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断片

「……父上の遺体が、奪われた?」


 シェルビエント内の騒動が片付いた翌日、俺たちは状況を整理するために主要人物を集めて緊急会議を開いた。

 ジェクト将軍とセネルは疲労が激しく参加できていないため、この場にいるのはその二人を除いた人間界と魔界の主要人物たちだ。

 

 その緊急会議の際に、俺たちは先日もたらされた凶報を告げたのだ。

 すなわち、要塞都市ヴァルシアに何者かが襲撃を仕掛け、安置されていたドルガー将軍の遺体が奪われたという報告である。


 しかも。


「奪われた、のとは少し違う。そうだろ?」


「はい。信じがたいことですが、ヴァルシアからの通信によると、ドルガー将軍の遺体は、盗まれたのではなく、自ら動いたとのことです」


 フィナリアの報告に、シルディエは拳を握りしめ、目の前の机に叩き付けた。


「馬鹿な、父上は確かに死んだ。私が、この手で……」


 震えるシルディエに対し、フィナリアはもたらされた情報の報告を続けた。


「報告によれば、ある人物がドルガー将軍の遺体に触れた途端、遺体が動き出したとのことでした」


「……ある人物?」


「確定情報ではないのですが、目撃者の話では、元帝国貴族のライエット・メイスナー卿である可能性が高いと」


「ライエット・メイスナーだと?」


「ベヘル? 何か知ってるのか?」


 フィナリアの口にした名前にベヘルが反応したため、俺はそのことを疑問に思い問いただす。


「……俺たちが竜人王ガンドラ様と遭遇したという話は届いているか?」


「勿論。ガンドラを撃破したって話も聞いてる」


 一応先日の一件の情報は大まかに把握している。

 そんな俺の様子に頷き、ベヘルは話を進める。


「あの時、ガンドラ様は無理やり蘇らせられて戦わされていたと言っていた。そして、ガンドラ様を蘇生させて戦わせた張本人の名が……」


「ライエット・メイスナーだってのか?」


 俺の問いに、ライオス、トリストス、セレスティーナの三人が頷いた。

 疑っていたわけではないが、ベヘルの作り話や聞き間違いというわけではなさそうだ。


「ライエット卿は、隣に尋常ならざる悪魔族を従えていたという報告も上がっています。そして、ドルガー卿の遺体が動き出して間もなく、その悪魔族が空間転移を用いてその場を離脱したとも報告されています」


 フィナリアの追加報告に、ベヘルが腕組みをして答える。


「悪魔族は魔法に長けてはいるが、空間転移を用いれるほどの高い悪魔となるとさすがに絞られてくる。間違いなく扱えるとすれば、イファール様が倒した悪魔王テオローグだが……」


「え? テオローグって、確か」


「ロウセイが魔界に追い返した魔王の名前だな」


「ああ。イファールの奴が始末していたのか」


 トリストスの一言に師匠がそんなことを口にする。

 どうやら俺の思い違いではなかったようだ。

 

「しかし、そのテオローグという悪魔族は生きておったということなのか?」


「イファールの旦那が仕留め損ねるなんて事あり得ないだろ。なあベヘル?」


「ああ。イファール様が仕留めそこなったというより、何者かがよみがえらせたと考える方がしっくりくる。そもそも、テオローグを始めとした悪魔族共が人族に黙って従うという状況がありえん」


「……普通ならありえないと言いたいところじゃが、あの竜人王の一件があったゆえ、有りえんと断言しきれんのう」


「つまり悪魔王テオローグは、ライエットに生き返らされたってことか?」


「その可能性は極めて高いとみるべきだろう。恐らく、ライエット・メイスナーは死者を蘇らせる力を有していると考えて間違いない。でなければ、イファール様に滅ぼされたはずの竜人族が大挙して押し寄せてくるという今回の一件は説明がつかん」


「……なら、ライエット・メイスナーが、その力を以て父上を蘇らせたと?」


 ベヘルの出した結論に、シルディエが拳を握りしめながらそう口にした。

 その問いに、ベヘルは頷いた。


「もたらされた情報と、俺の推測に間違いがなければの話だがな」

 

 ベヘルの返答に、シルディエは黙り込んでしまった。

 ドルガー将軍の一件は、シルディエにとってあまりにも深い出来事だ。

 もしこの一件が事実だとしたら、それがシルディエにもたらす衝撃は計り知れない。


 だが、だからといってこの問題から目を逸らしていいはずはない。


「なら、ドルガー将軍が俺たちの敵に回った……そう考えていいのか?」


「ドルガー将軍の意志を考慮しなければ、間違いなくそうなったと考えるべきでしょう」


 フィナリアの答えに、俺は背筋が凍った。

 ドルガー将軍の強さは、俺も間近で見たことがある。


 だが、あの時のドルガー将軍は俺たちを殺すつもりはなかった。

 殺気を振りまいてはいても、本当の意味で俺たちを敵視してはいなかったのだ。

 そんなドルガー将軍が、本人の意思を無視して俺たちと敵対する。

 その事実が、俺にはとても恐ろしく感じられたからだ。


「そのドルガーとかいう奴は強いのか?」


 ドルガー将軍と遭遇したことの無いライオスが、俺とフィナリアの方を向いてそう問いかける。

 ベヘルも同様にこちらを見ている。


「…少なくとも、ジェクト将軍以上の実力者だと考えるべきでしょう」


「オイオイ、それって俺たちと同格以上ってことじゃねーかよ。そんな奴がいたのか?」


「その名前、確か人間界の騒乱の中でお亡くなりになられた……」


 イルアムの問いに、俺たちは頷いた。


「……そのドルガーという男の話も重要だが、今は他にも知っておかなければならないことがある。違うか?」


 ベヘルの一言に、俺たちは暫し黙したのちに頷いた。

 ドルガー将軍の一件も重要な話だが、それ以上に重要な話は他にもある。


「……シルディエ様、先日エベルス卿から聞いた話をお教えしていただいてもよろしいですか?」


「…ええ。構わないわ」


 フィナリアの問いに、シルディエが頷き応じた。

 未だにドルガー将軍の件に関することは整理しきれないだろうが、それでも一軍を率いているという自覚によって抑え込んだようだ。

 

「エベルスは、あの力を初代皇帝グランツ・ローゼンバルクから賜ったものだと言っていたわ」

 

「グランツ・ローゼンバルク? 確かその名前」


 俺の一言に、フィナリアが頷いた。


「災害戦争の際に、人族を束ね初代トルデリシア帝国の皇帝となった人物です。ロイルド卿も同じ名前を口にしていましたね」


「そう言えば、あなたたちは魔道総師と戦ったのね。ロイルド卿も初代皇帝の名を口にしていたの?」


「はい、それに加えてもう一つ……」


「儀式が近い。ロイルドの奴はそんなことを言っていたな」


 ロウセイの一言に、ベヘルがうねり声を上げる。


「……儀式が近い? 連中は何かをするためにこの地を襲撃し、イファール様やそのドルガーという者を手駒にしたのか?」


 ベヘルの問いに、フィナリアは否定も肯定もしなかった。


「ロイルド卿の言葉を鵜呑みにすることはできません。そのため、これらは仮説の話になってしまいます」


「じゃが、今はとにかく情報が必要じゃ。信じるかどうかは別問題として、ロイルドの言ったことが真実だとした場合の仮説を立てるのは必要なことではないのか?」


 セレスティーナの指摘に、フィナリアは頷いた。


「皆様も肌で感じられたでしょうが、彼らの強さは異質です。突如不死身となったエベルス卿。死したはずの方々を蘇らせるライエット卿。あらゆる魔法を手繰ることのできるロイルド卿。魔王であるイファール様を操ってしまうスペルダ卿。そんな方々が手を組んで何かをしようとしているというのであれば、それはどれほど驚異的な事なのか分かりません」


「そうじゃな。奴らのような曲者が揃っている上で、儀式と口にするような大規模な何かをしようとしている……正直、良い予感はまったくせんのう」


 セレスティーナの言葉に、俺たちは深く頷いた。

 敵の戦力は未知数だが、今分かっているだけでもかなりひどいと断言できる。


 シルディエとバストラングの二人掛りでも殺せなかった元帝国軍将軍エベルス・ホットファード。

 ロウセイ師匠の攻撃でも死なない上に、最上級魔法を際限なく扱う元帝国魔道総師ロイルド・インディオス。

 死者を蘇生させる手段を持つであろうライエット・メイスナーは、悪魔王テオローグとドルガー将軍という側近を持っている。

 さらにジェクト将軍とセネルを下したであろう裏切り者の魔将シャクト。


 それに加えて、魔王イファールさえ敵の手に落ちているのだ。


 未だに全貌が見えない相手が、分かっているだけでそれだけの戦力を有しているという事実に、俺はただ戦慄せざるを得なかった。

 

「……おおよその話は出そろったようじゃな。それで、今後の方針はどうする?」


 セレスティーナの問いに、俺たちは揃って沈黙した。

 どうするべきかなど、誰にもわからなかったからだ。


「待機するべきでしょう」


 だが、沈黙する俺たちの中にそんな声が響いた。

 声の主は、扉を開けて入って来たジェクト将軍だった。


「ジェクト将軍! 起きて大丈夫なのですか!?」


 フィナリアの問いに、ジェクト将軍は片手を上げて応じた。


「まだ戦うのは無理ですが、会議に参加する程度ならば問題ありません」


「そうですか。それで、待機するべきというのはどういうことでしょうか?」


 再度の問いに、ジェクト将軍は頷き応じた。


「私とセネル殿が、シャクト殿と交戦したのはご存じかと思われますが、いかがですか?」


 ジェクト将軍の問いに、今度は俺たちが頷く。


「なら、結論から先に申しあげましょう。シャクト殿は、あなた方を裏切っていませんでした」


「……何?」


 ジェクト将軍の一言に、ベヘルは眉を顰め、ライオスとイルアムは驚きの表情を浮かべている。

 そしてそれは俺たちも同様だ。

 シャクトはこの上ない形で魔王イファールを裏切ったというのに、それが裏切っていないというジェクト将軍の言葉が理解できなかったからだ。


「……どういうことか説明してもらおうか?」


 冗談を許さないと言わんばかりのベヘルの鋭い視線を受けながら、しかしジェクト将軍は頷き答えた。


「シャクト殿には、隷属魔法が刻まれていました」


「隷属魔法!?」


 ジェクト将軍の口から飛び出した単語に、俺は思わず大声で聞き返してしまった。

 同様に、フィナリアとバストラングも深く驚いている。

 フォルシアン組と魔界組は少々眉をひそめている。


「その隷属魔法ってのは、何なんだ?」


「隷属魔法を刻まれた対象は、その隷属魔法を刻んだ対象に逆らうことを禁止し、強制服従させる魔法です。しばし前まで、人間界の支配の一助となっていた禁忌の魔法なのです」


「……じゃあ、まさかイファールの旦那が俺たちを攻撃したのは」


 ライオスの問いに、ジェクト将軍は頷いた。


「恐らく、スペルダ・チルドレイン殿によって隷属魔法を施されたからでしょう。すこし見ただけですが、あれは私の知る隷属魔法とは異なる代物でした。恐らく、それによってイファール殿も、シャクト殿も、己の意志とは無関係に戦わされていたのでしょう」


 突如伝えられたその事実に、俺たちは絶句した。

 裏切り者だと思っていたシャクトの身に隷属魔法という代物が刻まれていたという事実に、魔族たちも押し黙っていた。


「ジェクト将軍。一つお聞きしたいことがあります」


「なんでしょう?」


「ジェクト将軍は、隷属魔法を解く術を持っていたはずですが、シャクト殿にそれを用いることは出来ましたか?」


 フィナリアの問いに、ジェクトは頷いた。


「はい。セネル殿の助力もあり、シャクト殿の隷属魔法の解除には成功しました」


 はっきりと断定したジェクト将軍の解答に、俺たちは一様に驚きを見せた。


「では、なぜシャクト殿はこの場にいないのですか?」


 再度のフィナリアの問いに、俺たちは一様に将軍の顔色を伺う。

 隷属魔法の解除に成功したというのであれば、フィナリアの言う通りシャクトがこちらの陣営に加わっても何の不思議もないからだ。


 だが、そこでジェクト将軍は一言口にした。


「シャクト殿が私に止めを刺す際に、口にされた言葉があります」


「……それは?」


「『人族の戦士よ。解放してくれたことに感謝する。これでイファール様を助け出せる』と」


「!!??」


 ジェクト将軍の言葉に、俺たちは揃って絶句した。

 そんな俺たちを見て、ジェクト将軍は話を進めた。


「シャクト殿であれば、私とセネル殿を跡形も残さずに屠ることは造作もないはず。にもかかわらず、彼は私とセネル殿を半殺しにするに留め、敵陣営に戻りました。それが意味することは……」


 トロイの木馬。

 ジェクト将軍の話を聞くうちに、俺の頭の中にはこの世界の人に言っても決して伝わらないだろう単語が浮かんだ。




―---------------





「スペルダ・チルドレイン卿。お加減はいかがですか?」


「ん? おお。戻っていたのですかな?」


 ロイルドと共に空間転移で地下帝国へと帰還したシャクトは、真っ直ぐにスペルダ・チルドレインの元へと向かった。

 纏っているローブはあちらこちらが破れており、誰が見ても分かるほどに苦戦した形跡が見て取れた。


「イファール様の容代はいかがですか? 洗脳魔法の浸食状況は?」


「未だに芳しくないですなぁ。流石は魔界最強の魔王。あなたを魔界に潜り込ませて見つくろわせた甲斐があったというものですぞ」


 スペルダの答えに、シャクトは淡々と頷いた。


「スペルダ卿が私に『魔界最強の強者をこちらの陣営に取り込む協力をせよ』という命令を下されたのが10年前。私がイファール様という王の器を持つ傑物に出会ったのが8年前。スペルダ卿から見れば瞬きのように短い期間だったのでしょうが、私にとっては果てしなく長い期間でしたよ」


「? 突然なに、を!?」


 突如自分語りを始めたシャクトに疑問を抱いたスペルダの両足が宙に浮いた。

 シャクトの右腕がスペルダの顔面を掴み、持ち上げたからである。

 

「本当に長かった。下された命令に逆らえず、忠を誓うに値するイファール様を謀り続けなければならない日々を過ごすのは」


「な、何をするシャクト! やめるのですぞ!」


 そう言って、スペルダはその身に魔力を滾らせる。

 だが、その魔力は空回りしていた。


「な、なぜ洗脳魔法が、なぜ私の命令に逆らうことが出来るのですぞ!?」


 顔を掴みあげられながら喚くスペルダに対し、シャクトは静かに告げた。


「長年にわたる人間界の支配体制の一助となっていた隷属魔法。お前がそれを作り出すことが出来たのは、お前の持つ固有魔法『支配』ゆえ。隷属魔法とは、お前の固有魔法を用いられて作られた劣化魔法。つまり、人間界に広まっている隷属魔法の契約者は、全てお前の仮契約者だと言い換えてもいい」


「そ、それがなんだというのですぞ!?」


「分からないか? 人間界には、その隷属魔法を解読し、お前の固有魔法の解除を行うに至った天才がいたと言っているんだ」


「な、そんな馬鹿な! 私の魔法を解除するなど!」


「疑っているなら見せてやるさ」


 そう言って、シャクトは魔法を紡ぎ、纏っていたボロボロのローブを燃やした。

 その背には、刻まれているはずの魔法陣が跡形もなく消え去っていた。


「最悪の場合は分の悪い賭けに出なければならなかったが、あいつらのおかげで勝算がついた。悪いが、イファール様は解放してもらう」


「そんなことが、出来ると思っているのかですぞ!」


「出来るさ。お前を殺せばお前の固有魔法は消滅する。簡単な理屈だ」


 そう言ってシャクトは右手に炎を滾らせる。

 

「ば、がああああああああああああ!!!!!」


 その炎に焼かれ、スペルダは悲鳴を上げた。

 だが、直後部屋の壁が破壊され、その壁から溶岩の塊がシャクトめがけて飛来した。


「……」


 スペルダを放り出し溶岩塊を回避するシャクトは、壁をぶち破った張本人の方を向いた。


「はははぁ。だから言ったのですぞ。私を殺すことは不可能だと。完全ではないにせよ、多少であれば操ることはできるのですぞ」


 得意げに語るスペルダを守るように、溶岩塊を放った魔王イファールはシャクトの前に立ちはだかった。


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