激戦2
帝都の中心に位置する宮殿内にて二人の超人が衝突する。
その二人が激突するたびに宮殿は壁が崩れ、天井が落ち、床が砕ける。
しかしそんなものは関係ないとばかりにその二人はぶつかり合う。
間を置かず、息つく暇もなく、ただ二人がぶつかり合うだけできらびやかな宮殿が破壊されていく。
「さすがは魔王。ここまでこのわしとぶつかり合えるとは!」
「謙遜を。あなたの力、魔界であれば魔王を襲名できるでしょうに!」
壮絶なぶつかり合いを行いながら、しかしテオローグの胸中は大いに不本意だった。
先ほどロウセイの攻撃で王宮内に追い込まれたため、壁や天井に囲まれた空間のせいで自分の翼が全く役に立たないのだ。
木々の一本さえ生えない魔界ではこのような空間は洞窟くらいしか存在せず、そういった密閉空間では正面衝突することが必要になってしまう。
吸魂を得意とする悪魔族は本来なら搦め手を得意としているため、本来であれば竜人族が得意としているような殴り合いは好まない。
だというにもかかわらず打ち合いに興じているのは、テオローグの搦め手がロウセイに通じなかったからだ。
「その生命剥奪とかいう能力、どうやら全く機能していないようだな」
ロウセイの指摘にテオローグは内心で舌打ちをする。
そう。宮殿に飛び込んだ際、テオローグは宮殿すべてを覆う程広大な範囲に生命剥奪を発動していた。
にもかかわらず先ほどから全くと言っていいほど魔力を吸収することができていないのだ。
「この国の皇帝オルバールはどうしようもない愚か者だが、あ奴にはわしも認める優秀な配下がいる。
あいつなら、この宮殿に人を残すような愚を犯すはずもないからな」
トルデリシアの宮殿は敵の襲撃を想定された造りをしていない。
あの男なら、そのような場所で魔族を迎え撃つような愚かな選択をしない。
自分と違い、意地を張って立場を失うような真似もしないだろうから、それとなくオルバールを宮殿から逃がすように促したのだろうとロウセイはかつての友の姿を思い出した。
「……だとしても解せませんね。
人族がいないのはともかく、目の前にいるあなたからも全く魔力を奪えないのですから、ねえ?」
人族がいないということは、誤算ではあれどそれ自体は致命的ではない。
もとより生命剥奪は敵対者の魂を奪い自らの糧にする吸魂魔法。
持久戦においてその真価が発揮される代物なのだ。
生命剥奪を発動し、魔法障壁により守りを固めることで自然と敵は消耗していくのだ。
だというのに、目の前に立つ偉丈夫からまるで魂を奪うことができない。
ある程度の実力者であれば確かに生命剥奪の効果は薄くなる。
だからといって、全く効かないという物ではない。
なにしろ、つい先ほどヴィラルドの魂もわずかばかり奪うことができたにもかかわらずだ。
「確かにその吸収魔法は厄介な代物だ。
常人であればほんの数分で絶命するだろう。
だがな、そんなものは自分の魔力を完全に掌握できている者には効果はないぞ?」
あっさりと告げるロウセイに、テオローグは絶句する。
魔力の掌握というが、それは口で言うほど簡単な方法ではない。
ロウセイの言葉が確かなら、3000年を生きたと言われるヴィラルドでさえも自らの魔力を完全に掌握できていたわけではないのだから。
生命剥奪は効果がなく、魔法障壁も突破される。
となれば得意としていなくとも近接戦闘を挑むしか方法がないのだ。
「しかし、その魂の掌握とやらもいうほど簡単ではないようですね?」
「………」
テオローグの指摘に、ロウセイは無言で応じる。
先ほどから打ち合うたびに僅か、本当に微々たるものではあるが、魔力が吸収されているのだ。
テオローグの言うとおり、魂の掌握というのは言うほど簡単な事ではない。
平時であればともかく、全力を振り絞った戦闘となるとロウセイをもってしても完全に掌握し続けるのは至難の技なのだ。
(…わしもまだまだ修行が足りぬな)
目の前の強敵を相手に、ロウセイは燻っていた武人の血が騒ぐのを感じた。
平穏だったころに不満があるわけではないのだが、やはり自分の心のどこかに強敵と手合せをしたいという欲望が眠っていたのだろう。
今、自分の目の前いるのは紛れもない強敵。
その昔、魔界にて戦った魔族を彷彿とさせる強敵に、自分の血がたぎってくるのが分かるのだ。
(それが魔力の掌握を狂わせると分かっていながら、どうにもならぬものだな!)
どうにも治らぬ武人の性に、しかしロウセイはより強く、より深くテオローグに踏み込み、その拳を叩き込む。
「がっ、捨て身というわけですか。どこまでも厄介な…」
悪態をついたテオローグは、仕切り直しのためにその身に魔力を滾らせる。
テオローグの右腕に炎が生まれ、見る見るうちにそれが龍の形に変化していく。
『炎龍弾!』
テオローグがそう告げると、右腕の龍炎がロウセイに向かって飛び出す。
まっすぐ自らへと飛翔する炎龍弾に対し、ロウセイは腰を落として身構え。
「フン!」
気合と共に、迫りくる炎龍弾を殴り飛ばした。
その一撃により龍炎弾の軌道が大きく逸れ、宮殿を貫いた。
「さすがだな。属性魔法の一つの到達点と言える竜の形成が扱えるとは」
「それを易々と迎撃するあなたもあなたですね」
ロウセイの返答に対し、テオローグはあきれ交じりでそう返答する。
今の一撃は、正面から受ければ魔王である自分であっても無事で済む保証はない代物だ。
それを拳で迎撃してのける目の前の人間は文字通りの怪物と言っていいだろう。
「それで、次はどうするつもりだ悪魔王?」
ゆるりと歩み寄るロウセイに、テオローグは再び舌打ちする。
見たところ、この敵と自分の相性は決して悪くはない。
だが、戦っている場と相手の練度が高すぎるせいで種族的な優位が全て打ち消されているのだ。
撤退も視野に入れる必要があると考えたその時、配下のアブニールから念話が届いた。
「……なん、ですと?」
その報告に、テオローグは背筋が凍りついた。
平原に血が飛び散る。
飛び散った血は、しばしの間を置いて黒い煙となって消滅する。
「……全く。お前、一体どれだけ殺せば死ぬんだ?」
長刀を振るいながら、トリストスは目の前の怪物にそう問いかける。
「さあな。何度死ねば死ぬのか、何度殺されれば消滅するのか、いつからか自分にもわからなくなってしまったな」
ヴィラルドの返答にトリストスは舌打ちする。
先ほどから腕、足、胴、はては首すらも幾度となく切り落としたのだが、そのたびに切り落とした部分が生えてくるのだ。
切り飛ばした部位は時間をおいて黒い煙となって消滅するため邪魔になることはないが、どれほど切り裂いても再生するのでは終わりが見えない。
「……」
無言で観察しながらトリストスは再び手にした長太刀を構える。
「いいぞ。もっとわしを楽しませてくれ」
「いいだろう。こいつを喰らえ!」
そう言って、トリストスは一瞬にしてヴィラルドの懐に潜り込み、その長刀を振った。
『八閃!』
それも一瞬にして八回。
八方から切り刻まれ、ヴィラルドは数えるのも面倒な数の肉片と化した。
「ば、ばかな!」
「吸血皇王ヴィラルド卿が!?」
トリストスの背後で悪魔たちが驚愕の声をあげる。
不死身の魔王と呼ばれた怪物の姿に、誰もが死んだと確信した。
飛び散った肉片の全てが黒い煙となって消滅する。
「……」
僅かに乱れた呼吸を整えながら、トリストスは周囲を警戒する。
嫌な予感が絶えないが、だからといってこれで生きているとも思えなかった。
(もしこれで生きていたとすれば、どうやっても殺すことはできないだろうな)
そう言ってトリストスは背後の悪魔たちを片付けようと振り向こうとした時、目の前の光景に目を奪われた。
ヴィラルドの肉片から漏れ出た漆黒の煙が、徐々に集まり人の形となっていくのだ。
その煙が徐々に輪郭を取り戻し、再び目の前に吸血皇王が現れた。
「おおお!」
後方で悪魔たちが喜ぶ声が聞こえるが、トリストスにとってはそれどころではない。
「……不死身か、貴様」
「どうかな。最早この身をどうすれば滅ぼせる方法があるのか、わしにもわからん。
お主から見てどうだ? わしを滅ぼすことは、出来ぬか?」
まるで懇願するかのようにそんなことを問いかけるヴィラルドに、トリストスは静かに首を振った。
横にではなく、縦にである。
「そうか」
残念そうにそうつぶやくヴィラルドに、トリストスは再び剣を構える。
「だが、俺は諦めんぞ」
「…そうか」
トリストスの態度に、ヴィラルドは微笑んだ。
しかし直後、トリストスの視界がゆがんだ。
「な、に?」
強烈なめまいを覚え、トリストスは手にした長刀を杖にしながら膝をつく。
突然の出来事に、トリストス本人でさえも困惑した。
「……さすがに限界か。いや、むしろよくもったというべきか?」
そんなトリストスの様子に、ヴィラルドは少し残念そうにつぶやいた。
「どういう、事だ」
今にも倒れそうなほどに力の入らなくなった原因が目の前の魔王にあると気づいたトリストスは途切れ途切れに問いかけた。
するとヴィラルドは、突如自らの腕を引きちぎり、トリストスの目の前に放り投げた。
当然のごとくヴィラルドの腕が漆黒の煙を出しながら消滅…した途端、トリストスの体からさらに力が抜けた。
「ま、さか」
「そう。わしの体は瘴気の塊だ。
切り裂いたとしても周囲に毒素を振りまくのみ。
お前はわしを攻撃するたびに、瘴気にその身を侵されていたのだよ」
そういうと、ヴィラルドの体は再び元通りになっていた。
「……俺は、お前に、勝てない、のか」
「すまぬな。わしを久しく見ぬわしを殺せるものとの会合に、いらぬ願いをかけてしまった」
「願い、だと」
ヴィラルドの問いに、トリストスは倒れ伏しながらも疑問を返す。
その問いにヴィラルドは頷いた。
「わしを滅ぼしてくれる存在。それを望んでいたのだよ」
「…な、に?」
いきなり死にたいなどと訳の分からないことを口にするヴィラルドに対し、トリストスは疑問を抱く。
それに対し、ヴィラルドは謳うように答えた。
「わしは、すでに長く生きすぎた。
いい加減眠りにつきたいと願ったが、魔界ではその願いは叶わなかった」
「人間界に、死にに、来たの、か」
トリストスのその言葉に、ヴィラルドは片手を持ち上げた。
「老害の下らぬ願いにつき合せたな。
せめてもの手向けに、安らかに眠らせてやろう」
ヴィラルドがそう宣言すると、その手に膨大な漆黒の魔力が集まりだした。
その光景に、トリストスは悟った。
魔王ヴィラルドがその気になれば、自分を仕留めることにさほど苦労することは無いと。
ただ、本当に自分を殺しきってくれる存在を求めて自分の攻撃を受け続けていただけだったのだと。
(まさか、こんな怪物がいるとは)
倒れ伏し、折れそうになる心を奮い立たせるが、目の前に広がる絶望的な光景にあきらめが僅かに混じった。
しかし。
直後、再び目を疑うような光景がその目に飛び込んできた。
ヴィラルドの右腕が消滅したのである。
「……む?」
その様子に、ヴィラルドは自身の腕を眺める。
その腕は、なぜか全く再生しなかった。
「な、何が起きた?」
トリストスは、事態を確認しようとして三度驚愕に見舞われた。
自分の体が、僅かばかりだが軽くなっていた。
周囲の瘴気が薄まっていたのだ。
「………」
ヴィラルドはしばし無言で己の腕を眺めた後、その視線を上空へと移した。
追われるようにその視線を追いかけたトリストスの目には、神々しくその身に炎を纏った巨大な怪鳥の姿が映っていた。
美味しいところは逃がさない!
ご都合主義な主人公特権をもろに発動中でございます!
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