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同時発動

「おや?」


 師匠の参戦で拮抗状態となり、空中にて俺たちとにらみ合いをしていたロイルドが、突如西の方を眺めて眉をひそめる。


「どうかしたのか?」


 その様子に、シェルビエント内の状況が動いたことを察した師匠がロイルドに対してそんな質問をする。

 俺は気配探知のようなまねはできないので、味方の誰かがこちらに報告に来るまでにらみ合いが続くと思っていたのだが、ロイルドはシェルビエント内の状況を把握できているらしい。


「……驚きましたね。どうやら、私たちの配下がほぼ壊滅したようです」


 そんなことを考える俺の前で、ロイルドはそんなことを口にした。


「こちらの主力である竜人族は、ガンドラを含めほぼ完全に瓦解。これ以上続けても計画に支障が出るだけでしょうね」


 シェルビエント内で何が起こったのか分かりかねるが、竜人王を取ったという表現から察するにベヘルは上手くやったのだろう。


「なら、どうするつもりだ?」


 俺の問いに、ロイルドは暫しの間黙考していた。

 その隙に攻撃してしまいたいのは山々なのだが、未だにロイルドは自らの周囲に炎龍を侍らせている。

 こちらの攻撃をいなせる算段が付いているからこその余裕なのだろう。


 そして、しばしの黙考の後にロイルドは口を開いた。

 

「撤退させていただきましょう」


「そう言われて、はいそうですかって帰すと思うのか?」


 月並だが、師匠はロイルドに対してそんな返答をしていた。

 こいつの言う撤退というのは、敗走するということではなく、次の戦いに備えるという意味合いが大きいからだろう。


 だが、ロイルドはそんな俺たちをあざ笑うかのようにニヤリと笑みを浮かべる。


「そこの炎鳥のみならばまだしも、ロウセイ。あなたも加わっては流石に分が悪すぎます。ここはおとなしく撤退させていただきましょう。もっとも、あなた方が見過ごさないというのであれば、私は戦場をシェルビエントの中央に移すこととなります。それはもうさぞかし凄まじい被害が出ることでしょうね」


「……」


 ロイルドの指摘に、ロウセイは構えていた拳を降ろした。


「なるほど。確かにわしらがやりあえば、シェルビエントは全壊とまではいかんにせよ半壊は免れん。か?」


「ええ。そして、初めて魔族と人族が共存することのできるようになったこの土地を失うのは、あなたたちにとってプラスになる要素がない。違いますか?」


「チッ。何もかもおみ通しということか」


 拳を降ろしたまま、師匠はため息を吐いた。


「よかろう。さっさと逃げ帰るがいい。ただし、次はないぞ?」


「ふふふ。ええ。私も出来れば次などなしで行きたいですね。とはいえ、そうも言ってられないでしょうがね」


「どういうことだ?」


「儀式が近いということですよ。まあ、これ以上は秘密とさせていただきましょう」


 そんなことを言い残しロイルドは魔法を紡ぎあげる。

 直後、空間に亀裂を生み出したロイルドは、その中に入り込んで姿を消した。


「……逃げられたか」


 捨て台詞を吐いて撤退したロイルドに対し、俺もそんな捨て台詞を口にする。

 そんな俺に対し、フィナリアが声をかける。


「クウヤさん。一度シェルビエント中央に戻りましょう」


「ああ。そうだった」


 そう言って、俺はファーレンベルクにシェルビエントに向かうように指示する。

 即座に応じたファーレンベルクは、まっすぐにシェルビエント内を滑空する。


「フィナリア。戦況がどうなってるか分かるか?」


「少々お待ちください」


 そう言って、フィナリアは目を閉じて耳を澄ませた。

 セレスティーナほどではないが、風響を用いたフィナリアの聴力は尋常ではない。

 ゆえに情報収集について言えばフィナリアに任せた方がいいに決まっている。


「どうだ?」


「……差し迫って向かうべきは、あそこのようです」


 そう言って、フィナリアはある一点を指さした。

 そこには、大きな爆発でもあったように焼け焦げる家屋が立ち並ぶ場所を指さした。


「分かった。頼む」


 そう言うと、ファーレンベルクは真っ直ぐにその爆心地に向かって飛翔した。

 そして俺は、その場に倒れ伏すセネルとジェクト将軍。そして、そんな二人を見ながらオロオロするライオスを目撃した。


「ライオスさん! ここで何が!」


「お前、いや、それは俺にもわからん! だが、それよりこいつらが…」


 そう言って、ライオスは倒れ伏すセネルとジェクト将軍の方を見た。


「分かりました!」


 そう言って、俺は二人に向かって手をかざして白魔法を紡ぎあげる。

 フィナリアも白魔法を使うことはできるのだが、二人の状況は明らかにフィナリアの手におえるレベルを超えている。


「くお、お」


 二人同時治療という初めての試みに、俺は思わず歯を食いしばる。

 俺の周囲にいる面々がいともたやすく魔法の同時発動をしていたため俺にもできるかと思ってやってみたが、想像以上に難易度が高い。


 二つの連立方程式を同時に暗算で解くとでも言えばいいのか、片足で全力疾走すると言えばいいのか分からないが、とにかく魔法を並列発動させる独特の感覚に俺は大いに苦戦する。


 俺の周りにいる連中はあっさりとやっているように見えたので俺にもできると思っていたが、とんだ思い上がりだったようだ。

 魔法の並列発動が簡単なのではなく、魔法の並列発動を容易にやってのける俺の周りの面々が異常なほどの才能の持ち主たちだったのだ。


「だからって……」

 

 しくじるわけにはいかない。

 俺がしくじれば、その天才の内二人が……。

 

「く、おおおおおおああああああ!!!!」

 

 それが頭によぎった時、俺は知らず知らずのうちに叫び声を上げていた。

 地面に横たわるジェクト将軍とセネルの姿が、かつて助けられなかったドルガー将軍の姿と被ったからだ。


 あんなことを二度と繰り返してたまるか。

 その一念が、俺から雑念の全てを吹き飛ばした。

 

 二人は消耗も激しく、重傷を負ってはいる。

 だが、冷静になってみれば手の施しようのないほどの深手ではない。

 

 ゆっくり、丁寧に二つの治癒魔法を紡ぎあげる。

 症状に合わせて適切な薬を投与するように、白魔法も状態に応じて適切な魔力運用を行う必要がある。

 魔力を力任せに叩き込む方法もそれなりに有効ではあるが、俺の本分はそこにはない。

 

 普段手当てをするときは緻密な魔力コントロールが出来るのだが、切迫した事態になるとどうしても安易な力技に訴えてしまうのが俺の悪い癖となっているのだ。


「それじゃ、ダメだ」


 だから、俺は内心の焦りを抑え込んでゆっくりと魔力を染み渡らせるように魔法を紡ぎあげる。

 それからしばし後、ジェクト将軍とセネルが息を吹き返した。


「……ふぅ」


「どうですか?」


「何とか間に合った。当面は絶対安静だけど、応急処置は終わったよ」


「そうか! でかしたぞ人族の!」


 そんな俺の一言に対し、ライオスがバンと背中を叩く。


「いでぇ!」


「ん? 悪い。痛かったか?」


 本人は加減して打ったのかもしれないが、獣人族さえ軽く置き去りにするライオスのそれは張り手と呼べるような一撃だった。

 自分自身に白魔法をかけながら(こんなことで使うことになるとは思わなかった)立ち上がり、俺はライオスに声をかける。


「とりあえず、二人を安全なところに運ばないと」


「そうか。よし。それは俺の方でやっておく」


 ライオスが頷いて二人を抱え上げた直後、俺は一つ安堵のため息を吐いた。

 魔法の並列使用は初めてやってみたことだが、正直言ってかなり厳しいものがあった。

 脳神経がプスプス焦げる音がする。みんなよくこんなこと平然とやってるなと感心する。そんな感想を抱いていた俺の隣に、何やら笑みを浮かべた師匠が歩み寄ってきた。


「ふむ。魔法の並列発動をものにしたか。てっきりわしに治療を依頼するかと思っておったが、腕を上げたなクウヤ」


「……あ。忘れてた」

 

 フィナリア達のように常時行動を共にしているならともかくとして、普段一緒に行動していない師匠は俺の頭の中で戦力にカウントできていなかった。

 頼もしいことこの上ないのは間違いないのだが、普段一緒に行動しない上に、どうも気配を消したりするせいでその存在を忘れることが多い。


「というか、師匠もひと声かけてくれればいいじゃないですか?」


「面倒だ」


 ブータレる俺に対し、しかし師匠はきっぱりとそう告げた。

 いや、面倒ってあんた。


「解決したのだ。問題は無かろう。それより、他にやることは山積みだ」


 そういうと、師匠は突如視線を横にずらした。その先に何かあるのか? と疑問を抱いた俺は、その方向からセレスティーナとトリストスがこっちにやってくるのが見えた。


「クウヤ! それにフィナリア!」


「トリストスさん! 女王様! 二人とも無事で!」


「お主らも無事で何よりじゃ。それに……お主もな。ロウセイ」


 セレスティーナの一言に、ロウセイはニカリと笑みを浮かべた。


「まあ、あの程度でくたばるような鍛え方はしておらんさ」


「ロウセイ様。一応事の顛末をお聞きしても?」


 フィナリアの問いに、一同の視線が集まるが、ロウセイは軽く手を振った。


「情報交換は後にしろ。今はシェルビエントの状況を把握する必要がある」


「ふむ。それもそうじゃな。クウヤ。早速で悪いが、ファーレンベルクに乗せてくれんか?」


「ファーレンベルクに? 何の用です?」


「お主らの戦っておった魔導師、ロイルドと言ったか? そやつがここで戦っておった魔族と、手勢の一人を連れてどこぞへと転移しおった。いや、この場合は撤退したというべきかのう」


「では、セレスティーナ様!」


「うむ。妾がそこに行けば、奴らの転移先を割り出せるかもしれん」


 俺とトリストスを差し置いて、フィナリアとセレスティーナが凄まじい勢いで話を進めている。

 えっと、つまり。


「敵の本拠地がわかるかもしれないってことか?」


「うむ。とはいえ、可能性の話じゃがな」


「なるほど。そりゃあ急ぐわけだ! ファーレンベルク!」


 俺の指示に、ファーレンベルクは大きく羽ばたいて速度を上げる。

 見る見るうちにシェルビエントの町を横断したファーレンベルクは、あっという間に目的地まで俺たちを運んだ。


「先に降りるぞ!」


 そう言って、セレスティーナがファーレンベルクの背から飛び降りた。

 ファーレンベルクの背に残された俺とフィナリアは、上空で軽く旋回しながら辺りを見渡す。

 セレスティーナが降り立った場所の近くには、シルディエとバストラングの二人組がいた。

 そして、周囲一帯の街並みは瓦礫の山と化しており、一目見て分かるほどに激戦を繰り広げたことが見て取れた。


「二人とも、無事か!?」


 ファーレンベルクを地面に降り立たせた俺は、シルディエとバストラングにそう問いかける。


「ええ。何とか」


 見たところ二人とも無事のように見える。

 

「シルディエ様。こちらの状況をお教えしていただいても?」


「……エベルスが襲撃してきたのよ」


「エベルス? って、帝国将軍の?」


「ええ」


 シルディエの話によると、バストラングと二人でシェルビエント西部の竜人族の排除を受け持ったシルディエは、途中でバストラングと別れて西部を探索している最中に、エベルスと遭遇したのだとか。


「でもってエベルスが不死身だったと?」


「ええ。槍で心臓や脳天を貫いてみても、魔法で全身を痺れさせてみても、すぐに何事もなかったかのように起き上がって来たわ。途中からバストラングが加勢してくれたけど、それでもエベルスは全く応えた様子がなかったわ」


 バストラングが加勢してからの戦いは一方的といって差し支えないものだったらしく、エベルスは幾度となくバストラングに両断されていたらしい。

 だが、両断された体さえも即座に再生させて戦闘を続行するエベルスを前に、バストラングとシルディエは消耗戦を強いられていた。


「その最中に、ロイルド・インディオスが一人の魔族を連れて現れて、エベルスと一緒に撤退すると言って空間転移を用いて立ち去った、ということよ」


「魔族、そいつは」


「はい。間違いなくシャクト殿だと思われます」


「ええ。以前ジェクト将軍とやりあった魔族だから、その認識であってるわ」


「……にしても、エベルスってやつはそんなに強かったのか?」


 俺の記憶の中にあるエベルスは典型的な腐敗貴族といった風情だった。

 ヴァルシアへと連行されたときも、トリストスにあっさりと剣を奪われた上にドルガー将軍とトリストスの一騎打ちにあたふたしていただけだった。

 あれが全部演技で、実力を隠していたってのか?


 そんなことを考える俺に対し、シルディエは眉を寄せて答えた。


「隠していた、ということはないでしょうね。あいつはその力を貰ったものだと言っていたから」


「もらい物?」


「……ごめんなさい。私もまだ整理がついていないの。話はもう少し状況が片付いてからにしましょう」


 そう言って、シルディエはセレスティーナの方を向いた。


「……くっ」


 地面に手を当てて何かを探っていたセレスティーナは、しばし後にどこか悔しそうな表情を浮かべた。


「ダメじゃな。空間転移の足跡を掴めればと思っておったが、巧妙に足跡を消しておる」


「セレスティーナ様でも探り切れないのですか?」


「転移した現場にいたならともかく、残滓のみから転移先を特定するには少し時間がたちすぎておる。おまけに巧妙に足跡を消しておる。いくら妾といえども探り切れん」


「そうですか……では、シェルビエント内の戦況はいかがでしょうか?」


「……強敵の気配は既にないのう。残った竜人族の数も僅かじゃ。獣人部隊や魔族たちが奮戦しておるゆえ、もうしばらくすれば収まるじゃろう」


「なら、私とバストラングは竜人族の残党の討伐に回らせてもらうわ」


「ならば、敵の居場所へは妾が案内しよう。お主らはどうする?」


「私達は司令棟へと戻ります。指揮の代理を務めなければなりませんので」


「俺もだ。戦力にはならないけど、治療が必要な奴は多いだろうからな」


「うむ。騒乱の方は任せてもらおう」


「了解」


「では、私たちは直ぐにでも。指揮官棟に戻りましょう」


 そう言って、俺とフィナリアはファーレンベルクへと飛び乗った。

 疲弊も不満も浮かべないファーレンベルクは、あっという間に指揮官棟へと到着する。

 ファーレンベルクを軽く撫で上げた後に、セレスティーナと合流して指示に従うようにという命令を下し、ファーレンベルクが飛び去っていくのを確認した俺たちは、真っ直ぐに指揮官棟へと向かう。


「く、クウヤ様! フィナリア様! 一大事です!」


「何事ですか?」

 

 だが、そんな俺たちの姿を確認した兵士の一人が、猛然とこちらに向かって声をかける。


「よ、要塞都市ヴァルシアが……」


 そして、その口からとんでもない凶報が飛び出した。


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