竜人王の最後
「オオオオオオオオオオ!!!!」
「ロオオオオオオオオオ!!!!」
シェルビエントにて二人の竜人の雄叫びが響き渡る。
その雄叫びが響く度に凄まじい振動がシェルビエント内を叩いた。
ぶつかっているのは竜人王のガンドラと竜人ベヘル。
二人は真正面からその拳をぶつけ合っていた。
ベヘルの体躯は周囲にいる竜人族と比べると大柄だが、流石にガンドラと比べるとさすがに見劣りしてしまう。
しかしそれでもベヘルはガンドラ相手に一歩も退かずに拳を振るっていた。
拳が交わる度に大気が奮える。
ぶつかり合う拳は、まるでロウセイとイファールの激闘を再現するかのように周囲の建物や地面を破壊し、粉砕した。
「野郎、単純な近接戦はあんなに強かったのか」
「うむ。話に聞いていたよりも二回りは強い。単純な筋力ならバストラングさえも上回る。しかし敵はそんなベヘルさえも上回るのう」
二人の竜人の激突を観察しながらそんなことを口にするセレスティーナの眼前で、ベヘルが大きく弾き飛ばされた。
「ふう。やはりガンドラ様相手に正面からぶつかり合うのは分が悪いか」
のそりと激突した壁のなかから姿を現すベヘルは、既にその全身に無数の傷跡が刻まれている。
対してガンドラは大した傷を負っているわけでもなければ、出来た傷もたちどころに治ってしまっている。
「加勢するか?」
「いや、まだいらん。お前たちはもう少し休んでいろ」
「良いのか? お主も相当に厳しいじゃろうに」
「大したことはない。それに……」
「オラアアアアア!!!!」
気合の乗った掛け声と共に、シェルビエント中央部内に稲妻が走る。
「ガンドラ様の相手は俺だけではない」
ベヘルがそういうと、稲妻は真っ直ぐにガンドラめがけて直進した。
「ロオオオオアアアアア!!!!」
その稲妻を撃ち落とそうと、巨漢の竜人が拳を振るう。
だが、その雷は迫りくる拳を回避するかのように幾度も鋭角的に角度を変えながら高速で竜人王の背後に回り込んだ。
『豪雷拳!』
そして、竜人王の背後に回り込んだ雷の中から雷を纏った拳が放たれる。
巨漢の竜人の背後に回り込んだのは雷将ライオスであり、ガンドラが迎撃しようとしていた雷は雷移動によって高速移動していたライオスである。
「ロオオオアアアアア!!!!」
ライオスの拳をその背に受けながらも、竜人はライオスめがけて拳を振るい直す。
だが、その拳は再び空を切った。
再びライオスが雷移動によって竜人の側面に回り込んだからである。
「シルディエから話は聞いてたが、あの野郎とんでもない動き方しやがるな」
そんなライオスの動きを見ながら、トリストスはそんな感想を口にする。
ロウセイ達が魔界にてイファールと戦っていた際、トリストスはジェクト、シルディエの両名から砦付近での戦闘状況を聞いていた。
その中で、ライオス、シャクト、ゴライアスを始めとした魔将たちの戦力を知識として理解してはいた。
だが、シルディエから聞いたライオスの雷移動という技法は、シェルビエントの砦で遠目から見た時とはまるで比較にならない速度であった。
シルディエは魔力の流れを察知して動きを予測したと言っていたが、確かにあれはそうでもしなければ到底回避や予測の仕様の無い動き方である。
ゆえにシルディエのように魔力察知のできないトリストスは、自分が戦う場合は間違いなく直感頼みの危険な戦いになるだろうと断言でき、同時に今味方であるということに安堵していた。
「さて、あいつが抑え込んでいるうちに作戦を整えておかないとな。ベヘル。あのガンドラってやつも、当然あんな回復力はなかったと考えていいんだよな?」
「ああ。他の同胞もそうだが、ガンドラ様はそれ以上の何かを施されている」
「そのことなのじゃが、二人とも。今の内によく聞いておいてほしい」
そんなライオスとガンドラの戦いを見守りながら、セレスティーナがトリストスとベヘルに対して口を開いた。
「先ほど竜人王が頭部を再生させた際に、奴の心臓付近で奇妙な魔力の流れがあった。恐らく、その近辺に何かがあるはずじゃ」
「……心臓」
セレスティーナの説明に、ベヘルは一言つぶやいた。
「要するにガンドラ様の心臓をえぐり取ってしまえばそれ以上は復活しない。ということか? しかし他の同胞達は心臓を穿っても復活していたが?」
ベヘルの一言に、セレスティーナは頷いた。
「確かに他の竜人族はそうじゃ。しかしあのガンドラだけは少し状況が異なるようじゃ。その臓腑に何かを埋め込まれておる。ゆえに臓腑を抉り抜けば恐らくは蘇生せずに倒せる」
「しかし、心臓を抉り出すには、一度あの胸板を覆う竜燐を破らねばならないぞ?」
「なるほど。俺にあの胸板をぶち破れって言ってんだな?」
そんなトリストスの問いに、ベヘルは頷き、セレスティーナはやや苦い表情を浮かべた。
「今、ライオスが足止めをしている。俺とライオスだけであれば分の悪い賭けだったが、お前たちが加われば十分な勝算があるな。手を貸せ」
「ああ。勿論だ」
そう言って、トリストスは再び刃を構えた。
「……トリストス」
心配そうに告げるセレスティーナに対し、しかしトリストスは片手を上げてそれを制した。
「なら、さっさとはじめてくれ」
「無論そのつもりだが……なに?」
「こ、これは」
直後、トリストスの様子が変わったことにセレスティーナとベヘルは驚き戸惑った。
隣に立つトリストスが、まるで幽鬼のように気配を絶ったからである。
目で見えているのにもかかわらず、一瞬の後には見失ってしまいそうなほどに希薄な存在となってしまったトリストスに対し、ベヘルは怪訝な表情を浮かべた。
だが、その隣でセレスティーナは信じられぬとばかりに驚愕の表情を浮かべていた。
「トリストス、お主……」
だが、直後セレスティーナはベヘルの方に向き直って口を開いた。
「ベヘル! 準備が整っておるならすぐに始めよ!」
「承知した。ライオス!」
「おう!」
そんなベヘルに応じるように、ライオスは一度ガンドラから大きく距離を取り、三人とガンドラの間に立つような位置取りに立った。
「オロ、ロロオオオオオオ!!!!」
一瞬ライオスを見失ったガンドラは、再びライオスめがけてその巨躯を揺らしながらその拳を振り上げた。
それに対し、ライオスは真正面から一歩を踏み出した。
『雷移動』
直後、ライオスの体が再び雷に包まれて一気に加速する。
そして、加速したライオスは一直線にガンドラめがけて瞬間移動のように彼我の距離を埋める。
『豪雷拳!』
そして、雷移動によって加速された勢いをそのままに、ライオスは雷を纏った拳を振り抜いた。
「ゴロッ、オオオオオオ!!!」
そのあまりの勢いに、ガンドラの体は押し返されて宙に舞った。
『空来!』
直後、後方に大きく弾き飛ばされそうになっていたガンドラの後方にて風が爆発する。
風を起こしたのはセレスティーナであり、ガンドラは突如背後に巻き起こった爆風に巻き込まれるような形で押し返される。
「今じゃ! トリストス!」
二度に渡って大きく体勢を崩されたガンドラは安定性を失って棒立ちに近い状態になっている。
そんなガンドラに対し、トリストスはまるで一陣の風となったかのように静かに、しかしライオスの雷移動もかくやと言わんばかりの速度でガンドラへと肉薄し、その刀を振り抜いた。
「ゴ! ロロオオオオアアアアア!!!!」
直後、ガンドラの竜燐が斜めに切り裂かれる。
幽玄の太刀
セネルを倒した際にトリストスが用いた一撃は十分すぎるほどに加減が成されていた上に峰打ちであったが、今回は当然刃を立てた状態で振るわれた全力の一撃である。
極限まで脱力された状態から放たれたトリストスの一撃は、ガンドラの竜燐を一太刀の元に切り裂いてのけたのである。
だが、その一撃はガンドラの巨体を一刀両断するには至らず、右肩から左腰までに一筋の深手を負わせるにとどまっていた。
そして、頭部を再生させてのけるガンドラにとってそのような傷は傷の内にも入らない。
即座にガンドラの肉が蠢き、その体を再生させようと動き出す。
だが。
「よくやった。十分だ」
刀を振り抜いたトリストスの上を、竜人ベヘルが飛び越した。
「ガンドラ様。お覚悟を」
「ぐ、ロオオオオオオオ!!!!」
迫りくるベヘルに対し、ガンドラは拳を振り抜こうと右腕を上げる。
だが、ライオスとセレスティーナに体勢を崩された上にトリストスから深手を負わされたガンドラよりもベヘルの拳が届く方がはるかに速い。
『剛龍拳!』
そして、放たれたベヘルの一撃がトリストスによって切り裂かれたガンドラの胸板を貫いた。
「ロオオオオオオオアアアアア!!!!」
そんなベヘルに向かって、ガンドラは構わず拳を振り抜き、ベヘルの左肩を打ち抜いた。
「ごあっ!」
その拳を受け、弾かれたようにベヘルがガンドラの元から剥がされる。
竜燐に覆われているはずのベヘルの左肩の骨が砕けているのか、肩から下がおかしな方向を向いている。
だが。
「グロ、ア」
直後、ベヘルの目の前でガンドラが片膝をつき、そのまま片腕を地面に付けた。
「終わりです。ガンドラ様」
そう言って、ベヘルは右手を開いた。
その手には、赤々とした臓腑が握られていた。
「ふう。うまくいったな」
呼吸を整えたトリストスが、ベヘルに向かってそんな問いを口にした。
それに対し、ベヘルは頷いた。
「……ロお、お。我は、敗れたの、か」
そんな時、ベヘルとトリストスの目の前でガンドラが口を開いた。
「ガンドラ様!? 意識が戻られたのですか!?」
先ほどまでの狂戦士のようなそぶりから一転して言葉をはなすガンドラに対し、ベヘルは驚きながらもそう問いかけた。
それに対し、ガンドラは苦しそうに顔を持ち上げ、ベヘルを見た。
「おお…ベヘル、か。なるほど。お前が、我をたおした、のか?」
「……私ではありません。私達です」
ベヘルがそう言うと、トリストスがその場に立ち上がり、セレスティーナとライオスがベヘルの近くに集まった。
それを見て、ガンドラはしばし眉をひそめた後にニヤリと笑った。
「脆弱種族を束ね、この我を、倒したのか。なるほど、貴様らしいな、ベヘル」
「ガンドラ様。一体なぜ、この場所に? あなたは、5年前にイファール様によって滅ぼされたのでは?」
ベヘルの問いに、ガンドラは舌打ちをして答えた。
「あの、忌々しい小僧か。そうだ。我はあの者に敗れ焼き殺された」
「ではなぜ?」
「だが、あの小僧は、我が肉体全てを、焼き尽くせなかった。そして、我が肉体は、あの者たちに奪われた。我はその者たちの、手によって、無理やり復元させられて、戦わされていたのだ」
「あの者達?」
「我を、蘇られたものは、ライエット・メイスナーと、名乗っておったな」
ガンドラの一言に、セレスティーナとトリストスが息をのんだ。
シェルビエントに向かう最中、行方をくらませたロイルド、エベルス、ライエットという三人の名を、二人ははっきりと覚えていたからである。
「ふっ。魔界最強と、謳われた、竜人王である我が、まさか二度にもわたって、敗北する日が来ようとは、昔お前が口にしたように、竜人族至上主義の時は、終わったのかもしれんな……」
「……ガンドラ様」
ガンドラを前に、ベヘルはどこか哀愁を漂わせながらかつての主を見つめていた。
そんなベヘルに向かって、ガンドラは今にも倒れそうな体を鼓舞して口を開いた。
「ベヘル。竜人族の掟は、覚えているな?」
「……勿論です」
「ならば、いい。それと、最後に1つ、頼みがある」
「なんなりと」
そんなベヘルに対し、ガンドラは一言告げた。
「我と、我が同胞たちの、亡骸を辱めた者達に、竜人族の怒りを……」
そう言って、竜人王ガンドラは倒れ伏した。
その身は、しばしの間を置いて塵となって消え去った。
「……ベヘル」
ガンドラの最後を看取ったベヘルに、ライオスが声をかける。
そんな中、しばしの間を置いて、ベヘルは手にしていた心臓を握りつぶした。
「お、おい!」
「黙っていろ」
心臓を握りつぶしたベヘルの手には、漆黒の結晶が握られていた。
「これがなんなのか、お前ならば分かるか?」
「……禍々しい、凄まじいまでに禍々しい魔力が放たれておる。いや、これは魔力というよりは」
「……瘴気か?」
トリストスの一言に、セレスティーナは頷いた。
「うむ。とはいえ、濃度は低い。害悪をもたらすほどではないな」
そう言って、セレスティーナは黒い結晶を手に取った。
「恐らく、これは敵にとって何かしら重要な意味を持つ物質じゃろう。後に連合軍側で検証してみる必要がある」
「ふむ。ならこれはお前に預けよう。俺は、残りの同胞達を止めてくる」
そう言って、ベヘルは付近で未だに猛威を振るっている竜人たちの元へと駆けだした。
「悪い。あいつらの手伝いをしたい。後は任せてもいいか?」
「それは構わんが、お主その腕では拙かろう?」
ベヘルに加勢しようとするライオスに対し、セレスティーナがその右腕を指さしながらそう言った。
先のガンドラ戦で、雷移動の速度を維持したままガンドラに拳を振り抜いたライオスの右腕は、明らかに骨が砕けていた。
「しばしまて。クウヤほどではないが、妾も白魔法については心得がある」
そう言って、セレスティーナはライオスの腕に触れながら精霊魔法を紡ぎあげた。
そんなセレスティーナを見ながら、ライオスは口を開いた。
「あんた。意外と美人だったんだな」
「腕がこんなになっておるのに何を間の抜けたことを言っておる。良いから、処置が終わるまで動くでないぞ。トリストス。お主もじゃ」
「は? 俺も?」
セレスティーナの一言に呆気にとられるトリストスだったが、それを前にセレスティーナは治療の手を止めずに頷いた。
「当たり前じゃろうが。竜人王ガンドラを切り裂いてのけたあの一撃は見事の一言じゃが、あんな無茶は二度とするな」
セレスティーナの一言に、トリストスは長刀を片手に肩を竦めた。
脱力し切った状態からの一撃は、確かに体にかかる負担が大きい。
超常の五感を持つセレスティーナでさえも気配を失いかけるほどのトリストスの脱力状態から放たれる全力の一太刀は、文字通り必殺の一撃となりえるだけの威力がある反面、全身にこれでもかという位の負荷をかけるのだ。
そのことを踏まえたうえでトリストスは。
「悪いが、忠告には従えないな。少なくとも、この戦いが終わるまでは」
セレスティーナに向かってはっきりそう告げた。
「……ならばせめて使う回数だけでも減らすように心掛けよ。妾が言うまでもない事じゃとは思うがな」
「へいへい」
そう言って、トリストスはドカリと腰を下ろす。
緻密に放った八閃二回と幽鬼の太刀により、トリストス自身も全快とは程遠い状態であることに対する自覚はある。
街中を暴れまわっている竜人程度ならどうにかならなくもないだろうが、正直ガンドラと同レベルの敵との戦いは困難を極めるだろう。
そして、現在周囲の竜人族はベヘルたちが蹴散らしているため、トリストスの出番はないのである。
加えるならば、既に竜人たちはゴライアスがほぼ岩石の中に閉じ込めているため、ベヘルの加勢も蛇足と言えば蛇足なのである。
「で、女王。戦況はどうなってんだ?」
ライオスに治療を続けるセレスティーナに対し、トリストスはそんな問いを投げかける。
それに対し、セレスティーナはしばし黙したのちに答えた。
「やや西方でバストラングとシルディエ、それと東部にセネルとジェクトが……どちらも拮抗しておるようじゃな。砦の東側におるクウヤとフィナリアは、む? ロウセイが加勢しておる?」
「ロウセイがか?」
「うむ。ゴライアスが加勢した時点でそうではないかと思ってはおったが…いずれにせよ、どこも決着はついておらんということじゃな。……いや、まて!」
直後、セレスティーナはライオスに対する治療の手を止めてその目を鋭く細めた。
「イカン! ジェクトとセネルがやられた!」
「なに!?」
「セネルがか!?」
セレスティーナの一言に、ライオスとトリストスが驚愕の表情を浮かべる。
「それはどこだ!?」
「相手は!?」
矢継ぎ早に放たれる二人の問いに、セレスティーナは手短に答える。
「ここから真っ直ぐに砦の右端が見える方角。相手は……」
そう言って、セレスティーナは一度言葉を切った。
「……魔王イファールを裏切った炎使いの魔族じゃな」
「シャクトか!?」
「急ぐぞ!」
トリストスの一言に頷き、ライオスは真っ直ぐセレスティーナの指示した方角目指して雷移動をする。
攻撃に用いなければ、ライオスにとって雷移動の負担は決して重くはない。
まして今は緊急事態。
ためらっている暇はない。
「セネル!」
雷光のごとき速度で現場に駆けつけたライオスは、そこで倒れ伏すセネルの姿を見つけた。
その近くはどこもかしこも焼け焦げた匂いが立ち込め、ところかしこに炎の残り火が漂っていた。
「くそ、シャクトの奴、どこに行った!?」
だが、そんな惨劇を作り出した張本人と思しき炎将シャクトの姿だけは、ライオスがどれだけ探しても見つけることはできなかった。