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解放された裏切り者

 竜人ガンドラが葬られるしばし前。

 炎将シャクトの背に刻まれた赤い幾何学模様を目にしたジェクト将軍の一言にセネルは問いを返した。


「隷属魔法?」


 魔界に生まれ育ったセネルには全く見覚えも聞き覚えもない魔法。

 そんな魔法の名を口にしたジェクト将軍は、手短にその魔法の概要を伝える。


「隷属魔法とは、契約者に対して逆らうことを禁止する魔法です。つまり、シャクト殿は明らかに何者かに隷属しているということです。つまり」


「……イファール様を裏切ったのは、シャクトの意志ではない、と?」


 セネルの問いに、ジェクトは頷いた。

 ノーストン王国内で隷属魔法の研究に努めたことのあるジェクトだからこそわかるが、シャクトの背に刻まれたのは細かな違いこそあれど、間違いなく隷属魔法である。


 ジェクトが最も研究していた獣人用の隷属魔法とも、オルバールの元で権力争いに励んでいた上級隷属魔法とも明らかに異なる代物ではあるが、それを一目見た時、ジェクトは直感的にそれが隷属魔法、あるいはその系譜に属する紋様であると察した。察することが出来た。


 ……なぜそれが魔族であるシャクトの背に刻まれているのかということに関しては全く見当がつかないのだが。


「……もしそれが本当だとして、シャクトをそれから解放する手段はあるの?」


 セネルの問いに、ジェクトはしばし黙考した。

 ジェクトには隷属魔法を解除する封印魔法『封隷』という手札がある。

 この『封隷』は、ジェクトの生み出した氷杭を相手に突き刺し、氷杭経由でジェクトの魔力を相手に流し込み、流し込んだ魔力を持って隷属魔法陣が被用者に及ぼす魔力的流れを遮断することで隷属魔法を封じるという原理に基づいている。


 この魔法を契約者に用いた場合は、エルリオットの時のように契約者の持つ魔法陣の命令そのものを抑え込んでしまえる。

 逆に、隷属魔法陣の被用者に用いた場合、魔法陣が被用者に及ぼす影響をシャットアウトしてしまうという形で無効化することが出来る。


 そして、どちらも魔法陣と被用者の間に繋がる経路を断ち切ってしまうため、一度『封隷』をかけてしまえば二度かけする必要がない。

 つまり、シャクトに氷杭を打ち込んで魔力を流し込むことが出来れば、彼を隷属魔法から解放することは十分に可能といえる。


 だが。


「一度では無理ですね」


 セネルの問いに、ジェクトはそう答えた。


「一度では、というのは、どういうこと?」


「あの隷属魔法は、私が知るそれとは大きく異なる部分が見受けられます。ゆえに、幾度か封隷を用いて分析してみなければ、あの隷属魔法を解くことはできません」


 ジェクトは一度、ドルガー将軍相手に封隷を試して失敗している。

 あれは戦の最中に魔力を使いすぎたせいで出力が不足していたというのもあるのだが、それ以上に上級隷属魔法という細部の異なる魔法陣に隷属魔法用の封隷を用いてしまったことが大きい。


 封隷は、敵の体を経由して隷属魔法の影響を乱すという高等技術。

 ゆえにノーストン内で扱えるのは……否、人間界内で扱えるのはジェクトだけである。

 帝国亡き今、封隷は無用の長物だと思っていたジェクトは、ノーストンの将軍という役職からもたらされる激務もあって上級隷属魔法の検分を行うことも怠っていた。


 ゆえに、その上級隷属魔法ともさらに異なるであろうシャクトの隷属魔法を解除するためには、幾度か隷属魔法を叩き込み、その魔法の傾向を知ったうえで、後は力任せに押し切るしかないという結論を出したのである。


 とはいえ、本来なら針を通すような精密な魔力コントロールを要求される封隷を、僅か数度の実験で改造するのは困難を極める。

 本来なら不可能と断言してもいいその試みは、ジェクト自身もよくて五分五分とみての提案だったのだが、その提案を聞いたセネルは頷き答えた。


「つまり、数度私がシャクトに隙を作ればいいのね?」


「……ですが、確率はよくて五分といったところですよ」


「なら成功するまで繰り返して」


「……分かりました」


 有無を言わせぬセネルの答えに、ジェクトは苦笑して杖を構えた。

 セネルの胸中は分からないが、彼女がシャクトに対して何かしらの事情を抱いているのを見て取ったジェクトは、その想いを汲もうと一歩前に出る。


 だが、そんなジェクトに対してセネルが片手を上げてそれを止める。


「言ったでしょう。私がシャクト相手に隙を作るって。あなたはその隙にその『封隷』を叩き込めばいい」


「……出来るのですか?」


 セネルの立てた作戦に、ジェクトはそんな横やりを入れる。

 ジェクトの見立てではセネルは魔力コントロールだけ見ればジェクトはおろか、セレスティーナさえも上回りかねないほどの物を持っている。

 だが、シャクトと正面からぶつかり合うには明らかに魔力不足。


 ゆえに不安を抱いていたのだが、それに対してセネルは有無を言わさぬ口調で言葉を口にした。


「出来るか出来ないか。そんなこと、魔界に生きている私達には意味のない問答よ。出来なければ死ぬ。それだけの話ね」


「……そうでしたね」


 セネルの指摘に、ジェクトは頷き一歩下がった。

 魔界というところは、ジェクトの知る人間界とは全く違う弱肉強食の世界。

 やらなければ、出来なければ死ぬという世界なのだ。


(やれやれ。私もまだまだ修行が足りない)


 内心でそう結論付け、ジェクトは自らの周囲に多数の氷杭を生み出した。

 前衛をセネルが引き受けてくれるというのなら、自分はその前衛に全幅の信頼を置いて戦うのみである。

 

 そんなセネルとジェクトを待っていたのか、シャクトは相も変わらず一言もしゃべらぬままにこちらを伺っている。


『風刃・乱舞!』


 そんなシャクトに対し、セネルは幾多の風刃を放つ。

 

『熱波壁』


 そんなセネルの風刃を、シャクトは熱波を叩き付けることによって押し返す。

 セネルの知る限り、シャクトは二つの防御法を使い分ける。

 炎の壁を生み出し、自らに迫りくる攻撃を受け止める炎壁。

 そして、熱風を生み出して周囲一帯の攻撃を押し返す熱波壁である。

 

 そしてシャクトは自らが攻撃していないときはかなりの確率でこの熱波壁を用いる。

 周囲の魔法を一掃してしまえるこの熱波壁は、防御方法として極めて有効な技だからである。


 だが、その熱波が拡散した時、時間差をつけて氷の杭が射出される。


『氷杭』


 ジェクトの放った魔法が、拡散した熱波を突き抜けてシャクトへ迫る。

 その数は5本。

 鋭く研ぎ澄まされた杭は、シャクトに回避をさせないようにとそれぞれが計算された方向から迫りくる。


『炎壁』


 それに対し、シャクトは自らの周囲に炎壁を生み出してその氷杭を燃やし尽くそうとする。

 そして、シャクトめがけて迫りくる氷杭の3本が、炎壁に阻まれ溶け去った。


「!?」


 が、直後ジェクトの放った氷杭が2本、シャクトの足と腕に突き刺さる。

 2本の氷杭は、僅かにその表面が僅かに溶けたただけで、杭としての形を維持していたのだ。


 ジェクトは氷杭を放つ際に魔力を極端に多く込めた氷杭を2本ほど混ぜていたのである。

 ゆえにその氷杭の持つ貫通力は、他の氷杭とはまるで異なる一撃となる。

 広範囲を守る炎壁ではその氷杭の一撃を防ぎきることはできない。


『封隷』


 その氷杭を伝って、ジェクトは隷属魔法陣をかき乱す魔力を流し込む。

 封隷は、隷属魔法をその身に刻んでいない者が相手であれば一切の手応えがない。

 そして、たった今ジェクトの放った封隷には確かな手応えが帰ってきた。


 パキン!


 だが、封隷を発動してしばし後、シャクトの体に打ち込まれた氷杭が砕け散った。


『次弾、装填』


 つぶやき、ジェクトは再び氷杭を生み出す。

 そこには、封隷が失敗したことに対する気負いは全くない。

 もとより今の一撃は探りに過ぎないのだ。


 そんなジェクトに対応するかのように、シャクトは10の炎弾を生み出す。

 今度はその炎弾を持ってジェクトの氷杭を落としてやろうと考えての行動である。

 それに対し、ジェクトは何のためらいもなく同数の氷杭を射出する。


 真正面から氷杭と炎弾が激突する……かと思われた時、その場にセネルの凛とした声音が響く。


『風刃・乱舞!』


 放たれた風刃は、シャクトの炎弾を断ち切り、その場に爆散させる。

 セネルはシャクトがジェクトの攻撃に意識を奪われていたほんの一瞬の間をついて風刃を生み出し、それを射出したのである。

 

 曲折しながら迫りくる風刃がシャクトの炎弾を爆発させる。

 ジェクトが放った10の氷杭の内、2本がその爆発に巻き込まれて消失する。

 

 だが、その程度で霧散する氷杭は当然ダミー。

 本命は、今まさにシャクトを射抜かんと迫っている8本の氷杭の中に含まれているのだ。

 

『熱波壁!』


 迫りくる氷杭を前に、シャクトは熱波を生み出すことで応対する。

 熱波壁を用いることで8本の中に紛れ込んでいるダミーを破壊すれば、本命の氷杭を見切って叩き落とせば済むという判断である。

 

 シャクトの熱波壁に巻き込まれ、8本の氷杭の内7本が霧散する。

 1本ならば防ぐまでもないと、シャクトは迫りくる氷杭を回避する。

 だが、直後シャクトは自分の失策を理解した。

 ジェクトは氷杭を射出しながら新たに別の氷杭を1本造り上げ、時間差をつけて射出していたからである。


『炎壁!』


 とっさに迫りくる氷杭を炎壁で防ごうとするが、その氷杭はこれまで放っていた物に比べて二回りほど大きい。

 到底炎壁で防げるような代物ではなかった。


「ッッ!!」


 その大きな氷杭が、シャクトの左肩を貫いた。

 先の氷杭を回避していたせいでできたわずかな隙を突かれたのである。


『封隷!』


 直後、再びジェクトが氷杭めがけて封隷を発動させる。

 シャクトの左肩を貫いた氷杭は、先ほどの氷杭と同様にほどなくして砕け散った。


『次弾、装填』


 そんなシャクトの目の前で、ジェクトは再び氷杭を作り出す。

 その氷杭を前に、シャクトは片手に炎の魔力を集め出した。

 ジェクトは匠な心理戦を用いてくる。

 目に見える氷杭は、全てがダミーかもしれなければ、全てが本命であるかもしれないのだ。


 ならば、全てを焼き尽くすまでとシャクトはその右手に炎を滾らせる。


『獄炎弾!』


 かつてシェルビエントの砦を破壊した、ジェクトの氷龍弾と互角の威力を誇る火炎の玉を、シャクトは全力でジェクトめがけて放出した。


 だが、そんなシャクトの獄炎弾がジェクトに迫りくる中、その軌道上にセネルが立ちはだかった。


『風流し』


 直後、セネルは自らの放出できるすべての魔力を用いて一枚の風盾と、空気その物を生み出した。

 直後、セネルの盾にぶつかる寸前で獄炎弾が大爆発し、その大爆発をセネルが自らの盾で受け止める。


「ぐぅぅう!!!!」

 

 ななめに構えられたセネルの盾を伝い、獄炎弾の魔力が上方へと逸らされる。


 炎は酸素によって燃焼する。

 理屈は知らずとも、そのことを感覚的に理解していたセネルは、獄炎弾に含まれていた濃密な炎の魔力をあえて自身の生み出した風の盾の前で爆散させたのである。


 当然、それは自分の魔力で大爆発を引き起こすような諸刃の剣である。

 だが、獄炎弾という圧縮された魔力の塊を防ぐことは出来なくとも、大爆発によって発生した熱波の方であれば防ぐことができえると踏んだセネルは、魔力の効率を一切無視してそれを断行したのである。


『氷杭!』


 爆発によって舞い散った砂埃を煙幕に、ジェクトはシャクトめがけて氷杭を射出する。

 

『熱波壁!』


 それに対し、シャクトは再び熱波を放って対処する。

 だが、今回放たれた氷杭は全て本命。

 シャクトの熱波壁は、ジェクトの放った10の氷杭を一本も撃ち落とすことが出来なかった。


「がっ、ごあ!!!」


 直後、10の氷杭全てがシャクトを貫いた。

 視界が悪い状況で、熱波壁がギリギリ間に合ったのが奇跡的だったのだ。

 炎壁が間に合わなかったシャクトは、体中に氷杭を叩き込まれる。


『封隷!』


 再度、ジェクトの封隷が発動する。

 一度目と二度目の氷杭が崩れ去ったのには、本数の少なさが挙げられる。

 氷杭は、敵の体に魔力を流し込むために重要な役割を課している。

 ゆえに封隷を正しく機能させるには相応の数の氷杭が必要となる。

 

 そして、今回は高魔力を練り込まれた氷杭10本。

 前回のドルガー戦と違い、今回はセネルの援護もあったおかげで魔力も十分に残っている。


 二度の分析によって必要な魔力の波長もおおよそ見当がついている。

 ゆえに、ジェクトは全力を込めて10の氷杭に魔力を注ぎ込む。


「が、ああああアアアアア!!!!!」

 

 隷属魔法を大きくかき乱されているせいか、シャクトがかつてのドルガー将軍同様に悲鳴を上げる。

 今までの二回は分析目的だったために氷杭のもたらすダメージに紛れていたのだろうが、今回は全力での封隷。

 ゆえに、シャクトの魔力に絡みついた隷属魔法陣を引きはがさんとするジェクトの魔力にシャクトが拒絶反応を起こしているのである。


「がああああああ、ああああああ!!!!!」


「ぐっ!」


 だが、あと一歩というところでジェクトの放った氷杭が瓦解してしまった。

 瓦解した原因は本数不足。

 シャクトの隷属魔法はジェクトの分析以上に深く根付いており、それを崩すためにはまだ魔力の受信部たる氷杭の数が足りなかったのである。


「く、おおおおおああああ!!!!」


 氷杭が砕け散った直後、シャクトはその両手に紅蓮の炎を生み出す。

 先ほどの獄炎弾と同等の魔力が両手から感じ取れる。

 つまりは、獄炎弾を二つ同時に放とうとしていると、ジェクトとセネルはシャクトの手を看破する。

 

 ジェクトの封隷に対してよほどの脅威を覚えたのか、シャクトは防御を無視してセネルとジェクトを滅ぼすつもりなのだ。


『獄炎弾!』


 直後、シャクトの両手から再び高密度に圧縮された火球が放たれる。

 

『風流し!』


 セネルはそれを先ほどと同じ要領で受け流したが、獄炎弾に対する風流しは本来なら非常に非効率な防御方法である。何しろ獄炎弾を自らの風の魔力で爆散させた上で攻撃を受け流すという複雑怪奇な手順を踏んでいるのだから。

 ゆえにセネルが防げるのは一度のみ。

 二つ目の獄炎弾に対しては、空気を生み出すことさえ間に合わない。


「ここまで、か」


 眼前に迫りくる獄炎弾を前に、セネルはそっと目を閉じようとした。

 

『氷龍弾!』


 だが、目を閉じようとしたセネルの眼前で、獄炎弾に氷の龍が激突した。


「な!?」


 せめて身を挺して獄炎弾の威力を削ごうと考えていたセネルにとって、ジェクトの援護は予想できていなかった。

 否、後方からの魔力の昂ぶりは感じ取っていたが、それはシャクトを解放するための次の一撃だろうと思っていたのだ。

 

 ジェクトの氷龍がシャクトの獄炎弾と相殺され、セネルの風流しによって巻き起こっていた土埃が晴れる。

 だが、直後セネルの目には驚くべき光景が再度叩き込まれた。

 シャクトが三つ目の獄炎弾を放とうとしていたのである。


 先ほどジェクトが行った氷杭による時間差攻撃。

 それをシャクトが必殺の獄炎弾を以て行おうとしているのである。

 セネルは風流しを使った直後であり、防げる手段はジェクトの氷龍弾のみ。

 そう考えていたセネルは、再度その予測を裏切られる光景を目の当たりにする。


『氷杭!』


 ジェクトがそう唱えると、直後、セネルの眼前の地面から15の氷杭が射出された。

 

「い、いつの間に!?」


 その光景に、セネルは唖然とした。

 この氷杭は、明らかに一瞬で用意されたものではない。

 ジェクトは戦いが始まった直後から戦闘と並列させて地面の下に氷杭を作り続けていたのである。

 それもシャクトの隷属魔法を分析しながら。


 前衛をセネルに任せていたからこそできる綱渡りだが、昨日今日組んだばかりのセネルに全幅の信頼を置いていなければできることではない。

 突如眼前の地面から射出された15の氷杭を、攻撃体勢に入っていたシャクトは避けることも防ぐことも出来ずに正面から受ける。


『封隷!』


 そして、ジェクトは正真正銘の本命となる封隷を発動させた。


「が、あああああああああ!!!!!!」


 再びあたり一面にシャクトの絶叫が響き渡る。

 先ほど撃ち込まれた氷杭によって、ジェクトの解析はさらに進んでいる。

 当然、今回打ち込んだ15本の氷杭にはあらん限りの魔力を込めてある。

 ゆえに封隷は正しく発動し、シャクトの内部に巣くう隷属魔法をはぎ取っていく。


「があああぁぁぁぁ・・・あああああああ!!!!」


「な!?」


 だが、あと一歩で完全に隷属魔法が解除されるといったところで、突如シャクトの絶叫の色が変わった。

 しかも、先ほどまで封隷のせいで消えかかっていた右手の炎が激しく燃え上がっている。


「ぐおおああああ・・・『獄炎弾!』」


 そしてシャクトは、封隷をかけられ、自身の魔力をかき回されている最中に、消失しかけていた3つ目の獄炎弾をジェクトめがけて放った。


「クッ、『氷龍弾!』」


 それに対し、ジェクトは迎撃するために氷龍弾を放つ。

 獄炎弾を受けてしまえば、ジェクトは即死してしまい、封隷も途中で止まってしまう。

 セネルも風流しを用いた直後であるためまだ魔力が整っていない。

 

 ゆえにジェクトは他に術もないまま氷龍弾を紡ぎあげた。

 シャクトの放った獄炎弾と、ジェクトの放った氷龍弾が真正面からぶつかり合う。

 

「……やられましたね」


 かろうじて相殺が間に合ったが、ジェクトの表情はすぐれなかった。

 先ほどシャクトが放った獄炎弾を相殺する際に放った氷龍弾に魔力を割かれてしまったために、隷属魔法の解除があと一歩というところで止まってしまったのだ。


 あと一歩まで追い込んだとはいえ、隷属魔法陣が完全解除されていない以上、封隷でかき乱した隷属魔法の縛りは暫しの間を置いて再びシャクトに根を下ろしてしまう。


 ゆえにジェクトは歯噛みしながらも再び氷杭を生み出した。

 だが、それに対応するようにシャクトは再び両手に獄炎弾を生み出した。


(まずいですね)


 その光景に、ジェクトは小さく冷や汗をかいた。

 戦闘中に氷杭を打ち込んで封隷を発動させるのは、当然のことながら相当に骨が折れる。

 氷杭を手練れに打ち込むという時点で難易度としてはかなりのものなのだが、その直後に相手の隙をついて封隷を発動させるとなると相当に複雑な段取りを踏む必要がある。


 そして、ジェクトは既にその複雑な段取りをするための手札をほぼすべて切ってしまった。

 その上シャクトはジェクトに対して深く警戒心をあらわにしており、現在は防御を無視して獄炎弾を連発するという力技に訴えている。

 相手が防御に回ってくれるのならばまだしも、攻撃をかいくぐりながら封隷を用いるのはいささか以上に厳しいのである。


「セネル殿……セネル殿?」


 一度作戦を練り直すべきと考えたジェクトは、しかしセネルの様子がおかしいことに気が付いた。


(まさか、魔力欠乏症!)


 自分の前いるセネルが、片膝をついて呼吸を荒げているのだ。

 考えてみれば獄炎弾を二度に渡って防いだセネルの防御方法は、氷龍弾が使えるジェクトから見れば絶対に用いることの無い非効率的なものだった。


 セネルなりに考えに考えての行動だったのは間違いないし、それをやってのけた胆力は賞賛に値するが、あんな魔力の使い方をすればあっという間に枯渇しても全くおかしくない。

 そもそも、風龍弾を自在に使えるほどの魔力がないからこそ、セネルはあんな防御方法を取っていたのだ。


「……」


 無言のまま、ジェクトは目の前でシャクトが生み出している二つの獄炎弾に対処するべく氷龍を三匹生み出した。


 現在ジェクトが一度に生み出せる最大の数。

 それに対し、シャクトは両手に集めた炎の魔力を解放した。


『氷龍弾!』


『獄炎連弾!』


 そして、双方の魔法が放たれる。

 ジェクトの放った氷龍のうち二匹が獄炎と衝突して相殺される。

 そして残った最後の一匹の氷龍も、シャクトは新たに生み出した獄炎弾で迎撃してのけた。


「クッ……」


 そこでジェクトは荒く息を吐く。

 このままではジリ貧となるのが目に見えているからである。

 

『…氷龍弾』


 だが、それでも手を緩めるわけにはいかないと、ジェクトは氷龍弾を生み出した。

 それに呼応するようにシャクトも獄炎弾を生み出す。


 後はどちらの魔力が先に尽きるかの勝負となる。

 ジェクトはそう考え、氷竜弾を放とうとした。


 直後。


『風弾』


「!?」


 今まさにお互いの魔法をぶつけ合おうとしていた二人の意識から外れていたセネルが、魔法を紡ぎあげた。

 シャクトも、セネルの様子から魔力が尽きたと考えていた上に、ジェクトに対して神経をとがらせていたため、その対応が完全に遅れる。


 見事に二人の意表を突いたセネルは、風弾でシャクトを打ち抜いた。

 が、その風弾はシャクトに多少の手傷を負わせはしたものの、有効打とはなっていない。


『封隷』


「な!?」


 そう思った矢先、ジェクトの目の前でセネルがその魔法を紡ぎあげた。


「ご、があああああ!!!!!」


 再びシャクトが悲鳴を上げる。


『…氷杭!』


 そんな光景に戸惑いながら、ジェクトもとっさに氷の楔を生み出してシャクトに向けて射出する。


『封隷!』


 そして、ありったけの魔力を用いてその魔法を発動する。


 バリン!


 直後、ジェクトは隷属魔法を解除する確かな手ごたえを感じ取った。同時にシャクトの体に刻まれていた隷属魔法の魔法陣。紋様が消失する。 


「……セネル殿。いつの間に、封隷を?」


 その手ごたえを前に、ジェクトはセネルに対してそんな問いを口にする。

 先ほど封隷を発動した際、セネルの魔力も確かに封隷が発動されていた。

 つまりは、セネルははったりでもなんでもなく封隷を用いていたのである。

 それに対し、セネルは何でも無いように答えた。


「真似できそうな魔法だったから真似てみたのよ」


「……では、先ほど苦しそうにしていたのは?」


「魔力が切れかかっていたのもあったけど、あなたたちを欺くにはああするのがいいと思ったからね」


 自分も開発と習得に相応の時を必要とした封隷をあっさりと模倣してのけたことと、敵を欺くために味方ごと欺く演技を咄嗟にあの場で実行したセネルに対し、ジェクトはただただ感心した。


(もっとも、彼女の場合どちらが味方なのか分かりませんがね)


 内心でそんなことを考えつつ、ジェクトはシャクトに対して杖を構える。

 隷属魔法が解除された手ごたえはあったが、シャクトが完全に味方かどうかまではジェクトには測れない。


「それで、私の魔法はうまくいったのかしら?」


「ええ。この上なく。しかし、あれは私以外に扱える者のいない魔法だったはずなのですがね」


「確かにかなり難しい魔法だったわね。もっとも、魔力消費量はさして多くなさそうだったら、どうにか模倣は出来たけど」


 針の穴を通すような独特の魔力行使を必要とする封隷を、どうにかとはいえ模倣できたと告げるセネルを前に、ジェクトは苦笑していた。

 あるいは、もしこの魔族と共に戦えていれば、ドルガー将軍を助け出すことも出来たかもしれないと、そう考えたジェクトの前で……体から隷属魔法の紋様が消えたシャクトが顔を上げた。


「……なるほど。お前たちは俺にかけられていた戒めを解くためにあんな戦い方をしていたのか」


「シャクト!」


 対峙してのち初めて口を開いたシャクトに、セネルが駆け寄った。


「あなた! あの敵に操られていたのね!」


「……」


 駆け寄りながらそう問いかけるセネルに対し、しかしシャクトは何も口を利かなかった。


「……シャクト?」


 そんなシャクトに対し、セネルは駆け寄る足を緩めた。

 直後、シャクトは右手を掲げ、セネルに炎弾を叩き込んだ。


「な!?」


 とっさのことで回避しきれなかったセネルは、真正面からその炎弾を受けてしまう。

 先ほどまでの戦いで満身創痍だったこともあり、セネルはそのまま成すすべなく倒れ込んでしまった。


「何を!?」


 それに対し、ジェクトは杖を掲げた。

 だが、そんなジェクトが魔法を紡ぐことはできなかった。

 一瞬のうちにシャクトがジェクトの懐に潜り込み、腹部を強打したからである。


「ゴハッ!」


 杖術と近接戦も嗜んでいたジェクトの懐をあっさりとってのけたシャクトに対し、ジェクトは戦慄した。

 なぜなら、シャクトから感じ取れる力が先ほどまでとは比べ物にならないほどに強大になっていたからである。


「あ、なた、は」


 薄れゆく意識の中で、シャクトが何かを呟いた。


「           」


「!?」


 その一言を聞き、ジェクトは理解した。

 なぜ、シャクトが突如その力を増したのかを。

 その真の目的がどこにあったのかを。


 そんなジェクトに対し、シャクトは容赦なく拳を振り下ろした。


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