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心の強さ

 魔界には三つの勢力が存在している。

 否、正確には弱肉強食という魔界のルールに勝ち残った三つの種族が存在しているというべきだろう。


 不死身の種族と呼ばれる吸血族。

 生あるものの天敵と呼ばれる悪魔族。

 最強の種族と呼ばれる竜人族。


 魔界は長い年月、強大な力を持つその三種族によって支配されており、その三種族の頂点に君臨する三人の魔族は魔王と呼ばれていた。


 この三種族以外の種族も当然魔界に存在しているが、それらの種族はその三勢力に目をつけられないように細々と生きていくのが普通だ。


 しかし、シェルビエントの砦崩壊のおよそ5年前、三つの勢力の一角が崩れ去った。

 イファールと名乗る若き魔族が、三勢力に属さぬ種族を束ね、魔王を名乗ったのだ。


 これに対し、三大勢力の中で最も好戦的な竜人族が真正面から敵対した。

 この闘争の結果、イファールが当時の竜人王ガンドラを倒し、配下の四将であるシャクト、セネル、ライオス、ゴライアスが竜人族を駆逐し、竜人族の残党はイファール達に吸収されることとなる。


 よってその数年間に魔界の勢力図は大きく変動した。


 竜人族を倒し、魔界最強となった魔王イファール。

 不死身の吸血皇王ヴィラルド。

 悪魔たちを束ねる悪魔王テオローグ。


 この三人の魔王は、新たに魔王となったイファールの提案によって不可侵条約を結び、人間界への侵攻を企てた。

 

 しかし不可侵条約など所詮魔王同士の口約束にすぎない。

 元々魔界には弱肉強食以外のルールが存在していないのだ。

 

 特に悪魔族のテオローグは吸魂能力を持つ魔王。

 人間界に対しては他の種族と比べて強い関心を示していたため、イファールから見て明確なまでの不穏分子だったのだ。


 そのためテオローグが暴走して人間界に乗り込むことはある程度予想が出来ていた。

 シェルビエントの砦が破壊されたとなれば、恐らく自らの糧とするために人間界へと向かうだろうと。


 しかしここでイファールにとっても大きな誤算が一つあった。

 吸血皇王ヴィラルドがテオローグと共に人間界へと攻め入ったことである。


 この吸血皇王ヴィラルドは、その強靭な生命力から不死身と比喩される吸血種の中においても異常なまでの生命力を持っており、3000年以上を生きたと言われる正真正銘の化け物なのだ。


 しかしヴィラルドは元から魔界の覇権や、人間界への侵攻に興味を示していなかった。

 というよりイファールの知る限りだとここ1000年間は己の領地から出ることすらなかったはずなのだ。


 それ以前には同種族たちさえも手にかけるような暴君だったと言われていたが、それはとりあえずどうでもいい話だろう。

 少なくともイファールが知る限りだと、ヴィラルドという人物は人間界に欠片も興味を持っていなかったのだ。


 しかし、突如どういうわけか枯れ果てたはずの吸血皇王が悪魔王と共に人間界へと攻め入ったのだ。


 配下の魔族たちを引き連れてである。









「ファーレンベルク!」


「ピュアア!!!」


 俺の指示に従い、ファーレンベルクはその口から火炎を放つ。

 シェルビエントの砦が魔族に突破されたとの報告が入って数日後、魔族たちはあっさりとシェルビエントを突破し、トルデリシア帝国東部まで攻め込んできた。

 

 カーナイルの領地はリスタコメントスの北東部に位置している。

 そのため俺とフィナリアはトルデリシアの国境をまたいで魔族たちを迎え撃っている。


「一人では絶対に戦わないで! 必ず二人以上で相手をしなさい!」


 地上ではフィナリアが指揮を執りながら魔族を切り伏せている。

 さすがに指揮をしている最中は余裕がないのか、いつもの丁寧な口調ではなく、簡素な命令を下している。


 シェルビエントの砦が崩壊したという報告を受けた俺たちは、様子見にトルデリシア帝国までやってきたのだ。

 100人ばかりの兵士を連れてフィナリアは関所を通過し、俺とファーレンベルクは上空からパスするという形で。


 そして俺たちは魔族と遭遇して戦いをおっぱじめたということだ。


 遭遇した魔族たちは数こそ10名程度だが、一人一人が獣人たちをも明らかに上回るような身体能力を有している。

 さすがにベヘルに比べれば見劣りするが、それにしても厄介極まりない。


「今だ! やれ!」


「ピュィイイイ!!!」


 俺の指示に従い、今度はファーレンベルクの口から火炎が放射される。

 その一撃を受け、魔族の一人がその場に倒れ伏す。

 どうもファーレンベルクの攻撃は奴らにとってかなり有効なようで、ほとんど一撃で仕留めることができている。

 

 味方ごと焼き払うわけにはいかないので、ピンポイントに火球を放っているが、そのせいで対応が遅れてしまい眼下で次から次へと味方が倒れていく。


 魔族たちの戦闘能力は尋常ではない。

 兵士たちと比べると頭二つほど飛びぬけているフィナリアでさえも苦戦を強いられるのだ。

 

 まともな兵士では三人がかりでも一蹴されてしまう。

 おそらく三下のはずの魔族に、次から次へとカーナイルの兵士たちが倒されていく。

 魔族も数を減らしているので、このまま戦いが続けばおそらくこちらが勝だろうが、目の前で人が倒れていく光景に、俺の胸に忸怩たるものが湧き上がる。


「次だ!」


「ピィ!」


 そんな想いを飲み込みファーレンベルクに命令を下す。

 ファーレンベルクに焼かれ、眼下にひしめく魔族は次から次へと倒れていった。


 こちら側の残った兵士は、わずかずつではあるが魔族の動きに対応できてきており、連携の取り方にも慣れてきたのかかなり粘り強くなっている。

 

 おかげで勝ち目が見えてきた。


「最後だ! 焼き尽くせ!」


 ファーレンベルクの業火に焼かれ、最後の魔族が膝をつく。

 しかしその魔族は体を焼かれながらもフィナリアの方に突撃していく。


「フィナリア!」


「大丈夫です!」


 そう言うと、フィナリアの銀髪が巻き上がる。

 あれは、ベヘルの竜燐を切り裂いたときの。


『断空閃!』


 フィナリアと魔族がすれ違う。

 魔族はその胴体を深々と切り裂かれ、その場に倒れ伏した。


「クウヤさん! 部下たちの治療を手伝っていただけますか!」


「勿論。重症者から順に片付けるぞ!」


 そう言って俺はファーレンベルクから降り、兵士たちに応急処置のための白魔法をかけた。

 無論、今回は人命が係っているため手加減抜きだ。


 ただし全快させるとなると時間がかかりすぎるため、回復は応急処置までで止めている。

 けが人が多すぎるし、一人一人を完全にケアしていては時間がいくらあっても足りない。

 

 フィナリアも一緒になって白魔法を使っている。

 戦闘終了からおよそ10分後、俺はようやく兵士全員の治療を終えた。


「クウヤさん。彼らはこの後どうすれば?」


 応急措置が終わった俺に、フィナリアが指示を仰いできた。

 俺の方がフィナリアよりも白魔法に精通しているため、俺が判断した方がいいということだろう。


「とりあえず応急措置はすませた。

 こっちの魔力も余裕がないけど、動かしても問題ないくらいには回復しているはず。

 なるべく急いで町まで連れて行って休ませてやってくれ」


「分かりました」


 俺の指示を聞き、フィナリアが兵士たちに指示を飛ばしている。

 幸いここから町まであまり離れていないので、恐らく問題なく連れて行くことができるだろう。


「ファーレンベルク。お前も何人か連れて行けるか?」


「クルルル」


 任せろと頷いているので、俺は数名をファーレンベルクの背に乗せるように指示を出だす。

 しかしそれをフィナリアが止めた。


「クウヤさんとファーレンベルクはそのままでお願いします」


「どうして?」


「魔族の残党がいるかもしれません。

 その場合、恐らくクウヤさんに対応してもらうことになります。

 わが隊の最高戦力に、足手まといを押し付けることはできません」


「……了解」


 フィナリアの指示に従い、俺たちは近くの町に撤退する。

 俺はファーレンベルクの背に乗って上空から偵察を行いながら足並みをそろえる。


 俺の視界の端に魔物の群れが映る。

 ファーレンベルクに言って高度を下げさせる。


「フィナリア。二時の方に魔物の群れだ」


「分かりました」


 俺の報告にフィナリアは行軍の進路を修正する。

 行軍中の俺の仕事はファーレンベルクに乗っての偵察だ。

 ファーレンベルクに乗ることで俯瞰することができる俺の索敵範囲の広さは地上を走るフィナリア達との比ではない。


 難点があるとすればこちらも敵から丸見えだということだろうが、それで魔物の群れにロックオンされたならファーレンベルクで蹴散らせばいいだけの話だ。

 

「町が見えてきた」


「分かりました」


 間もなく、俺たちは魔族の追撃に遭うことなく無事撤退を完了させた。








 トルデリシアまで出向いて魔族を迎撃した俺たちだが、当然のごとくリスタコメントスに帰還するというわけではない。

 というより負傷者が多すぎて今すぐにリスタコメントスに帰還するのは難しい。


 だからと言って普通はトルデリシアの町が俺たちリスタコメントス軍を受け入れられるだけの余裕があるのかという問題になる。

 トルデリシアの町にも当然軍が配備されているため、こちらの兵士全員を受け入れられるだけの余裕があるとは思えなかったのだ。


 しかし予想に反して俺たちの軍は、むしろ快く受け入れてもらうことができた。

 

 フィナリアがその理由を町長に問いただしてみたところ、トルデリシア軍は魔族の侵略を聞いて指揮官たちが逃亡してしまったらしいのだ。

 おかげで軍は機能せず、町民たちはいつ襲ってくるかもわからない魔族たちにおびえるしかなかったそうなのだ。


 俺は呆れかえり、フィナリアは憤慨を表情に浮かべないように耐えていたようだが、おかげでがら空きになった兵舎を利用できるためありがたく利用させてもらっているというわけだ。


「フィナリア。少し休んできていいか?」


「はい。ゆっくりお休みください」


「すまん。何かあったら呼んでくれ」


 そう言って俺は兵舎の一部屋を借りた。


 …途端。これまで抑えてきた感情が噴出してきた。

 さっきの戦いで、初めて人死にというものを目の当たりにしたからだ。


 覚悟はしていたつもりだった。

 ロウセイから魔族が攻めてくるかもしれないという話を聞いた時点で、犠牲が出るかもしれないということを理解していたはずだった。


 それに、魔族。

 俺が命令して、ファーレンベルクが焼き殺した奴らは、姿形こそ人間とは言いにくかったが、まぎれもなく俺たちと同じ人間だった。


 獣のように俺たちに向かってきたそいつらを焼き殺す光景。

 戦っている最中は気に留める余裕がなかったが、こうして落ち着くと…頭にこびりついて離れなくなる。


 仲間が死んだ。

 敵を殺した。


 覚悟していたつもりだったのに、その光景はあまりにも衝撃的だった。

 百聞は一見にしかずというがまさにその通りだ。

 想像していた光景と、実際にそれを目の当たりにするのでは受ける情報量がまるで違う。

 

 気が付けば自分の肩を抱いていた。

 恐ろしくて震えが走った。

 人死にを目の当たりにした。

 実際にそれを体験した。


 それが俺を震え上がらせる。

 情けない。

 本当に情けない。

 

 覚悟していたはずなのに、実際に目の当りにしたらこの様か。


「……ハハハ」


 笑えてくるな。


 そう思った時、突然扉がノックされた。


「…はい、どうぞ」


 体を起こしてそういうと、扉が開かれてフィナリアが部屋に入ってきた。


「クウヤさん……その、大丈夫ですか?」


 俺の表情を見るや否や、フィナリアはそんな質問をしてきた。

 おそらく今の俺は相当ひどい顔をしているだろう。

 

「いや、それよりフィナリアは何の用でここに?」


「先ほど、クウヤさんの顔色が優れなかったので」


「俺、そんなにひどい顔をしてたか?」


「はい。とても」


 やっぱりか。

 隠せてはいないと思っていたが、見事に見抜かれていたらしい。


「実は、今回初めて人死にを見たんだ」


「そうだったんですか」


 気が付けば俺は口を開いていた。


「情けないことだけど、目の前でフィナリアの配下が死んで、ファーレンベルクが魔族を焼き殺すのを見て……吐きそうになった」


 そんな俺の独白を聞き、フィナリアは俺の隣に腰かけた。


「私も、初陣ではそうなりました」


「……フィナリアも?」


「はい」


 俺の質問に、フィナリアは首肯した。


「命が失われるのをみて、悲しむのは当然です。

 それが自分の近しい命であったり、自分の手で殺めたのであればなおさらです。

 クウヤさんが苦しむのは、戦いに身を投じる誰もが通過する道であって、不自然なことではありませんから」


「…そっか」


 誰もが通る道。それを聞いて少しだけ楽になった気がする。


「クウヤさん。苦しければ私に話してください。

 感情は、溜め込めばいずれ腐ります。

 そうならない方法は、信頼できる誰かに話すことだけです」


「弱音を吐けってこと?」


「はい。弱音を吐くというとこは、信頼の証です。

 クウヤさんは私を信頼していただけますか?」


 フィナリアの質問に、俺は首を縦に振った。

 未だに半月程度しか同行していないが、彼女は十分すぎるほど信頼できる相手だと思っている。


 そんな俺を見ながら、フィナリアは頷いた。


「クウヤさん。弱音を吐くということは、決して弱さではありません。

 弱さを覆い隠さずにさらけ出せるのは、強さです。

 苦しい時に、つらい時に、信じられる人にさえその胸の内を明かさないのは決して強さではありません。

 そのことを、忘れないでください」


 フィナリアと話しているうちに、俺はいつの間にか自分の中のもやもやが晴れていくのを感じた。


 ただ話すだけで、こんなにも心が晴れるものかと驚いた。


「フィナリア。ありがとう。すごいな。

 俺と変わらない年なのに、そんなに立派な考え方ができるなんて」


 そんな俺の感想に、フィナリアはクスリと笑って答えた。


「私の師匠の受け売りです。私が考えたわけではないんですよ」


「フィナリアの師匠?」


「ええ。私がクウヤさんと同じように気落ちしていた時に、さっき私が言ったことを言ってくれたんです。

 だから、これは師匠の受け売りなんです」


 そう言ってフィナリアはペロリと舌を出した。


「フィナリアも、そう言われて落ち着いた?」


「ええ。それと、師匠はもう一つ言ってくれたことがあるんです」


「へえ。何を?」


「『辛ければ一緒にいてやる』でした」


 こちらを見ながら、フィナリアがそんなことを言ってきた。


「いや、さすがにそこまでは」


 こちらにも見栄というものがある。

 ある程度軽くなったからもう十分だ。


 そんな俺の返答に、再びフィナリアが口元に手を当てて可笑しそうに笑った。


「な、何?」


「いえ、クウヤさんの解答が、昔私がしたことと同じものでしたから」


「そうなのか?」


 その返答に、俺は目を点にした。


「ええ。師匠はそうかと言って帰っていってましたね」


「……そうか」


 そんなこと言って、俺たちはどちらからともなく笑った。


「ありがとうフィナリア。もう大丈夫だ」


「そうですか。ならよかったです」


「それで、話は俺の様子見だけ?」


 俺の質問に、フィナリアは顎に手を当ててどうしたものかと考え出した。


「何かあったのか?」


「ええ。ただ、クウヤさんの耳に入れるべきかどうかと思いまして」


「大丈夫だ。教えてくれ」


 俺の一言に、フィナリアはやや迷ったようだったが、頷き答えた。


「先ほど、町の通信水晶をお借りしてカーナイル様に魔族と遭遇して撃退したことを報告したのですが、カーナイル様が各地と通信したところ、魔族の本隊はシェルビエントから真っ直ぐ西に移動しているようなのです」


「西? というと」


「はい。魔族は帝都に向かっているようなのです」












 トルデリシア帝国。

 それは人間界の中心に位置し、100万人という桁外れ兵力と、魔導大国と呼ばれるほどに優秀な魔導師たちを保有する人間界最強の国家である。


 その圧倒的な兵力から、トルデリシア帝国は南のリスタコメントスを属国としており、西のノーストンもそんな帝国に手を出すことが出来ず、トルデリシア帝国は実質的に人間界を支配している。

 

 しかしトルデリシア帝国の帝都は、現在建国以来、未曾有の混乱の最中にあった。


「オルバール陛下!

 魔族は現在、ガカラ砦を突破し、なおもこの帝都に向かっております!」


 報告した兵士の目の前に、偉そうに座り込んだ肉達磨がいた。

 誰がどう見ても分かるほどに豪華な服に身を包み、周りに美女を侍らせる肉達磨は、近くにあった菓子を手に取り口へ放り込みながら報告を聞いている。


「魔族ごとき下等生物などに何を浮き足立っているのだ。

 さっさと蹴散らして来い」


「無理です!

 すでにトルデリシア軍の1割がやられ、魔族たちの侵攻は緩まることなくこの帝都に向かっております!」


「それをどうにかするのがお主らの仕事であろうが!!」


 そんな怒声を上げ、オルバールは手にしていたグラスを配下に投げつける。


「エベルス! この無能者の首をはねよ!」


 大声でそう宣言するオルバールが、近くに控えていた二人に命令を下す。


「御意のままに」


 オルバールの命を受けた片方が、その腰に佩いていた剣を抜き放った。

 エベルスと呼ばれたその人物は、皇帝ほどではないが弛んでおり、とても剣を扱えるようには見えない人物である。


 そんな人物が、体を揺らしながら手にした剣を振り上げた。


「ヒィ!」


 跪いたまま悲鳴を上げるその配下は目を閉じた。

 しかしその剣が彼に届くことは無かった。


「なんの真似ですかな? ドルガー将軍」


 振り下ろされた剣は、ドルガーと呼ばれた男の剣によって阻まれていた。

 その将軍の体つきはエベルスのそれとは真逆であり、引き締まっているというより巌のような頑強さを醸し出していた。


「落ち着いてくだされエベルス将軍。

 この者の首をはねることに何の利益もありませぬぞ」


「戯言を。陛下はこの者の首をはねろとおっしゃった。

 陛下の命令を遂行するのが我々の役目だ。違うか?」


 そう言ってエベルスはその手に持っていた剣に両手を添えて力を込める。

 しかしドルガーが手にしていた剣はピクリとも動かなかった。

 ドルガーはエベルスと鍔迫り合いをしながらオルバールの方を向く。


「陛下。この者はただの伝令でございます。

 このような者の血で玉座を汚す必要はございますまい」


「…ふん。もう良い。そやつを下がらせろ」


 ドルガーの進言に、オルバールは不機嫌ながらも応じる。

 オルバールの言葉にエベルスは剣を引き、ドルガーも剣を納める。

 剣を納めたドルガーはそのままオルバールの前に片膝をついて跪く。


「陛下。魔族の討伐ならば、我が部隊にご命令を」


「お主の部隊ならどうにかできるのかドルガーよ?」


 その返答に、ドルガーは跪きながら答えた。


「おそらくは。ですが、すでに魔族たちは目と鼻の先まで進行しております。

 陛下は万が一に備え、西の要塞都市、ヴァルシアまでお逃げください」


「馬鹿な! ドルガー、貴様我々にこの宮殿を放棄しろと申すか!」


 ドルガーの進言に、エベルスが間髪入れずにそう切り返した。

 しかしドルガーはそんなエベルスに取り合わずに進言を続けた。


「魔族たちの侵攻は予想以上に早く、今からでは我々の部隊が取りこぼした魔族が帝都まで到達するやもしれません」


「ならばお前が帝都を守ればいいではないか!」


 エベルスの怒声に、しかしドルガーは一瞥をしただけで再びオルバールに向き直る。


「我が部隊の力をもってしても魔族を完全に食い止められる保証はございません。

 どうか、ここはご自愛を」


「……ドルガー。お主をもって現状はそれほど厳しいのか?」


 ドルガーの進言に、オルバールは先ほど配下に向かってどなった時とは打って変わって疑問を口にした。


「はい。報告によれば、魔族たちは帝国の精鋭たちでも歯が立たないとのこと。

 ともすれば、私とて生きて帰れる保証はありません」


「……『竜号』を防ぎし英雄であり、帝国最強の名をほしいままにするお主がそういうのか」


 ドルガーの考察を聞き、肉達磨皇帝はムムムと考え込む。


「よかろう。我らは宮殿をでて、ヴァルシアへと向かうこととしよう」


 しばし考え込んだのち、オルバールはドルガーの提案を受け入れた。

 その言葉を聞き、皇帝には分からない程度にエベルスが舌打ちしたのをドルガーは確認した。

 

 先ほど皇帝が口にしたように、ドルガーはトルデリシア帝国最強という名から将軍に取り立てられた。

 しかしエベルスの場合は違う。

 エベルスは皇帝に美女や美酒、贅沢の仕方を提案することで地位を上げていった存在だ。

 

 それゆえかエベルスは自分を目の敵にしており、皇帝が自分の意見を受け入れた場合こうして舌打ちする癖があることをドルガーは知っていた。

 ゆえに軍事に関して言えばドルガーの方がエベルスよりも発言力が強い。

 皇帝オルバールも、実際に武勇を持つドルガーの方を信用しているからである。


 しかし、そんなドルガーの視界の端で今度はエベルスが膝をついた。


「ですが陛下。ドルガー軍は元々陛下の親衛隊。

 その者達を連れて行かずに撤退して、もし万が一のことがあってはなりません。

 ドルガーの部隊は陛下の護衛に回すべきかと」


 エベルスの進言に、ドルガーは内心舌打ちをする。

 このエベルスという男は責任を逃れることと他人に功績を立てさせぬことについては頭が回る。

 

 自分が魔族の迎撃に向かえば、おそらくエベルスが陛下の護衛に回ることとなる。

 こう言ってはなんだが、エベルス軍は練度が低い。

 なにしろ鍛練ではなく権力争いに躍起になっているような将軍の部下だ。

 恐らく魔物相手にすらまともに戦うことすらできないだろう。


 そんな者達が護衛を行い、万が一のことがあればただでは済まない。

 

 そしてもしドルガーが魔族たちを討伐したとあれば、その功績どれほどのものかは想像に難くない。

 エベルスは我欲の強い男。

 ドルガーが陛下に取り立てられることを嫌う。

 つまりエベルスの進言は国や陛下を思っての事ではなく、ドルガーの立ち回りを上手くいかせるためのものに他ならないのだ。


「うーむそれもそうだ。ドルガー。お主は吾輩の護衛に付け」


「……陛下、それでは魔族をいかがいたしましょうか」


「帝国軍の半数50万を置いていけばいい。

 如何に魔族とはいえ、それだけの大軍であればだれが指揮に付こうとも魔族どもを圧倒出来よう」


 ドルガーの質問に、エベルスが間髪入れずにそう答える。

 忌々しい話だが、ドルガーにはエベルスの内心が読み取れた。

 誰が指揮に付こうともと言えば、自分が指揮に付く必要はないと考えての発言だ。


「うむ。それならば安心だ。

 では、早速ヴァルシアへ向かうとしよう。用意せい」

 

『は!』


 王の間に集まった家臣たちがオルバールの命に一斉に返事をする。

 その中で、ドルガーは一人静かに立ち上がった。

 そんなドルガーに、エベルスが歩み寄り耳打ちする。


「陛下の身をお守りするのは何よりも尊い任務だ。そんな任務に付けるようにしてやったのだ。ありがたく思え」


「……ああ」


 恩着せがましくそう告げるエベルスに、ドルガーは内心で歯噛みする。

 これでは陛下が無事であっても帝都に住む住人たち、ひいては帝国本土に住む民がただでは済まない。

 そのことに忸怩たる思いを抱きながらも、ドルガーは王都を放棄するための準備に参加した。



ちょこっとだけフィナリアとクウヤの距離が縮まった……かな?

つーか相変わらずの強引ストーリーに作者自身が四つん這い気味です。



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