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砦崩壊

 独立戦闘国家シェルビエント。

 魔界に隣接するこの小国は、しかし人間界の中でも屈指の戦力を保有する国家として認知されていた。


 大森林と大山脈にはさまれたこの小国は、凶悪な魔族たちを魔界内部に閉じ込めるために建設された国家であり、天然の要害に、巨大な砦を構え、数多くの兵士と魔導師を配属することで魔族が襲撃したとしても兵力差によって押し返せるようになっている。


 シェルビエントには時折魔界の凶悪な魔物や、強靭な生命力を持つ魔族たちが現れる場合もあるが、その場合は砦の上から弓矢と魔法が雨あられと降り注ぐことになる。

 その堅固な守りは、5000年間もの間魔族を通さなかったという実績が何よりも雄弁に証明している。


「……だというのに、魔族が人間界に出没したなど、あり得るはずもないだろう」


「所詮は実戦を知らぬ地方軍のたわごと。気にする必要はないでしょう」


 砦から魔界を見据える隊長に、部下の一人がそう進言する。

 シェルビエントはその立地から常に魔物に襲撃される危険があるため、かの国に所属している者達は、人間界の中でもかなり実戦経験が豊富な者達なのは疑う余地もない。

 

「そもそも魔族が現れたとして、リスタコメントスの地方軍にどうにかできる相手だと思うか?」


「あり得ません。

 精鋭無比の我々でさえ、魔族と正面からぶつかればただではすみません。

 とてもあのような辺境の軍にどうこうできる相手とは思えません」


 部下の考察に、隊長も頷く。

 シェルビエントが魔族を撃退できているのは、ひとえに地の利と魔導師による物量戦によるものだ。


 要害堅固な砦の上から無数の魔法が降り注げば、いかに身体能力が優れていようとも問題になるはずもない。

 

 逆を言えば、そうでなければ精鋭無比のシェルビエント軍であっても魔族と正面衝突するのは避けたい。

 今まで撃退できたとはいえ、魔族たちは明らかにこちらの常識を外れた身体能力と耐久力を有しており、平原などでまともにぶつかれば間違いなく苦戦は免れないだろう。


 精鋭ぞろいのシェルビエントから見てそれなのだ。

 一地方軍が魔族と遭遇して無事に済むはずなどあり得ない。

 

「ん? なんだあれは?」


 考え事をしていた隊長は、魔界の中に人影を見つけた。

 現在、あたりは完全に日が落ちている。

 そのため人影を見つけることができたのは偶然といっていいだろう。


「魔族ですか。さすがですね。この暗闇の中で発見されるとは」


「偶然だ。

 しかし、この砦に単独で向かってくるとは、随分と頭の悪い魔族もいたものだ」


 通常魔族は10人前後で砦に向かってくる。

 魔界の事情は知らないが、それ以上の数で徒党を組んでいるのを見たことは無い。

 つまり目の前の魔族はその常識を無視してやってきたのだ。

 

 よほどの腕自慢でなければ馬鹿の類だろう。


「魔導師部隊、攻撃用意!」


 隊長の命令に、待機していた魔導師たちが詠唱を開始する。

 目標は当然単独でやってきた魔族。

 的が小さいのが難点ではあるが、その程度の不利は物量差でなんとでもなる。


「放て!」


 宣言と共に、魔導師たちが一斉に魔法を放つ。

 様々な属性を持った色とりどりの魔法が、雨のように魔族に降り注がれる。


 着弾と共に、魔族がいた地点に爆発が起こり、大きく土埃が舞い上がる。


「ふん。たわいもない」


 避けるそぶりすら見せない魔族に、隊長はそんな感想をもらす。

 魔族の中には尋常ではないスピードで回避する者や、普通の兵士であれば即死するような魔法を受けてなお向かってくるものもいる。

 

 しかしだからと言ってあれだけの魔法を避けもしないような愚か者は見たことが無かった。


「さて、どうなったことか」


 そう言った隊長の目の前で土煙が晴れて行った。

 そしてその中には、先ほどのままゆっくりと砦に向かってくる魔族の姿があった。


「馬鹿な!」


 ありえない。

 あれだけの魔法を正面から受けて平然としている魔族など、少なくとも隊長の経験には存在しなかった。


「攻撃を続行しろ!」


 隊長の命令の元、魔導師部隊は次から次へと魔法が叩き込まれる。

 その魔法の雨はやむことなく魔族へと降り注ぎ続けた。

 なぜなら、魔法の全てがその魔族に届いていなかったからである。


「……なんだ、あれは」


 目の前の光景に、隊長は言葉を失った。

 

 魔族に対して放たれた魔法が、炎によって阻まれているのだ。

 風の、水の、土の、火の魔法が魔族に向かって放たれているが、そのどの魔法も魔族の体に当たる前に炎に包まれて消失していた。


「ええい! 撃ち続けろ! 相手は所詮一人だ! 魔力が尽きるまで打ち続けろ!」


 隊長の指示に魔導師たちは頷き詠唱を再開する。

 シェルビエントが難攻不落な理由の一つに、その保有する魔導師の総数があげられる。


 砦からの迎撃という戦いにおいて魔法ほど有効な攻撃手段は存在しない。

 そのためシェルビエントは、数でこそ魔法大国であるトルデリシア帝国に劣るものの、魔導師が占める比率でいえば人間界最大の国家となっている。

 

 その魔導師たちが交代しながら魔法を放ち続ければ、半永久的に攻撃を続けることができる。

 魔法の雨をしのげる魔族であったとしても、その体力と魔力には限りがある。

 所詮数には勝てないのだ。


「続けろ! 休ませるな!」


「は!」


 隊長の指示に返事をした魔導師が、再び詠唱に入った時、突如その魔導師が吹き飛ばされた。


「な、何が起こった!」


 驚愕に染まる隊長の目の前で、次から次へと魔導師たちが何かに打ち抜かれていった。

 その光景に、隊長はただ唖然とするしかなかった。






「相も変わらず、恐ろしい腕前ですねセネル様」


 魔界にて、ベヘルは隣に立つ魔族の腕に賛辞を贈る。


「そうかしら? なんだったらもっと遠くからでも打ち抜けるわよ」


 そんなベヘルに対して、セネルと呼ばれた女魔族が答える。

 一見すれば華奢で容姿端麗なその女魔族は、しかしその手に尋常ではない魔力を帯びさせており、その手からは間断なく風の弾丸が放たれている。

 

 しかしその弾丸が何を打ち抜いているのかがベヘルには見えなかった。

 なぜなら、今女魔族が射抜いている対象である人族がいるのは、ベヘルの目ではとらえられないほどに離れた距離にいるからである。


「ご冗談を。私にはギリギリ砦が見えるかどうかと言ったところ。

 そんな距離から正確に人族を打ち抜けるのは、魔界内と言えどもセネル様ただ一人でしょう」


 ベヘルは両目を凝らして砦を見る。

 彼の目からはかろうじて砦が見えているくらいのもので、どこに何があるのかは全く分からない。

 セネルの話では、すでに炎将シャクトが交戦しているとのことだったが、それすらもベヘルには確認できないほどに距離が離れているのだ。


「無理ではないわ。

 障害物さえなければ見えないほど離れていても問題は無いもの」


「……あながちウソとも思えませんから恐ろしいですね」


 烈将セネル。

 風魔法を用いた独自の気配探知方法で、目で見るよりもはるかに広大な範囲を探ることができるという話は聞いていたが、実際に目の当たりにすると彼女が放った攻撃が敵に命中しているのかどうかも分からない。


 ベヘルと会話をしながらも、セネルは休まず空気を圧縮した弾丸を次から次へと放っている。


「そろそろ砦の人族が減ってきたわね。

 ベヘル。ライオスとゴライアスに連絡を入れて」


「分かりました」


 セネルの指示に従いベヘルは作戦を次の段階へ進ませる。

 数十分後、砦に激震が走った。







 砦で指揮を執っていた隊長は、立て続けに起こった超常現象に対して混乱の極みにあった。


「こ、今度は何事だ!?」


 突如現れた魔法の効かぬ魔族の相手に手間取っていたかと思うと、突如魔導師たちが次から次へと何者かに打ち抜かれていく。

 目視は出来なかったが、魔力の残滓と不可視という二つを合わせて隊長はそれが風魔法による風弾ではないかと目星を付けたが、それがどこから飛んできているのかがまるで分らなかった。


 次から次へと倒されていく魔導師たちを尻目に手をこまねいていると、今度は砦全体が揺れ始めたのだ!

 それもちょっとやそっとの揺れではない!

 立っていることが不可能なほどの揺れが起こっているのだ!


 この土地でこのような地震が起きるなど聞いたこともない!

 そのはずなのに、砦が揺れ、あらこちらで壁や足場が悲鳴を上げている。

 このままではいつ崩れてもおかしくない。


「い、いったい何が!」


 揺れる中で這いよるように、安全面を無視して砦から地面の様子を確認する。

 しかしなぜ地面が揺れているのかがまるで分らなかった。

 こんなタイミングで起きる地震が、普通のものであるとは到底思えなかったので地面を見れば何かが分かるかと思ったが何もわからなかった。

 

 しかし、自分の目に更なる絶望が近づいているのだけは理解できた。

 さきほどシェルビエントの魔導師たちが魔法を束にして叩き込んだ魔族。 その魔族の右手が赤く輝いていたのだ。


 あれは火属性の魔法を発動させる兆候。

 しかも遠くからでも魔力を目視できるほどに圧縮させ手の一撃である。


「拙い!」


 おそらくあの一撃はあの魔族の全力攻撃だ。

 シェルビエント自慢の魔導師たちの攻撃を一身に受けてなお平気だったあの魔族の攻撃に、隊長は戦慄しながら叫ぶ。


「全員、退避しろ!」


 そう指示を下したが、自分の声は激しい揺れの中で響くことは無く、砦の上にいた部下たちは揺れに足を取られて動けないでいた。

 

 そんな中、地震による騒音を掻き消す轟音が響き渡った。

 同時に、夜の暗闇を掻き消すような業火が砦に放たれた。

 

 耳が痛くなるような爆音と、目がくらむような閃光と、吹き飛ばされるような爆風と、焼け焦げるような灼熱に砦が包まれた。







 

「………なにが、どうなった」


 すべてが収まったのち、隊長は瓦礫の中から起き上がった。

 その目の前には、信じがたい光景が広がっていたのだ。


 砦が、真っ二つに割れていた。

 否。砦の中央部分が消滅していたのだ。

 

「……嘘だろ」


 目の前に広がる光景が信じられなかった。

 頭の中では、先ほどの炎を使う魔族の仕業だと理解している。

 しかし、だからと言ってこの砦を破壊できるほどの魔力となるといったいどれだけの物なのかが理解できなかった。


 これまで、魔族たちには苦戦することはあっても勝てないことは無かった。

 

 しかし、今回は完膚なきまでに敗北した。

 それもたったの数名に、である。


 襲撃してきた魔族たちは、何もかもが自分たちの常識を上回っていた。

 

 なぜこれほどの怪物たちが突如攻めてきたのか。

 その理由はまるで見当もつかないが、一つだけ言えることは、魔界の戦力は自分たちが考えていたよりもはるかに強大なものだったのだ。


 シェルビエントは魔族から人間界を守ってはきたが、魔界を調べたことは一度もなかった。

 それが5000年である。

 その長い年月の間に、魔界にはあれほどの怪物たちが育っていたのだ。

 

「……せめて、伝えなければ」


 そう言って隊長はシェルビエントの内部へ戻ろうと決意する。

 せめて、今自分たちが持っている情報だけでも伝えなければと思って立ち上がり、目の前に飛び込んできた光景に、今度は困惑した。


 魔族たちは砦を突破した。

 それは間違いない。

 

 だというのに砦の後方に広がるシェルビエントの町には明らかに被害が出ていないのだ。

 町の方から馬に乗った兵士たちがやってくるのが見えた。


「一体、何が」


 困惑する隊長は、すぐさまやってきた兵士たちに砦が破られたことを伝え、人間界全体に緊急通信を行った。

 しかし、突如いなくなった魔族の行方は、ついぞ知れなかった。


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