 

 そう言って、フィナリアは俺に右手を差し出してきた。


「分かった。すぐに戻る」


 そう言って、俺はフィナリアの手を握り返した。










 それから今。

 フィナリアをリスタコメントス付近の町に下ろし、聞いた方角を頼りにファーレンベルクにまたがり帝都へ向かう俺は、その道中で奇妙なものをいくつか見つけた。


「な、なんだこれ」

 

 まず一つ目は地面に倒れ伏した大量の兵士。

 それも並みの人数ではない。

 ファーレンベルクに乗って上空から確認しているにもかかわらず、その人の群れがどこまで続いているのか見当がつかなかった。


 助けようかとも思ったが、どう考えても俺一人では手が足りない。

 千や二千、いや、万単位で転がっているかもしれない人を助けたければどう考えても人手を呼ばなければならない。


「となれば、人里を探すべきかもしれないんだが…」


 あれだけの大軍を倒せるとなると、恐らく魔族の本隊の仕業だと考えるのが妥当。

 となると、この惨状を作り出した何者かに対処をしなければこの惨状はさらに広がることになる。


「魔族は西に向かっているって話だったな」


 そうつぶやき、俺はファーレンベルクに指示して西に向かい、俺はさらに驚愕の光景を目の当たりにした。


 悪魔の群れ。

 俺の眼下には、そうとしか呼べない者達がいた。

 一目見てわかる異形なその者達は、しかしその大半が倒れ伏していた。


 腕が飛んだもの、足を亡くしたもの、真っ二つに裂けたもの。

 多種多様ではあるが、そのほとんどが一目見てわかるほど明確に絶命していた。


 だが、俺の目にその光景はほとんど移っていなかった。

 俺の目に飛び込んできたのは、眼下にて魔族の一人が倒れ伏した何者かに極めて凶悪な魔法を放とうとしている光景だった。


「ファーレンベルク。あの魔法を妨害しろ!」


 俺の指示に、ファーレンベルクはコクリと頷き、珍しく大きく息を吸い込むようなそぶりを見せた。


 直後、ファーレンベルクの口から一本の熱線が放たれた。

 ファーレンベルクの放った熱線は、瞬きするほどの一瞬で漆黒の魔力を蓄えていた魔族の右腕ごと焼き切った。


(うぉ。まだこんな隠し玉があったのかよ)

 

 内心で驚く俺だが、今が驚いている状況ではないのは百も承知だ。

 ファーレンベルクの一撃で魔族の腕が吹っ飛んだが、未だにその足元で倒れている人が危険なのだ。


「ファーレンベルク! しばらくあの魔族を足止めしてくれ!」


「ピュァァァアアアアア!!!!」


 大きく嘶き、ファーレンベルクは一度大きく羽ばたきながら魔族に向かって突撃していく。

 魔族はそれをよけようともせずに正面から受け止める。


 結果、10mほど地面をえぐり後退しながらも、魔族はファーレンベルクの突撃を止めて見せた。


「よっと」


 突撃が止まった隙に、俺はファーレンベルクの背中から飛び降り、先ほどまで倒れ込んでいた人の元へ走り寄る。

 手にはすでに白魔法を発動させるための魔力を蓄えていたので、触れた瞬間にその魔力を開放する。


 本来であればこの方法はあまり有効な方法ではない。

 怪我によって処方する薬を変えるように、白魔法も症状や怪我の仕方に応じてその使い方を変えないと効力が激減してしまうのだ。

 

 しかし今は緊急の時。

 癒しの力を持つ白魔法は、使い方を微調整することでその効力を増幅させるが、単純に力任せに魔力を流し込むだけでもある程度の効果が出せる。

 

 力任せこの上ないやり方だが、力任せの応急処置ともいえるこの方法は緊急時の戦場においてはかなり有効なのだ。

 ロウセイの元で白魔法を学ぶ際に叩き込まれた法則の一つである。


「貴様。何をしている」


 目の前の人を治療している最中、一人の魔族が…否。

 一匹の悪魔が俺の目の前に現れた。


「余計なことするな! 死ねえぃ!」


 そう告げ、悪魔はその腕を振り下ろした。

 

 迂闊だった。

 俺には戦闘能力などというものはない。

 おそらくは魔族の一人であろう目の前の悪魔にさえも、勝つことはおろか時間稼ぎをすることも出来ないのだ。

 

 この場に居る魔族は、俺たちが蹴散らした命令を聞かないような雑魚ではない。

 威圧感や眼光ひとつとっても明らかに格が違う。

 そんな化け物たちが群れる巣窟に、俺はノコノコと歩みこんでしまったのだ。


 死ぬと思った。

 しかし、突如振り下ろされていた悪魔の腕の、ひじから先がなくなった。


「な……」


 何かを言おうとした悪魔が、そのまま縦に真っ二つになる。

 何が起こったのかと呆気にとられる俺は、先ほどまで倒れていた人が目の前で立ち上がって右手に長太刀を手にしていることに気が付いた。


(い、いつ振り抜いたってんだ!?)


 日本刀のように反り返った美しい刀を持つその男が先ほどの悪魔を切り伏せたのは疑う余地もない。

 しかしだ、その太刀筋が…というよりいつ切ったのかすら全く見えなかった。


 本物の剣術というものを見た経験などないが、あっという間に魔族を仕留める腕前と、文字通り目にもとまらぬ早業を披露してくれた目の前の剣士に、俺は憧憬の念を抱いた。


「あ、ありがとう、ございます」


「……おかしなことを言うやつだな。

 助けられたのは俺の方なのだから、礼を言うのは俺の方だと思うが?」


 目の前の剣士は剣を構えながらそんなことを口にした。


「まだ応急処置の途中です。少しじっとしていてもらえますか?」


「相手次第だな。悪魔どもが動けば応戦する」


 そう言って、剣士はまだ生存している悪魔たちの方を睨む。

 その眼光に、悪魔たちは目に見えて怯んでいた。


「……これをやったのはあなたですか?」


「そうだ。だが、あの怪鳥と戦っている魔王に邪魔をされた」


 治療をしながら、俺は後ろを振り返る。

 剣士が魔王と呼んだのは、間違いなく先ほどファーレンベルクが右腕を焼き飛ばしたあの魔族だ。

 

 明らかにフィナリアをぶっちぎっている剣術の使い手を追い詰めたのであるから、それも納得のいく話ではある。

 現在はどういうわけかファーレンベルクとにらみ合っているが。


(しかし、この人もこの人で化け物かよ)


 白魔法を発動させ続けながら、俺はそんなことを考えていた。

 先ほどから燃費無視で白魔法をかけているのだが、かなり厄介なものに侵されているせいか魔法の効きがかなり悪い。

 俺の主観だが、今のこの人の状態は、全快時の3割程度と言ったところだろう。

 だというのに魔族を一人、事もなく屠って見せたのだ。

 

 実際はどうか知らないが、まともな魔族が相手であればこの程度と言った感じで屠ってのけることができる存在なのだ。

 

「もういいぞ。十分だ」


 回復量が5割に差し掛かったあたりで、剣士が俺にそういった。


「まだ全く回復し切っていませんが?」


「全力で戦うのは厳しいが、とりあえずはこれでいい。

 この手のダメージは回復までに時間がかかる。立てるだけで十分だ」


 どうやら自分の状態をよく把握しているらしい。

 だとしたら戦いの素人である俺がしゃしゃり出るのは逆効果というものだろう。


「俺はトリストス。お前は?」


「クウヤです」


「クウヤか。一つ聞きたい。お前の連れているあの鳥はなんだ?」


 悪魔たちに対しての警戒を一切怠らず、トリストスと名乗った剣士は俺にそう問いかけた。


「ファーレンベルク。俺の相棒です」


 短くそう告げた俺に、トリストスは視線も表情も変えないまましばし黙した。


「なら、お前の指示は聞くんだな?」


「はい」

 

「なら、まず先にあいつを仕留める。手伝え」


「何をすれば?」


「俺が奴を仕留める。その隙にあの鳥の攻撃で焼き尽くせ」


 いまいち言っている意味が分からないが、確認するのも時間の無駄と頷く。

 仕留めるのならファーレンベルクで追撃する必要もなさそうだが、何か理由があるのではないかと結論付けて頷いた。


「よし。なら行くぞクウヤ」


「え? 俺も?」


「何を呆けている。お前一人ここに残れば悪魔どもに襲われるぞ」


「あ!!」


 言われて俺は気が付いた。


「お供します!」


「……まあ、いい。行くぞ」


 何か言いたそうなトリストスは、その言葉を飲み込んで駆け出した。


「ちょ!」


 早すぎるって!

 全力疾走で追いすがるが、見る見るうちに引き離される。


「行くぞ! 吸血皇王ヴィラルド!」


「ほう? わが瘴気を浄化するとは、いいぞ! わしを滅して見せろ人間!!」


 ファーレンベルクとにらみ合いをしていたヴィラルドが、トリストスの様子を見てそちらに向き直る。

 そのマントの中から無数の蝙蝠が生み出された。


「雑魚に用はない!」


 トリストスがそう宣言すると、彼に群がっていた蝙蝠たちがすべて真っ二つになった。

 相変わらず俺にはいつ剣が振るわれたのかすら見て取れない。


「いいぞ。いいぞいいぞ! そうでなくてはな、人間!」


 魔王がそう宣言すると、残った腕の爪が伸びた。

 肉薄するトリストスの長刀と、魔王の爪が激突した。


「ファーレンベルク。あいつが倒れたら、お前の炎で焼き尽くしてくれ」


「ピア!」


 頷くファーレンベルクの足元で、俺は二人の戦いを眺める。

 二人とも早すぎて、何をしているのか全く分からなかったが、俺は瞬きひとつせずに見届けなければならないと思った。







 好機。

 その一つの一念でトリストスはその身を動かしていた。


 目の前の魔王は不死身だ。

 殺せど殺せどもよみがえり、殺すたびに周囲に瘴気を振りまくこの魔王は、自分にとって極めて相性が悪い。

 

 しかし、今一つだけ勝機が見えた。

 どういうわけか、この魔王は隻腕のまま自分と戦っている。

 

 気まぐれと言えばそこまでだが、もしそれが何かしらの理由で再生できないのであれば話が異なってくる。

 そもそも戦場において腕を再生させない理由がない。


 おそらく原因はクウヤがファーレンベルクと呼んでいた鳥の攻撃を受けたせいだとトリストスは当たりをつける。

 それは、あの鳥が吐いた熱線が通過したのちに自分の周りの瘴気が薄れたことが間接的に立証している。


「ヴィラルド。滅ぼされたいとお前は言ったな。

 なら、その願いをかなえてやる」


「面白い。ぜひやって見せてくれ、人間!」


 ヴィラルドがそう言うと、突如残った手に生えていた爪が伸びた。

 ヴィラルドはそのまま伸びた爪をふり下ろす。

 トリストスは咄嗟に回避したが、その眼前で爪が大きく大地をえぐる。

 まともに受ければ自分でも一瞬で肉片となるのは間違いないだろう。


「はああ!」


 再び横なぎに振るわれるヴィラルドの爪の軌道を、トリストスは正確に読み切り、爪の軌道に対して下方から刀を当てその軌道を逸らす。

 身の毛もよだつような轟音と共にヴィラルドの爪は空気を切り裂いたが、トリストスに軌道を逸らされ空振りに終わる。


『八閃!』


 その一瞬のすきを突き懐に潜り込み、トリストスはその刃を瞬時に八度振るった。


「今だクウヤ!」


 その宣言に、ファーレンベルクと呼ばれた鳥がその口から火炎を放つ。

 飛び退ったトリストスの目の前でヴィラルドの体が焼き尽くされる。


「……やったか?」


 その肉片から瘴気が漏れ出ていたが、その瘴気も炎に焼き尽くされる。

 これでダメであれば、そう考えたトリストスの目の前で炎の中で何かが大きく爆ぜた。


「ぐぅ!」


 その爆発に巻き込まれ、トリストスは大きく吹き飛ばされた。

 地面に叩き付けられながらも体勢を立て直し、爆心地を見たトリストスの目に一つの影が映った。


「……ヴィラルド」


 つぶやくトリストスの目の前には、五体満足の吸血皇王が立っていた。

 あの炎鳥の攻撃ならばと思ったが、その攻撃を受けてなおヴィラルドは健在だったのだ。


「見事だ、人間」


 ところが、ヴィラルドはそう呟くと同時にどさりと倒れ込んだ。


「……肉片にした上で焼き尽くしたはずなんだが、どんな体をしているんだお前は?」


「フハハ。瘴気の塊であるわしに肉体などいくらでも再生できる陽炎のようなものだった。

 だが、その瘴気が焼き尽くされたせいで、なくしたはずの本体が引きずり出されてしまった」


 そう言ってヴィラルドは満足そうに笑っていた。


「お前、死ぬのか?」


「ああ。これでようやく眠りにつける。

 長き倦怠は、お前たちのおかげで終わりになった。感謝している」


 後ろから足音が聞こえる。

 クウヤとファーレンベルクがやってきた。

 ヴィラルドはクウヤと、ファーレンベルクを見やった。


「聖なる霊鳥か。なるほど。わしの瘴気が浄化されるはずだ」


「……!」


 自分の後ろに立つクウヤが息をのんだようだったが、トリストスはそのことを気に止めるつもりはなかった。


「……最後に、言い残すことはあるか?」


「ふむ。そうさな。出来れば、お主の血を吸ってみたかったのう」


 吸血鬼らしい一言に、トリストスは苦笑しながら自らの腕に刃を当てた。


「何のつもりかな?」


「飲んでみたかったんだろ。俺の血を」


 そう言ってトリストスは腕から滴る血がヴィラルドの口元に落ちるように歩み寄った。

 ヴィラルドの口に血が滴り落ち、吸血鬼はその血を嚥下した。


「……美味い。これほど美味い血はいつ以来だ」


「喜んでくれたなら、幸いだ」


 トリストスの言葉に、ヴィラルドは倒れたまま首をかしげた。


「お主、なぜわしにこんなことをする。わしはお主の敵だぞ?」


「魔界ではどうか知らないが、フォルシアンの武士は死闘を演じた相手のことを友って呼ぶんだよ」

 

 トリストスの一言を聞き、ヴィラルドは幾度か「友」という言葉を口にした。


「ふ、ははは、友か、そんな理由で、わしの願いをかなえたと?」


「たまたまだ。まあ、友の旅路に、餞別の一つも送ろうと思っただけの事だ」


 トリストスの言葉に、ヴィラルドは再び笑い声を上げる。


「その武でもって我が願いを叶え、その血でもって我が渇きを癒し、その義でもって我が友となるか。見事だ人間。この戦い。わしの完敗だ」


「抜かせ。初めっから殺される気で戦っていたくせに」


 トリストスの容赦ない一言に、ヴィラルドは再度笑った。


「ハハハ。済まぬな。何しろ3000年も生きてしまった故、生き飽きていたのだ。

 魔界にはわしと敵対する者もいなかった。

 だから久しく戦えた好手敵に対して、わしものぼせ上ったのかもしれぬな」


「……いずれあの世で続きをやろう。その時は手加減するなよ」


「ああ。友との約束だ。それと」


 一度言葉を区切った吸血皇王は、先ほど自分を滅ぼした巨鳥と、その足元にいる一人の青年の方を向いた。


「わしを仕留めたもう一人の友と、その眷族。

 分かっているとは思うが、あの者達は普通ではない。

 恐らく、あ奴らは望もうと望むまいと関係なくいばらの道を歩むことになる」


「それがどうした?」


「いや、ただの独り言だ」


「…そうか」


「ああ。友に残す、わしからの、な」


 その言葉を最後に、吸血皇王の体は灰となっていった。

 3000年もの間を生きた魔界最古の不死身の魔王は、人間界にてその最後を迎えた。


あっさり退場してしまった魔王の一角に物申したい!

と言いたいのは作者も同様なのですが

お話の流れ上吸血皇王はここで死なないといけないんです。

さようならヴィラルド。君のことは忘れない(ホロリ)



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