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侵略再開

 魔界内にて、一人の男が佇んでいた。

 見る者が見なくともはっきりとわかるほどに鍛え上げられた肉体を持っており、その鋭い目つきからは常に濃密なまでの威圧感が放たれている。


「セネルか?」


 その男が、自分の後方に現れた魔族の女に対して振り返りもせずにそう問いかけた。


「さすがは魔王様ですね。気配を消してきたつもりでしたが」


「なかなかのものではあったがな。それで、作戦は成功したのか?」


「成功したぜ。イファールの旦那」


 セネルにそう問いかけたイファールに、軽薄そうな声で一人の男が竜人ベヘルと共に現れそんなことを言ってきた。


「ライオスか。予定通り砦の破壊に成功したということだな?」


「ああ。シャクトとゴライアスももうすぐ来るはずだ」


「もう来ているぞ」


 そんな声がライオスの後ろから響いた。

 

「うお! シャクトぉ! お前、気配を消して近づくなよ」


「ライオス。あんた臨戦態勢の時以外はほんと鈍いのね」


「うるせー。俺の力は燃費わりーんだからしゃーねーだろ」


 軽口を叩きながら答えるライオスの隣で、その地面がゆっくりせりあがった。

 せりあがった地面を破り、中から一人の巨人が現れた。

 背の丈が3mを越える巨人は全身に土色の鎧を身にまとっており、他の魔族たちと違って明らかに異形だった。

 

「ようゴライアス。大活躍だったな」


「………」


 ライオスがそう話しかけたが、異形の巨人は何も答えなかった。


「相変わらず、だんまりか」


「仕方あるまい。

 だがまあ、お前が起こしてくれた地震のおかげで楽に砦が破壊できたのも事実だ。

 俺一人だったらもう少し手間取っていただろうからな」


 そう言いながらシャクトがゴライアスの鎧を軽くたたいてねぎらう。

 

「その様子なら、作戦は成功したようだな」


「はい。人族の作った砦は崩壊。いつでも攻め込むことができます」


 セネルの報告に、イファールは頷いた。

 今回の砦破壊作戦は、魔王イファールの指示に従い、彼の配下に当たる四人が実行したものだ。

 砦の破壊を火力に優れる炎将シャクトが、シャクトの援護を射程に優れる烈将セネルが、砦そのものの地盤を崩すという役目を土将ゴライアスが行ったのだ。

 さきほどから軽口を叩いているのは雷将ライオス。

 緊急事態の際にそちらの支援を行うように指示されていたのだが、三人が見事に任務を果たしてしまったため出番がなかったのだ。

 

「けどよう旦那。なんでわざわざ砦を破壊して撤退したんだ?

 そのまま人間界に攻め込んだって、あの程度の連中なら殲滅するのも簡単だろ?」


「あんたは後詰だったから戦えなくて不満なだけでしょ」


「しかし、一理あります。魔王様。

 なぜ砦を破壊したのちに速やかに撤退するような命令を我々に下したのですか?」


 シャクトの指摘に、セネルとライオスがイファールの方を向いた。

 その三人に対して、イファールはかぶりを振った。


「お前たちは人族というものの本当の恐ろしさを知らない」


「どう意味です?」


「私は、昔この場所にて人族と戦ったことがある」


 その言葉に、その場にいた者達全員が驚いた。


「人族が、魔界に来たと?」


「ああ。その者と私は戦った。引き分けだったがな」


「……旦那と一騎打ちで、互角だったんで?」


 魔王イファールの告白に、ライオスたちが信じられないという表情を浮かべた。

 そんな様子をみて、イファールは頷いた。


「お前の言うとおり、まともに戦えば我々魔族に分がある。

 そう思っていた当時の私は、魔界に踏み込んだ愚かな人間に身の程を教えようとして戦いを挑み、痛み分けに終わった」


「人族の中にも、魔族に匹敵するほど強靭な肉体を持つ者達がいると?」


 セネルの質問に、しかしイファールはかぶりを振った。


「その人族は、力も、速さも、体力も、魔力も、何をとっても私に遠く及んでいなかった」


「では、なぜ?」


「それを補うような戦い方をしていたのだよ。

 ベヘル。人間界に向かったお前なら、私の言っている意味が分かるのではないか?」


 イファールにそう問われ、ベヘルは頷いた。

 人間界にて遭遇した炎を纏った巨鳥が最大の誤算だったのは否めないが、それ以上にベヘルには自分と戦った女戦士の戦い方に驚いた。


 魔界にあるルールはただ一つ。弱肉強食だ。

 この不毛な大地では、魔族たちは生まれながらに奪い合い、殺し合いをすることを強制される。


 そんな魔族たちの戦い方は、魔物たちと変わらぬ力比べだ。

 生まれながらに強大な力を持つ者のみが生き残ることを許される過酷な世界。

 ゆえに力が強い者が生き残り、力の弱い物が淘汰されるのが魔界の歴史だ。


 しかしベヘルの抱いていた魔界の常識は、人間界にて打ち砕かれた。

 人間界にいた女戦士は、他の人族に比べれば多少はマシであったが、それでも殴れば一撃で絶命する程度の存在だった。

 

 だが、フィナリアと名乗った女は自分と正面からぶつかり合い、あまつさえベヘルの竜燐を切り裂いてのけたのだ。

 

「人間界は肥沃な土地です。

 その中で、人族は我々とは異なる戦闘方法を身に着けておりました。

 その戦い方には、我々にはない巧さがありました」


 ベヘルの答えに、イファールは頷く。


「うむ。私が昔戦った人族の動きは、洗練されており、戦い方には工夫が満ちていた」


 そう言われ、ベヘルは自分が言葉にできなかったことがなんなのかを理解した。

 フィナリアとやらが手に取っていたあの剣という武器。

 おそらくは人間界の中で作り上げられたものなのだろうが、それによって自分とあの女の圧倒的な戦力差が埋められていた。


 剣という武器は、資源の乏しい魔界には存在しないものだ。

 確かにあの鋭い刃は、なるほど洗練されているとしか表現できない。

 資源に乏しい魔界には、せいぜい魔物の牙や骨を削った程度の武器しか存在しない。

 ゆえにあの剣という武器に、ベヘルは並々ならぬ興味を覚えたのだ。


 魔法の使い方ひとつとっても奇怪なものだった。

 フィナリアとかいう女が使っていたのは風魔法だろうが、魔界内で風魔法というものは相手を吹き飛ばすために用いるもので、あの女のように切り裂くように用いる者は魔界内には存在しない。


「肥沃な大地にて、人族は自らの脆弱さを理解した上でそれを克服しております。人族だからと言って侮れば、我々が足元をすくわれかねません」


 ベヘルの見解に、魔王イファールは再度頷いた。


「その通りだ。肥沃な土地を持つ人族は、焦土の広がる我々とは異なる力と、戦い方を身に付けている。

 能力で勝る我々が5000年もの間魔界に閉じ込められてきたのは、人族の創り上げた砦と、我々を大きく上回る兵力と、その連携によるものだ」


「……なるほど。

 魔王様が私達を鍛え上げたのは、その戦い方を身に着けさせるためですか?」


 セネルの問いに、イファールは再度頷く。


「その通りだ。

 その日食べる物にさえ困る我々とは異なり、人族の中には思うままに自らを鍛え上げた者達が必ずいる。

 そう言った連中と比べれば、魔族の中では練磨を重ねた我々でさえ技量不足としか言いようがない。

 難攻不落の砦を破壊できたのは、お前たちがその力を磨き上げたからに他ならない」


 イファールの言葉に、ライオスは完全に押し黙った。

 少なくともライオスには一切の反論の余地がなかったからだ。


「もう一つ、質問しても構いませんか?」


 イファールに対し、今度はシャクトが質問をした。


「構わん。なんだ?」


「今回の作戦に当たり、必要以上に人族を殺すな。と言われていましたが、それにはいかなる理由がおありなのですか?」


 シャクトの問いに、イファールは軽く頷き答える。


「理由の一つは、消耗の防止だ。繰り返すが、人間界は肥沃な大地が広がっている。

 ゆえに人族は、我々魔族とは比較にならないほどに人口が多いだろう。

 不必要な殺戮は、我々に消耗をもたらし、敗北をもたらすだろう」


「理由の二つ目は?」


「魔族の繁栄のためだ」


「魔族の繁栄?」


「そうだ。我々魔族は長年この魔界にて殺し合いしかしてこなかった。

 ゆえに、人族を滅ぼして人間界を掌握したとして、今度はその肥沃な土地の奪い合いを始めてしまうだろう。

 ゆえに、人間界での生き方に精通した人族は、滅ぼすのではなく、隷属させるべきだと、私は考えているからだ」


 イファールの解答に、その場にいた全員が唖然とする。

 魔族という者達は生まれながらに弱肉強食の連鎖に食い込まれるため、己の欲望に忠実な者達ばかりだ。


 しかし魔王イファールは、そんな魔族の中において明らかに異質としか言えない考え方をしていた。

 イファールの部下たちは、自らのことを魔族の中では理性的であると思っていたが、それは目の前にいる魔王によって引き上げられたものでしかないと確信した。


 気が付けば、5人とも膝をついていた。

 その遠大な思慮に、自然と敬服していたのだ。


 そんな部下たちを眺め、魔王イファールは口を開く。


「限りなく困難な道になるが、ついてきてくれるか?」


『は!』


 口をそろえる配下たちに、イファールは再び頷いた。


「……!」


 突如、セネルがその顔を上げ、振り向いた。


「どうした。セネル?」


 イファールの質問に、セネルは目を閉じ、神経を集中させる。

 そして、目を開いて報告した。


「……どうやら、先走った者達がいるようです」


「やはり現れたか」


 弱肉強食以外のルールが存在しない魔族は、当然のごとく一枚岩ではない。

 人間界を隔てる最大の鬼門が取り除かれた今、抜け駆けする者達が出るのは当然だ。


「それで、誰が動いたかは分かるか?」


 イファールの問いに、セネルは頷いた。


「どうやらテオローグ卿が動いたようです」


「やはり動いたか」


 目星をつけていた不穏分子が動き出したことに、イファールは軽くため息をついた。


「動いたのは、テオローグの配下たちか?」


「はい。他には……え!?」


 突如、気配を探っていたセネルが驚愕の声をあげた。


「どうした?」


「いえ、何かの間違いではないかと…」


「構わん。言ってみろ」


 イファールの言葉に、セネルは恐る恐るその口を開いた。


「テオローグ卿と共に、ヴィラルド卿も動いたようなのです」


「何?」


 セネルの報告に、周りの魔族たちは驚愕し、イファールも表情を歪めた。

 魔族と人族の戦いは、いきなり波乱を迎えることとなる。


仲間割れ、第三勢力。

やっぱりこういうのがないと物語は盛り上がりませんよね!

……盛り上がってるのは自分だけかもしれませんけど。



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非常に励みになっています! これからもよろしくお願いします!

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